カテゴリ:【赤坂】ルチアーノショー寄稿ブログ( 86 )

ルチアーノショー寄稿ブログ

ルチアーノショー寄稿ブログを始めたのは2013年02月21日。もうすぐ3年。
昨年06月以降、寄稿ブログのアクセス数(1ヶ月間合計)が、過去最高を更新し続けている。何気に023.gif

最初の2年間は週に1回のペースで、毎回ルチアーノショーのFacebookページでもお知らせし、一時期は各投稿に数千件のいいね!が付く程になっていた。
その後、度重なるエッジランク(Facebookのニュースフィード配信アルゴリズム)の変更で、Facebookページにお知らせを掲載しても、そもそもニュースフィードに配信されない状況が長く続き、アクセスは低迷〜横ばいだった。

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/*
※このエッジランクは厄介で、24万件のいいね!がありながら、配信数(リーチ)が1,000を切ることもあった。
Facebook側のアルゴリズムだから仕方ないが、多言語を意識した作りではなく、あくまで単一(英語)言語基準だと感じる。
ルチアーノショーのFacebookページのように、海外からのいいね!が多い場合、日本語による投稿をスルーする人が相対的に多いし、ロシア語圏の人なら英語で書いてもスルーするかもしれない。そうすると、Facebookのエッジランクは、いいね!を付けている人達にとって、興味が無い(関心の低い)投稿だとスコアリングしてしまう。
そして数回無反応だった人などには配信もされなくなり、いつしかいくら投稿しても気付いてももらえなくなるという残念な仕様だ。2013年秋頃から大きく変更されたと言われている。

元から英語で発信している企業はいいが、国際的な企業だが現地語で発信しているというFacebookページの場合、同様のことが起こりうるので、現地語版、英語版、フランス語版、スペイン語版、ロシア語版など、個別にFacebookページを持つことをオススメする。
*/


そこで2014年からは、純粋なgoogle検索によるアクセスを獲得する方向に切り替え、(不定期にはなったが)地道に投稿を続けてきたところ、2015年初夏、セキュリティ関連ブログがヒットし(特にスターバックスのWi-FI記事)、同年夏には色覚異常、続いて秋のメンサ(知能)関連ブログがスマッシュヒットした。メンサ会員になってよかった(笑)。

今でも、画面横に表示されている記事ランキングでは、常に上位に入っている人気記事。

昨年後半からは、実験的にルチアーノショーのFacebookページでのお知らせ掲載も止めたため、瞬間的なアクセスは減ったものの、月間を通しては過去最高を更新し続けている。

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Facebookページはスマートフォンアクセスが多かったことから、寄稿ブログも7割くらいがスマートフォン読者だったが、この1年では、パソコンとモバイル端末が1:1のバランスで推移している。直近3ヶ月では、若干パソコンのアクセスが増えつつある。

googleやヤフーからアクセスされていることはわかっても、数年前からSSL化されたことで、リファラー(リンク元URL)が取得できなくなったため、どういったキーワードで検索されているか、どこで紹介されたかがほとんどわからないのが残念だ。検索キーワードがわかれば、それに沿った記事に微調整していけるのだが。

そして。

近はアロマテラピーオーラルケア(歯周病)に加え、大腸菌(便秘)をテーマに研究を進めている。最終的には“究極のダイエット法”としてまとまるだろう予定だ。ご期待いただきたい。

チャーリーのタンブラーは毎日更新しているので、ブックマークの片隅の一番上の目立つところに登録してください。

それでは月末、さらば あぶない刑事を観に劇場に繰り出し、どこかのスクリーン前でお会いしましょう。

Photographer&Engineer: Charlie
JAPAN MENSA会員
AEAJアロマ検定1級(笑)

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by charlie-ls | 2016-01-22 23:12 | 【赤坂】ルチアーノショー寄稿ブログ
ルチアーノショー寄稿ブログ

クリスマスプレゼント024.gif「和」精油の柚子(ゆず)をもらった。学名はCitrus junos
和精油は「シソ」以来2つ目。
11月末頃からこの時期にしか採れず、搾りたてのホヤホヤだ。高知県産。いや、柑橘類に多い圧搾法ではなく、水蒸気蒸留法だから「蒸したてのホヤホヤ」だ。
圧搾法だと香りは活かせるものの、不純物が混ざり、精油の持ちが短くなると言われ、一方水蒸気蒸留法はその点をクリアするものの、熱に弱い成分の抽出には使えないとされている。また光毒性はなくなる。

いい香りだ。
ホンモノそのもの。

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早速成分分析表(エッセンシャルオイルにはロット毎に用意されたものが毎回添付される)を眺めてみた。
Limonene(リモネン)74.87%は柑橘類ならではだ。
リモネンの効果・効能は次のとおり。

リモネンの健康効果(リモネン | 成分情報 | わかさの秘密
◎リラックス効果
◎覚醒効果
◎ガンを予防および抑制する効果
◎ダイエット効果
◎育毛を促進する効果・抜け毛を予防する効果
◎食欲増進効果


アロマ業界的に言うと(リモネンを含む精油 | アロマオイル効能ガイド)、
鎮静作用
血行促進作用
胃腸の蠕動運動促進作用
抗結石作用
抗菌作用
抗ウイルス作用
抗がん作用


次にγ-terpinene(ガンマテルピネン)が9.64%。

モノテルペン炭化水素類に分類され、主に静脈強壮作用、鬱滞除去作用があるとされている。

ティートゥリーにも18%前後含まれているので、作用・効能は想像に難くない。


γテルピネンの作用
抗ウイルス作用 (ウイルスの繁殖の不活性化)
抗カンジダ作用 (カンジダ真菌抑制作用)
脂肪分解作用  (脂肪を分解)
抗酸化作用 (酸化を抑制 活性酸素の増加を抑制)
静脈強壮作用  (静脈を強く元気に)
鬱滞除去作用  (皮膚内部に滞っている水分、老廃物、リンパ液などの滞留を取り除く)


抗菌はもちろん、抗ウイルス、抗真菌作用があり、脂肪分解作用もある。


ココ重要ですな。脂肪が燃える系。


柚子精油は、リモネンが持つ脂肪燃焼作用と、γテルピネンの脂肪分解作用の相乗効果で、これまで最も脂肪融解作用が強いと言われていたグレープフルーツの数倍の力あがあるいう文献を数ヶ月前に読んだばかりだが、その資料が見当たらず今探している。

私は元々柚子が苦手で、柚子ポン酢の香りを吸い込むと、喉から食堂にかけてアレルギー反応ではないかという、「喉が閉まる」ような反応が見られた。いつも。
が、このエッセンシャルオイルを7回程深く吸い込んでみてもソレは起きず、どうやら柚子「風」の何かに反応していただけなようだ(笑)。

その他αピネンが4.16%。αピネンの効能は(α-ピネンとは?
  • 森林浴効果
  • 強壮作用
  • 血行促進
  • うっ滞除去作用
  • 抗菌作用
  • 免疫向上作用

ここでも血行促進、抗菌作用、うっ滞除去作用が出てくるので、全体的には血流を良くし、滞りを改善し、感染症予防および、脂肪燃焼作用があるとまとめられるだろう。

おそらくはほとんんど人が一番知りたいであろう脂肪燃焼について、探している資料が見つかり次第続編を書きたい。

柚子精油についての追加情報はこのページに追記する。

※昨日冬至に柚子風呂に入るといいそうで(そういば環境カオリスタの教科書にも載っていた)、今日23日は1日過ぎてしまったが、お風呂や加湿器に柚子エッセンシャルオイルを垂らし、現在部屋中に柚子の香りを充満させその香りを満喫している。

こちらもどうぞ→チャーリーのアロマ

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by charlie-ls | 2015-12-23 15:32 | 【赤坂】ルチアーノショー寄稿ブログ
ルチアーノショー寄稿ブログ

ティーブ・ジョブズは、自ら創業したアップル社から追い出され(“アップル社の将来のためにならない”という理由で)、ネクスト(MacOS Xの基礎となっている)、ピクサー(ディズニー映画のCGを担当している)を創業し、そして出戻り、キャンディーカラーのスケルトンボディで大ヒットした、初代iMacを発売した頃、インタビューでこう発言した。

しまった、失敗したと思った


マック(当時は“Macintosh”)に、CD-RW、CD-R(すなわち書き込み可能なCD)ドライブを搭載しなかったことについてだ。インタビューアーの質問自体、スティーブに「後悔」を促すかのように飛び出した。

2000年初頭、好きな曲を集め、今で言う「プレイリスト」を作り、オリジナルの音楽CDを「焼く」という行為こそが、「意識高い系」のファッショントレンドであり、新たな時代の幕開けを示す象徴のようなものだった。
MDを編集するのではなくCDを焼く。
あたかも、「パソコンはオタクのためのものではない」というメッセージかのように。

同時に、日本人の私にとっては、プレイステーションのマーケティングに明け暮れる、“ソニーの時代”が終わろうとしているかのようにも見えた。

スティーブの憧れたソニー。

/*
1991年、アップル社製ノートパソコン「PowerBook 100」は、ソニーに製造を依頼している。
*/


私も1994年に初めてパソコンを持った時からマックユーザーだが、確かにアップルはCD-ROM(読み込み専用)ドライブは早くから搭載していたのに、書き込み可能ドライブは頑なに搭載しなかった。
一説によると、スティーブの拘りで、トレイ式ドライブではなく、“美しい”<吸い込まれるような>スロット(ローディング)式ドライブじゃなきゃヤダと言い張ったことが原因らしい。
※実際にPowerMacのようなハイエンドマシン及び初代のホタテ型iBookなどを除くと、マックのほとんどがスロット式ドライブを搭載している。トレイが出てくる時のあの音(ギアの回転音)も含めた安っぽさ。言うまでもなくスティーブはスロット派だろう。

結果的に、みるみるうちにWindowsユーザー達が時代をリードし、マックは値段が高いだけの「信者のための」オモチャのようにさえ言われた。
音楽通であるスティーブにとって、「ファッショナブル」をうたったマックにとって、音楽ファンから「選ばれない」なんて、これほど屈辱的な評価はなかったに違いない。
※厳密にはDTMなど制作側には一定の支持を得られていたが。

今ではどうだろう。
あの「iPod」を生みだし、iTunesストアは音楽業界そのものを変えた。

しかしスティーブ・ジョブズはBlu-Rayドライブを決してマックに搭載しなかった。
最近のマックはDVDドライブですら搭載していない。
※理由は知らないが“好きじゃない”らしい(笑)。フロッピーディスクドライブを外したのも早かったので、恐らくは回転式ドライブが“フォーマルじゃない”という感覚的なものじゃないだろうか。


のビジョンは、とうの昔に決まっていたに違いない。
ビジョンという名の妄想ではなく、現在のアップル社が示している現代の結論だ。

その「結論」を行動に移すのが早すぎると、社会、世の中、一般に受け入れられず、普及しない。
いずれ「受け入れるしかない程のものであっても、「今は受け入れない」という事象が発生する。
人々は、黙って天才の言うことを聞くほど素直ではないし、その人が天才であることを見極める力、天才が言っていることが正しいと評価できる能力があれば、あと10年早くiPhoneやiPadが発売されていたはずだ。

IQの差が20開くと、会話が成り立たないという説に対し、私は感情論という面でならと分析・解説してみたものの、スティーブ目線で言えば、世間は「私が言っていることが、10年かからないと脳まで届かない奴ら」だったんじゃなかろうか。

天才スティーブから見ればお金をドブに捨てるような機器に大金をつぎこんでいたとしても、クリスマスプレゼントに買ってあげたパソコンが、開梱したクリスマス当日にちゃんと動かなかったとしても、それでも「今」が楽しければそれでいい人が多い。いつか来るかもしれない未来の話に耳を傾けたりはしない。

アップル最初のPDA「ニュートン」は、1993年発売だ。その後PalmなどPDA端末が出てきては消え、再びブラックベリーやシンビアンなどがPDA市場を賑わせる中、約10年かけて、電話機とPDA、デジタルカメラ、音楽プレーヤーをiPhoneが「統合」した。ニュートン発売から15年後だ。

90年代後半、倒産の危機にあったアップル社は、2011年08月、時価総額でエクソンモービル社を追い越し、事実上の「世界最大の会社」(業種を問わず。そしてロシアの上場企業全てをも上回る)となった。スティーブ・ジョブズがCEOを退任した月だ。その1ヶ月半後、彼はこの世を去った。
彼にとっては「当たり前」のその日が来たに過ぎないだろう。むしろ何でこんなに時間がかかったのか、腹立たしささえあったんじゃなかろうか。

スティーブ・ジョブズがまれに見る天才であることは揺るぎない。
が、そんな彼の中の「失敗」は、結論を急ぎすぎる(凡人目線に過ぎないのだが)とか、性格的なものに起因している。

かといって、決してそれは「異常」でも何でもなく、答えがわかるんだからすぐに答えて当たり前。
凡人から見て「急ぎすぎる」ように感じても、天才は天才の標準的なペースで喋っているに過ぎず、彼に「ちょっと待って」と制限をかけることに何の躊躇いもないのだとすれば、凡人中心に世界が回っていることを指し示している。

まさに「会話が成り立たない」瞬間を垣間見る。


才や秀才達の「理論」は、凡人の「屁理屈」と違って、ほとんどの場合間違っていない。少なくとも他の人達よりも正しい可能性が高く、問題が生じるとすれば、この性格的なところ。
そこを指して(刺して?)、「天才はEQが低い」という話が盛り上がる。
しかし、その表現は少し間違っている
「天才は、IQ程EQが高くないことが多い」という“可能性”があるが、「IQもEQも“並”か低い人が大半を占めている」ということは確定している事実だ。

IQが高ければいいってもんじゃない」と言う人は「EQの方が大切だ」と言うことが多い。
//googleで「IQ EQ」と検索すると、タイトルだけでも見てとれる。
私の予想では、その人のEQは高くない
世の中の「EQ」テストの内容は、大凡他人から好かれる要素、「輪を乱さない」とか「自己中心的でない」とか、いわゆる協調性を測っている。
ならば、「私はEQが高い」と言うことは「他人は私のことが好きだ。多くの場合」という意味であり、その時点で他人から好まれない要件を1つ満たすことになる(笑)。「別に039.gifと言われそうな空気感。

だから「私はIQが高い」は成り立っても、「私はEQが高い」は発言自体が減点対象であるということだ。
IQが高い分には、人から嫌われようと関係なく、ただ単に出た結果の値を伝えているに過ぎない。一方で「EQが高い」ことを名乗るのは、1つ間違えると「君も俺のこと、きっと好きに違いないよ(EQの差が開きすぎて、今はわからないだろうけど)“教えてあげる”ようなものだ(笑)。“お前はもう死んでいる”くらい余計なお世話だ。

本来のEQ(=心の知能指数)テストは実に簡単。
Facebookの友達リストは平均100人ちょっとらしいから、友達リストにいる100人に、「自分自身の友達リストから、大好きな人を2人だけ選んでください」(200人いる人は4人選ぶでもいい)と頼む。
果たして、自分は選ばれるだろうか。

「IQ上位2%」よりも難関じゃなかろうか。
いや上位2%は上位2%なんだからどっちも同じなんだが、100人中「大好きな人ランキング」で1位2位になるのは結構難しいと思う。
それこそ「好み」は多岐にわたり、地球上全員に聞いて回れば綺麗に1対1の「対」(よって全員一位でありタイ)となり、神の存在を信じずにはいられなくなるかもしれない。

私は選ばれる自信は全くナイ。

選ばれなければ「並」(平均)か、どちらかと言えば嫌われているということだ(笑)。
ってことは、友達リストから消えてなくなっても気付いてももらえないし、Facebookアカウントごと削除したとしても、自分から「俺(私)がいなくなったことに気付きましたか?」と問いかけるまで気付かれないだろう。ということだ。

所詮そんな存在かもしれない自分が「EQが高い」と思うのは思い上がりの他ならないし、究極のナルシズムだ。思考としてはストーカー的だ。「私がこんなに好きなんだから、相手も私のことが好きに違いない。そうじゃないとおかしい」的な。

それでも「IQよりEQが重要だ」と言ってみるのはいいが、IQが遺伝上の知的能力なら、EQはスター性だ。

IQの話題から切り替えて、「スター性」勝負を挑もうかという人が、本当にEQが高いとは思わない(笑)。

鏡を見たらわかるじゃないか。と思う。
顔とかスタイルの話じゃなくて。
「ニコッ」と微笑むだけで、人を安心させ、明るい気持ちにさせ、「あなたが大好き」と言わせる力があるか。
「IQよりEQの方が大切だ」と言っている瞬間の自分の顔をビデオに撮って、5回見て、自分に惚れ惚れしますか的な。

ではどうだろう、天才スティーブ・ジョブズは。
彼からどれだけ罵られようと、エレベーターで乗り合わせただけで「クビ」になる可能性に冷や冷やした従業員だろうと、迷いも無く100人の友達リストの中からスティーブを選ぶ人は多いんじゃなかろうか。簡単に「EQ上位2%」をクリアしている。

彼は「変人」として有名だし、ソニー前会長ですら、インタビューで「彼と仕事は無理」と思ったことを明かしている。
でも接した人達に愛されているのなら、それは結果として「EQが高い」と言っていい。人が好み、望むのだから、わざわざどこかの学者が定めた質問フォーマットに合わせる必要はない。

天才でありEQも高い、スティーブ・ジョブズ。
大富豪でありダサい
、ビル・ゲイツ(関係ないか)
何と言われようと、彼らはルールを変える力さえ持っている。


の多くは、好き嫌い(感情)が大部分を占めている。
「アンタには言われたくないけど、スティーブが言うなら仕方ないわ」という人は山ほどいるだろうし。
※私が『少年からのお便り。』の最後に伝えたかったのは、この部分だ。

同じ事を言っていても評価が異なる。

このスティーブのEQの例はまさしくソレじゃないだろうか。
罵られても「スティーブは僕に期待してくれているからこそ、あんなに厳しいことを言うんだ」と受け止める人さえいるに違いない。
世の中が「これだから015.gifと言っている“ゆとり世代”の若者も、スティーブに殴られそうになったら「ちょっと待っててください」と言って、記念写真撮ってSNSにアップして自慢するかもしれない(笑)。場合によっては、「あのスティーブが、唯一手をあげた相手」(→愛されてたのね〜)として、故郷に錦を飾るかもしれない(笑)。

マゾヒズムなニオイさえ感じるが、人を好きになるということはそういうことだ。

だから、IQは一定の基準で、社会的に、世の中的に、一般的に「重要」だと考えられるテスト(5教科のようなもの)で測定することができても、EQは「憧れ」「ファン」といった特別な感情が絡むことで、相手の受け止めた方が180度異なることもあり、測定は不可能だろうと私は思う。

場合によっては、「余所よりも高い給料を払ってくれる社長だから好き」ということもあるかもしれない。
そうなると社会的地位やお金にさえ影響を受ける可能性がある。

それでもEQの方がと言うならば、EQテストの発案者はノーベル賞に値するだろう。人間力が数値化できるのだから。企業、医師、公務員試験は、今すぐにでもEQテストに切り替えるべきだ。

というわけで私は「EQ」の測定結果には懐疑的であり(レコグナイザー式は一部の能力が測定できると思う)、「人間力」的なスコアは、結局は需要と供給のバランスで、相場のように変動しつつ、その時その場の個々の状況・事情に応じて「値付け」されるものなんじゃなかろうか。と思う。


メリカのドラマ“スコーピオン”は、「トータルIQ 700の天才集団(4人組)」というチームが、国家の安全に一役を担うというストーリー。劇中「天才はEQが低い」というセリフが何度も出てくる。恐らく世間の発言の出所はココだ。

が、しかし!
みんないい人達だ(笑)。

多分ドラマの作者も、途中から気が変わったんじゃなかろうか(笑)。
妙に人間くさくて、真っ直ぐで正直で、正義感に燃えていて、普通の人よりも「熱血」に見える。

彼ら(スコーピオン)を指して警部が「なぁ、メンサ」と呼ぶシーンがあった。それに対し「メンサって、ただのインテリ集団じゃないか」一緒にしないでくれ的な表情で言う一幕が印象的だった。
メンサの会員には視聴をオススメしたい(笑)。

「トータルIQ 2000の偶発的集団(24人組)」
だったら見なかったが。

というわけで、次回のネタはまだ決まっていないので、引き続きウォッチングを続けるチャーリーであります。
みなさん、素敵なクリスマスを069.gif


お知らせ:気になる記事にコメントを添えてご紹介するチャーリーのタンブラー(毎日更新)を始めました。

■目次
 1ページ:噂のメンサは本当に高知能なのか。実験台になってみた。
 2ページ:WAIS-III ウェクスラー成人知能検査を受けてみた。全額負担で。
 3ページ:オンラインIQテストの信憑性をメンサ&WAIS-IIIと比較。
 4ページ:Cambridge Brain Sciencesをやってみた。
 5ページ:「上位2%」は100人に2人や50人に1人とは限らない。パラドックス的な。
 6ページ:知能レベルが高い人ほど人を信じやすく、低い人はあまり人を信じない?
 7ページ:言語性知能。片言の外国人との会話から考察。
 8ページ:知能、お金、容姿。○○だからいいってもんじゃないという不思議な理屈。
 9ページ:東大首席の山口真由女史の言う「俯瞰力」とは。
 10ページ:頭と心、理論(Logic)と感情(Emotion)。
 あとがき:知能指数とは。良き理解者へ。あとがき。
 別冊:色盲とIQ。色が絡むとIQ(判断力?)が著しく下がる。
 別冊:知能指数(標準偏差15,16,24換算表)と出現率をエクセルでまとめてみた。
 別冊:国別のノーベル賞受賞者数とメンサ会員数。
 追加少年からのお便り。
 追加知能検査で天才を探す欧米と、診断目的でしか使用されない日本。
 追加学力偏差値でいうところの上位2%とは。
 追加IQ 162以上を正確に測定できるのか。唯一の解答者は「運命の人」なのか。
 追加賢い人、賢くない人の特徴。IQ、学力、知識を束ねるのは性格(感情)。
 追加天才とEQ。スティーブ・ジョブズのEQは高いのか。 現在ページ。

Photographer&Engineer: Charlie
JAPAN MENSA会員
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by charlie-ls | 2015-12-19 11:10 | 【赤坂】ルチアーノショー寄稿ブログ
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いIQ(または学力、知識)を持っているのに“上手く”いかないのであれば、それは大凡性格(感情)が災いしている。

これは、為替や株のトレードが実に良い例だ。専門家と言われる人達は、高学歴で、誰よりも多くの専門的知識を身につけ、そしてより早く有益な情報を得られる特別な環境にいながら、大金持ちは増えていかない。自宅でトレードでき、上司もいない。人間関係とかコミュニケーション能力、世渡り術は一切問われないのにも関わらず。

IQ、学力、知識がどんなに高くても、それらでは計測されていない、性格(感情)がその能力を阻害しているからだ。

ここで言う性格(感情)は、世間の言う「EQ」とは違う。EQはおおむね「協調性」の評価が主体であり、集団行動を前提としている。しかしそれは、個人宅のトレーダーにとって、何ら重要な要素ではなく、ここでは意味をなさない。

仮に「IQ」で“賢さ”は計れないとした場合、社会における「実践」(現場)ではどういった点で判断するのか、心理的側面から分析してみた。
※あくまで私の感覚なので、皆さんの感じ方は異なるかもしれない。


い人は、素直にいいものを「いい!」と認める。
自分がゼロから作るよりも、いいものはいいと認めて、参照・引用・紹介、参考にした方が早いし(この迅速・速報性を競う傾向がある)、その方が「質が高い」事を知っている。見たもの出会ったものが(今の自分よりも「優れている」と理解する力がある。見栄を張って無駄な時間を消耗しない。決して「追いつけない」とか「負けた」と卑屈になるわけではなく、現時点での自己評価が「正確」だ。そして、下手に講釈をたれて、3時間も喋った後に、スマートフォンをいじっている若手を注意したかと思えば、わずか30秒でもっとわかりやすい文献・記事を見せられた時のかっこ悪さの方に気を遣う。現代的でもある。

何をかっこ悪いと思うかで、その人の本質的な性格が見てとれる。往々にして、コンプレックスやトラウマ、苦手意識が大いに表面化する。

賢くない人は、例えいいものであっても、何かしらケチをつけることで自分の優位性を示そうとする。
示そうと努力しているのであって、実際に示せるかというとそうではないことに気付かない。「悔しい」(または「うらやましい」)という感情優位になり、「自分だって(本気を出せば)このくらい(或いはもっといいものを)は作ることができる」と振る舞うことで、いつしか本当に錯覚してしまう。大方周囲は大して期待していないか、「あなたには無理」と思っていることにも気付かない。しかしそれがまた「意固地」になる原因にもなっている。周りが「認めようとしない」(妨害されている)と受け止めてしまう。被害妄想に陥る。「その場」での優位性(優越感)に拘る傾向が強く、「知らない」ことを“かっこ悪い”と感じるので、「あぁ、あれはね、あーなんだよ、こーなんだよ」と、知らないことでもつい適当なことを語ってしまい、後始末に追われるはめになる。

/*
相場で言う、「損切り」の決断タイミングは、これらを明確に示してくれる。
前者は素早く、後者はロスカットまでいく。
*/


後者においては、ホテルのラウンジなどで演じる「カバーバンド」(ソロでもいいが)などに、時として共通した感情(自己主張)が見られる。
有名な曲をカバーし、拍手がおきる。が、せっかくの名曲なのにアレンジしすぎて(自分色、個性を重視しすぎて)、場合によっては「原曲通り演奏してよ!」とクレームが出る。「私はただのCD再生機ですか」と言いたくなる気持ちはわかるが、多くの場合、客席にいるのはそのバンドのファンなのではなく、ラウンジの顧客だ。名曲が流れたことに対するフィーバーであって、バンドの個性とか色とかを求められているわけではない。それを求めてもらえるバンドは、カバーバンドでないことの方が当たり前に多く、カバーバンドである限り、名曲を忠実に再現することの方が拍手を得られやすいことも当然の結果だ。
既にバンドとして成功していて固定ファンがいる場合に、ファンサービスとして名曲をカバーし、オリジナルアレンジを聴かせるのならば、ニオイすら放たんばかりに、個性が強ければ強い程喜ばれるだろう。ファンはそのバンドの「色」を愛しているのだから。

自分がなぜココにいるのかを考えたら、本来はわかっていて当たり前(他人のことなら冷静に判断できるはず)なのに、いざ自分のこととなると、「ラウンジのBGM」という立場を忘れて個性を主張し、しまいには「ここのリスナーには感性がない」と、自分のファンでもない「ラウンジの顧客」にダメだしする人さえいる。
そして同僚にさえ「自分でコンサート開いたら?」と軽くあしらわれてしまい、「世の中おかしい!」とまで感じるに至る。

これは、どちらがいいという話ではなく、「向き不向き」(=自分の特性)を理解していれば、下手な主張をして、結果的にハズすこともなくなる(はずなのに)というサンプルだ。
芸人コロッケのように、物まねで大成功する人もいるのだから。彼は、個性のかたまりであり、真似ているオリジナルの人物を更に個性的に仕立て上げる力さえある。※長らくテレビ出演のなかった芸能人を、ゴールデンタイムに引っ張り出すこともある。

「賢さ」は己を知ることから始まる。
そして、相手から自分に何が求められているのかを知ることに終始する。
それをうまく取りまとめ、自己消化させる際に、性格(感情)に大きく左右される
一言で言えば、客観的に需要と供給を理解することだ。

分自身が自分の過去についてよく知っている。
「示したい」と思う気持ちは、自分の能力を他人が「まだ」(*1)わかっていないと思っている。それは、他人が自分の能力を思い知るようなことを、まだ何もしていないことを知っているからだ。※既に実績があるならパンフレットでも出せばいいのだから。
だからその(思い知らせる)日が来るまで、いかなる他の能力も認めようとしない。「負けを認める」ことと勘違いしてしまうのだろう。
(*1)本当に「まだ」(未)なのか。或いは能力がない(並なのか劣っている)のか。現時点での「相対的」な評価が正しくできない時点で、己の座標を見失っているのだから、少なくとも賢くはないし、自己過大評価の可能性が極めて高い。

「知らない」「わからない」は決して“間違い”ではなく、知ればいいし、解ればいい。

参考資料:
能力の低い人ほど根拠のない自信に満ちあふれている。「ダニング=クルーガー効果」とは?
http://karapaia.livedoor.biz/archives/52191924.html


飽くまで「現時点」での「相対的」(社会的、一般的、世の中的)な評価だと念を押したい。
さもなくば、IQのように「人の能力を測ることはできない」とかき回されることになっていまうから。

それでも「相対的」の基準となる社会的、一般的、世の中的と言われると、「社会って何なの?一般って何なの?世の中って何なの?ワケワカンナイ!」と取り乱す人が、必ずと言っていいほど存在する。
いや、その社会とか一般とか世の中に認められたいから自己主張し、受け入れてもらえない反動で他人を認めたくなくなってるのでしょう?と聞かなきゃいけない張本人のはずだ。
本当に他人を気にしていなければ、「普通(社会、一般、世の中)の人って確かにそうだよね」と、ひっかかりもしないのだから。

/*
CDを売りたい音楽家にとって、売りたい相手は社会であり世の中だ。その中には一般人もプロもいるかもしれない。それでも“「一般的に」売れる曲”というものが存在することは事実であり、自分の曲が売れないこととは関係ない。そこで社会とか世の中とか一般という定義そのものに文句を言ったところで、売れないという事実は変わらない。その売れない事実をもってして「一般的にこの曲は売れませんよね」と言われても、事実でしかない。
そこで例えばロックバンドは、「世の中」の「一般」とか「普通」とか、そういう「枠」をぶっ壊してやりたい!と意気込んでみるが、本来それを壊す必要はなく、自分の曲を好んでくれる人達に聴いてもらえばいいだけだ。他人の領域を壊すのは、押しつけの正義でしかない。例えるなら、他人の家のインテリアが気に入らないから、「ぶっ壊してやる!」と入り込んでぶっ壊し、自分のインテリアに置き換える行為に似ている。
*/


が、「示したい」のは、実は他人に対してではなく、本当はまず自己に示したいのだろう。
やればできる、俺(私)の能力は本当はこんなものではない、必ずいつか見返してやる。と言った具合に、実際には自分に、他人が納得するような材料を持ち合わせていないことを知っているから、他人から高い評価を受けるはずもないことを自覚している。潜在的には。

しかし問題は更に悪化する。いいものをいいと認めず片意地をはっても、周囲がそれを「いい!」と認め、いつしか(例えばノーベル)賞をとったり、教材に載ったり、社会的に「いい」と賞賛され、いいことが“事実”になった時、再び自分の過去=「ケチを付けた」という“実績”が重くのしかかってくる。その時になって「ほらね、いいねって言ったでしょ」と居直る人もいるが、どうせ相手にされていない(社会にも“スルー”という自然治癒力がある)はずなので、ここでは取り上げない。
もちろんその時、もっといいものを創り上げていれば、反論することも、認めさせることもできるだろうが(一度アップルを追い出されたスティーブ・ジョブズのように)、残念なことに周囲は「いいものを見抜く力が(も)ない」という評価へと傾いているだろう。明らかに後退(悪化)している。
それが結果として、「社会とか一般とか世の中って何なの?」という破綻を導いてしまう。要は、周囲の評価基準と自分の示したいものがかみ合わないので、その基準自体を壊そうという破壊行為だ。


壊行為
精神の破綻を来すことで見られる衝動的な“発作”だ。
児童虐待、動物虐待、性的虐待、いじめなどがまさにそうだ。いずれも自分の優位性を示そうとすることで行われる(なおかつそれで欲求を満たそうとする)。
そういった人達は、自分が絶対に勝てないと思うような、例えば街でイノキを見かけたからといって、いきなりドロップキックはしない。

ちびっこが、スゴロクや将棋、囲碁、チェスなど、何かしらのゲームを大人とやっていて、負けそうになったら「ちょっと待った」とか、一手戻してみたり、相手の手に対し「それはなし」とかケチつけてみたり、「大人なんだから手加減してよ」とか、盤をひっくり返してブチ切れてみたり、そんなシーンを自らやってみたり、或いは見たりしたことはないだろうか。
自分の思い通りにならないとルール自体にケチをつけたり、更にはゲームそのものに欠陥、または相手という人間性に問題があるとでもいいだす。「大人げない」とか(笑)。

大人になれば、それがあまりにも愚かな考えだということに気付くものだが、実は本当にそれがわかっているかどうかが、「社会における賢さ」につながっていると考える。

そう。IQとはまた更に別の領域。
IQで賢さが計れないとすれば、まさしくこの領域のことを指しているに違いない。

社会における。
社会。
それに認められないから、「社会って何?一般って何?普通って何?」と破綻するのであれば、好きなものほど振り向いてくれないと辛い恋愛のソレに似ている。決して異常でも何でもなく、極めて一般的な感情だ。

とはいえ、ここは四次元空間ではないのだから、まずは自分の座標を確定させる必要がある。
「日本」でもいいし、「東京」とかでもいいし、「男」「女」とかでもいい。
例えば知能検査は「日本」という前提で日本語で出てくるから、「英語もできないくせに」と言ってもしょうがない。私も英語の問題が出てきたら、当たりが悪ければ(知らない単語ばかりなら)70を切る可能性があるし、見事大当たりなら逆に加算されIQ 150が出せるかもしれない。
英語のオンラインIQテストを追加した。低くなるどころか、なぜか逆に高くなるという不思議な傾向を確認した。当たりがよければの前提だが、英語のIQテストは単語を知ってるだけで高く出るようだ。

そこで「偏差値」が出てくる。
いかなる試験もテストも、日本人全員に受けさせたわけじゃないから、当然標本調査だという前提で、その標本の基準となった人達を「一般的な」「普通の」と見なす。これも「つまんだ」人達が偶然全員メンサ会員だったら、ソレが普通になるということだ(IQテロをご参照願いたい)。
だから「IQが高い」というのも、そのテストにおいて低い人がいてくれるからこそ、「高い」という優位性を示せるのであり、どこまでいっても「一般的な」「普通の」人達が、宇宙で言えば“ダークマター”のように埋め尽くしている空間の中に我々は存在している。

ある能力が高い人は、その能力が低い人の存在によって「高い」と支えてもらっていて、その反対に、ある能力においては自分が支える側にいるということでもある。何も不公平ではない

言い換えると、私が私であり続ける根拠となってくれている「みんな」だ。

(多くの場合は、結果が低く出たか、簡単すぎて表紙抜けしたケースだろうが)「こんなの偏ってる」「不公平だ」といい、ルールを変えさせたとする。
例えばメンサのように「上位2%」という何らかのテストに落ちたとしよう。残りの98%の人にとっては不公平で偏っていたテストかもしれないので、その98%の人達が得意とするテスト内容にする。そうすると98%の人達が「普通」の基準になるので、それらの問題は「できて当たり前」になるから、高いスコアリングが行われない(平均が上がって偏差値が下がる)。そこに僅か数問であっても、当初の98%の人達が苦手とした(不合格の原因となった)元々の問題が含まれていて、結局はこれが解ける初代上位2%の人達が高くスコアリングされるという結果になる。

パラドックスのようだ。
「最初の上位2%が、ルールを変えても常に上位2%になるのか?」と問われると、決してそういうわけではないんだが、「98%の人達が得意とする」テスト内容に変更した場合、2%の人にとって不利になる確率はどのくらいだろうかと考えると、大凡この結果となるのではないかという仮説だ。
※1問1問の重さ(スコアリング)が均等ならそうはならない。

そしてまた、「今回の問題も偏っている!」と訴える人が必ず存在する。「上位2%」の反対側に立った人は、常にその可能性がある。
ではどこで満足するかというと、自分が上位2%になるように調整された問題においてだ。
多くの人が得意とするカテゴリでは平均が高くなるだけで、偏差値的には更に厳しくなるのだから、極めてマニアックな自分有利ルールのテストにする必要がある。

では極めてマニアックなルール。バイオリン速弾きコンテストとか。外科医手術コンテストとか。
「それなら任せろ!」と参加する人達は、その道の専門家ばかりなので、平均が極めて高く、偏差値が下がり、その中の上位2%を争うことになる。
もちろん、バイオリンを触ったこともない人や、外科医でもない人も含めた平均から算出する統計自体に意味がない=需要がないから(*2)、少なくともバイオリンを弾く人、外科医という母集団における平均を基準とすることになる。
(*2)これ(需要)こそが「世の中」「一般」「社会」の効力の根拠だ。日常の生活(学校や社会で)平均的に必要とされる能力(の全部または一部)ならば「人類」を母集団とし、それ以外の項目は、そのカテゴリに所属する(専門的な)人達を母集団とする。

/*
ここで使っている「平均が上がって、偏差値が下がる」という表現は、同じスコアを出した場合に、周囲の平均が上がっているため、自分の優位性が失われ、偏差値にすると「普通」に近づくという意味合いだ。日本から出なければ何も変わらなくとも、ドルやユーロが日本円に対して上がると、日本人が値下がりしたように見えるソレ。
*/


そこでたった1つの質問にたどり着く。
自分の最も得意な<何でもいいから>事で、参加者中の上位2%に入れるか。

せっかく自分有利ルールに調整していったのに、むしろ条件が厳しくなった気さえしないだろうか。しない人は上位2%が現実(実績)的に確定している人だ。
余程、世界で1人しかやってないような、極限のマイノリティ分野の第一人者(というより唯一の存在)でない限り。でも、そうすると1位も2位も、上位2%もない(笑)。

社会的に、一般的に、世の中的に「普通」なテストであろうと、専門的な、マニアックな、特別なテストであろうと、対象となる母集団100人中1位か2位になるのは簡単ではない。その事実は揺るぎない。


分の能力を示すスコアが著しく低く出るテストを、「これこそが正しい評価だ!」と言う人、言える人はなかなかお目にかかれない。
もしそんな人がいれば、「感情」を捨てた「公平性」を兼ね備え、例えそのテストのスコアは低くとも、自分の能力に加え、他人の能力の価値とその「差」を測るだけの「俯瞰力」を持っているのだから、例えば「コーチ」「アドバイザー」「プロデューサー」など、自分が「選手」にはならなくとも、人の能力を正しく評価する力があるに違いない。

/*
前述のカバーバンドの例に対して言えば、自分は歌も楽器もダメでも、CMに見事なまでにマッチする曲を選び、それで大ヒットし、原曲のアーティストに感謝される人もいる。これは他人の作品の「良さ」を見いだす仕事であり能力だ。
*/

他人の能力を理解できるということは、その本質的かつ基礎的であり、更には応用までを感じ取ることができるのだから、これは極めて知的だ。

例えば、オリンピックで金・銀・銅メダルの選手の技術的優劣を正確に採点できるだろうか。
100メートル走などはいい。ストップウォッチがあればその日、その場の優劣は付けられる。
フィギュアスケートや新体操、オリンピックにはないがバレエなども、世界のトップ3の実力を個別に正確にスコアリングするためには、選手自身と変わらないか、それ以上の知識と感性を備えていなければならない。なぜなら、「未知の技」を本人が気付かずに披露する可能性もあるから。

そう。問題なのは、自分がなぜ「低い」のか理解できない人だ。これは本当にスコアが指し示す以上に「低い」。
他人の高さを理解すれば、自分の低さがわかる。その反対も然りだ。身長やビルの高さを比べることと本来は変わらない。
それが、他人の高さがわからないものだから、そもそもその競技(テスト含む)の存在意義も恐らくは理解していない。当然、敬意を示せない。

サッカーでなかなか得点が決められない自分に腹を立てて、サッカーのルール自体がおかしい!と言い出したら、それはスポーツマン精神に則った主張だと言えるだろうか。ひいては、そのスポーツに携わる人々全員を侮辱することになる。

そして自分ルールに変えさせようとしたあげく、そのルールでも上位に入れないことに嘆く。低いから入れないことにいつか気付くのか、最後まで気付かないのかはわからないが、他人の能力の高さが理解できない限り、自分自身の座標が確定しない。「居場所がない」ということだ。

いや、社会(他者)から見た座標は確定しているだろう。見下されてるかもしれないし、自分が思っている以上に評価が高いかもしれない(これは少ない。なぜなら高い評価については他人は口にするからだ)。
自分自身の座標が確定していない人には何が起きるのか。
まさしく四次元空間の中で、クルクルと回転し、方向感も重力も引力も何も感じられない状態だ。そして自分が今まさにクルクルと回転しているその「空間」にさえケチを付ける。例えば「私が貧乏なのは国の政策がマズイからだ」といったように。それでは一般家庭から大金持ちになった人の説明が付かない。

恐らくは「努力が足りない」と自己責任の話になる前に矛先をすり替えているだけだ。
では「自分が成功する社会」にした場合、他人が失敗するか「並」に下がってもらわないと、相対的に自分が高くならない。
ということは、誰かを引きずり下ろして自分が上がることを望んでいる人でしかない。

みんなが成功する社会?
現在から未来について語るならば、理想としての数字的にあり得るが、その時が訪れるとソレが平均になるから、IQで言えば全員が100=普通になる。

結果として、全員が「均等」になることを望むか、自分が上がり、他人が下がることを望むのかの二択しかない。
※均等な社会とは、ただ「線」が無機質に並んだり交わったりする二次元社会に感じる。

こうしてみると、前述の「ちびっこ」と何か違いがあるだろうか。
どこまでいっても、性格(感情)が支配している。

改めて言うが「EQ」ではない。

だから私は、IQが高くても、学力や知識が優れていても、自分自身の感情がコントロールできない人は、その能力が発揮できないどころか阻害され、うまくいかないと考えている。

これが社会、世の中、一般的な空間における成功するか否かを決定付けていると言ってもいい。
EQと性格については、次回スティーブ・ジョブズを例としてお届けしたい。


初のテーマに戻って、本質的(特定のテスト結果ではなく総合的)なIQが高そうな人と、そうでない人の特徴(私見)をまとめた。

IQが高そうな人(A):情報のネタ元(出所)を紹介する。ニュース記事、ブログ1つとっても。自分の手柄にせず、引用、参照をもって、ネタ元に敬意を払っている。例えば「聞いた話だと、こうらしいよ」という思わせぶりな表現は使わず、さっさとリンクを張る。

そうでない人(B):「オレの知り合いに〜」「特別に教えてもらった情報」などと、自分だけ特別に得られた情報だと振る舞い、決してネタ元を明かさない。

googleが存在する限り、3つのキーワードを発した時点で情報源(記事、文献など)は特定される。

(B)は自分が「話題の中心になる」メリットをとることに対し、(A)は「有益な情報源を提供することで感謝される」メリットを選ぶ。社会における「(中長期的)存在価値」という観点から(A)の方が合理的だ。

(B)の場合、ネタ元が割れた時点でスルーされ、周囲の興味はネタ元に向かうし、周囲は必ずネタ元を割だそうとする(出し抜こうとする)。なぜなら、多くの場合「あいつにそんな特別な情報が入るはずがない」と踏んでいるから。踏み台にしかならない。

(A)は一瞬なりとも、周囲はネタ元にしか興味がなさそうに感じるかもしれないが、その後も有益な情報が得られるかもしれないため、「情報屋」的な価値があり、関係が維持される。そして最初の情報源であれば(または、早ければ早いほど)、ディスカッションの相手として存在が確立する。なぜなら他はまだ意見を述べる状態に至っていないからだ。先駆者的とでも言おうか。

そしてリスク管理だ。もしその情報がデマや誤りだった場合、(B)は本人及びその知人まるごと使えない存在になってしまうが、(A)はあくまで情報源の「誤報」を引用したに過ぎずない。どこまでも現実に忠実だ。

本人の見た目(職業や役職、所得など。最近ではgoogle検索能力)以上の情報は入ってこないのだから、さっさとネタ元を明かす方が賢い生き方なんじゃないかと思う。

また、IQとは別に、インターネットがなかった時代に生きた世代にも同様の特徴が見られる。

「オレの知り合いに●●を▲▲してるやつがいて、この前は■■が××になったらしく、特別に見せてもらったんだけど」「あっ、それYoutubeで見ました(3ヶ月前)」的な。

今のパソコンを使いこなす20代若手の検索能力は非常に優れている。
※ただし、スマートフォンしか使わない(パソコンを持っていない)人達は、30代のパソコンユーザーと比べむしろ後退している。

自分のところに情報が回ってきた時点で、偏差値的に分布を考えた方がいい。
世の中的に、自分の手に入るんだから、他の人も早かれ遅かれ手に入るのが普通だと考えた方が間違いがない。自分だけに手に入った情報は、フィッシング詐欺の可能性が高い(笑)。

オバマ大統領と私がFacebookで友達になったとしても、大統領のニュースフィードで得られる情報は、私だけの特別なものではないし、大統領が「公」にして良い情報のみに限られる。そこで私が「オバマ大統領から特別にISISへの見解を聞かせてもらったんだけど」なんて言おうものなら、「あ、私も今朝読みましたよ、その“ツイート”」的なことになる。
Facebookだけでなく、ツイートもしてたのか!じゃ手遅れだしイタイ。

インターネットがない時代は、そうやって自分を凄そうに(価値高い人間かのように)振る舞うことで、実際に周囲はそれに惹かれてついていく時代が存在したのも確かだ。
「黒塗りのベンツ」とか、今じゃどうでもいい大げさな表現が沢山あった。この15年は「俺んち白塗りジャガー」「私んち桃塗りロールス」みたいな。

こうして、時代の流れに合わせて、賢く見える振る舞い方とは変わるものであり、もし何かを他人に示したいのであれば、社会、世の中、一般の「目」が判断している“評価”基準に沿った実績を提示するしかない。

現時点での私の結論として、社会とか世の中とか一般とか、そういったものを壊せば、自分を自分たらしめる相対的対象物を失い、必然的に自分も“無価値”になることを意味するということだ。

というわけで次回は、天才スティーブ・ジョブズを例として、才能、感情、性格、EQなどの相互作用を分析してみたい。

11月13日、15日、12月15日、「オンラインIQテストの信憑性をメンサ&WAIS-IIIと比較。」にオンラインIQテストを4件追加した。

お知らせ:気になる記事にコメントを添えてご紹介するチャーリーのタンブラー(毎日更新)を始めました。

■目次
 1ページ:噂のメンサは本当に高知能なのか。実験台になってみた。
 2ページ:WAIS-III ウェクスラー成人知能検査を受けてみた。全額負担で。
 3ページ:オンラインIQテストの信憑性をメンサ&WAIS-IIIと比較。
 4ページ:Cambridge Brain Sciencesをやってみた。
 5ページ:「上位2%」は100人に2人や50人に1人とは限らない。パラドックス的な。
 6ページ:知能レベルが高い人ほど人を信じやすく、低い人はあまり人を信じない?
 7ページ:言語性知能。片言の外国人との会話から考察。
 8ページ:知能、お金、容姿。○○だからいいってもんじゃないという不思議な理屈。
 9ページ:東大首席の山口真由女史の言う「俯瞰力」とは。
 10ページ:頭と心、理論(Logic)と感情(Emotion)。
 あとがき:知能指数とは。良き理解者へ。あとがき。
 別冊:色盲とIQ。色が絡むとIQ(判断力?)が著しく下がる。
 別冊:知能指数(標準偏差15,16,24換算表)と出現率をエクセルでまとめてみた。
 別冊:国別のノーベル賞受賞者数とメンサ会員数。
 追加少年からのお便り。
 追加知能検査で天才を探す欧米と、診断目的でしか使用されない日本。
 追加学力偏差値でいうところの上位2%とは。
 追加IQ 162以上を正確に測定できるのか。唯一の解答者は「運命の人」なのか。
 追加賢い人、賢くない人の特徴。IQ、学力、知識を束ねるのは性格(感情)。 現在ページ。
 追加天才とEQ。スティーブ・ジョブズのEQは高いのか。

Photographer&Engineer: Charlie
JAPAN MENSA会員
AEAJアロマ検定1級(笑)

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1号赤坂店は2014年末で閉店致しました。

by charlie-ls | 2015-12-18 15:05 | 【赤坂】ルチアーノショー寄稿ブログ
ルチアーノショー寄稿ブログ

19日。ボジョレー・ヌーボー解禁日。
フランス製品の消費に貢献すべく、19日昼、デパートのワイン売り場に向かった。自分でボジョレーを買いに行くのは10年以上ぶり。

村瀬マネージャー(元)に「今年のおすすめは?」とメールを送ったら返事が遅いもんだから(笑)、同じくボジョレーを買いに来ていた知らないオバサン(といってもお金持ちそうなマダム)話し合って白ヌーボーを買うことにした。

11月第3木曜日に解禁とフランスの法律で決まっていて、ボジョレー地区でできた今年の赤ワイン、ロゼワインを「ボジョレー・ヌーボー」と名乗っていいことになっている。白はない。
「ヌーボー」は「新酒」という意味。
私が購入したルイ・ジャド(Louis Jadot)の「Mâcon-Villages Primeur」(マコン・ビラージュ・プリムール)は、ボジョレー地区から北に行った「マコン」(マコネ)地区の白(シャルドネ)ヌーボー。「ボジョレー・ヌーボー」とは名乗れないが、同じく今日解禁の新酒。

売り場でのシーンが思い出すだけで笑える。ご紹介したい。

知らないオバサン:「赤か白迷うワ。白オイシイ」(テイスティングしながら)
デパートのソムリエ:「そういう時は赤も白も両方いかがでしょうか」
知らないオバサン:「そうね〜。そうすれば迷う必要はないけど、迷いたいのよ。わかる?」
デパートのソムリエ:「あっ、はっはい」(たじたじ)
私:「白ですね」(いきなり)
知らないオバサン:「えっ、うそ、やっぱりそう?」(ずっと一緒にいた感じで)
私:「やっぱりそうです」
知らないオバサン:「オイシイわよね、マコン」(詳しそう)
私:「はい、素晴らしい出来です。では、私が白を買うので、赤をお願いします。2人で手分けする感じで」
知らないオバサン:「ちょっと待って、手分けするのはいいんだけど、私が白じゃだめなの?」
私:「だめです」
知らないオバサン:「えっ、うそ、私が白であなたが赤にしない?」
私:「検討した結果だめです」
知らないオバサン:「えっ、やだ」(他のお客さんの顔を見渡しながら、なぜかはしゃぐ知らないオバサン)
私:「それぞれのイメージで決めましょう。私どんなイメージですか?」
知らないオバサン:「あなたはホラ、赤よ。やっぱりイタリアとかスペインってカンジするし」
私:「今フランスワインを買おうとしてるんですけど(笑)」
知らないオバサン:「私どんなイメージ?」
私:「やっぱりクリームシチューってカンジです」
知らないオバサン:「じゃ、白でしょ?あらホント?ウレシイ」(周囲に賛同を求めるオバサン)
私:「ではここは1つ、一緒に白を買いましょう」
知らないオバサン:「そうよ、そうしましょう、やっぱり」(一瞬ヒラリー・クリントンに見えた)
※初めから白しか選択肢はなさそうだった(笑)。

f0337316_22415282.jpg
ルイ・ジャド マコン・ヴィラージュ・プリムール [2015]

そうして話し合って白ヌーボーを買った我々は、支払い待ちの際、売り場に来ていた(他のワインの)醸造責任者(フランス人)と話をすることになった。

私:「私は普段カリフォルニアワインばかりだが、今年の白ヌーボーは力強いし、気品がある。まるでフランスという国そのものだ。フランスは決して屈することはない。陰ながらワインとチーズを買って応援している」

開口一番、気持ちを伝えたところ、通訳が話し終わる前に醸造責任者からハグされ、握手を求められた。なぜか一緒になってハグして握手しているオバサンって、どこの誰だっけと思いながらも、とても嬉しそうにしている醸造責任者とオバサンを見て私も嬉しくなった。


フランス国旗を掲げることは、テロの口実を生み出すリスクがあるという記事を読んだ。
そうかもしれない。
実際、昔の日本なら売り場からフランス製品撤去とか、フランス人スタッフ解雇とか、リスクヘッジとしてフランス排除に向かっていた可能性を感じる。フランス語を喋っている人と一緒に居るだけで狙われるんじゃないかという噂さえ広まっただろう気がする。

学校の無視・シカトみたいに。
あの子と付き合うとあなたの印象が悪くなるからだめよ的な。
イジメ、差別、偏見の始まりだ。

私は違う。
フランス人スタッフと働いたし、フランス人ダンサーの写真も撮ったし、多くのフランス製品を仕入れ販売もした。ここでいきなり、自分の身に降りかかってきそうだからって、フランスとは一切関係のないフリをするなんて、私にはできないし、絶対にしない。
世界中がそんなことしたら、フランスは孤立してしまうじゃないか。

「絆」とかなんとか言っていた日本はどこへ行ったんだ。

f0337316_10340139.jpg
ルチアーノショーには、ダンサーを含む全従業員の国旗が飾られていた。
オリンピック選手もいたので、オリンピックのフラッグもある。赤十字のフラッグもある。

/*
Facebookのプロフィール写真にフランス国旗を重ね合わせる件に対し、なぜレバノンはないのか、なぜロシアはないのかと騒がれている。
同盟国とかG7とかNATOとかEUとかユーロ圏とか、そういう社会的なことは考えないのだろうか。ヨルダン大使館のホームページを見ると、イスラエルの入国スタンプがあるパスポートでは、レバノン(やその他の紛争国)には入国できないとある。そのくらい「国交」とか「紛争」とか、大きく影響しているんだから、フランスが先に用意されたからって不思議じゃない。
※私の周りは極端にロシア人が多いため、ひいき目に見てもフランスの方が先だろうなと理解できる。

レバノンの人口は446.7万人、フランスの人口は6,603万人。
その家族・親戚、取引先、先輩・後輩などの数を考えたら、もしFacebookが同じタイミングで国旗を用意していたとしても、圧倒的な数の差があったに違いない。それは差別でも何でもなく、関連している人達の数の違いだ。

もし均等を求めるならば、アメリカやG7国が、日本と全く同じように北朝鮮を支援したら日本人は何というのだろうか。途端に「アメリカは裏切った」「アメリカは信用できない」とか言い出すんじゃなかろうか。
それが突然「聖人君子」になって、あらゆる人に均等に接するよう求め出すのはなぜなのだろうか。平和ぼけして理想主義者になったのだろうか。私にはわからない。

Facebookが国旗を用意しなくても、Wikipediaに行けば世界中のフラッグが手に入るんだから、自分で写真に重ね合わせて載せたらいいんじゃないだろうか。まだ一人も見かけたことがない。Facebookが用意しないと何もしない・できない人達なのだろうか。そもそもFacebookは国営でも何でもなくアメリカの民間企業なんだから、例えば社長の奥さんや家系にフランス人がいたらフランスを優先したとしても、罰せられるような話じゃない。

念のためリンクを張っておこう。
レバノンの国旗
ロシアの国旗

今後そういう人と向き合ったらところでレバノンを地図でちゃんと指せますか?と問いかけようと思う。

私は日本赤十字のお知らせで、パリのテロの前日にレバノンでもテロが起きたことを知っていた。
フラッグを掲げなくても寄付することはできるし、人のやり方にケチ付けるよりは、自分なりの行動を起こそうじゃないか。と思う。
*/


f0337316_10574490.jpg
ルチアーノショーでは毎周年、エンディングではWe are the Worldを合唱していた。
もともとは「USA for Africa」だが、ルチアーノショーではコソボ紛争のための「パバロッティwith Friends」版が流れていた。
なぜアフリカだけ?なぜコソボだけ?なんて言う人はいなかった。

言い出すと止まらないから、この辺で。


帰りにチーズ売り場に寄ると、トリュフ入りのフロマージュなおフランスチーズがあったので、それを買って白ヌーボーと合わせることにした。
これがまた、信じられない程よく合うし、オイシイ。
ボジョレー(赤)の出来もよかったが、今回は白ヌーボーにしてよかった。
本当にオイシイ。今までで私が飲んだ若いワインの中で、明らかにナンバーワン。自信満々でオススメする。

私にとってのフランスは「香り」だ。
アロマテラピーやパフューム、ハーブ、ワイン、チーズ、コニャック。
この香りが世界中に届き、人々を魅了した。そう言っても過言ではない。

そんな本日のBGMは、愛の賛歌 by Édith Piaf

フランス人はラテン民族だ。
悲しい時ほど、唄い、手を取り合って踊る。
そして明日という日に乾杯する。
私が知っているラテン民族はそういう人達。

f0337316_22181214.jpg
エッフェル塔も無事に営業再開した。
またいつの日か、美しきパリの街に降り立ち、シャンゼリゼで乾杯したい。

ブログを書き始めた頃、村瀬マネージャー(元)から返信が来た(笑)。
元気そうで何よりだ。

追記:レバノンではテロ当日から「食の祭典」が開催されていた。
セクシーなチョコレートドレスも披露、レバノンで食の祭典開幕
http://www.afpbb.com/articles/-/3066426

中止もしなかったようで、強さを感じる。

Photographer&Engineer: Charlie
JAPAN MENSA会員

関連するブログ記事:I Love Paris

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1号赤坂店は2014年末で閉店致しました。

by charlie-ls | 2015-11-20 11:05 | 【赤坂】ルチアーノショー寄稿ブログ

I Love Paris

ルチアーノショー寄稿ブログ

私はパリが好きだ。
シャンゼリゼのカフェで吸う葉巻はこの上なく美味しい。

風が吹く度に、次のシーンへとページをめくってくれるような、ドラマチックな街。

パリはとてもお洒落で色気があって、ロマンがある。
名実ともに、世界中の人々を魅了し、虜にしてきた。

今私に何ができるか考えてみた。
とりあえず何か買うときはフランス製のものを買うことにした。

寄付できる人はもちろんそれがいい。
寄付する余裕がなければ、日頃購入している必需品をフランス製のものにしてみるのも1つの貢献じゃないだろうか。

自分が働いて稼いだお金を何に使うか。
それは自分の時間と労力への対価を捧げるのだから、気持ちだけじゃなく行動としてとても意味のある行いだと思う。

フランス製のものって、いわゆる「嗜好品」が多い。少なくとも私の身の回りは。
シャンパン、ワイン、チーズ、コニャック、スイーツ、香水、アロマ、ブランド品、装飾品。
そこで「不幸があったから贅沢は控えよう」という精神は悪くないが、そうするとますますフランス経済に打撃を与え、テロ被害を二次的に広げてしまう。

震災の時、福島県産の農作物の購入が呼びかけられていたことを思い出した。

特にパリは世界有数の観光地だ。
観光客が減れば、これも一大事だ。
多くの従業員を抱える有名ホテルなど、さぞかし対応に追われているに違いない。
「こんな時にビジネスの話してる場合じゃないだろ」と言ってみるのはいいが、彼・彼女らにも生活があるし家族がいる。今日も明日も食べて行かなくてはならない。それはテロが起きても起きなくても同じだ。

かといって、今観光でパリに行くことで貢献できるとは思えない。
現地に行ってできることも少ないし、素人考えの「加勢」はかえって邪魔になることは、これまで幾度となく報道されてきた。

 テロの夜、パリ市民はハッシュタグで救いの手を求め、差し伸べる
 http://wired.jp/2015/11/14/parisians-use-porteouverte-hashtag/

 ※記事後半に「注意事項」が書いてある。もっともだ。祈りや投稿が「ファッション」になっちゃいけないし、部外者が邪魔しちゃいけない。

じゃ、日本にいて、邪魔にならないように何ができるか。
そこで今回の考えに至った。

「I Love Paris」
「Pray for Paris」にしなかったのには理由がある。
赤十字のFacebookページには、数日前レバノン(ベイルート)でも自爆テロが起き、支援活動中だとある。
が、世界は今パリのために祈っている。

祈るのはタダなんだから、パリだけのために祈るんじゃなくて、世界のために祈ればいい。
でも消費に関しては、レバノン産のものが見当たらなかった。だから寄付がいい。

人の命に優劣は付けられない。
それでもG7国は経済的な影響力が大きい。特にユーロ圏におけるフランスの存在は極めて大きい。
だから人々がパリのために祈るのはわかる。

そう。優劣とか優先順位の話みたいで、表現がとても難しい。
私なりにいろいろ考えてみた。パリには行ったことがあるが、レバノンには行ったことがないし、ルチアーノショーでフランス人のスタッフはいたが、レバノンのスタッフは居なかったとか。文人米澤を筆頭に、パリに住んでいたスタッフもいる。パリの有名な女性カメラマンが、私の写真にいいね!を付けてくれたりもした。

そこで素直に、私はパリが好きだ
それでいいんじゃないかと思った。

どんな苦境に立たされても、あなたのことが好きだと言ってくれる存在って、心強い。

例えるなら、Facebookの「Like」は、日本では「いいね!」だが、ここで1つ「Like」に戻ってみた感じ。いいかどうかの判断はできないことだから。
かといってレバノンが好きじゃないかと言ったらそうじゃない。馴染みがないだけで、好きになったり嫌いになったりする材料がまだ何もない。

だから、まずは身近で自分にできることから始めようと思った。
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早速昨日「ラデュレ」のでっかいマカロン買って食べた。
パリという街が、世界中の人々をなぜこれ程までに魅了してきたのか、よくわかった。気がした。

そんな本日のBGMは "I love Paris" by Frank Sinatra

また是非とも、世界中に向けて、色気とロマンを振りまいてもらいたい。
明るいパリの街を魅せてほしい。


 世界で最もチャリティーに熱心な国ランキング 日本は...
 http://www.huffingtonpost.jp/2015/11/14/the-most-charitable-country-in-the-world_n_8562402.html

 ※日本は102位。


そういえば、アロマ検定1級を受けてみた(2級飛び越して)。
12月に通知が来る。
合格しなかったら自分でみんなに言いふらそうと思う(笑)。
アロマと言えばフランス。
香水もそうだし、フランスは「香り」豊かだ。
それこそがフランスの「フェロモン」じゃなかろうか。

f0337316_23133852.jpg
11月15日、東京タワーはトリコロールカラーにライトアップされた。
久しぶりに200mmのレンズを持ち出した。

追記:18日現在、レディ・ガガは同じ考えのようだ。
レディー・ガガ、ファッションでパリ同時多発テロの犠牲者を悼む
http://www.huffingtonpost.jp/2015/11/17/lady-gaga-honors-victims-of-paris-blue-white-and-red-outfit_n_8586908.html


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関連するブログ記事:白ヌーヴォー。フランスを飲み、フランスを食べる。

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by charlie-ls | 2015-11-15 16:11 | 【赤坂】ルチアーノショー寄稿ブログ
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今項はIQ出現率表と照らし合わせながらお読みいただきたい。

なぜウェクスラー成人知能検査WAIS)の最高値は「161以上」なのだろうか。
「161」じゃなくて「161以上」だ。
標準偏差15におけるIQ 161という数値の存在は41,937人に1人。
世界標準のウェクスラーなら(抜粋簡易版なども含め)、16才までのWISCを含めると、何万、何十万人という被験者がいると思われる(学校なども多分コレ)。

そこで考えてみた。
現在の最高値IQ 161を(便宜的な表現として)「満点」だとしよう。分布上、41,937人に1人しか満点を出す人がいないからこれをIQ 161だと定めた。
正しい。
以下このIQ 161の被験者を被験者Aと呼ぶ。

しかし、41,938人目以降、全く満点が出ないまま55,938人目を迎えたとする。被験者AはIQ 161から162と昇格する。それ以降も同じ。
現状「昇格」制度はないが、確率分布として自動的に昇格する。
大げさに言えば、その後何百年と満点が出ないまま、被験者数が累計764億人に達した場合、この被験者Aは死後にIQ 200だったことが証明され、更新される。
※ここでは「フリン効果」は考慮しない。

よって「現時点」で“最高点”を出した人から見て「累計被験者数分の1」の値に対応するIQこそが、その知能検査の最高値ということになる(何点!という絶対値ではなくて、何人に1人という分布上の値から)。
偏差値で計算している以上、本来IQとは相場のように周辺の成績の変動によって上下する性質のものだ。イチイチ連絡するのが面倒だから通知時の値で固定されているだけ。
スコアの絶対値が真ではなく、分布(偏差値)が真であるように作られているのだから。

そこでもっと難しいもう1問を追加し、被験者Aが解けないことを確認すれば、これ(を含む全て)が解けたらIQ 162と定められるかというとそうではない。
過去の被験者の中に、「その問題なら」解ける人がいるかもしれないため、今度はIQ 162の基準である55,938人中1人しか解けないことを確認しなくてはならない。
出題者がこの問題は難しいと思っても、それはその人の感覚に過ぎず、世代が変われば誰でも解ける問題かもしれないため、1問づつ改めて検証する必要がある。

※わかりやすくするために、知能検査の問題は、最後の問題に近づく程難しくなるものだという仮定で書いている。

では、追加された最後の問題が解けない被験者Aを1人目とし、55,938人目の人が満点を出すと(被験者Bとする)、同じ母集団にIQ 161の問題が解ける人が2人(被験者AとB)存在してしまうため、分布が崩れる。
よって(最低でも)55,938人×2セットのテストを行い、満点が2人、最後の(追加された)問題が1問だけ解けない人が2人いれば、満点の前者をIQ 162とし、後者を161と判定できる。

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私の好きなキューバのコーヒー豆を撮ってみた。


ンサの逆襲(笑)。
分母(母集団)の何倍ものサンプルを集めない限り、統計とはほぼ例外なく偏っている。
例えばメンサの会員がオフ会として、みんなでこの知能検査を受けにいこーぜ!的な話になると、被験者母集団を大きく狂わせる(偏らせる)ことになる。
平均が突如高くなり、161や162などの問題を解く人が予定よりも早く(または多く)現れてしまうからだ。
要は55,938人中1人しか解けないはずの問題が、たった1人2人増えるだけで、追加で2〜3セット(×55,938人)やってみなくてはならなくなるということ。でなければ自然に平均が上がったのか(例えばフリン効果)、現在の被験者母集団が偏っているのかを判定できないのだから。

そのくらいもろい

理屈的に言えば世界中の天才・秀才集団が、テロのように一斉にある特定の知能検査を受けに行くと(実際には数年かけてもいいんだが)、次の標準化作業(WAISで言えばVやVI)の際に「フリン効果」が突出し(たことになり)、例えばこれまでIQ 120だった人達が100に引き下げられる可能性があり、場合によっては90だった人が知的障害判定ラインである70を切ってしまう可能性がある。
それを覆す(回復する)ためには、平均を元に戻すだけのスコア×人数の被験者が必要となる。

メンサの会員だけでも12万人いるのだから、ハロウィンパーティー的に仮装して(*1)知能検査を受けに行こう!と呼びかけたら、非会員合わせて36万人くらい集まるんじゃなかろうか。アノニマスのイベントのようだ(笑)。
*1)仮装しなくてもいい。

極めてもろい
日付変更線ほど確固たる値ではない。

f0337316_14565301.jpg

/*
ウェクスラーのWAIS-V(来年リリース)は今頃標準化作業中ではなかろうか。9年ぶりに改訂されるWAISは、この20年程のIQテストブームによって加速度的に引き上げられた(多くの世代の)値が反映されているのではなかろうか。平均より低い人が受けるようになった数よりも、高い人が受けるようになった数の方が多いかと思う。
*/

1992年、ジョージソロスがポンド売りをしかけ、イングランド銀行を相手にしつつ、ポンド暴落に追い込んでみたり、サッカーで言えば、ゴール前にロングパスが出た途端、敵側のオフサイドを狙ってディフェンダーがみんなが上がってしまうような考え方だ(子供の頃キャプテン翼で読んだ)。

基準点を無理矢理書き換える(変更する)という発想。
武力による国境の変更に似ている。

高知能者がマイノリティ(社会的少数者)かと言ったら実はそうではなく、それも1つの「自己陶酔」にすぎないと考える。
アーティストなども含め、「変わってる」「人と違う」「100人に2人」「上位2%」と言う表現に喜ぶ人が多い様子だが、何だかんだで世界の2%を集めたら1.4億人いるんだから、基準点を無理矢理変更させるくらいのイベントを起こすことさえ可能な母数だと言いたい。一言で言えば「戦うだけの十分な数存在する」ということだ。

弱者でもなければはぐれ者でもない。変質者ではあるかもしれないが。

群れる相手をまだ選んでいないだけだ。近くにいないだけだ。散らばっているだけだ。
そりゃそうだ。「分散」値の先っちょに居るんだから。

/*
いや。
チアリーダー vs メンサみたいなのをイメージしてみた(笑)。想像するだけで笑える。
圧倒的にチアリーダーの方が社交的で友達も多く、コミュニケーション能力が高い(場合によってはEQが高い)と思われているが、私が知る限りそうでもない。
ファッションリーダー的な存在の、お洒落で活発でいわゆる「カワイイ」女の子が、実はクリスマスに風邪ひいて家で寝ていて、彼が見舞いにも来ないどころか友達と出かけていたとか(笑)。
それがみっともなく(ガラじゃないから)恥ずかしくて誰にも言ってないという話を、私が「人(誰)」ではないと見なされているのか、非常にしばしば(very often的な)小耳に挟む。3時間ほどかけて、1万円もするプレミアムウォッカのボトルを空にしながら。

日頃「輪」の中心にいるだけで、「アイツがいない間に羽を伸ばそうぜ」と思われている人も、実は多い。
残念ながら。
お局サンなんかそんな感じじゃなかろうか。中心人物として扱ってあげないと面倒なことになるから中心に置いているだけで、選べるんなら選ばないという存在は多い。
しかし当の本人はコミュニケーション能力が高い(からリーダー的存在だ)と信じ切っていることが少なくない。
それが日本の社交辞令社会に生きていると、もはや数の圧倒による「ルール」と化してしまい、東大首席の山口女史ですら、学校時代女子同士の「連れション」(下品でスンマセン)だけは断れなかったと記している。

FacebookなどSNSも、相手にバレずにフォローを止める方法とか、特定の相手に気付かれずにチャット機能をオフにする方法とか、そんな検索履歴ばかり表示されるし、実際にQ&Aも充実している。
*/


そこで、現在のIQ 131(3σ圏)が、このテロ(笑)によって100(中央値)に引き下げられた場合、メンサ会員は無事に「普通の人」になる。
この“新”普通の人」(と呼ぼう)達を基準に、世の中が物作りを始めると、説明書が薄くなったり、駅の表示の数が消えたり、ユーザーサポートの人員が9割くらいカットされたり、企業の利益率は高まるだろうが、「至れり尽くせり」ではなくなるだろう。しかし「“新”普通の人」から派生した次の「“超新”普通の人」たち世代になれば、それが当たり前になるので、不便だとも思わなくなるはずだ。
それが進化か退化かは未来にしか確定できないが、全てにおいて大きく変化することは間違いない。

上位2%としての希少性に酔うよりも、この上位2%を「普通」(平均、標準)とすることに楽しみを感じる。私は。

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パリのプランタン150周年記念として発売されたメゾン・フランシス・クルジャンのフレグランス。
撮影用に女性から借りたもの。大脳新皮質を使い疲れたら、香りを使って本能=大脳辺縁系に働きかけよう。癒やしてくれる。


がそれ過ぎた。
標準偏差15におけるIQ 170の存在は653,327人に1人だから、2〜3セット試行するにしても100万人以上の被験者が必要だ。これは難しい。
そこでWAISがあえて現実的な161(41,937人に1人)止まりにしている理由がわかるし、「161以上」という表現にするのもわかる。最高値を出した人は、既存のWAISで計り知れない知能を持っている可能性があるし、過去・未来に渡り、周囲の相対的な成績によって162にもなれば170にもなり得るのだから当然だ。

そこで「IQ 190」などと数値を固定した時点で、架空(机上)の存在でしかなくなってしまう。
1,013,594,635人に1人の存在だ。
もちろん、世界中全ての人をくまなく探せばどこかに7人ほど存在することは事実だろうが、10億人が同じ問題を受けた形跡もなければ、それはほぼ「無理」だということが先に確定しているのだから。

/*
知能検査の結果の「信頼区間」は、この標本調査で起こりうる誤差を示している。
いわゆる「95%の確率、±10%の誤差に収まる」的なソレ。
*/

アインシュタインのIQが160だと言われているソレに似ている。受けた形跡はまるでないらしい。
そもそもアインシュタインのIQを160だと推定した上で、それ以上を名乗ること自体、当の本人がいないことをいいことに、現代人の思い上がりでしかないと私は思う。

そして実際に、160を超えるようなハイレンジIQテストと言われているテストの被験者はそもそも少なく、海外の(それも先進国ではない)精神科医が手作業で採点し、証明書を発行できる数しか存在しない。今やIQテストビジネスは、精神科医のお小遣い稼ぎと化している。本物の精神科医かどうかもわからない。全部が全部じゃないが、その傾向が強い。

//パズラーとしての楽しみや挑戦、お酒のつまみや話のネタにすることを否定するものではない。

ではどうやってIQ 161を超える推定IQを算出するのだろうか。
基本的な標本調査(視聴率のような)に加え、ついに人口の2%しかいない(例えば)メンサの会員の出番だ。

/*
視聴率は、関東1,700万世帯をたったの600世帯の計測で算出している。しかも一家に8台まで認めている(笑)。家族の誰か1人に宣伝すれば伝染する視聴率だし、自分のお気に入りの番組を支援したくて8台全部のチャンネルを合わせるということもできる視聴率だ。
*/


「上位2%」の中にはIQ 131もいれば161も170も内包しているのだから、上位2%の人を100人集めると、5,000人の(確率的)被験者として見なすことができる。

※5,000人の2%が100人で、130より高いIQを測定したいのだから、ちゃんと5,000人集めようとも、いずれにせよこの100人が対象になるという考え方。

しかし、IQ 156でも10,584人に1人だから足りない。
では世界中のメンサ会員を集め13万人に受けてもらえば、650万人の一般被験者相当と見なすことができる(ただし役に立つのは高いIQを計測したい目的に限る)。メンサ以外に可能な集団があるだろうか。
もしその中に唯一の満点(便宜的な表現として)がいれば、その人をIQ 176-177(4,940,195〜7,026,046人に1人)とし、「確率的推定IQ値」を測定することができる。

/*
IQは偏差値だから、スコア100の人と101の人を比べても2人に1人か2.1人に1人かの違いしかないが、スコア161と162では、41,937人に1人か55,938人に1人かの開きがあるので、ハイレンジ程細かく測定する必要がある。
だからこそ、161か162かをこだわらない人は、偏差値を理解していない証でもある。
*/


よってこの辺のクラスのIQになると、確率的な推定値でしかない。でも推定・推測は必要だ。だからメンサの出番だ。

それに、IQ 180の測定ともなると、20,741,279人に1人しか解けない問題が、問題として正しいかどうかを測定するためには、正解者が数人出るまでは何とも不安定だ。そうなると正解者×20,741,279人の被験者が必要になり現実的ではなく、仕方なしに標本調査しか選択肢がない。

暗号解読問題と同じで、現時点でほぼ間違いなく解けないだろう暗号化手順を考える方が簡単で、20,741,279人に1人しか解けないだろう暗号解読問題を作る方が難しい極めて希な存在の思考手順を予め推測しなければならないからだ。
※20,741,279人に1人の思考を推測できた時点で、自分というもう1人の存在が邪魔してしまう。

行列推理のように、限られたヒントから推測で答えを導き出すような問題の場合、思考手順の分析には育った環境や地域、文化など、被験者のプロファイリングも必要になる。一般的に試せる範囲ならまだしも、世界に数人という人物の思考をシミュレーションするのは極めて難しい。

だから私はWAISの161をもって、現代のIQ測定の最高値と見なして良いのではないかと思っている(代替検査が現れるまでは)。WAISが優れた知能検査であるということではなく、WAIS程の被験者サンプルを持つ知能検査がないから、実効支配的な意味で。
見方を変えるならば、前述の「確率的推定IQ測定」を実用的なレベルで可能にする母集団がメンサなのではないかとも思う。

基準IQを引きずり下ろすための知能テロ(*2)は私の冗談に留めておき(笑)、「確率的推定IQ測定」の基礎を築けば、今までメンサ(IQ 130レベル)に興味のなかった更に高知能の人達が面白がって挑戦するようになるのではかろうか。
ブラックライト(紫外線)に当てたら天才が浮かび上がります的な。

//*2)メンサは行列推理得意集団から、知能テロイベント集団に変わりました的な(笑)。

いっそ130を超えている人達の挑戦はタダでもいい。そこで得られる希少データには、人件費を割く価値を持っている。

役に立たないメンサよりも役に立つメンサがいい。「役に立つオッサン、役に立たないオッサン」的な。
せっかく好き好んで群れているんだから使い倒すべきだ。
私はメンサの会員を同じ分譲マンションの住人のように捉えている。
購入時の価格よりも値上がりして欲しいから、住人達が資産価値を上げるための知恵を出し合う。賃貸マンションではソレがない。価値が下がり賃料に見合わなくなれば更新せず「出ていく」という考えが一般的だからだ。逆に価値を上げると賃料も上がってしまう可能性が高いため、貸し主と借り主の利害が一致しない。

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MENSAではなくMELSAの前で。手タレは知人女性。

えてみた。
確率的な推定値ではなく、実測値としての信頼性の高い世界的な知能検査の実現は不可能なのか。
それを可能にするのが、Appleやgoogleなど、世界的な知名度と揺るぎない技術力を持ち合わせたIT企業じゃなかろうか。
プログラムとアルゴリズム自体は私でもすぐに作ることはできるが、Appleやgoogleのように、世界に知らしめる力がなく、その分被験者数が限定されて偏ってしまうという点で、彼らの方が適していると思う。
まずオンラインであれば、フリン効果はリアルタイムに反映できる。1人終わるごとに平均値を更新することができるからだ。

オンラインIQテストの問題点は、何度もでき平均が上がってしまうこと。
そこでIPアドレスやクッキーでユニークユーザー管理しているサイトも多いが、これは15年前には一般化されていたオーソドックスな手法だ。ブラウザをリセット(クッキーを削除)し、携帯電話回線などに変更すればIPアドレスも変更できるし、世界中の匿名プロキシーサーバーも健在だ。VPNサービスでアクセス元を海外と偽ることもできる。
また、タワーマンションや学校・企業、不特定多数の人が出入りするカフェなど、1つのグローバルIPアドレスを何百人・何千人が利用しており、IPアドレス制御のサイトでは個々の測定ができないこともある。
そこでFacebookなどのアカウントベースで「1人」をカウントするという方法も「新しい風」だが、Facebookのアカウント自体がいくつも持てる時点でさほど意味がない。

私が考える最も確実性の高い認証方法はクレジットカードだ。
家族カードを除けば18才以上に限られてしまうが、いっそ「成人知能検査」だと割り切ってしまえばむしろ都合が良い。
10円でも100円でもいいから決済させることで、カード番号、カード所有者名(アカウント名と一致)、IPアドレス、クッキーというレベルで1人をカウントすることができる。
クレジットカードを複数枚持っている人も多いので、出題セットを10パターンくらい用意すればいいんじゃなかろうか。クレジットカードの枚数以上に出題パターンが多ければ防げるだろう。
もし手間暇かけても受験者数に影響のないレベルの料金で提供できるのであれば、免許証などのスキャンを送付し、オペレーターの目視確認でアカウント開設とすれば、ほぼ完全に「1人」をカウントすることができる。

2度以上受けてはいけないというルールを作る必要はない。
1回目、2回目、3回目の結果だとわかるように表示され、それぞれが個別にスコアリングされていれば、それはそれで「伸びしろ」を測定する新しい指標となりうるので有益だ。

そしてこれらのデータを、遺伝子検査などと同等レベルの重要データとみなし、国の監査を受けるようにすればより一層基盤が固まるんじゃないか。

そうすれば、引き籠もりであろうと何だろうと、そのサイトが魅力的で有名でさえあれば、ウェクスラーの圧倒的優位性である「被験者数」を軽々と超えることができるだろう。
※私が監修するからいつでも呼んでいただきたい(笑)。

オンライン上で全て完結するならば、国別、言語性・動作性別、下位検査別、年齢別、性別など、全ての「傾向」をリアルタイムで統計化できるし、ウェクスラーなどが普及していない国々の意外な一面も発見できるだろう。
25才以上の日本人IQが、世界のトップ10に入らないかもしれない説も証明されるかもしれない。

メンサの役割は何か。出題役と被験者の任意提供(促す感じ)でいいんじゃないだろうか。
ただし一カ所が出題元だと、出題者の癖や傾向が影響するため、出題元はできるだけ沢山ある方がいい。そして均等に採用されるべきだ。

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し話は飛んで「出題者の癖」と「運命の人」。
IQが161を超えるような領域において、どちらが賢いかを競うのは極めて難しい。
あまりにも研ぎ澄まされた世界であるため、ある環境においてはZ、別の環境においてはYの方が高い能力を示す可能性が高く予測は不可能だろう。
そもそも出題者よりも被験者の方がはるかに頭が良い場合(特に人口分の1くらいになると)は、本来判定のしようがないはずだし、出題者の癖があり、本人には解けてもそれ以外の人には解けない問題を出題してしまっている可能性も考えなくてはならない。
※それでも解ける人がいるとすれば思考が似ているだけ的な。

ウェクスラーのように多くの人の目に触れている問題であれば、数人でも解けさえすれば「問題のない問題」であることが確認できるが、世界の誰にも(出題者以外)解けない問題となると、その問題の「問い方」の思考や理論が破綻している可能性がある。数学のように正確な式と答えが他人によって検証できるわけではないから。出題者本人も気付かなかった未知の異なる答えが見つかる可能性さえある。
※そういう意味ではメンサの試験問題も、極めて多くの人の目に触れている数少ない例だ。

出題者が世界一のナルシストである可能性の話だ。
※検査という目的を超えて、自分の世界観で作ってしまっている場合。

そしてここから先は「運命の人」的な話になる。
非科学的な話?
いや、そうではない。
世界の誰にも解かれなかった問題を解く唯一の存在が現れた場合、出題者と被験者(解答者X)は地球で2人っきりの存在になる。

/*
IQ 195で8,336,093,696人に1人だから、もし解ける人がいたとしても、地球上に1人しか存在しないはずだ。出題者をどうカウントするかだ。
*/

昔ながらの結婚=運命の人だと考えるのは、生涯たかだか3,000〜5,000人くらいしか出会わない人の中から「運命の人」を決めたがって決めているように見える(ことが多々ある)。本当に運命の人と結婚するケースも存在するかもしれないが、現代は1/3が離婚している。
ポーカーで言うフォーカードの確率は1/4,000なんだから、フォーカード程度の確率で存在する相手を運命と呼んでいいのだろうか。年齢的にもこの辺で運命と決めておこうかと、その後の発展・広がりを閉ざしてしまった「フェードアウト」「四捨五入」的な可能性はないだろうか。

もちろん、例えそれが人生の僅かな1コマであったとしても、それも含めて運命の人である可能性もある。自分の命と引き替えに救ってくれた見ず知らずの人とか。

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二年前のタイプミス作をアップしてしまった。“あなたの人生の”ワンピースに。

その何万倍もの確率でマッチした2人(出題者と解答者X)は、赤い糸か男女かという話ではなく、本当の意味での「運命」的な存在でなかろうかと私は思う。
実はそれは、もはや知能が高いか低いかの話ではなく思考の類似性(それも極めて希な)というところに落ち着くのではないかと分析している。

「瓜二つの自分(脳)」的な。

例えるならば、「2人以外絶対に誰も来ない、米軍の監視衛星にもドローンにも写らない場所に行きましょう」という場所に行き着いた2人だ。

なぜなら、最後の1問(便宜的な表現として)だけが解けなかった他の被験者達に、好きなように問題を作らせたら同じ事が起こりうるからだ。また別の誰かしか解けない。

神経科学者が自分の脳を調べたらサイコパスだったことが発覚
http://gigazine.net/news/20131129-psychopath-neuroscientist/


あまりいい例えが浮かばないが、プロファイリングによって世紀の大悪党をついに捕まえた新米警官とか。
プロファイリングとは相手になりきることから始まる。
新米警官は誰よりもこの悪党を理解したことになる。が、理解と共感はまた異なる。
善と悪、追う方追われる方であったとしても、これもまた運命だ。

「似ている」のか「惹かれ合う」のか、はたまた均衡を保つための対極の存在なのか。

でありである。
そしてスピリチュアルであり科学である。

探求の先に科学はあるのか。それとも遙か遠い最果ての地に向かっているのか。
研究者・科学者にとって、人生のテーマではなかろうか。

引き続き知能について検証していきたい。

参考資料:知能検査に限らず標準化という作業でテストの正当性が保たれる。知能検査の場合は、前回のリリース後に生じたフリン効果などが考慮され再スコアリングされる。日本では1995年に標準化されたWAIS-IIIが使用されており、アメリカでは2006年に標準化(2008年リリース)されたWAIS-IVが主流で、2016年WAIS-Vがリリースされる。日米の知能検査基準に21年の開きが生じてしまう。WAIS-IVでは、それまで言語性・動作性知能と分かれていたものがなくなり、言語理解(言語性の一部)と知覚統合(動作性の一部)を重視する「GAI」という考え方が取り入れられた。WAIS-Vでは更に先進の研究が反映されるはずだ。その検査内容を見るだけで方向性が見て取れる。まるでOSの発表のようだ。

11月03日、04日、06日、08日、09日、「オンラインIQテストの信憑性をメンサ&WAIS-IIIと比較。」にオンラインIQテストを5件追加した。

■目次
 1ページ:噂のメンサは本当に高知能なのか。実験台になってみた。
 2ページ:WAIS-III ウェクスラー成人知能検査を受けてみた。全額負担で。
 3ページ:オンラインIQテストの信憑性をメンサ&WAIS-IIIと比較。
 4ページ:Cambridge Brain Sciencesをやってみた。
 5ページ:「上位2%」は100人に2人や50人に1人とは限らない。パラドックス的な。
 6ページ:知能レベルが高い人ほど人を信じやすく、低い人はあまり人を信じない?
 7ページ:言語性知能。片言の外国人との会話から考察。
 8ページ:知能、お金、容姿。○○だからいいってもんじゃないという不思議な理屈。
 9ページ:東大首席の山口真由女史の言う「俯瞰力」とは。
 10ページ:頭と心、理論(Logic)と感情(Emotion)。
 あとがき:知能指数とは。良き理解者へ。あとがき。
 別冊:色盲とIQ。色が絡むとIQ(判断力?)が著しく下がる。
 別冊:知能指数(標準偏差15,16,24換算表)と出現率をエクセルでまとめてみた。
 別冊:国別のノーベル賞受賞者数とメンサ会員数。
 追加少年からのお便り。
 追加知能検査で天才を探す欧米と、診断目的でしか使用されない日本。
 追加学力偏差値でいうところの上位2%とは。
 追加IQ 162以上を正確に測定できるのか。唯一の解答者は「運命の人」なのか。 現在ページ。
 追加賢い人、賢くない人の特徴。IQ、学力、知識を束ねるのは性格(感情)。
 追加天才とEQ。スティーブ・ジョブズのEQは高いのか。

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by charlie-ls | 2015-11-09 22:17 | 【赤坂】ルチアーノショー寄稿ブログ
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能指数(IQ)は平均を100とし、標準偏差を15(一般的に)として計算する。±1σ = ±15(85〜115)が平均的なゾーンで68.27%が収まり、±2σ = ±30(70〜130)の範囲に95.45%が収まる。
一方、日本の学力偏差値は平均を50とし、標準偏差を10として計算する。±1σ = ±10(40〜60)が平均的なゾーンで68.27%が収まり、±2σ = ±20(30〜70)の範囲に95.45%が収まる。

※病院の検査などでは、この±2σの範囲を「基準値」と呼ぶ。例外なく±2σの範囲内に95.45%が収まり、残りの4.55%(上下各2.275%)が特異なケースとして取り扱われる(いわゆる“3σ”圏)。トレーダーにとってはボリンジャーバンドでお馴染みだ。

メンサが掲げる「上位2%」とは、この3σ圏クラス(それ以上)を指しており、日本人にとって馴染みのある学力偏差値で言うところのどういった位置付けなのか、表にまとめてみた。
学力偏差値は『東京都 大学偏差値 一覧 2016』(大手3大模試平均とある)を参照した。

f0337316_12362130.png

f0337316_12362126.png

感覚的には、世間一般の認識のとおりといったところだろうか。
※IQの出現率はこちらをご参照いただきたい。

※「偏差値」も仕組みは同じ。タンブラーに偏差値表を掲載した。

IQの世界では130以上(厳密には130と131の間あたり)を上位2%と呼び、同じように学力偏差値では70以上(厳密には70と71の間あたり)が上位2%となる。

※IQの母集団は世界の全人口であり、学力偏差値は日本の大学受験生(模試)が母集団であるため、飽くまで感覚的な比較対象としていただきたい。

日本の世帯所得で言う上位2%は、世帯年収1,700万円〜であることから、日本は学力やIQがそのまま収入に結びついているわけではなく、人材が過小評価されているのか、または使いこなせず使い道がないのか、或いはスティーブ・ジョブズが言うように「(スタンフォード大学に行くよりも)パリで数年間、詩の勉強をする」べきなのか、はたまた、お金に対する価値観が高すぎるのか(お金を高く評価しすぎると、人よりもお金が大切になり、対価を支払おうとしなくなる)、それとも根性とか礼儀の方が大切にされているからなのか、原因は1つでないにしても近年の先進国の傾向に対し、独自路線を行く気がかりな要素だ。

/*
高学歴な人が大企業の重役に就き、平均よりも高い年俸をもらっている人は沢山いるが、(世帯)年収が1,700万円に届くかというとそうではなく、余りメジャーではなくとも、外資で働く英語堪能な人の方が収入は多かったりする。
*/

※気がかり=日本においても、高学歴、高IQが儲かるべきだという考えではなく、高学歴、高IQの人達が、社会で大いに稼げない状況であることに注目している。教育段階で使えない人間に育ってしまう要因があるのか、社会に出て、周囲が認めたくない、受け入れたくないという環境的・感情的・排他的要素が影響しているのかという視点だ。一方アメリカは、この12年間で明らかにIQ社会へと傾倒しており、収入から居住エリアまでIQどおりに分布しているという。

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ネスプレッソから今夏限定発売の“ミラノ”は美味しい。ブログの共となった。


年04月、googleによる東大(院生)青田買いの報道が世間を賑わせた。
人工知能の研究を行う東大院生に対し、年収15万ドル(1,800万円)〜のリクルーティングだ。

もしかすると日本人の才能は外国人によって発見・評価され開花していくのかもしれない。と思うシーンに度々出くわす。そもそも開発・研究者にとっては、どこまでいっても開発・研究資金を出してくれる人が必要だから、交渉も成立しやすいだろう。給与の魅力に留まらず、潤沢な開発・研究資金とはとても魅力的だ。日本人にとって悩みどころがあるとすればせいぜい英語力くらいか。

/*
日本は、この“スポンサー”という存在のありがたみをもっと教育すべきじゃなかろうか。商品開発には常に資金が必要だ。テクノロジーに限らず、身近なところで言えば料理人がソース1つ作るにしても、伊勢エビやアワビ、キャビア、フォアグラなど高級食材を自腹で買っていては大した「試行錯誤」はできないし、ソムリエをソムリエたらしめるのも、学習環境を提供する資金あってのものだ。なぜならソムリエが自分の給与の範囲でしかワインを飲まないのならば、間違いなく顧客の方がより多くの高価なワインを飲んでいるのだから。飲んだこともないワインを勧められたくはないし、そもそも説得力がない。このように、労働への対価のみならず、教育・学習・研究・開発に投資をしてくれるスポンサーあっての“プロフェッショナル”であることをもっとも学ぶ必要がある。
*/


歴史的に見ても、現在世界を動かしている白色人種は、そうやって世界各地の人材や名産品を手に入れてきたのだし、個人に対する高い評価や高額の報酬に慣れていない日本人は買い取りやすいという点も見逃せない。一言で言うと、相場的に安いということ。

度々取り上げている、英GCHQがディスレクシア(学習障害)の人達を大量に雇い入れたという報道を見ても、英米の強さは発見・発掘力ではないかと感じる。

日本のように、単一民族だけでなおかつ島国の中で皆が身近に生きていると視点も単調化し、その良さ・凄さ・価値がわからず(場合によっては人間は大して変わらないくらいの感覚だったり)、むしろ外部の人間によって発掘・評価されるケースは少なくない。日本文化が海外で掘り返されたり、メジャーでないブランドの日本製品は、逆輸入の方が売れやすいというのもその典型例だ。

一方、多人種が混在するアメリカ(など)では、日々異文化の目にさらされている分、ある人種から見れば「変わった才能」であっても、他の人種から見ればとても有用な才能であったり、多くの目に触れることで見いだされやすい環境だと言える。ハーヴァード大がアジア人が増えすぎないよう、入学基準を上げている理由はここにもある。
※その分多種多様の才能が溢れており、中途半端な才能では埋もれる可能性も高い。

例えば日本の「引きこもり」も、小さな国土に人口だけは多く(面積は61位、人口は10位)、ひしめき合った建物の中で、しかも狭く天井の低い家に閉じこもっているからそう見えるだけで、電車はない上に、車で30分走っても銀行もコンビニもない広大な土地の海外なら、引きこもっているかどうかさえ他人の目に触れず(気付いてももらえないので、自分で名乗らない限り「引きこもり」という表現が生まれない)、もしパソコンとインターネットで家から出ないまま稼ぐ方法を考えようものなら、それは「画期的」であり、二次的に排ガス削減に貢献したとまで評価されるかもしれない。

現在の、一日中スマートフォンを触っている人達も、見方を変えたらかなり自分の世界に閉じこもっていると言える。出先でも使えるからこそ宅内に引きこもる必要がないだけで、あれが有線なら、その場所から一歩も動かない人が増えていたに違いない。
一人になればスマートフォン、エレベーターなど他人と乗り合わせるとスマートフォン。会話や接触を拒むための道具にもなっており、もし「引きこもり」を不健全だという観点と照らし合わせるならば、家の外に出ているから「健全」かというと、そうとも言えない。

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メンサと言えばイギリス。イギリスと言えばチェック。チェックと言えばバーバリー。

局のところ、誰の視点で見るかということではなかろうか。
外国人の目から見れば、日本人は「安い」(コストパフォーマンスが高い)のかもしれないし(日本が円安を好む点も大きい)、日本人同士で見ると、そんなに払う価値がないと思うから給与水準が低いのかもしれない。

日本は円高になると海外の不動産やモノなどを買おうとするが、人材買いする方が将来のためかと思う。
年俸17万ドルも、1ドル=120円の時では2,040万円だが、1ドル=80円なら1,360万円だ。
契約時に円建てにしておけば、その後円安に戻ろうとも影響を受けずに済む。
外貨に慣れていない日本人を対象とした契約では、為替の変動の影響を受けない「保護」オプションが求められるが、外貨慣れしている外国人は、その時自己責任で投資的決断(更に円高が加速するだろうとか)を下すため、後に再交渉はあってもクレームになることはない(少なくとも私の経験上は)。自国通貨の先行きに不安のある人達(東欧諸国や現ユーロ圏など)は、好んで日本円を選択することも多い。

誰がリーダーになるかによって、発掘され、引き上げられ、育てられ、活躍の場が与えられ、大きな舞台へとかり出されるるか、大きく影響するところ。
自分がリーダーになれる人ばかりではないし、上位2%の中のリーダーも存在し、更にはその中の精鋭部隊を率いるリーダーもいる。
かといって「オレを見いだしてくれない環境が悪い、チームが悪い、リーダーが悪い」と言っては“人のせい”なので、どういう人達と出会うかも(現代社会で言うところの)実力のうちではなかろうか。


本項最後にIQ関連の記事を。

「IQの高い女」の心理的共通点とは
http://dailynewsonline.jp/article/944547/?page=all


記事タイトルとは関係ないが、メンサ会員の自己評価は平均21.1ポイント、一般大学生が20.9ポイントとあり、メンサ会員が自信がなさ過ぎるのか、一般大学生が自信がありすぎるのか、おもしろい傾向が見てとれた。

その他、首相官邸サイトにて、ジャパン・メンサが提出した「飛び級に関するアンケート結果」を発見。せっかくのメジャー団体だから大いに活躍してもらいたい。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouikusaisei/dai17/t2.pdf

●付録 東大データ
 27年度の統計値で見ると、
 成人数:約126万人(18才受験時と大差ないかと思う)
 大学受験数:560,672人
 東大受験数:9,086人(志願者数は12,384人)
 東大合格者数:3,144人

 同世代人口のうち約44.5%の人が大学受験し、0.72%の人が東大を受験し、0.25%の人が東大に合格する。
 大学受験者数のうち1.62%の人が東大を受験し、0.5634%の人が東大に合格する。
 東大受験者数のうち34.6%の人が東大に合格する。
 ※いずれも同年。

 平成2年度の大学受験者数は408,350人であるのに対し平成26年度は532,350人に増加している。
 一方で、平成2年度の成人数は188万人であるのに対し、平成27年度は126万人に激減している。 ※平成6年には207万人に達している。
 また、平成15年度の東大受験者数10,022人に対し合格者数3,336人であり、平成27年度は9,083人が受験し、3,144人が合格している。

 個人的な印象でパソコンに例えると、メンサ会員はグラフィック演算が速いよね〜(GPU)的な。
 東大生は全体的にバランスよく速いよね〜(CPU/OS)的な。

 記憶・暗記力はパソコンで言えばメモリやストレージの容量・速度を指すが、厳密には演算力ではないので、時代に合わせてどう装備していくかと言ったところか。


そうした中、中卒アマンシオ・オルテガがビル・ゲイツを一瞬追い越し世界一の大富豪となった。

ZARAの創業者がビル・ゲイツを抜き一時的に世界一の富豪に
http://www.fashionsnap.com/news/2015-10-27/zara/


引き続き知能について検証していきたい。

10月11日、16日、「オンラインIQテストの信憑性をメンサ&WAIS-IIIと比較。」にオンラインIQテストを2件追加した。

■目次
 1ページ:噂のメンサは本当に高知能なのか。実験台になってみた。
 2ページ:WAIS-III ウェクスラー成人知能検査を受けてみた。全額負担で。
 3ページ:オンラインIQテストの信憑性をメンサ&WAIS-IIIと比較。
 4ページ:Cambridge Brain Sciencesをやってみた。
 5ページ:「上位2%」は100人に2人や50人に1人とは限らない。パラドックス的な。
 6ページ:知能レベルが高い人ほど人を信じやすく、低い人はあまり人を信じない?
 7ページ:言語性知能。片言の外国人との会話から考察。
 8ページ:知能、お金、容姿。○○だからいいってもんじゃないという不思議な理屈。
 9ページ:東大首席の山口真由女史の言う「俯瞰力」とは。
 10ページ:頭と心、理論(Logic)と感情(Emotion)。
 あとがき:知能指数とは。良き理解者へ。あとがき。
 別冊:色盲とIQ。色が絡むとIQ(判断力?)が著しく下がる。
 別冊:知能指数(標準偏差15,16,24換算表)と出現率をエクセルでまとめてみた。
 別冊:国別のノーベル賞受賞者数とメンサ会員数。
 追加少年からのお便り。
 追加知能検査で天才を探す欧米と、診断目的でしか使用されない日本。
 追加学力偏差値でいうところの上位2%とは。 現在ページ。
 追加IQ 162以上を正確に測定できるのか。唯一の解答者は「運命の人」なのか。
 追加賢い人、賢くない人の特徴。IQ、学力、知識を束ねるのは性格(感情)。
 追加天才とEQ。スティーブ・ジョブズのEQは高いのか。

Photographer&Engineer: Charlie
JAPAN MENSA会員
AEAJアロマ検定1級(笑)

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by charlie-ls | 2015-10-22 11:15 | 【赤坂】ルチアーノショー寄稿ブログ
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能についてのブログ14ページを書き終えた後、フリン効果Flynn effectで有名なジェームズ・R・フリンの新刊を読んだ。
カバーページでご紹介した『知能のパラドックス』のようなオモシロイ本とは違って、より学術的で、そこまで興味のない方にとっては眠くなる本だという前置き付きで、私の分析を支えてくれる内容が多いことから、ご紹介したい。

※今後はブログ本編『噂のメンサは本当に高知能なのか。実験台になってみた。』に対し、補足ページとして追加していき、完成度を高めたいと思う。

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ジェームズ・R・フリン なぜ人類のIQは上がり続けているのか?

前書き(by 斉藤 環)に興味深いことが書かれていた。
日本は、知能に関する研究が進んでいるとは言えず、その原因の1つとしてこう書かれている。

“とりわけ現在は日本中が「発達障碍バブル」の様相を呈していますから、診断目的で使用される機会がたいへんに多い。反面、人間の能力の判定にはさほど使用されていない印象があります。欧米人に比べてもIQへの関心が低く見えるのは、社会的成功のカギとして「知能」があまり重視されず「コミュ力」や「気合い」が大切にされているためかもしれません。”

※発達障碍=はったつしょうがい。

今日(こんにち)の日本を端的に言い表している。
若干ADHDアスペルガー「ファッション」になってきていると感じることがある。昔のように「〜病」といった具合に、日本語の「病名」でないからかもしれない。
欧米における知能検査は、日常の生活では気付かないような、優れた能力を発見する(子供においては、それに沿った教育方針をプランニングする)という目的でも活用されている一方で、日本では、学校で一斉に受けるソレを除いて(IQは知らされない)、まさしく精神科が担当する区分どおりの意味合いでしか実施されていない。すなわち病気の診断目的でしかない。

突出した知能を何かに活かそうという動きは、どちらかと言えば日本人には好まれない傾向がある。
均等主義(これは決して「平等」ではない)であり、報酬もまた「才能」よりも「勤労」に対して支払われるべきだという考えが強く、“才能”は「武器」だ「道具」だと積極的に認め活かそうという動きがない。

/*
真の「平等」とは、持って生まれた才能や魅力(容姿を含む)、遺伝子上の優位性(健康や知能)など、すなわちヒトが生き物として与えられたものに関するいかなるものも、他者によって制限・抑圧されるべきではなく、均等に切りそろえるようとする行為は「平等」と反する「支配」(何者かの権限による)であり、今期とても良い成績をおさめたあなたのボーナスをカットし、伸び悩んでいる他の社員への「同情ボーナス」に充てることと同じだ。これが「均等」だ。ただし、伸び悩んでいるのか、怠けているのか、まだ才能が見いだされていないだけなのか、時代が求めるものとは異なるだけなのかは、判断する者の能力(見方)による。

「マイケル・ジョーダンが、全くバスケットが流行っていない時代に生まれてきたらどうだっただろう」という話に通ずる。「収入」という意味での価値は相対的(相場的)に下がるだろうが、本人が持つ能力が素晴らしいことには変わりない。今現在、利益にならないからその能力に投資をしないというのであれば、いずれ訪れるかもしれないバスケットフィーバーで大成功を収めることもできない。「未来」を買うか捨てるかという判断でもあり、能力を見極める側の能力も問われる。

GCHQのディスレクシア(学習障害)の雇い入れも、20年前には考えられなかったまさかの大フィーバーと言えるのではなかろうか。
*/


更にはハンデhandicap)を背負っている方が応援される、優しくされる、支援されるという風習から(“偽ベートーベン”はまさしくそれを逆手に取ったマーケティングだ)、一部ではADHDやアスペルガーをまるで洋服のように身にまとう人さえも見かけるようになった。

本当に苦しみ悩んでいる人とは違って、判定ギリギリくらいの人が、あえて「診断書」を望むケースが増えているという。本来は「何も問題なかった、良かった」と喜ぶべきところを、何かないと困るから、悩みや症状を追加してまで医師の診断書を求めるというケースだ。診断書というのは他の誰かに証明するためのものなので、恐らくは家族や学校、会社などに対して、自分がどのくらい苦しんでいるのかの証拠を示す必要があるのだと思われる。

が、私にとっての問題はソコではない。発達障害と診断される人達の中には、言語性知能(VIQ)または動作性知能(PIQ)の一方が極めて高いことが少なくない。例えば150120などだ。いわゆるディスクレパンシーであり、この差が大きいと(15または20以上の差)、その他の判定と照らし合わせ「発達障害」と診断する材料となる。
IQ 150とは明らかな天才性を示しており、120でも東大生の平均IQに達している。私から見れば、これを「発達障害」で片付けてしまうのはもったいない。名曲なのに“売れない”(大衆ウケしない)からといって廃盤になるようなものだ。

もっと高知能保持者の研究と「活用」を検証していかないと、今後も高知能保持者にとって「住みづらい国」であり続けようものならば、むしろ高知能であることがデメリットでしかなくなり、「天才」を名乗ることよりも「発達障害」であることの方が「楽」であるという人生の“選択肢”になってしまいかねない。これは社会環境の問題であり、大凡向こう15年以内に訪れるだろう国家危機だと私は見ている。

大きな看板を掲げることで、周囲の目も厳しくなる。これは東大首席の山口女史の例で詳しく述べた。
それでも大きな看板を掲げ続けることを決断するには、その先に何かしらの「希望」が見いだせなければならない。「活かす」方向に向けて、今こそ(やや手遅れ感があるが)国家として指針を打ち出すべきだ。と私は思う。


本の成人知能検査は、このようにせいぜい「診断目的」でしか実施されないため、大学を卒業する22才以降の知能指数統計とは、全く当てにならないものである(十分なサンプル数がない)可能性が高い。というより、大学生までの統計しか揃っていない可能性が高い。
※知能は生涯変わらないと言われつつも、±5くらいは軽く前後する。

ブログ本編でもご紹介した下記の記事。

「アメリカ人は年とともに賢くなるが、日本人は25歳から75歳まで知能が変わらない」という驚愕の研究結果
http://rocketnews24.com/2012/04/11/201873/


日本のIQは平均105!世界で最も「IQが高い国」トップ10
http://suzie-news.jp/archives/2768


この2つのデータを、日本の知能検査の実施状況(成人知能検査は病院で診断目的でしか行われていないという点)と併せて読み解いていくと、大学生(それも入学)までのIQは世界で3番目に高く、25歳以降の日本人のIQは、他国と比べ、相対的に低い可能性があると私は分析している。

日本は大学入学がゴールかのような傾向があり、大学に入った途端遊び始める人が多い(それまでの勉強量は明らかに世界一だろう)。
私の知るオックスフォード大学出の4人の英国人女性は、大学時代アルバイトをする暇もなく勉強していたという。欧米における大学とは、勉強したい人達が自らの意志で行く場所であり、社会人になる(自立する)ことを4年間先延ばしにするための手段ではない

そして日本人は大学を出て、会社勤めを始めると、とりあえず3年間は四苦八苦する。
1年目は「驚く」、2年目は「知る」、3年目は「覚える」だ。
1年目は学生と社会人の違いに驚く。インプット力よりもアウトプット力が問われる。
2年目は前年度の年収などから算出される住民税や年金・保険料などを知り「自立」に近づく。
3年目は2年目の反復によって、手取り給与額や生活費などの基準値が刻み込まれる。「覚える」だ。

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2〜3は高額所得者も同じで、ある年1億円の報酬を受け取り(多くの場合、源泉徴収はされるが住民税や保険料のさっ引きはない)、生活が派手になった頃(翌年6月)に届く住民税の通知書を見て驚く(同時期に前年度の年収から算出された保険料も確定する)。10%だから1,000万円の請求(4回払い)が来るからだ(住民税だけで)。既に使い果たしている人もそれなりに多く、当年の所得が下がっていると、住民税が払えないという人さえいる。よって、最低でも3年はその所得が続かなければ安定しない。
*/


家賃、水道光熱費が払え、とりあえず一人で食べていけるようになった時点の知識があれば、その後の人生は、至れり尽くせりの日本においてほとんど困らない。それがまさしく大学卒業から3年=25歳というライン。

最近ではマイホームも買わない、車も持たないという人も多いため、住宅ローンの審査だったり(付随して担保や保証人、資産の勉強をする)、或いは家を現金で買えば税務署からお金の出所について「お尋ね」の手紙がくる(書き方を学ぶ)とか、家や土地を買えば不動産取得税(1回)、固定資産税(毎年)がかかる、車を買えば自動車税(毎年)、自動車保険(毎年)がかかるなど、「人生のイベント」で学ぶはずの知識を全くもっていない人が多い(イベントを起こさないから)。

/*
実際に今の一般的な25才と35才、45才は、さほど知識差がないように見えることが多い。情報量だけで言えば、年齢に関わらずgoogleを使いこなしている人の方が抜きんでており、近年の若い世代の離職率の高さも、それが原因ではなかろうかと分析している。「先輩」という存在から、多くを学ぶ時代ではなくなり、ひいては尊敬できる人がいないからだろう。
*/


この15年では20代で成功する人も多く、大凡相談相手がいないのが「普通」だ。なぜならこれまでの日本は、それらを全て知るのは50代以降の大企業重役くらいだったのだから、まだ知り合っているはずもない年齢だ。

特に「源泉徴収+社会保険料給与天引き+住民税特別徴収+年末調整」というサラリーマン至れり尽くせり4点セットが揃っている場合、確定申告もしなくていい分、税金や各種控除について学ぶ必要もなく、本当に25才の知識があれば生きていける
※保険から何から全てが強制加入なので、自分で考える必要がない国だ。

「慣れ」だけで生きていけるようになると「分析」する必要がなくなり(いずれ煩わしくなる)、そのためにわざわざ勉強したり訓練したりすることもなくなることで、当然衰えるし、元々20代前半で動作(流動)性知能は下がり始めると言われている。例え横ばいだったとしても、周り(外国)が上がれば相対的に下がったことになる。それがまさに偏差値であり、相場で言うと目減りしたように見える(為替と同じだ)。

そして更に日本は民族も宗教も言語も通貨もほぼ単一だ。
あえて言うと、(学校や会社で)髪の毛の色が一色でなければならない国も珍しい。

一方アメリカを筆頭に、欧米では言語も宗教も民族も入り交じっている上に、戦争もあるしテロも起きるし、電車や道路も他国とつながっているし、国境沿いに住めば自宅のWi-Fi電波も他国に届くし(法律が異なる)、ユーロやシェンゲン協定のように近隣国との通貨やビザの統合が起きたり、常に新しい基準を学び直さなければならない環境にある。

目の色も髪の色も肌の色も皆異なるのが「当たり前」だから、iPhoneの絵文字に黒人がいないことを騒がれる程、多くのことを意識して生活しなくてはならない。

この違いから、日本人は「普通は」という言葉をよく使い、自分の考える「普通」以外は受け入れようとしないことで、新たな「分析」をする手間も省いているように思え、その分「多様性」が失われ、思考も単調化してしまう。

というのが「日本人は25才から知能が変わらない」に対する私の分析だ。

/*
外国人に優しくない国ワースト5
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2012/06/post-2598.php


日本は2位だ。
*/


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著でも解説されているが、知能検査とは平均が100になるよう作られており、標準偏差15の場合、±15(85〜115)を「普通」、その2倍の±30(70〜130)までを「正常」と見なし、それ以下は知的障害であり、それ以上もまた分布上の異常値として捉えられる。96%が普通で、上下各2%が異常値であるということ。
※そう考えたらメンサのIQ 130(厳密には131)以上というは理にかなった線引きラインだ。

日本における知能指数に対する評価は占いと変わらないレベルであり、「IQなんて関係ない」と断言する向きもあるが、実際はそうとも言えない。
アメリカでは、IQ 70以下の犯罪者には「死刑」が適用されず、知能検査は非常に厳格な基準が求められている。
犯罪を犯し、死刑判決を受けた双子のうち、知能検査によって1人は死刑、1人は死刑にならなかった例が本著で紹介されている。受けた知能検査のバージョンと、受けた時期が異なるため、1人はIQ 65、もう1人はIQ 72.35と出たことが原因らしい。

※日本ではまだWAIS-IV(アメリカでは2006年)もリリースされていないうちに、アメリカでは2016年にWAIS-Vがリリースされる予定だ。いかに日本が遅れを取っているかがわかる。下記を見る限り、今年初めにようやくWAIS-IVの標準化調査テスターが募集されている。

日本版WAIS-Ⅳ調査実施協力者募集
http://www.sens.or.jp/sens_information.html

例えば私が今、初代WAIS(1953-54)、第二版WAIS-R(1978)を当時の基準で受けたらもっと高く(140以上)出る可能性があり、反対に10年、20年前に知能検査を受けた人が、最新の知能検査を受けると低く出る可能性があるということ。
※いずれも本人の知能自体に変化がない場合。

これはフリン効果(年々、人類のIQが高まっていること)を考慮し、平均が100となるよう知能検査自体を計算し直すため(標準化作業)、前世代のIQ 100が現在のIQ 100ではないことを意味している。

よって、受けた知能検査(のバージョン)が標準化されて何年後に受けたかも重要であり、それを考慮すると(以下の計算式)、前述の双子の犯罪者は2人ともIQ 64.1となり、本来は死刑にはならないとフリン氏は解説している。
※この場において死刑の是非には触れないが、知能指数が、人の生死を決める材料の1つであるという点について注目している。

本著では次の計算式が紹介されている。
IQスコア − 標準化からの経過年数 × フリン効果

具体的に例えると、今年2015年に受けたIQのスコアが100と出て、その知能検査のバージョンが標準化(リリース)されたのが1995年(WAIS-III)とする。その国の1年間のIQ上昇ポイントを0.3(20年で6ポイント上がるアメリカの場合)とすると、

100(IQスコア) − 20(標準化からの経過年数) × 0.3(フリン効果)= IQ 94

ということになる。
※実際にそのように算出されたIQが被験者に通知されているわけではないようで、フリン氏が“時代錯誤”にならないよう、おすすめしている考え方だ。

ちなみにメンサのテストに使われる行列推理(RPM)は、近年世界的に最も伸びている能力であり、オランダでは1952〜1982年の30年間で20ポイントも上昇したとある。年間0.66ポイントの上昇だから、これをWAIS-III(1995年標準化)に当てはめて計算すると、

100(行列推理IQスコア) − 20(標準化からの経過年数) × 0.66(フリン効果)= IQ 86.8

となり(動作性知能/知覚統合/行列推理という下位検査の1つだが)、もしこの伸び率が来年標準化されるWAIS-Vにそのまま反映されると、現在行列推理のIQが113.2の人が100に引き下げられることになる(オランダの数値で言えば)。

行列推理は下位検査の1つでしかないにしても、これまでのように言語性知能と動作性知能の開き(ディスクレパンシー)を「発達障害」の診断材料にするのならば、新しい知能検査のバージョンでは、(世の中の言語性知能の伸び率がこれよりも低い場合)更に開き(動作性知能が低く出るため)が生じてしまい、「発達障害予備軍」もそれ以上に存在しているのではないかという点に注目している。
WAIS-IVでは言語性・動作性知能の区別がなくなったことから、診断方法も変わってくるのかもしれない。

知能指数とは相場のようだ。母集団全体の変化で自分自身の相対的数値が変化する。

それにしても日本人は未だ20年前に標準化されたWAIS-IIIを使用していることが驚きだ。

オランダのメンサ会員数の多さとノーベル賞受賞者の多さも興味深い。


罪時の精神鑑定で「責任能力」の有無を問うことがある。アメリカではIQ 70を下回ると死刑が免れるように(高い分には何も免れない)、精神の状態と知能指数が判断材料に使われる。
極悪非道の犯罪の場合、被害者の家族は死刑を望むことが多いが、裁判になって、知能検査の結果、死刑を免れるどころか、犯人に責任能力がないとなれば、これは理屈ではなく感情的に無念だ。

その昔、テレビか何かで、「どうせ交通事故に遭うなら、お金持ちの車に引かれる方がいい」という話を聞いたことがある。冗談だとしても、要は加害者側が自動車任意保険に入っているか否か、なおかつ広域カバー・無制限補償のものかどうかという話だ。無免許・無保険(必然的に低所得)の車にひかれると、怪我を負わされ治療費が出て行く上に、相手は何も補償できないという踏んだり蹴ったりの事態に陥る上、入院が長引いて会社での立場が悪くなったり、後遺症で仕事に復帰できなくなった時のリスクを考えると「だったらお金持ちの車がいい」という現実的な理屈だ。

※高知能も高所得と同じく、分布上の異常値(マイノリティ)であったからといって、何か保護されたり免除されるものではないため、上下の異常値は分けて考える必要がある。分布上の数値だけで言えば、オリンピック選手もノーベル賞受賞者も全員「異常」ということになる。

その昔、精神年齢を考慮する知能検査が一般的だった頃(従来のIQテストや児童用IQテスト)、「精神年齢が高い(低い)」という言葉が一人歩きしたことがある。今となっては、知能検査の用語が出所だったのかと納得したばかりだが、知能検査で言うところの「精神年齢」とは、幼い(未熟)か大人(成熟している)かという意味ではなく、何才相当の思考能力を持っているかという意味だ。

/*
精神年齢を考慮するタイプの知能検査の場合。
例えば、5才の子供が10才の子供と同じ頭脳(知能)を持っていれば、IQは2倍になる。
IQ 100の10才の子供と同じ思考能力がある5才の子供はIQ 200ということになる。
現代の成人知能検査は偏差値式なので、精神年齢は考慮されない。
*/


同じように、IQ 130以上が分布上の異常値(マイノリティ)だからといって、現実社会における異常性と結びつけるのはよろしくない

前述の裁判の例から見ても、考える能力があっておかしな事を言う(行う)人と、考える能力がなくおかしな事を言う(行う)人は、その後の対応が「社会的に」異なるという点が重要だ。

もしIQ 130以上の人も「(刑事)責任能力を問われない」としてしまうと、間違いなく知能犯罪が溢れ、捜査が複雑化し、警察官の給与増で国家財政は破綻するだろう。

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ェームズ・R・フリンもレーヴン漸進的マトリックス(Raven's Progressive Matrices=RPM)に対し、遺伝的知能を測定する上で、現代における最も優れた検査方法だと評価している。ジャパン・メンサの試験に採用されている、いわゆる「動作性行列推理」(Matrix Reasoning)のことだ。

WAIS-IIIでは、言語性知能(Verbal IQ)と動作性知能(Performance IQ)と分かれており、行列推理が含まれる動作性知能(知覚統合)のことを、本著(及び業界)では「流動性知能」と呼び、言語性知能カテゴリに多く含まれる“知識”(元々「答え」を知らないと解けない問題)に関わる知能のことを「結晶性知能」と呼んでいる(「算数」を内包する「作動記憶」も含む)。

結晶性知能は読んで字のごとく、学習や人生経験によって得られるものとしている。後天的なものだ。
一方で流動性知能は、訓練によって多少は上昇が見込めるが、より遺伝的(先天的)なものと位置づけられている(見解としてはこちらのグラフのとおりだ)。

/*
下記に詳しい。

流動性知能と結晶性知能
http://www.direct-commu.com/terms/terms_intelligence.html

*/


そう。「学習」と「訓練」と分けたのは、「学習」は“暗記”などの反復を重要とするが、「訓練」は“改造”(スポーツなら肉体、頭脳ならば思考)というメンタル面(思考に留まらず思想も)のトレーニングも必要とすることが多い。繰り返すこと変わることに近い。

後者はポーカーで言うところの「総入れ替え」も辞さない(「積み重ね」を捨てる)覚悟のようなものであり、プログラミングで言えば、基礎アルゴリズムに問題がある場合、ゼロから作り直した方が早い場合があるのと似ている。

本著では、流動性知能を「分析能力」と表現している。主に仕事(現役)に必要とされる能力であるとしている。片や、言語性知能(の中の「言語理解」、「算数」を含む「作動記憶」は異なる)は引退後の余暇を充実させるものとして位置づけられている。

が、「分析能力」は放っておくと能力を発揮できないことから、常にメンテナンスが必要な高級車に例えられており、年齢と共に下降率が高まる(↓)。それに対し「言語理解」は年齢と共に上昇率が高まる(↑)ことも示されている。

「分析能力」は運動能力に似ている。「優れた運動神経」(先天的な)を持って生まれてきた人は、特に何もしなくとも平均より高い能力を示すが、トレーニングによって磨きがかかることで、桁外れの結果を出すことができる。
が、例えば100メートル走ランナーや野球のピッチャーなどで言えば、成績が伸び悩んだ際、これまでのフォームを捨てて再構築しなければならないこともある。

「分析」とは、時として自分自身の間違いにも気付かされる

それに対し「言語理解」とは、日々の積み重ね、人生経験がそのまま上積みされていくため、大幅な思考転換を迫られる要素はないと言っていい。

これら2つの性質を例えるならばDVD-R(追記)DVD-RW(書き換え)かと言った感じだろうか。

世界標準の成人知能検査であるWAISの最新版「WAIS-IV」(2006年〜。日本ではまだ見かけない)では、IIIまで分かれていた言語性知能、動作性知能の区別を取り払ったが、これまで動作性知能に分類されていた「知覚統合」の中に(行列推理が含まれる)「視覚パズル」という下位検査が追加され、動作性知能が占める割合が増えた。

これからエンジニア、プログラマーという人材が多く求められることから、動作性知能は時代に求められている能力と言っていいのではなかろうか。この仕事にとって一番重要なのは分析能力だからだ。

プログラマーは年を重ねてもスキルを向上させ続けていることが研究で判明
http://gigazine.net/news/20130509-older-is-wiser-in-software-developing/


デジタルの時代になっても、こうして経験と評価が比例する職もあることが素晴らしい。
年齢と共に衰えていく動作性知能をいかに食い止め、または上昇させるかという点が今後の重要ポイントだろう。

※本著でも、フリン効果について「昔の人よりも現代人の方が頭がいいか?」と聞かれたら、「より現代的だ」と言った方がいいとしている。前述のマイケル・ジョーダンの例えのように、能力自体は持っていても、それが評価される時代に生きているかどうかで、無視される場合もあればスポットを浴びることもある。

1991年から、アメリカではRPM(行列推理)を取り入れた教育が行われているが、算数の能力に変化は見られないそうだ。WAIS-IIIでは「算数」を言語性知能に分類していることが不思議だったが、これで何となく「全く異なる能力」なんだなと納得できた。


力は単純には見極められない。
100メートル走、110メートルハードル走、走り高跳びは、いずれかの能力が高い人は、他のいずれも高い能力を示すという相関があるらしい。

※ある楽器が得意な人は他の楽器も弾けるという相関(全体に影響を及ぼす力)を「g(一般知能)因子」と呼び、それ以外の各分野の特殊な能力を「S(特殊知能)因子」と呼んでいる。

が、100メートル走がオリンピックの花型であればそれに集中する人が増え、それは報酬や名声に対する欲求であったとしても、目指す人口が増えることで記録は次々に書き換えられていく。その後、激戦区になったことで「110メートルハードル走ならば」メダルが取れるかもしれないと転向したり、戦略的に予め走り高飛びに的を絞る人もでてくるだろう。

よって表から見ても、それが本当にその人の最も優れた能力かどうかなどわからず、実は本当にやりたかったのは100メートル走だが、仕方なしに走り高飛びに転向して金メダルを取る人もいるかもしれないという考察は極めて少ない。

知能にも同じ事が言える。ある能力が高い人が、それに集中することで、突出して伸びる可能性はあるにしても、恐らくは他の能力も備わっている(からもっと探すべきだ)。使い道がなかったり、人から求められないから使わなかっただけの能力などは影を潜め、目立つものにスポットが当たり「特異性」「変態性」ばかりが取り上げられることも少なくない。

私は「動作性知能」は、足の速さに似ていると考えている。
メンサの試験前に「対策」をするかしないかという議論を目にした。私はあの手(行列推理)の問題に「対策」の効果性に懐疑的であり、動作性知能が基準値ほど備わっていない人は、どれだけ類似問題を解いたところで大して伸びず、もし伸びるのならば、それは基準を満たす動作性知能が予め備わってるからだと考えている。

トップアスリートも、1年も休めば身体から作り直さなければならないように、常に万端なわけではない。本番前の準備も必要だろう。バレリーナも同じだ。
例えば、100メートルを15秒で走る人が、毎日トレーニングをして14秒で走ることができたとしても「ズルい」とは言わない。「対策」とは「努力」だからだ。が、もし10秒で走れるようになれば、それは努力よりも元々備わっている能力を呼び覚ましたと考える方が正しい。でなければ、10秒で走ることができない人に対し「努力が足りない」と言わなければいけなくなるからだ。

どこかで他人の才能を認めないと、結果として自分の努力不足を指摘される羽目になる。ブーメランだ。

完全に個人的な見解だが、努力(類似問題の予習、反復)でIQ 120は出せても130は難しいかと思う。
私の場合は、衝動的にメンサのテストを受けたため、何の下準備もなく当日を迎えたものの、運良く行列推理はプログラマにとって有利(だと思っている)なので難なく合格できたが、その後ブログを書く上で、オンライン上のあらゆるIQテストをやってみたところ、行列推理だけはどうも伸びない(特にCambridge Brain Sciences)。
既に解いたことのある問題は記憶してしまうので、当然すぐに解けるようになるが、新規の問題がどんどん簡単になっていくかというとそうではない。
飽くまで私の場合はだが、皆さんは違うのだろうか。


りについて補足したい。
本著にとても興味深くおもしろい傾向について書かれていた。
「なぜ女子大生のIQは男子学生より低いのか」「なぜ女子は低いIQで大学に入れるのか」(アメリカ)というテーマだ。
昔ながらの「やっぱり男の方が優れている!」(MacかWinか的な)と言った議論は待っていただきたい。

アメリカの大学に入学できる最低ライン(IQ)は、女子91.1、男子98.5であり、平均は女子106.94、男子111.21だとある。この数値を見る限り、確かに男子学生の方がIQが高い。
しかし、とても見落としやすいもう1つの傾向があった。
高校中退者の8割が男子生徒らしく(この傾向が当てはまらない先進国は今のところないそうだ)、必然的に大学入学時点で「成績の悪い男子」が大幅にカットされていることから、男子学生の最低ラインを押し上げ、同時に平均IQを高めているそうだ。

単純に「大学生の平均IQ」を見ても、男女差さえまともに比較できない程、統計とは偏っているものだということが見てとれる。
小学生のIQはまだ安定しないだろうから、中学生、高校生、大学生と比較することで、IQの変化の原因(中退などの要因)が大凡突き止められるだろう。
分析とは手間暇かけて丁寧に行わなくてはならない。

/*
大学進学率の低い国の知能統計は、進学「できなかった」人達が含まれていないため、大学生の平均IQは極めて高く出る可能性がある。
もちろん頭が良すぎて進学する必要がなかった人もいるだろうが、統計上大きくグラフのデザインを変える程ではないだろう。
※世界一の大富豪ビル・ゲイツ(IQ 160)もアップル創業者スティーブ・ジョブズ(IQ 140)も大学中退。ZARAの創業者アマンシオ・オルテガ(IQ不明)は中卒で、2012年3月の時点で総資産額が世界6位の389億ドル(当時の換算で約3兆1,000億円)だ。
ちなみに、ホリエモン氏
(IQ 122)も東大中退だ。
*/


だからこそ、●●は意味がない!とか、▲▲は関係ない!とか、簡単に決めてしまえるものではなく、今は意味がなく見えても、それがDNAとなって、50年後100年後に必要な能力となるかもしれない。


項最後にご紹介したいスティーブ・ジョブズの言葉。

「スタンフォード大学に行くよりも、パリで数年間、詩の勉強をすることを強く勧める。」by
スティーブ・ジョブズ
http://lrandcom.com/different_approach


なかなかロマンティックな男ですな023.gif
私はそういう精神で生きてきたのでとても共感する。

シャンゼリゼ通りの赤い屋根のオープンカフェで、昼間っから葉巻を吹かしロゼワインでも飲もうものなら、たちまち通りを行き交う女性達が皆美女に見えてくる。するとポエムの1つや2つ、詠んでもみたくなるその気持ちが大切だということではなかろうか。フランス語ができなくても、何か伝わる方法を考えたくなるその気持ち

あらゆるものが出揃っているこの時代、脳の特定の部位だけ使っていても「イノベーション」は生まれませんよ。
という意味で私は受け取っている。

というわけで、今回はフリン氏の新刊のご紹介を交えつつ、IQを研究する上で欠かせない「フリン効果」を中心に書いた次第であります。

※ご紹介した本を「本著」とし、私の知能のブログを「ブログ本編」とした。

※日本人がノーベル賞を受賞したので、早速『別冊:国別のノーベル賞受賞者数とメンサ会員数。』の表を更新した。ちなみにノーベル賞を受賞した人達の平均IQは145である旨も09月27日に追記した。


■目次
 1ページ:噂のメンサは本当に高知能なのか。実験台になってみた。
 2ページ:WAIS-III ウェクスラー成人知能検査を受けてみた。全額負担で。
 3ページ:オンラインIQテストの信憑性をメンサ&WAIS-IIIと比較。
 4ページ:Cambridge Brain Sciencesをやってみた。
 5ページ:「上位2%」は100人に2人や50人に1人とは限らない。パラドックス的な。
 6ページ:知能レベルが高い人ほど人を信じやすく、低い人はあまり人を信じない?
 7ページ:言語性知能。片言の外国人との会話から考察。
 8ページ:知能、お金、容姿。○○だからいいってもんじゃないという不思議な理屈。
 9ページ:東大首席の山口真由女史の言う「俯瞰力」とは。
 10ページ:頭と心、理論(Logic)と感情(Emotion)。
 あとがき:知能指数とは。良き理解者へ。あとがき。
 別冊:色盲とIQ。色が絡むとIQ(判断力?)が著しく下がる。
 別冊:知能指数(標準偏差15,16,24換算表)と出現率をエクセルでまとめてみた。
 別冊:国別のノーベル賞受賞者数とメンサ会員数。
 追加少年からのお便り。
 追加知能検査で天才を探す欧米と、診断目的でしか使用されない日本。 現在ページ。
 追加学力偏差値でいうところの上位2%とは。
 追加IQ 162以上を正確に測定できるのか。唯一の解答者は「運命の人」なのか。
 追加賢い人、賢くない人の特徴。IQ、学力、知識を束ねるのは性格(感情)。
 追加天才とEQ。スティーブ・ジョブズのEQは高いのか。

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1号赤坂店は2014年末で閉店致しました。

by charlie-ls | 2015-09-28 22:22 | 【赤坂】ルチアーノショー寄稿ブログ

少年からのお便り。

ルチアーノショー寄稿ブログ

【新コーナー】チャーリーにおまかせ
(最初で最終回)

このコーナーでは、ルチアーノショーのFacebookページに寄せられたお便りをご紹介したい(今回限りで)。
ルチアーノショーのFacebook上で個人的な返信はできないので、公開メッセージに対して公開返信で対応したいと思う。

早速いってみよう。
原文はこちら



このお便りは「噂のメンサは本当に高知能なのか。実験台になってみた。」に対するコメントとして寄せられた。

僕はT県に住んでいる16歳の高2です。僕は東大を目指して勉強を続けています。僕が東大に入りたい理由は三つあります。一つ目は物理数学がかっこいいから、二つ目は自慢したいからです。自分は頭が良いんだと周りに思われたい。3つ目、これは特に重要視しています。本当に頭の良い人に会い、話したい、友達になりたいからです。

すごいな、少年!やったな少年!
私が16才の頃、東大なんてどう逆立ちしても無理だったよ。5教科も同時に勉強するなんてできない。1つのことに没頭するタイプだったからね。漢字も読めずに間違えて「灯台」に向かう可能性さえあったよ。海が好きなんだ。
「目指す」ところに居るだけでもスゴイことだ。


学歴は本当の頭の良さとは関係ない。これはよくわかっています。が、東大なら本当に頭の良い人が多いだろうと思ったからです。

そのとおりだ。競争に勝ち抜き、選ばれた人達がそこに集っている。
頭の良い人と出会える可能性が最も高い場所だから、合理的な判断だ。

ただし、少年が求めるタイプの人達がいるかどうかはまた別だから、「偵察してくる」という感覚で東大に行ったらいいんじゃないかな。そうすれば、もしイメージと違っても、少年がつい最近まで感じていた「メンサに対する失望感」と同じような感情に苛まれるリスクは軽減できるだろう。
もし「違った」時のために、英語は勉強しておいた方がいい。「東大は違う!」と思ったら、迷わず英国オックスフォード大学に向かうんだ。そしてタキシードを買うお金を貯めて、葉巻とコニャックを学び、オックスフォードのパーティーに参加してみるといい。

加えて、映画「グレート・ギャツビー」を見て、ニック・キャラウェイになりきってみるんだ。ギャツビーのような人がこの世の中のどこかにいるんだなと感じることができるはずだ。「俯瞰力」だ。それと同時に「異端」に対する世間の偏見、思い込み、勘違いも学ぶことができる。

数年前、ルチアーノショーに訪れたオックスフォード大の女学生と食事をする機会があってね、彼女は葉巻もコニャックもごく自然に嗜むんだ。ディナーの後、バーでチェスをしたよ。6〜7カ国語を話せる人で、もちろん漢字も読み書きできる上に、日本語でギャグまで言うんだ。スゴイね。そして彼女が教えてくれたのが『Peeping Life 〜ママとOLのから騒ぎ〜』だ。大ヒットだったよ。外国人からこんなシュールな(日本語の)「間」を教わるとはね。私はなぜかオックスフォード出身の女性と縁があって、彼女たちはみんな美人でユーモアがあっていいね。大学の雰囲気が見て取れるよ。


3つ目の理由から15歳になり立てでmensaに入会しました。現在は地方住みなもので例会には行けず、ネットのmensa会員達の話を見ることくらいしかできませんが(笑)

すごいぞ、少年。
15才でそのIQがあれば、もうこれから下がることはないから安心だ。
メンタル面だけは常に注意深く管理し、観察しよう。「自分」という“未知なる物体”の変異を観察するんだ。
メンタル次第では、モンスターにでもヒーローにでも凡人にでもなれる。制御できなくなったらお終いだ。


しかし、彼らは…つまらないのです。不毛な争いばかりで僕が期待している議論ではありません。

それは「偏り」を考慮してないな。
少年が求める人達が、少年の見ているところで発言をしていないだけかもしれない。
ジャパン・メンサの会員が254万人に達するまで、決して判断しちゃいけない(笑)。

第一、ジャパン・メンサだけにこだわる必要もないしね。今見えているものはジャパン・メンサであって「メンサ」そのものじゃない。
海外のメンサン達と交流するのもいい。常に母集団は「世界」だ。メンサは「世界の上位2%」を掲げる集団なんだからね。
そもそも民主主義も資本主義も日本人が考えたものではないし、メンサも同じだ。我々は「奏者」であっても「作者」じゃない。道に迷ったら「作者」達(の子孫)に会ってみるといいよ。


また、テレビで高学歴mensa会員達のオフ会が取り上げられていました。
その中の一人が素粒子物理学について語っていました。僕はその分野が大好きです。将来は素粒子物理学の最先端研究機関であるcernで研究したいとも考えています。でもその方は早口で難しい言葉で周りの理解を置き去りにしたような
話し方でした。
僕はそんな早口で一方的な議論はしたくないです。
これらの理由から、
正直mensaに失望しています。…た。

私は海外ドラマ以外テレビは見ないが、その番組は少し前にYoutubeで確認したよ。
スキップができないキュートなメンサ会員女性が出る番組だな。東大首席の山口女史も4段くらいの跳び箱で落ちて骨折したそうだ。興味深い傾向だ。

居酒屋オフ会にて、M理論について語るラジオのような男性のことを言ってるね。
私が思うに、あれはテレビ局から「高知能集団っぽい話をしてもらえますか」と頼まれてやってるんじゃないだろうか。
山口女史が本に書いていた。テレビで見る東大医学部生がいつも上から目線で大っ嫌いだったが、東大に入った後、直接会ってみると普通の人達だったと(そして女史は首席卒業を狙えることを確信する)。蓋を開けてみれば、テレビ局から「できるだけ上から目線で話してください」と頼まれてやっていたことらしい。見下されてるような気がすることで「悔しさ」をバネにする人達もいるんだ。「勝ち組」という“魅せ方”ってやつだ。
考えてもみよう、そのラジオのような「彼」はあまりモテそうには見えない風貌だったが、すぐ隣にとても綺麗なメンサ会員の女性が2人いたね。それ自体が不自然だ(笑)。だからあれは決して「日常」ではないセッティングされたシーンだ。という分析でどうだろうか(笑)。
※ついでで申し訳ないが、その「彼」にはこの場を借りてお詫びしたい028.gif

テレビは「ショー」だ。現実とは分けて考えた方がいい。

それに彼らは大学生だ(確かそう画面に表示された)。大学生はまだインプット中の人達だからね。これからアウトプット側に周り、社会に貢献して行くであろう人達だ。高知能な大学生を見たからって世の中は何もわからない。むしろ東大を目指す少年にとっては、数年後に無料で毎日見ることができる「当たり前」の景色だ。だから少年は決してテレビで「ゴール」を見たわけじゃなく、始まりに過ぎない「序章」を見ただけなんだ。

CERNと言えばLHCだね。ジュネーヴにはロマンがあるね。
ブラックホール、いわゆる「渦巻き」は神秘的だ。台風やハリケーン、海で起こる渦巻き、勾玉の曲がり具合と黄金比もそうだし、カシューナッツの形も同じだね。ヘビのとぐろや「巻きグソ」もその一種かもしれない。渦巻きが重力で縦方向に引っ張られ、底に到達すると横に広がらざるを得ないからね。そうやって宇宙は拡張してったんだ(多分)。

私は10年程前まで、SETI@HOME地球外知的生命体探査に参加していたよ。自宅のパソコンの暇な時間を、分散コンピューティングに参加させるんだ。電気代はこっちもちだけどね。そのうち科学技術計算はあのスタイルで落ち着くだろうね。どこかの誰かの家で計算結果が出る時代だ。
ちなみに私のマシンでは火星人とは知り合えなかったよ。


なんか自分語りが長くなりましたが、本題に入ります。
つい3時間前にチャーリーさんのブログを見つけました。僕はさらなる自慢のため世界の高知能団体を調べていたのです。
正直非常に驚きました。
この人以上に頭が良いと思う人は今までいませんでした。mensaの人ならわかると思いますが、知能に関しての統計、特徴、歴史、現状、研究、その他もろもろ多くのことを調べたはずです。それらを見る度に優越感に浸れますからね(笑)

少年はそうかもしれないが、私は調べれば調べる程、むなしくなることが多いんだ。
わかり合えるだろう人が少ないかもしれない事実を突きつけられているかのような気持ちになるからだ。
でも、そこに陥ってしまうと気が滅入ってしまうから、何か1つでもいいことを見いだせないかと心がけているよ。

「優越感」を求めるのは、まだ自分の居場所を確立していないからだ。
嫌という程の、飽きるほどの賞賛と拍手を浴びると、そのうち「優越感」というのは必要のない感情に変わる。みるみるうちに優先順位が下がるんだ。実るほど頭を垂れるというね。
「報酬」もまたその1つだろう。高い報酬をもらえばもらう程、他人がその報酬を払う価値があると思ってくれているのだから、もはや「優越感」という感情なんて消え失せるものだ。
そう、優位性を「示す」必要がなくなるのは、もう相手が敬意を「示している」からだ。


それらの僕が調べ、閲覧していたサイトがチャーリーさんのブログに多くありました。一つ一つ大変丁寧に考察されていました。
2%は50人に一人ではない
山口さんの語る 「俯瞰力」 とは
知能、お金、容姿についての人々の理屈
その他もろもろ素晴らしい考察でした。
今までの見てきたサイトの人々とは違う視点での考察で、とても刺激を受けました。身代金の例えは非常に納得でした(笑)

83,000字の中から身代金の例えに反応するとは、ミニ四駆の取扱説明書を隅々まで暗記していた私の少年時代に似ているね。
あれは一番伝わりにくいんじゃないかと思った表現だったんだ。


生まれて初めて自分より頭の良い人に出会いました。チャーリーさんのWAISのIIIの結果は140だそうですが、僕にはもっと上に感じられます。きっとIQ以外も優れているからでしょうね。数あるmensaへの批判も論理的にわかりやすい例えを用いて考察していました。

少年はまだ少年だ。これからもっと沢山の優れた人達と出会うはずだ。

私のIQ 140は、気象予報士さんの綺麗な脚に見とれていた時間も影響しているだろうし(笑)、コントみたいなこともやっていたからね。でも150は超えないだろう。
私は1日中冗談を言ってるんだ。そのうち周りはどこから本気でどこまでが冗談かわからない人も出てくる程だ。
少年はメンサのラジオ的な男性のことを、「早口で難しい言葉で周りの理解を置き去りにしたような話し方」と表現したね。彼が普段もそういう話し方をしているとは限らないという前置き付きで、子供の口にご飯を入れて食べさせてあげるシーンを思い浮かべてみてほしい。こっちのペースであれもこれも矢継ぎ早に放り込んでいたら、例えそれがどんなに身体にいいものであっても、そのうち飲み込むのが間に合わずに吐き出してしまうね。吸収するには消化するための「間」を置かなくちゃいけない。私にとってそのスペーサーみたいな役割が「冗談」なんだ。
他人の「理解」を求めるなら、他人が理解しやすい環境(すなわち「間」)が重要だ。コメディアンにとっても「間」こそが全てだ。武道でいう「間合い」も同じだ。間合いを読み違えると自分がやられてしまうからね。


また、挿入されている写真も気に入りました(笑)

一応カメラマンだからね。大人になると「仕事してるふり」もしなきゃいけないんだよ(笑)。
オードリー・ヘップバーンがジュネーブからティファニーへ綴った手紙がとても洒落てるよ。「周りの理解」だけに配慮した手紙だ。だから彼女は大スターなんだ。


チャーリーさんのブログにコメントしたいのにコメント欄が無いのでわざわざFacebookをインストールしてここに書き込みました。そのくらい、そうしたくなってしょうがない程に僕は衝撃を受けました。

嬉しいよ!
MITの女学生も、とても複雑で特別な手法を用いて私にコンタクトを取ってきたよ。

何の手続きもなくただそこにあるコメント欄はあまりいい結果にならないと思うんだ。
全部読まずに発言したり、またそれに噛みつく人が出てきたり、仲介に入った人の揚げ足をとったり。ほとんどブログとは無関係のところで争いが起きる。統計的にね。
本当に何かを伝えたければ、少年のように、伝える手段を考えようとするからね。恋に落ちた人達を見たらわかるね。「傘がない」の歌詞のように、人は何かに夢中になれるように作られているんだ。


僕はあなたと話したい、友達になりたい。mensaに入会して本当に良かった。心から思います。
いつか、あなたに会えることを願っています。

メンサには他にもオモシロイ人がいるはずだ。
私に集中していると、私を見た時に幻滅する可能性が高まるから、今のうちにリスクを分散しておくんだ(笑)。

現に少年は自分の力で私を見つけた。だからメンサに失望する必要はなかったんだ。他のメンサの会員が私を見てオモシロイと思うかと言えばそうとは限らないしね。
まだ2,000人しかいないんだから、254万人になるまでジャパン・メンサに対する最終評価は待ってあげてほしい(笑)。


では、明日も学校なので寝なくては…
興奮し過ぎて寝られなそうです(笑)

そのテンションわかるよ。私も真夜中に笑いが止まらなくなることがよくあってね。ある何かに気付いた瞬間、自分の馬鹿らしさと、それに気付くことができたことが妙に嬉しくなって、何もかもが可笑しく見えることがあるんだ。だって歯を失うと記憶力が低下するなんて思いもしないだろう?


大学生になったら、ルチアーノ。行きますね(笑)

少年がお酒が飲めるようになる頃には、2号店が銀座あたりにできているんじゃないかな。
そのためにも、タキシードを揃えてパーティーの準備をしておかなくちゃね。
1号赤坂店には、ドレスコードと20歳未満お断りという決まりがあったんだ。

タキシードと言えばね、「自分は頭が良いんだと周りに思われたい。」と今後も思うならという前提で。
高知能であるならば、ジェントルマンでなきゃならない。
なぜならジェントルマンでなければ、人口の50%(すなわち女性)に高知能を認めてもらえないからだ。受け入れてもらえないんだ。

少年がいつの日か出会うこの世のものとは思えないほどの素敵な女性から、「そんなに頭いいんだったら、私をホレさせてみなさいよ」って言われたらどうするかな。
「そんな高飛車な女、(チャーリーが言っていた)“身代金”女だ!」と思う前に、彼女は少年にホレたがっているんだ。ホレていい根拠を少年に魅せてくれと言ってるんだ。
そこでメンサの会員証を出すだけの男なんて、ホレる理由にはならないね。

知能とはそういうことだと思うね。

少年が、東大に合格するのを楽しみにしているよ。
お便りありがとう。とても勉強になった。



あとがき
最初で最終回のこのコーナー。
少年の若きパッションと真っ直ぐな想いに、何か応えずにはいられない衝動に駆られた。
サバントの「マリリンにおまかせ」風に書いてみた。改めて読んでみると、彼女はこの上なく的確であり、優れた人格まで備わっているように思える。
世界最高のIQ保持者である彼女には足下にも及ばないにしても、これから年を重ねていく上で、役に立つオッサンにならなくてはいけないなと思った。
山口女史の最新著書『いいエリート、わるいエリート』に習って、『役に立つオッサン、役に立たないオッサン』でも書いてみようかと思った次第であります(笑)。


このお便りは「噂のメンサは本当に高知能なのか。実験台になってみた。」に対するコメントとして寄せられた。

■目次
 1ページ:噂のメンサは本当に高知能なのか。実験台になってみた。
 2ページ:WAIS-III ウェクスラー成人知能検査を受けてみた。全額負担で。
 3ページ:オンラインIQテストの信憑性をメンサ&WAIS-IIIと比較。
 4ページ:Cambridge Brain Sciencesをやってみた。
 5ページ:「上位2%」は100人に2人や50人に1人とは限らない。パラドックス的な。
 6ページ:知能レベルが高い人ほど人を信じやすく、低い人はあまり人を信じない?
 7ページ:言語性知能。片言の外国人との会話から考察。
 8ページ:知能、お金、容姿。○○だからいいってもんじゃないという不思議な理屈。
 9ページ:東大首席の山口真由女史の言う「俯瞰力」とは。
 10ページ:頭と心、理論(Logic)と感情(Emotion)。
 あとがき:知能指数とは。良き理解者へ。あとがき。
 別冊:色盲とIQ。色が絡むとIQ(判断力?)が著しく下がる。
 別冊:知能指数(標準偏差15,16,24換算表)と出現率をエクセルでまとめてみた。
 別冊:国別のノーベル賞受賞者数とメンサ会員数。
 追加少年からのお便り。 現在ページ。
 追加知能検査で天才を探す欧米と、診断目的でしか使用されない日本。
 追加学力偏差値でいうところの上位2%とは。
 追加IQ 162以上を正確に測定できるのか。唯一の解答者は「運命の人」なのか。
 追加賢い人、賢くない人の特徴。IQ、学力、知識を束ねるのは性格(感情)。
 追加天才とEQ。スティーブ・ジョブズのEQは高いのか。

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by charlie-ls | 2015-09-25 19:06 | 【赤坂】ルチアーノショー寄稿ブログ

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