世の中“理屈”じゃないの!という理屈。

こんな記事を読んだ。

「カップルの約半数が旅行中にケンカする」 イギリスで驚きのデータが話題に
http://news.aol.jp/2016/08/06/british-couples/

何とも残念だが、実際にそんな人達が多い039.gif

10年程前の話しだが、知人の知人カップル(ロシア人同士)が「困った人達」として結構有名で、1分一緒にいると必ず口論を始める2人だった(笑)。
私が見た限り、口喧嘩(それも罵り合い)によるアドレナリン中毒のようで、幸せになるためのパートナーというよりは、戦う相手(それでいて逃げ出さない)が欲しいだけの様子だった。ボクサーがスパークリングパートナーを必要とするソレとも違って、ルールなしのストリートファイトの相手を求めるイメージに近かった。

必ず喧嘩を始めるので、そのカップルとは絶対に一緒に出かけたくないという人しかいなかったし、当の本人達は出入禁止になっているお店が多く、実際のところどこにも行けない状態だった(笑)。


日、5分ほど外に突っ立っていたら、ちょっとしたカップルの口論に遭遇した。
(だから)「理屈的に」「理論的に」と諭そうとする側(A)に対し、もう片方(B)が(だから)「世の中理屈じゃないの!」(*1)と大きな声で騒ぎ出し、周囲の目が向いた時点で片割れ(A)が黙り込んだ。

自分の気持ちを聞いてほしい(B)の言いたいことはわかる。理詰めで諭されると自分がバカなことを言っているような気分になるのだろう。
それを考慮したとしても、世の中「理論」(理屈)通りにはいかないことが多いが、それ以上に「感情」では成り立たないことの方が多い。

役所や横断歩道が感情で動いたらそれはもう大変だ。モテる人しか転入届けを受け付けてもらえなくなるどころか、人気のある人しか目的地にさえ到着しなくなる

こういう(*1)言葉(決めぜりふ)は“言ったもん勝ち”だなと思う。
世の中理屈じゃないの!」の次は「貴方に心はないの?」とエスカレートしていく。実際に、黙り込んだ(A)に対し、大方筋書き通りの文句を(B)は浴びせ続けた。端から見ていると、相手を黙らせた方が勝ちみたいな「プライド戦」であり、例え相手が反論を止めても、もう二度と牙をむかないようにトドメを刺しにかかる。物事が解決するかどうかはあまり重要ではなく、自分の「意地」があたかも=人間の尊厳かのように、言い負かされなかったという事実を記録(記憶)に残すことが全てであり、そこに闘志を燃やしているように見える。

でもこれが続くと、「あなたの仰る通りです。私が間違っていました」という言葉を最後に連絡がつかなくなるという事態に。相手に反論する気力もなければ、理解し合いたい願望がない場合だ。片方はのためにぶつかり合っているつもりでも、そもそも相手に愛(用)がなければ折り合いを付ける意味が薄れるし、ましてや時間と体力と精神力を消耗してまで。


こで、(A)の「理屈」理屈でもいい)をその人(A)の「感情」として受け止めたらどうだろう。
イイ(正しい)と思ってるからこそその(屁)理屈を列べているのであって、発言している時点で根底には感情がある。理屈なら尚更感情が大半を占めている。

/*
goo辞書によると、「理屈」の意味は、
1 物事の筋道。道理。「―に合わない」「―どおりに物事が運ぶ」
2無理につじつまを合わせた論理。こじつけの理論。へりくつ。「―をこねる」

とあり、ココでは、特に「理屈」と書かない限り、理屈は 1 の意味として取り扱う。
*/


(B)は“理屈”とか“理論”とかという(自分の感情の説明がつかないような=すなわち“裁判”では通らないような)言葉に拒絶反応を示しているだけで、(A)が同じように血相をかいて大声で“(屁)理屈”をがなり立てたらどうだろうか。
恐らく相手(B)は「ムキにならないでよ」「感情的にならず冷静になって」「順序立てて筋道立てて話し合いましょう」と言い出すに違いない。

一瞬で立場が逆転する。
どちらかというと2人のスタンス(スタイル)が予め決まっているわけではなく、例えば大声を出す相手に対し、(周りに人がいれば)みっともないからとか、(2人っきりなら)必要以上に刺激せずに落ち着かせたいからとか、冷静に対処するしかない片割れという必然的に生じる関係だ。

酸化したらアルカリで、プラスに帯電したらマイナスで的な。

「理屈」とか「理論」とか「感情」を明確に区別・理解しているわけではなく、お互いとりあえず言い負かされないように罵り合っているだけのように思う。特段(A)に心がない(機械的な)わけでもなく、取り立てて(B)がいい人な(人間味溢れる)わけでもなく。

理屈と感情で言えば、世の中からどちらがなくなれば上手く行くかというと当然「感情」だ。とてつもなく「味」はなくなるが、機械的で場合によっては極めて公平で平等な世界が訪れる。「感情」があるからこそ、えこひいきや差別が生まれるのだから。
※感情がなくなればいいと言っているわけではなく、感情と理屈の比較として。

一方「理屈」をなくしてしまうと、秩序もルールもマナー(いわゆる「社会通念上」という理屈)もなくなり、「お前の顔を見ていると気分が悪くなり生産性が落ちるからクビだ」「あんたの声を聞いていると鬱になりそうだから転職して」とか、そういう感情論(理論がなくなり、ホンモノの理屈すなわちただの感情のみ)で溢れてしまう。

多分、全部“人のせい”になる。

感情をなくした場合:例えば「100メートル走をストップウォッチで計る」という機械的な判定なら、ドーピングなどの根本的なルール違反が生じない限り、ほとんど「物言い」はつかない。その代わり「モチベーション」などという、感情論は全く通用しなくなる。実力やデータ、実績、事実以外信じてもらえないし考慮もしてもらえないから、実はほとんどの人にとって不都合かもしれない。

理屈(理論)をなくした場合:病院で「その言いぐさが気に入らないから後回し」とか、レストランで「食べ方が汚いからサービス料10%増し」とか、しまいには「目が細いから出演禁止」とか「肌が黒いから撃った」とか。ルール(理屈、理論)がなくなるから、やりたい放題になる。最終的には暴力が世の中を支配するだろう。

感情が抑えきれなくなったらもう終わりだし、実際にソレらが世の中の大半の犯罪・事件、戦争、差別の源になっている。

もちろんヒトである限り感情がなくなることはないんだが、法治国家において、法律という理屈(筋道、理論)があるからこそ世の中が日々一定の状態を保てているのであって、ソレは、午前中は認め印で良かったものが、午後には実印と印鑑証明と戸籍謄本が必要だと(顔がタイプじゃないというだけの理由で)言われずに済む社会を意味しているのだから、理屈はとても大切だと私は常日頃から思っている。

※日本人にはピンと来ないかもしれない。しかしつい数年前まで旧ソ連圏(ロシアやウクライナなど)では、公務員や公共機関との付き合い方として、賄賂(チップ)を渡すのは当たり前だった。10秒前に「3週間程で必要書類を送ります」と言われたものが、チップ(賄賂)で「来週中には手続きが完了するかと思います」に変わっていた(現地人談)。


れにしても、ヘッドセット付けて電話で口論するのはやめてほしい(笑)。
ベンチに座って真っ直ぐ前向いて両手を膝の上に乗せて一人で怒鳴っている人がいて、よく見たら耳にヘッドセットを付けていた(笑)。偶然通りがかった子供は泣き出しそうだ。

電話の向こうの相手はパジャマでテレビ見ながら聞いてたりするんじゃないかと思いながら横を通り過ぎたんだが。

こうして見ると世の中怒ってる人が多いですな。

スピリチュアルな世界ではエネルギー交換の法則という考え方がある。この「怒り」のエネルギーは何と引き替えられているのだろうかと、ふと考え込んでしまった。

チャーリー(
JAPAN MENSA会員

AEAJアロマテラピー検定1級
AEAJ認定アロマテラピーアドバイザー
AEAJ認定環境カオリスタ
AEAJ個人正会員
JAMHAメディカルハーブ検定1級
JAMHA認定メディカルハーブコーディネーター
ITパスポート試験合格(笑)。

チャーリーのタンブラー(毎日更新、日記・ブックマーク的な)
by charlie-ls | 2016-09-15 15:10 | 個人ブログ | Comments(0)

カメラマン☆チャーリーのブログ


by チャーリー
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30