知能検査で天才を探す欧米と、診断目的でしか使用されない日本。

ルチアーノショー寄稿ブログ

能についてのブログ14ページを書き終えた後、フリン効果Flynn effectで有名なジェームズ・R・フリンの新刊を読んだ。
カバーページでご紹介した『知能のパラドックス』のようなオモシロイ本とは違って、より学術的で、そこまで興味のない方にとっては眠くなる本だという前置き付きで、私の分析を支えてくれる内容が多いことから、ご紹介したい。

※今後はブログ本編『噂のメンサは本当に高知能なのか。実験台になってみた。』に対し、補足ページとして追加していき、完成度を高めたいと思う。

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ジェームズ・R・フリン なぜ人類のIQは上がり続けているのか?

前書き(by 斉藤 環)に興味深いことが書かれていた。
日本は、知能に関する研究が進んでいるとは言えず、その原因の1つとしてこう書かれている。

“とりわけ現在は日本中が「発達障碍バブル」の様相を呈していますから、診断目的で使用される機会がたいへんに多い。反面、人間の能力の判定にはさほど使用されていない印象があります。欧米人に比べてもIQへの関心が低く見えるのは、社会的成功のカギとして「知能」があまり重視されず「コミュ力」や「気合い」が大切にされているためかもしれません。”

※発達障碍=はったつしょうがい。

今日(こんにち)の日本を端的に言い表している。
若干ADHDアスペルガー「ファッション」になってきていると感じることがある。昔のように「〜病」といった具合に、日本語の「病名」でないからかもしれない。
欧米における知能検査は、日常の生活では気付かないような、優れた能力を発見する(子供においては、それに沿った教育方針をプランニングする)という目的でも活用されている一方で、日本では、学校で一斉に受けるソレを除いて(IQは知らされない)、まさしく精神科が担当する区分どおりの意味合いでしか実施されていない。すなわち病気の診断目的でしかない。

突出した知能を何かに活かそうという動きは、どちらかと言えば日本人には好まれない傾向がある。
均等主義(これは決して「平等」ではない)であり、報酬もまた「才能」よりも「勤労」に対して支払われるべきだという考えが強く、“才能”は「武器」だ「道具」だと積極的に認め活かそうという動きがない。

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真の「平等」とは、持って生まれた才能や魅力(容姿を含む)、遺伝子上の優位性(健康や知能)など、すなわちヒトが生き物として与えられたものに関するいかなるものも、他者によって制限・抑圧されるべきではなく、均等に切りそろえるようとする行為は「平等」と反する「支配」(何者かの権限による)であり、今期とても良い成績をおさめたあなたのボーナスをカットし、伸び悩んでいる他の社員への「同情ボーナス」に充てることと同じだ。これが「均等」だ。ただし、伸び悩んでいるのか、怠けているのか、まだ才能が見いだされていないだけなのか、時代が求めるものとは異なるだけなのかは、判断する者の能力(見方)による。

「マイケル・ジョーダンが、全くバスケットが流行っていない時代に生まれてきたらどうだっただろう」という話に通ずる。「収入」という意味での価値は相対的(相場的)に下がるだろうが、本人が持つ能力が素晴らしいことには変わりない。今現在、利益にならないからその能力に投資をしないというのであれば、いずれ訪れるかもしれないバスケットフィーバーで大成功を収めることもできない。「未来」を買うか捨てるかという判断でもあり、能力を見極める側の能力も問われる。

GCHQのディスレクシア(学習障害)の雇い入れも、20年前には考えられなかったまさかの大フィーバーと言えるのではなかろうか。
*/


更にはハンデhandicap)を背負っている方が応援される、優しくされる、支援されるという風習から(“偽ベートーベン”はまさしくそれを逆手に取ったマーケティングだ)、一部ではADHDやアスペルガーをまるで洋服のように身にまとう人さえも見かけるようになった。

本当に苦しみ悩んでいる人とは違って、判定ギリギリくらいの人が、あえて「診断書」を望むケースが増えているという。本来は「何も問題なかった、良かった」と喜ぶべきところを、何かないと困るから、悩みや症状を追加してまで医師の診断書を求めるというケースだ。診断書というのは他の誰かに証明するためのものなので、恐らくは家族や学校、会社などに対して、自分がどのくらい苦しんでいるのかの証拠を示す必要があるのだと思われる。

が、私にとっての問題はソコではない。発達障害と診断される人達の中には、言語性知能(VIQ)または動作性知能(PIQ)の一方が極めて高いことが少なくない。例えば150120などだ。いわゆるディスクレパンシーであり、この差が大きいと(15または20以上の差)、その他の判定と照らし合わせ「発達障害」と診断する材料となる。
IQ 150とは明らかな天才性を示しており、120でも東大生の平均IQに達している。私から見れば、これを「発達障害」で片付けてしまうのはもったいない。名曲なのに“売れない”(大衆ウケしない)からといって廃盤になるようなものだ。

もっと高知能保持者の研究と「活用」を検証していかないと、今後も高知能保持者にとって「住みづらい国」であり続けようものならば、むしろ高知能であることがデメリットでしかなくなり、「天才」を名乗ることよりも「発達障害」であることの方が「楽」であるという人生の“選択肢”になってしまいかねない。これは社会環境の問題であり、大凡向こう15年以内に訪れるだろう国家危機だと私は見ている。

大きな看板を掲げることで、周囲の目も厳しくなる。これは東大首席の山口女史の例で詳しく述べた。
それでも大きな看板を掲げ続けることを決断するには、その先に何かしらの「希望」が見いだせなければならない。「活かす」方向に向けて、今こそ(やや手遅れ感があるが)国家として指針を打ち出すべきだ。と私は思う。


本の成人知能検査は、このようにせいぜい「診断目的」でしか実施されないため、大学を卒業する22才以降の知能指数統計とは、全く当てにならないものである(十分なサンプル数がない)可能性が高い。というより、大学生までの統計しか揃っていない可能性が高い。
※知能は生涯変わらないと言われつつも、±5くらいは軽く前後する。

ブログ本編でもご紹介した下記の記事。

「アメリカ人は年とともに賢くなるが、日本人は25歳から75歳まで知能が変わらない」という驚愕の研究結果
http://rocketnews24.com/2012/04/11/201873/


日本のIQは平均105!世界で最も「IQが高い国」トップ10
http://suzie-news.jp/archives/2768


この2つのデータを、日本の知能検査の実施状況(成人知能検査は病院で診断目的でしか行われていないという点)と併せて読み解いていくと、大学生(それも入学)までのIQは世界で3番目に高く、25歳以降の日本人のIQは、他国と比べ、相対的に低い可能性があると私は分析している。

日本は大学入学がゴールかのような傾向があり、大学に入った途端遊び始める人が多い(それまでの勉強量は明らかに世界一だろう)。
私の知るオックスフォード大学出の4人の英国人女性は、大学時代アルバイトをする暇もなく勉強していたという。欧米における大学とは、勉強したい人達が自らの意志で行く場所であり、社会人になる(自立する)ことを4年間先延ばしにするための手段ではない

そして日本人は大学を出て、会社勤めを始めると、とりあえず3年間は四苦八苦する。
1年目は「驚く」、2年目は「知る」、3年目は「覚える」だ。
1年目は学生と社会人の違いに驚く。インプット力よりもアウトプット力が問われる。
2年目は前年度の年収などから算出される住民税や年金・保険料などを知り「自立」に近づく。
3年目は2年目の反復によって、手取り給与額や生活費などの基準値が刻み込まれる。「覚える」だ。

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2〜3は高額所得者も同じで、ある年1億円の報酬を受け取り(多くの場合、源泉徴収はされるが住民税や保険料のさっ引きはない)、生活が派手になった頃(翌年6月)に届く住民税の通知書を見て驚く(同時期に前年度の年収から算出された保険料も確定する)。10%だから1,000万円の請求(4回払い)が来るからだ(住民税だけで)。既に使い果たしている人もそれなりに多く、当年の所得が下がっていると、住民税が払えないという人さえいる。よって、最低でも3年はその所得が続かなければ安定しない。
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家賃、水道光熱費が払え、とりあえず一人で食べていけるようになった時点の知識があれば、その後の人生は、至れり尽くせりの日本においてほとんど困らない。それがまさしく大学卒業から3年=25歳というライン。

最近ではマイホームも買わない、車も持たないという人も多いため、住宅ローンの審査だったり(付随して担保や保証人、資産の勉強をする)、或いは家を現金で買えば税務署からお金の出所について「お尋ね」の手紙がくる(書き方を学ぶ)とか、家や土地を買えば不動産取得税(1回)、固定資産税(毎年)がかかる、車を買えば自動車税(毎年)、自動車保険(毎年)がかかるなど、「人生のイベント」で学ぶはずの知識を全くもっていない人が多い(イベントを起こさないから)。

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実際に今の一般的な25才と35才、45才は、さほど知識差がないように見えることが多い。情報量だけで言えば、年齢に関わらずgoogleを使いこなしている人の方が抜きんでており、近年の若い世代の離職率の高さも、それが原因ではなかろうかと分析している。「先輩」という存在から、多くを学ぶ時代ではなくなり、ひいては尊敬できる人がいないからだろう。
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この15年では20代で成功する人も多く、大凡相談相手がいないのが「普通」だ。なぜならこれまでの日本は、それらを全て知るのは50代以降の大企業重役くらいだったのだから、まだ知り合っているはずもない年齢だ。

特に「源泉徴収+社会保険料給与天引き+住民税特別徴収+年末調整」というサラリーマン至れり尽くせり4点セットが揃っている場合、確定申告もしなくていい分、税金や各種控除について学ぶ必要もなく、本当に25才の知識があれば生きていける
※保険から何から全てが強制加入なので、自分で考える必要がない国だ。

「慣れ」だけで生きていけるようになると「分析」する必要がなくなり(いずれ煩わしくなる)、そのためにわざわざ勉強したり訓練したりすることもなくなることで、当然衰えるし、元々20代前半で動作(流動)性知能は下がり始めると言われている。例え横ばいだったとしても、周り(外国)が上がれば相対的に下がったことになる。それがまさに偏差値であり、相場で言うと目減りしたように見える(為替と同じだ)。

そして更に日本は民族も宗教も言語も通貨もほぼ単一だ。
あえて言うと、(学校や会社で)髪の毛の色が一色でなければならない国も珍しい。

一方アメリカを筆頭に、欧米では言語も宗教も民族も入り交じっている上に、戦争もあるしテロも起きるし、電車や道路も他国とつながっているし、国境沿いに住めば自宅のWi-Fi電波も他国に届くし(法律が異なる)、ユーロやシェンゲン協定のように近隣国との通貨やビザの統合が起きたり、常に新しい基準を学び直さなければならない環境にある。

目の色も髪の色も肌の色も皆異なるのが「当たり前」だから、iPhoneの絵文字に黒人がいないことを騒がれる程、多くのことを意識して生活しなくてはならない。

この違いから、日本人は「普通は」という言葉をよく使い、自分の考える「普通」以外は受け入れようとしないことで、新たな「分析」をする手間も省いているように思え、その分「多様性」が失われ、思考も単調化してしまう。

というのが「日本人は25才から知能が変わらない」に対する私の分析だ。

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外国人に優しくない国ワースト5
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2012/06/post-2598.php


日本は2位だ。
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著でも解説されているが、知能検査とは平均が100になるよう作られており、標準偏差15の場合、±15(85〜115)を「普通」、その2倍の±30(70〜130)までを「正常」と見なし、それ以下は知的障害であり、それ以上もまた分布上の異常値として捉えられる。96%が普通で、上下各2%が異常値であるということ。
※そう考えたらメンサのIQ 130(厳密には131)以上というは理にかなった線引きラインだ。

日本における知能指数に対する評価は占いと変わらないレベルであり、「IQなんて関係ない」と断言する向きもあるが、実際はそうとも言えない。
アメリカでは、IQ 70以下の犯罪者には「死刑」が適用されず、知能検査は非常に厳格な基準が求められている。
犯罪を犯し、死刑判決を受けた双子のうち、知能検査によって1人は死刑、1人は死刑にならなかった例が本著で紹介されている。受けた知能検査のバージョンと、受けた時期が異なるため、1人はIQ 65、もう1人はIQ 72.35と出たことが原因らしい。

※日本ではまだWAIS-IV(アメリカでは2006年)もリリースされていないうちに、アメリカでは2016年にWAIS-Vがリリースされる予定だ。いかに日本が遅れを取っているかがわかる。下記を見る限り、今年初めにようやくWAIS-IVの標準化調査テスターが募集されている。

日本版WAIS-Ⅳ調査実施協力者募集
http://www.sens.or.jp/sens_information.html

例えば私が今、初代WAIS(1953-54)、第二版WAIS-R(1978)を当時の基準で受けたらもっと高く(140以上)出る可能性があり、反対に10年、20年前に知能検査を受けた人が、最新の知能検査を受けると低く出る可能性があるということ。
※いずれも本人の知能自体に変化がない場合。

これはフリン効果(年々、人類のIQが高まっていること)を考慮し、平均が100となるよう知能検査自体を計算し直すため(標準化作業)、前世代のIQ 100が現在のIQ 100ではないことを意味している。

よって、受けた知能検査(のバージョン)が標準化されて何年後に受けたかも重要であり、それを考慮すると(以下の計算式)、前述の双子の犯罪者は2人ともIQ 64.1となり、本来は死刑にはならないとフリン氏は解説している。
※この場において死刑の是非には触れないが、知能指数が、人の生死を決める材料の1つであるという点について注目している。

本著では次の計算式が紹介されている。
IQスコア − 標準化からの経過年数 × フリン効果

具体的に例えると、今年2015年に受けたIQのスコアが100と出て、その知能検査のバージョンが標準化(リリース)されたのが1995年(WAIS-III)とする。その国の1年間のIQ上昇ポイントを0.3(20年で6ポイント上がるアメリカの場合)とすると、

100(IQスコア) − 20(標準化からの経過年数) × 0.3(フリン効果)= IQ 94

ということになる。
※実際にそのように算出されたIQが被験者に通知されているわけではないようで、フリン氏が“時代錯誤”にならないよう、おすすめしている考え方だ。

ちなみにメンサのテストに使われる行列推理(RPM)は、近年世界的に最も伸びている能力であり、オランダでは1952〜1982年の30年間で20ポイントも上昇したとある。年間0.66ポイントの上昇だから、これをWAIS-III(1995年標準化)に当てはめて計算すると、

100(行列推理IQスコア) − 20(標準化からの経過年数) × 0.66(フリン効果)= IQ 86.8

となり(動作性知能/知覚統合/行列推理という下位検査の1つだが)、もしこの伸び率が来年標準化されるWAIS-Vにそのまま反映されると、現在行列推理のIQが113.2の人が100に引き下げられることになる(オランダの数値で言えば)。

行列推理は下位検査の1つでしかないにしても、これまでのように言語性知能と動作性知能の開き(ディスクレパンシー)を「発達障害」の診断材料にするのならば、新しい知能検査のバージョンでは、(世の中の言語性知能の伸び率がこれよりも低い場合)更に開き(動作性知能が低く出るため)が生じてしまい、「発達障害予備軍」もそれ以上に存在しているのではないかという点に注目している。
WAIS-IVでは言語性・動作性知能の区別がなくなったことから、診断方法も変わってくるのかもしれない。

知能指数とは相場のようだ。母集団全体の変化で自分自身の相対的数値が変化する。

それにしても日本人は未だ20年前に標準化されたWAIS-IIIを使用していることが驚きだ。

オランダのメンサ会員数の多さとノーベル賞受賞者の多さも興味深い。


罪時の精神鑑定で「責任能力」の有無を問うことがある。アメリカではIQ 70を下回ると死刑が免れるように(高い分には何も免れない)、精神の状態と知能指数が判断材料に使われる。
極悪非道の犯罪の場合、被害者の家族は死刑を望むことが多いが、裁判になって、知能検査の結果、死刑を免れるどころか、犯人に責任能力がないとなれば、これは理屈ではなく感情的に無念だ。

その昔、テレビか何かで、「どうせ交通事故に遭うなら、お金持ちの車に引かれる方がいい」という話を聞いたことがある。冗談だとしても、要は加害者側が自動車任意保険に入っているか否か、なおかつ広域カバー・無制限補償のものかどうかという話だ。無免許・無保険(必然的に低所得)の車にひかれると、怪我を負わされ治療費が出て行く上に、相手は何も補償できないという踏んだり蹴ったりの事態に陥る上、入院が長引いて会社での立場が悪くなったり、後遺症で仕事に復帰できなくなった時のリスクを考えると「だったらお金持ちの車がいい」という現実的な理屈だ。

※高知能も高所得と同じく、分布上の異常値(マイノリティ)であったからといって、何か保護されたり免除されるものではないため、上下の異常値は分けて考える必要がある。分布上の数値だけで言えば、オリンピック選手もノーベル賞受賞者も全員「異常」ということになる。

その昔、精神年齢を考慮する知能検査が一般的だった頃(従来のIQテストや児童用IQテスト)、「精神年齢が高い(低い)」という言葉が一人歩きしたことがある。今となっては、知能検査の用語が出所だったのかと納得したばかりだが、知能検査で言うところの「精神年齢」とは、幼い(未熟)か大人(成熟している)かという意味ではなく、何才相当の思考能力を持っているかという意味だ。

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精神年齢を考慮するタイプの知能検査の場合。
例えば、5才の子供が10才の子供と同じ頭脳(知能)を持っていれば、IQは2倍になる。
IQ 100の10才の子供と同じ思考能力がある5才の子供はIQ 200ということになる。
現代の成人知能検査は偏差値式なので、精神年齢は考慮されない。
*/


同じように、IQ 130以上が分布上の異常値(マイノリティ)だからといって、現実社会における異常性と結びつけるのはよろしくない

前述の裁判の例から見ても、考える能力があっておかしな事を言う(行う)人と、考える能力がなくおかしな事を言う(行う)人は、その後の対応が「社会的に」異なるという点が重要だ。

もしIQ 130以上の人も「(刑事)責任能力を問われない」としてしまうと、間違いなく知能犯罪が溢れ、捜査が複雑化し、警察官の給与増で国家財政は破綻するだろう。

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ェームズ・R・フリンもレーヴン漸進的マトリックス(Raven's Progressive Matrices=RPM)に対し、遺伝的知能を測定する上で、現代における最も優れた検査方法だと評価している。ジャパン・メンサの試験に採用されている、いわゆる「動作性行列推理」(Matrix Reasoning)のことだ。

WAIS-IIIでは、言語性知能(Verbal IQ)と動作性知能(Performance IQ)と分かれており、行列推理が含まれる動作性知能(知覚統合)のことを、本著(及び業界)では「流動性知能」と呼び、言語性知能カテゴリに多く含まれる“知識”(元々「答え」を知らないと解けない問題)に関わる知能のことを「結晶性知能」と呼んでいる(「算数」を内包する「作動記憶」も含む)。

結晶性知能は読んで字のごとく、学習や人生経験によって得られるものとしている。後天的なものだ。
一方で流動性知能は、訓練によって多少は上昇が見込めるが、より遺伝的(先天的)なものと位置づけられている(見解としてはこちらのグラフのとおりだ)。

/*
下記に詳しい。

流動性知能と結晶性知能
http://www.direct-commu.com/terms/terms_intelligence.html

*/


そう。「学習」と「訓練」と分けたのは、「学習」は“暗記”などの反復を重要とするが、「訓練」は“改造”(スポーツなら肉体、頭脳ならば思考)というメンタル面(思考に留まらず思想も)のトレーニングも必要とすることが多い。繰り返すこと変わることに近い。

後者はポーカーで言うところの「総入れ替え」も辞さない(「積み重ね」を捨てる)覚悟のようなものであり、プログラミングで言えば、基礎アルゴリズムに問題がある場合、ゼロから作り直した方が早い場合があるのと似ている。

本著では、流動性知能を「分析能力」と表現している。主に仕事(現役)に必要とされる能力であるとしている。片や、言語性知能(の中の「言語理解」、「算数」を含む「作動記憶」は異なる)は引退後の余暇を充実させるものとして位置づけられている。

が、「分析能力」は放っておくと能力を発揮できないことから、常にメンテナンスが必要な高級車に例えられており、年齢と共に下降率が高まる(↓)。それに対し「言語理解」は年齢と共に上昇率が高まる(↑)ことも示されている。

「分析能力」は運動能力に似ている。「優れた運動神経」(先天的な)を持って生まれてきた人は、特に何もしなくとも平均より高い能力を示すが、トレーニングによって磨きがかかることで、桁外れの結果を出すことができる。
が、例えば100メートル走ランナーや野球のピッチャーなどで言えば、成績が伸び悩んだ際、これまでのフォームを捨てて再構築しなければならないこともある。

「分析」とは、時として自分自身の間違いにも気付かされる

それに対し「言語理解」とは、日々の積み重ね、人生経験がそのまま上積みされていくため、大幅な思考転換を迫られる要素はないと言っていい。

これら2つの性質を例えるならばDVD-R(追記)DVD-RW(書き換え)かと言った感じだろうか。

世界標準の成人知能検査であるWAISの最新版「WAIS-IV」(2006年〜。日本ではまだ見かけない)では、IIIまで分かれていた言語性知能、動作性知能の区別を取り払ったが、これまで動作性知能に分類されていた「知覚統合」の中に(行列推理が含まれる)「視覚パズル」という下位検査が追加され、動作性知能が占める割合が増えた。

これからエンジニア、プログラマーという人材が多く求められることから、動作性知能は時代に求められている能力と言っていいのではなかろうか。この仕事にとって一番重要なのは分析能力だからだ。

プログラマーは年を重ねてもスキルを向上させ続けていることが研究で判明
http://gigazine.net/news/20130509-older-is-wiser-in-software-developing/


デジタルの時代になっても、こうして経験と評価が比例する職もあることが素晴らしい。
年齢と共に衰えていく動作性知能をいかに食い止め、または上昇させるかという点が今後の重要ポイントだろう。

※本著でも、フリン効果について「昔の人よりも現代人の方が頭がいいか?」と聞かれたら、「より現代的だ」と言った方がいいとしている。前述のマイケル・ジョーダンの例えのように、能力自体は持っていても、それが評価される時代に生きているかどうかで、無視される場合もあればスポットを浴びることもある。

1991年から、アメリカではRPM(行列推理)を取り入れた教育が行われているが、算数の能力に変化は見られないそうだ。WAIS-IIIでは「算数」を言語性知能に分類していることが不思議だったが、これで何となく「全く異なる能力」なんだなと納得できた。


力は単純には見極められない。
100メートル走、110メートルハードル走、走り高跳びは、いずれかの能力が高い人は、他のいずれも高い能力を示すという相関があるらしい。

※ある楽器が得意な人は他の楽器も弾けるという相関(全体に影響を及ぼす力)を「g(一般知能)因子」と呼び、それ以外の各分野の特殊な能力を「S(特殊知能)因子」と呼んでいる。

が、100メートル走がオリンピックの花型であればそれに集中する人が増え、それは報酬や名声に対する欲求であったとしても、目指す人口が増えることで記録は次々に書き換えられていく。その後、激戦区になったことで「110メートルハードル走ならば」メダルが取れるかもしれないと転向したり、戦略的に予め走り高飛びに的を絞る人もでてくるだろう。

よって表から見ても、それが本当にその人の最も優れた能力かどうかなどわからず、実は本当にやりたかったのは100メートル走だが、仕方なしに走り高飛びに転向して金メダルを取る人もいるかもしれないという考察は極めて少ない。

知能にも同じ事が言える。ある能力が高い人が、それに集中することで、突出して伸びる可能性はあるにしても、恐らくは他の能力も備わっている(からもっと探すべきだ)。使い道がなかったり、人から求められないから使わなかっただけの能力などは影を潜め、目立つものにスポットが当たり「特異性」「変態性」ばかりが取り上げられることも少なくない。

私は「動作性知能」は、足の速さに似ていると考えている。
メンサの試験前に「対策」をするかしないかという議論を目にした。私はあの手(行列推理)の問題に「対策」の効果性に懐疑的であり、動作性知能が基準値ほど備わっていない人は、どれだけ類似問題を解いたところで大して伸びず、もし伸びるのならば、それは基準を満たす動作性知能が予め備わってるからだと考えている。

トップアスリートも、1年も休めば身体から作り直さなければならないように、常に万端なわけではない。本番前の準備も必要だろう。バレリーナも同じだ。
例えば、100メートルを15秒で走る人が、毎日トレーニングをして14秒で走ることができたとしても「ズルい」とは言わない。「対策」とは「努力」だからだ。が、もし10秒で走れるようになれば、それは努力よりも元々備わっている能力を呼び覚ましたと考える方が正しい。でなければ、10秒で走ることができない人に対し「努力が足りない」と言わなければいけなくなるからだ。

どこかで他人の才能を認めないと、結果として自分の努力不足を指摘される羽目になる。ブーメランだ。

完全に個人的な見解だが、努力(類似問題の予習、反復)でIQ 120は出せても130は難しいかと思う。
私の場合は、衝動的にメンサのテストを受けたため、何の下準備もなく当日を迎えたものの、運良く行列推理はプログラマにとって有利(だと思っている)なので難なく合格できたが、その後ブログを書く上で、オンライン上のあらゆるIQテストをやってみたところ、行列推理だけはどうも伸びない(特にCambridge Brain Sciences)。
既に解いたことのある問題は記憶してしまうので、当然すぐに解けるようになるが、新規の問題がどんどん簡単になっていくかというとそうではない。
飽くまで私の場合はだが、皆さんは違うのだろうか。


りについて補足したい。
本著にとても興味深くおもしろい傾向について書かれていた。
「なぜ女子大生のIQは男子学生より低いのか」「なぜ女子は低いIQで大学に入れるのか」(アメリカ)というテーマだ。
昔ながらの「やっぱり男の方が優れている!」(MacかWinか的な)と言った議論は待っていただきたい。

アメリカの大学に入学できる最低ライン(IQ)は、女子91.1、男子98.5であり、平均は女子106.94、男子111.21だとある。この数値を見る限り、確かに男子学生の方がIQが高い。
しかし、とても見落としやすいもう1つの傾向があった。
高校中退者の8割が男子生徒らしく(この傾向が当てはまらない先進国は今のところないそうだ)、必然的に大学入学時点で「成績の悪い男子」が大幅にカットされていることから、男子学生の最低ラインを押し上げ、同時に平均IQを高めているそうだ。

単純に「大学生の平均IQ」を見ても、男女差さえまともに比較できない程、統計とは偏っているものだということが見てとれる。
小学生のIQはまだ安定しないだろうから、中学生、高校生、大学生と比較することで、IQの変化の原因(中退などの要因)が大凡突き止められるだろう。
分析とは手間暇かけて丁寧に行わなくてはならない。

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大学進学率の低い国の知能統計は、進学「できなかった」人達が含まれていないため、大学生の平均IQは極めて高く出る可能性がある。
もちろん頭が良すぎて進学する必要がなかった人もいるだろうが、統計上大きくグラフのデザインを変える程ではないだろう。
※世界一の大富豪ビル・ゲイツ(IQ 160)もアップル創業者スティーブ・ジョブズ(IQ 140)も大学中退。ZARAの創業者アマンシオ・オルテガ(IQ不明)は中卒で、2012年3月の時点で総資産額が世界6位の389億ドル(当時の換算で約3兆1,000億円)だ。
ちなみに、ホリエモン氏
(IQ 122)も東大中退だ。
*/


だからこそ、●●は意味がない!とか、▲▲は関係ない!とか、簡単に決めてしまえるものではなく、今は意味がなく見えても、それがDNAとなって、50年後100年後に必要な能力となるかもしれない。


項最後にご紹介したいスティーブ・ジョブズの言葉。

「スタンフォード大学に行くよりも、パリで数年間、詩の勉強をすることを強く勧める。」by
スティーブ・ジョブズ
http://lrandcom.com/different_approach


なかなかロマンティックな男ですな023.gif
私はそういう精神で生きてきたのでとても共感する。

シャンゼリゼ通りの赤い屋根のオープンカフェで、昼間っから葉巻を吹かしロゼワインでも飲もうものなら、たちまち通りを行き交う女性達が皆美女に見えてくる。するとポエムの1つや2つ、詠んでもみたくなるその気持ちが大切だということではなかろうか。フランス語ができなくても、何か伝わる方法を考えたくなるその気持ち

あらゆるものが出揃っているこの時代、脳の特定の部位だけ使っていても「イノベーション」は生まれませんよ。
という意味で私は受け取っている。

というわけで、今回はフリン氏の新刊のご紹介を交えつつ、IQを研究する上で欠かせない「フリン効果」を中心に書いた次第であります。

※ご紹介した本を「本著」とし、私の知能のブログを「ブログ本編」とした。

※日本人がノーベル賞を受賞したので、早速『別冊:国別のノーベル賞受賞者数とメンサ会員数。』の表を更新した。ちなみにノーベル賞を受賞した人達の平均IQは145である旨も09月27日に追記した。


■目次
 1ページ:噂のメンサは本当に高知能なのか。実験台になってみた。
 2ページ:WAIS-III ウェクスラー成人知能検査を受けてみた。全額負担で。
 3ページ:オンラインIQテストの信憑性をメンサ&WAIS-IIIと比較。
 4ページ:Cambridge Brain Sciencesをやってみた。
 5ページ:「上位2%」は100人に2人や50人に1人とは限らない。パラドックス的な。
 6ページ:知能レベルが高い人ほど人を信じやすく、低い人はあまり人を信じない?
 7ページ:言語性知能。片言の外国人との会話から考察。
 8ページ:知能、お金、容姿。○○だからいいってもんじゃないという不思議な理屈。
 9ページ:東大首席の山口真由女史の言う「俯瞰力」とは。
 10ページ:頭と心、理論(Logic)と感情(Emotion)。
 あとがき:知能指数とは。良き理解者へ。あとがき。
 別冊:色盲とIQ。色が絡むとIQ(判断力?)が著しく下がる。
 別冊:知能指数(標準偏差15,16,24換算表)と出現率をエクセルでまとめてみた。
 別冊:国別のノーベル賞受賞者数とメンサ会員数。
 追加少年からのお便り。
 追加知能検査で天才を探す欧米と、診断目的でしか使用されない日本。 現在ページ。
 追加学力偏差値でいうところの上位2%とは。
 追加IQ 162以上を正確に測定できるのか。唯一の解答者は「運命の人」なのか。
 追加賢い人、賢くない人の特徴。IQ、学力、知識を束ねるのは性格(感情)。
 追加天才とEQ。スティーブ・ジョブズのEQは高いのか。

Photographer&Engineer: Charlie
JAPAN MENSA会員
AEAJアロマ検定1級(笑)

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1号赤坂店は2014年末で閉店致しました。

by charlie-ls | 2015-09-28 22:22 | 【赤坂】ルチアーノショー寄稿ブログ

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