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資本主義経済とは名ばかりで日本の“経済観念”に関する学校教育は社会主義的だに対し、思わぬ久しぶり的な人から「確かにぃーっ」という連絡をもらった(笑)。

日本は「資本主義の国」だと教育を受けるが、実際に資本主義っぽくなってきたのは1990年代あたりから(何となく)。成果報酬やストックオプションなどの報酬が積極的に取り入れられるようになり、「サボっても働いても給料は同じ」「出世は勤務歴の長い者順(年功序列)」という個々を決して“評価”しない均等体系から能力給型が広まってきた頃から。

日本の資本主義はまだ小学生くらい。

しがらみなく育ったIT企業の台頭(2000年代初頭)から資本主義の幕が開いたと言ってもいい。

※他人の顔色をうかがう日本人にとって、2005年に税金の公示(高額納税者リストの公表)がなくなったことで、人の目を気にせず高給を取りやすくなったというのも手伝っている(笑)。

日本は「世界で最も成功した社会主義国」(旧ソ連ゴルバチョフ書記長らしい)と評されており「日本型社会主義」とも呼ばれている。

「社会主義」というと、旧ソ連やキューバなどの印象もあっていわゆる「西側・東側」の印象が強いが、実際には「資本主義」の対義語であって、政治的思想というよりは経済や富の在り方についての考え方だ。要するに「民主主義か全体主義(権威<独裁>主義)か」の対立ではない。

最終的には私有財産を認めず無政府の(管理監督者がいない***)共産主義を目指そうという過程にあるのが社会主義であり、内部留保課税の案はまさしく社会主義的。

***政治家がいる限り管理監督者が存在し、管理監督者がいる限り地位の差異がなくならない(能力差を認める必要がある)から、人々の最終的な均等な姿とは政府を必要としない国家であるという考え方。

この手法(内部留保課税)は、通常は国家財政が破綻しデフォルトする上でやむを得ず国民の財産を没収するしかない(対外債務の手前)という時にしか行わない。個人の破産と同じで、家や車を持ったまま「破産したいです」(債権を放棄してください)は通用しないのと同じだ。

格差格差と騒いでいる人は資本主義経済が向いていない人であって、よくよく眺めてみると日本人の多くは本質的に「差」を好まない人が多い(別に悪い事じゃない)。よって精神性そのものが資本主義よりも社会主義体質であるということなんだが、どちらも自分達で作った主義ではないので、漠然と西側・東側という「紅組・白組」レベルでしか認識されていない。

文化的に白黒ハッキリさせる国民性ではないし、そもそも主義主張は控えめにということもあり「我々は社会主義である」という宣言はしないし、一応は「株式会社」など資本主義の仕組みを採用している。

部分的(モジュール)な採用であって「資本主義」と言うにはどこか弱々しい。

日本は「暗黙の均等・連帯主義」という表現がしっくりくる。

宣言しないしとりあえずミンナ一緒。「才能とか能力とか、給与の差とかヤメテ」というカンジ。

このまま資本主義を名乗る社会主義の路線を行くならば、いっそ「ステルス社会主義国」として宣言してみるのはどうかと思ってみたりもする。宣言したらステルスじゃなくなるんだが(笑)。

そうすればきっぱり諦めもついて、出ていく人・残る人というスンタスが決まり、もう少し人々の関係性にメリハリが付きそうな気がする。

「富の再分配」は私有財産を分け与えるのだから社会主義だという考え方がある。確かに凸の部分にヤスリをかけて凹の部分を埋め合わせるのだから理屈上もっとも。となると社会主義とは言えない範囲内で累進課税する必要があり、少しづつ所得税の最高税率は下げられてきた。

現在の住民税は均等だからいい。平成19年にそれまでの3段階から一律10%に改正された。

所得税の最高税率を下げ消費税率を上げるのは、税率が一律であり使った(消費した)分だけにかかる税金だから公平であるという、より本来の資本主義像に近づこうという試みだ。当然お金持ちは使うお金の額も多いから沢山の消費税を払うので自然な形で富が再分配される

所得税の税率構造の推移」を見ると、昭和49年は所得税の最高税率は75%であった。平成11年に37%まで下がったが、住民税を一律化した平成19年にまた所得税に転嫁されている。そして平成27年更に5%が上乗せされた。※消費税導入は平成元年。

という具合に、昭和から平成にかけて少しづつ是正されてきたにも関わらず、近年再び社会主義思想に傾倒しつつある日本。

そこに内部留保課税と来たから遂に感がある。

「持ってる企業から取ろう!」は大衆の支持が得られるかもしれない。得票のための大衆迎合こそが政治であることは昔から変わらないにしても、ドナルド・トランプ大統領のような大富豪が行う戦略(一時)的大衆迎合と、本質的に均等を好む根深い社会主義傾向のソレは性質が異なる。

納税後に残ったお金が積み上げられていく内部留保のお金(剰余金)は「株主資本」と明記されるにも関わらず、それを税金として没収しようかという考えは、7億円当たると明記された宝くじを買って7億円が当たったにも関わらず、非課税であるはずの7億円に後から「やっぱり税金をかける」と言い出すことと同じだ。

出資するとか投資するという行為の前提となるルールを後から変えるのはさすがにマズイ。一度やってしまと、またこの先何かに課税すると言い出すんだろうという疑ってかかる必要があり中長期的な予定が立てられない。

それでもやるというのなら落としどころとして「これから発生する利益剰余金に対して一定年数毎に税金をかけるから使いなさい」というところだろうか。それでも使えば消費税も取られるんだが(均等社会において「賃金を上げる」という選択肢はないだろう。多分)。どちらにしても過去の剰余金は触ってはいけない。

トンデモ政治は勘弁してもらいたいし、私は純粋な資本主義経済の中で生きていきたい。

希望の党の政策「内部留保課税」がヤバすぎる | 投資

チャーリー(
JAPAN MENSA会員
情報処理安全確保支援士/登録情報セキュリティスペシャリスト(RISS)

AEAJアロマテラピー検定1級
AEAJ認定アロマテラピーアドバイザー
AEAJ認定環境カオリスタ
AEAJ認定アロマテラピーインストラクター
AEAJ認定アロマブレンドデザイナー
AEAJ個人正会員
JAMHAメディカルハーブ検定1級
JAMHA認定メディカルハーブコーディネーター
JAMHA認定ハーバルセラピスト
【国】ITパスポート試験合格(笑)。
【国】情報セキュリティマネジメント試験合格
【国】臭気判定士
薬学検定1級試験合格
HTML5プロフェッショナル認定資格 レベル1試験に合格。
個人情報保護士認定試験に合格。
情報セキュリティ管理士認定試験に合格。
【公】メンタルヘルス・マネジメント検定II種(ラインケアコース)試験に合格。
Comptia Security+試験合格。
SEA/J情報セキュリティ技術認定CSPM of Technical試験合格。
【国】危険物取扱者 乙種 第4類試験合格。
【国】情報処理安全確保支援士(旧情報セキュリティスペシャリスト)試験合格。
【国】ファイナンシャル・プランニング技能検定2級試験に合格。
【国】危険物取扱者 乙種 第2類、第3類試験合格。
心理学検定1級試験合格。
【国】登録販売者試験合格。

チャーリーのタンブラー(毎日更新、日記・ブックマーク的な)


by charlie-ls | 2017-10-17 21:17 | 個人ブログ | Comments(3)

※予定していた『愛と見返り』は何となくタイミングを逃し(笑)、次回以降にアップ予定であります。

前載せたコートダジュールからのお土産をくれた人と同じ頃、他の2人も別々に南仏旅行に行き、それぞれが異なる香水工房を訪れていた。3人はお互いを知らない(全員日本に住む外国人女性)。そして3人が各工房から私に香りサンプルのお土産を買ってきてくれた。

海の向こうの同じ街ですれ違ったかもしれない3人。

※「何だチャーリーの奴、妙にメルヘンチックじゃないか」と思った人もいるかもしれない。しかしココから始まる。いつものが(笑)。

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イコロを振って、「1」が出ると予想した人が、出た「2」を見て「惜しいっ!」と声を上げるのと同じだろうか。サイコロにとって「1」と「2」は何も近くないんだが。顔見て「鈴木さん」か「田中さん」かと予想したゲームで「佐々木さん」が出たら「惜しい!」と言うくらい何も近くない。

もしかすると南フランスでバッタリ出会ったかもしれないことをニアミス的に「惜しい!」と感じるのは、物理的な距離が近いだけで、お互いを知らない3人は例えすれ違っても挨拶もしないから実は何も近くない。下手するとぶつかって罵り合いになるかもしれない。それに東京で何度もすれ違っている可能性もありながら知り合っていないのだから、おフランスに行けば知り合うかというとそうではない。多分平行線のままだ。

ポエムを書くなら、外国人が東京に住んで私と出会って、東京から同じタイミングで南フランスに旅行に行って、場合によっては同じ香水工房を選び、同じセッションで同じグループに入って話しかけ知り合うかもしれないと考えると運命的な“近さ”を題材にしてみたいが、それでも知り合わないのだから、本当は何(誰)よりも遠く離れているのかもしれないとも思う。

だからポエムが書けない理由にはならないが(笑)。

特に考えもせず、この3人の女性達をグループ分けしたら疑いもなく同じグループに入れてしまいそう。何となく近い気がして。

が、地球と月はいつも一緒にいてとても親密に見えても、絶対(多分)に重なり合う事がないから軌道的には最も遠い存在だと言える。

「見えてる」からとか、「同じ太陽を回っている」からという「点」(共通点とか)で見た近さ(親近感)であって、これもまた精神論なのかもしれない。

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のある人という言葉は何か大きな意味が込められている。例えば人を好きになる度に「運命の人」だと言う女性もいる(笑)。そのくらい何かの「縁」であると信じたいほどに縁とは重要視されているし、偶然性(シンクロニシティとか)が積み重なると運命共同体のように思えてくるのはよくわかるが、世の中大半の人が、死ぬまで運命の人と出会わない印象が強い。
※理想とあまりにもかけ離れていて「運命の人」だと認めないだけのケースは置いといて。「イメージと違う。返品希望」みたいな。

せっかくなのでこの恋愛的「運命の人」の路線で話しを進める。

見方を変えると、出会ったにも関わらず結婚しない異性とは、出会った上で「運命の人」ではないと結論付けられた人達であって、まだ出会ってない人の中に「運命の人」がいるのであれば、どちらが「近い」存在なのだろうか。

と考えると、「出会った」ことは物理的な近さは確定させたとしても、ただの「確認済み(終了)」リストかもしれない(笑)。山積みされた証拠資料を片っ端から確認し「済」マークを付けていくイメージで言えば、残りの「未チェック」資料の中に探し求めていた証拠があるのだとすると、残数が減れば減る程「近づいている」「核心に迫っている」と人は感じる。

消去法だ。関係のないものを除外していくことで「当たり」に近づいている(という気がしている。本人は)。
「当たり」が出ない人生もあるかもしれないことは置いといて。

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しかして、人との縁も、何か除外するために出会っている可能性はないだろうか(笑)。「容疑者から除外するためにDNAサンプルを採らせていただけませんか」的なもっともらしい口実付きで。

「何だいつものチャーリーじゃないか」と思った人もいるだろう。残念ながら(笑)。

いや私は「運命の人」という考え方を否定したいわけではなくて、果たして世間で言うところの「運命の人」の捉え方はどうなんだろうかと疑問をもってみた次第。

確率の問題も、真っ向から全部計算していくよりも余事象を出した方が速く間違いがない場合が多々ある。

セキュリティのブラックリスト/ホワイトリスト方式の考え方にも通じる。ブラックリストは「ダメな人」を列挙する。前提として全員「イイ人」と定めるから、基本は全員通過。この場合、未知の「ダメな人」がリストにあるはずもないので通過してしまい“初犯”を許してしまう。当然だ。何か悪いことしなきゃ「ダメな人」リストに載らないのだから。

一方ホワイトリスト方式は、基本全員出禁(笑)。リストに載ってる人だけ通過。「VIPリスト」はまさしくソレだ。「大統領とその側近のみ」というホワイトリストなら、未知のテロリストが紛れ込むこともない。もちろん「大統領本人がテロリストだったら?(笑)」とか言い出すとそもそも誰も信用できないが、自分と側近しか居ないところでテロを実行してもしょうがないだろう。ただの自滅だ。

ということから、「縁のあった人達」もどう受け止めるかで意味合いが変わってくる。「きっと何か意味があるはずよ」と思った時点で確証バイアスによって自分ルールの意味づけを行う。自然な流れで結果として意味があったのではなく、結果がどうであれ意味づけをしたがっている状態。これは一種の認知の操作と言える。

認知の操作。もう一回言うと。


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えば過去の異性との出会いに対する受け止め方(認知)は、一般的に男女で大きな違いがある。

あるファッション誌の恋愛コーナーを読んでいたら、女性は過去の付き合いを少なめに申告し、男性は見栄を張って多めに申告することが非常にしばしばあると書かれていた。

単純な見方をすれば、女性は「遊んでたと思われたくない」意識、男性は「オレはモテるんだぜ」意識が働くのだろうが、もう少し分析してみると、女性はハズレの数を数えたくない(笑)、男性はハズレも含め「今のオレがあるのは」的な過去に対する向き合い方なんじゃないかと思う。

例えるなら「20xx年の○○大会で優勝しました」は大当たりだけの申告であり、話しはそこで丸く収まりその他の過去への言及はない(可能性が高い)が、「通算試合出場回数365回」というのは「経歴」としての申告であり、当然「何勝何敗?」という質問が想定される。よって「何敗」を気にするのが女性であり、常に前線(笑)に立っているオレが好きなのが男性なんだろうと思う。

すなわち「成績」はどうであれ、“現役”であることに価値を見いだす男性と、「玉の輿」という言葉があるように「おめでとうございます!当選です!」的な華々しいシーンだけを記憶(歴史)に刻みたい女性との違いがある。だからウエディングドレスへの憧れも強いのかもしれない。

ぜか昔から、女性の恋愛相談に乗ることが多い私はいつも驚かされる。もう慣れたが。

誰かを好きになって、その想いが叶わないことがわかった途端「キライになる努力」をする人が多い(笑)。何も嫌わなくてもイイと思うんだが。そして上手いこと理由を見つけてキライになれた暁には、好きだった事は一度もなかったものとして振る舞う(笑)。

一度もダメージを受けずに全面クリアしないとゲームを持ってることさえ申告しないカンジ(笑)。

赤が好きなカレと付き合っているときは「やっぱり赤よね!」と言い張り、青が好きなカレと付き合い始めると「赤とか下品で信じられない!昔っからキライ」と言いながら夜な夜なSNS上の赤い服を着た自分を消していく作業に追われる的な。

念のため断っておくと、男女どちらの認知が正しいとか間違っているとかではなくて、過去は認知の書き換えによって変えられるということを言ってみたかった。

早い話「記憶のすり替え」だが、本気で思い込めば本人の脳にとってはソレが“真”であり、トラウマも克服できるかもしれないことを意味している。細かく言えばレスポンデント条件付けされた脳の条件反射を消去することができる(可能性を秘めている)。

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ころで「運命の人」の話しはどこに行ったの?とそろそろ聞かれそうなタイミングなので締めくくりたいが(笑)、「縁のあった人」に大きな意味があると考えるのも、或いは「運命の人」と出会うまでのただの消去法リストでしかないのかは、その人の認知によってどちらでも“真”となり得るということ。

最終的にその相手が「運命の人」だったかどうかを決めるのも自分の脳であって、一度“認定”した後でも気に入らなければ「解除」することもできる(笑)。赤い服を着た過去の自分を削除するように。

そして冒頭のおフランスの話しに戻ると、この3人の女性を運命的に近しいと感じるか、これだけニアミスを繰り返すのだからむしろ遠いと感じるのか、全ては本人の脳が決めることであり、恐らくは宇宙によって予め定められた「軌道」に沿って移動している個々の達と同じような存在なんじゃないかと私は思う。

ハレー彗星のように76年目の再会を果たせば「これは運命ね!」と想ってもみたくなるものの、相手は我々が生まれる遙か昔から76年毎にやってくるという定型作業を繰り返しているのであって、太陽に毎日「また会いましたね!運命かも!」と感激しない(人が多い)ことを考えると、どうにもこうにもあらゆる事象は認知の域を出ない。

よって人生を変えるのは法則でもIQでもなく、認知であると現時点では言ってみたい。 

チャーリー(
JAPAN MENSA会員

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【公】メンタルヘルス・マネジメント検定II種(ラインケアコース)試験に合格。
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by charlie-ls | 2017-09-14 21:39 | 個人ブログ | Comments(2)

しぶりにスピリチュアルネタを書いてみようと思って「時間の概念」について検索していたら、3年前に自分で書いたブログがヒットした(笑)。

“時”の認識から「思想」(宗教)と「現実」(科学)を照合する。

時間とはつなぎ目のない連続的なものなのか、或いは細切れの集合体(パラパラマンガ)で非連続的なのかを考える上で、人の感情・考えが連続的であることから、何かしら時間はつながっているのかもしれないとも言えるし、コンピューターには処理の最小時間がありながら記録は残るので、記録や記憶とはまた別の処理系が“時”を管理しているのかもしれないとも言える。

※時間が非連続的だと考える場合は、プランク時間(時間の最小単位)の存在が関連してくる。「時間」に最小単位があるということは、原子のように個々のバラバラの集合体ということかもしれず、(例えだが)顕微鏡で見れば時間と時間の間がつながっていないことになる(或いは根拠となる「光」ではない未知の基準が見つかるかもしれない)。

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理学に出てくる公正世界信念(公正世界仮説)とは、頑張ったからイイ事が起きた(褒美、報酬)、努力を怠ったから悪い事が起きた(罰、報い)というような認知バイアスであり、いわゆる因果応報的な考え方。「因果応報」が仏教用語であるように、宗教的かつ物事の“前後”をこの上なく重視している。

例えば、

日照りが続いて困り果てた農家が毎日「天」に祈りを捧げていたら7日目にして雨が降った。

私も応援したくなるし、これを仮に「真」だとすると、

学校にも塾にも行かず家庭教師がいるわけでもないのに、なぜかこの問題が解ける。

は「行い」(努力)を伴わないから「偽」となる。なるというよりは、公正世界信念派にとっては「偽」でなければ困る状態に陥る。「祈ったら雨が降った」が“気のせい”に成りかねないし、場合によっては「努力」の価値が崩れかねないから。

努力は成果を生み出すが、精神はどうだろうか。祈るという行為(作業)が成果を生むのか、祈る心(精神)が結果をもたらすのか。

答えは出ないので問いかけることしかできない。

えてして天才の存在は都合が悪く、何としてでも存在をもみ消したくなるのも公正世界信念的だ。立っているだけで、他の女性よりも重い荷物を持ってもらえたりドアを開けてもらえる可能性が極めて高まる(あたかも人生を楽に生きているかのように見える)「美人」もその対象の1つだろう。

この理屈は、生まれながらにして持つ才能や美貌は「努力をしてない」という考えに立脚している。勝手に(笑)。切磋琢磨しないと、神さまが怒って才能や美貌を取り上げるという考え方まである。「“バチ”が当たる」的な。

何かと説明がつかないときに神さまを登場させる傾向がある。人類は。

では才能や美貌を遺伝子に刻んで誕生させた神さまが、そして努力をしない者に怒って才能・美貌を取り上げる力を有する神さまが、なぜ努力をしないだろう者に才能を与えたのか。そこは事前にわからないのか。

ということはあれか。創ってみたが上手く行かなかったからリセットボタン押すゲームかんしゃくちびっ子みたいなノリなのか神さまは。

いや、ユダヤ人的なディスカッションをしたいわけではないし、神さまに難癖付けるためのブログではなくて、「そこで何で神さまを都合よく持ち出すのかね」というヒトに対する問いだ。これは。

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こで公正世界信念の説明で最も登場回数の多い因果応報例で考察してみた。

若い女の子がミニスカートで夜1人で出歩くから男に襲われるのよ。

意外にも同性がこういった考えを持つことも多いようだが、これは何の罪もない人がヒドイ目に遭うとつじつまが合わなくなるからという根拠で「ミニスカートが悪い」らしい。ではこれを仮に「真」だとするならば、若い+ミニスカートは男の理性を狂わせる程の魅力があるという前提に立っている(と考えられる)。仕方ないので、男はミニスカート以下の生き物であることを受け入れたとしても、

若いしミニスカートで毎日夜1人で出歩いているのに男に襲われない女性。

はどうなるのか。男の理性を狂わす程の「若い+ミニスカート」という魅力を相殺するほどヒドいビジュアルだということにならないか。

因果応報論を他人に適用すると結局は自分に戻ってくる場合がある。

「若い」「ミニスカート」「女性」が3つ揃っていながら結果が異なると、統計的仮説検定において恐らくは帰無仮説(「有意差はない」という説)が棄却されず、公正世界信念派には都合が悪くなり、とりあえずは「化粧が濃い」とか「香水を付けてる」とか「ハイヒールだった」とかありったけのそれらしい事実を列挙し、どれも該当しないと次は「日頃の行い」とか深い粗探しが始まる(笑)。実際は「粗」というレベルではなく、かなり細かいネチネチした調査なんだがソレは(笑)。

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えばこれはどうだろう。

ホラネ。いつも人の悪口ばかり言ってるから転んで口を怪我するのよ。

田舎のおばさんの井戸端会議とかに多い主張だが、宗教的思考では宗派を問わず世界共通だ。因果応報の否定派は次のように切り返す。

生まれて間もない赤ん坊が予期せぬ大地震によって引き起こされた津波にのまれて死んでしまった。

それはなぜか。まだ口もきけない赤ん坊が人や水の悪口は言ってないし、ハイハイもできない赤ん坊が人の目をかすめて泥棒していたり水の無駄遣いもしていない。

公正世界信念派にとってはいよいよ都合が悪く、ついには「血筋だ」とか「前世」「怨念」「祟り」の仕業だと言う人もいる。

確かに、罪もない人に苦難が降り注ぐのだとすれば、トンデモナイ悪党に幸福が舞い降りる可能性も出てくるので、何とかして理由付けしたいのだろう。

こうやって現世における公正世界信念では説明のつかないラッキー/アンラッキーを、既にいなくなった先祖や目に見えないバケモン(霊)丸投げすることで(或いは未来に「出る」と脅す宗教もある)ヒトは精神論を説いてきた。

天国に行くか地獄に行くかも未来に丸投げしている1事例だ。

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正世界信念は歪んだあるいは行きすぎた正義感のようにも思える。

※ちなみに私は因果応報などナイと言う考えではなく、公正世界信念なる認知バイアスとは何なのかについての検証だ。

泥棒ばかりしている人が何やら幸せそうに生活していると腹立たしくなり、「今に見てなさい、地獄に落ちるわよ」的な目でみたくなる気持ちは十二分に理解する。私も実際に見たら気に入らない。

ギャングが大金持ちでは困る。通常。その矛盾に対し、大人は子供達に「何であのオジサン達は悪いことばかりしているのに裕福で幸せそうなの?」と問われたときに示しが付かないから、「世の中お金が全てじゃないのよ」と苦し紛れな返事しかできなくなる。

自分の方がもっと稼いでいれば鼻にもかけないんだろうが、終いには「貧しい=心が綺麗」とさえ主張する人もいる。心が綺麗なら豊かになってもイイんじゃないか。それは「日頃の行い」に含まれないのか。

そして愚かにもお金持ちや成功者に対して「表からは見えていないところで何か不幸が起きていて欲しい」という願望さえ生まれる。例えば「実は病気で苦しんでいる」とか。「他人の不幸は蜜の味」の起源だろう。不公平っぽさを何とか平均化したいのだと思われる。しかしギャングがどんな悪さをしたのか解らないが、他人の病気を望んでいるそのも十分にだ。

ソレを神さまは許すのか。ソレは「日頃の行い」に勘定されないのか。

ましてやそのギャング家の子供(「ギャングちゃん」とする)と同級生の我が子が「今度ギャングちゃんのお父さんが博物館と科学未来館に連れてってくれるんだ」と喜んでいると、何やらキタナイお金に買収(支配)された気分になるから、「汚れ」(ヨゴレじゃなくてケガレ)の概念が発達する。

「汚れ」は日本文化にとどまらず、欧米でも「そんなお金は受け取れません」とお金の出所の怪しい寄付を断るケースも多々ある。そりゃそうだ。現金輸送車を襲撃してその足で寄付金を持って来られても良心がとがめる(笑)。いわゆる「倫理観」「道徳観」というものであり、世界共通に存在する。

が、実際には洗浄された「元汚れた」お金達も山ほど流通していて、大半の人はそのお金の上に生活基盤を築いている。そもそも人口の半数以上は納税額で自分達家族の社会インフラコストさえまかなえていない。学校や病院、警察署、道路を建てるお金に1円も出していないと言っていいほど納税額が足りていない。
日本の国民1人当たりの借金は830万円であり、平均の何百倍、何千倍も納税している人・会社があってもコレなので、ほとんどの人が一生誰かのお金のお世話になっている。

愛人はスポンサーに感謝するが、一般大衆はスポンサーらしき高額納税者に感謝しない。だとすれば公正世界信念的に言えば、愛人には幸せが訪れるということだ(笑)。祈る代わりに感謝しているから。

こうして現実を見てみると、「清濁併せ呑む」かは置いといても、自分の目の届かない、管理下にない大きな社会の中に生かされていることに気付かざるをえない。

そんなことは中学校の社会くらいの知識があれば解るだろうという話しだが、それでも公正世界信念的な思想が根強いのは、やはりヒトは自分こそが「真」であり、他を「偽」としたい自己奉仕バイアスが強い生き物だということが言える。

※参考資料:あなた、そんなに凄いの? -自己奉仕バイアス | GLOBIS 知見録 - 読む

頑張ってる方が豊かになる(恵まれる)べき」という気持ちは感情論として当然に成り立つと私も思うが、なぜ自分の方が頑張ってると思うのか、その根拠を知りたい。

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こで宗教論では「頑張る」と「祈る(願う)」が同じくらいの位置づけであることが多く、祈る系・願う系と言えばこの人、私の知人で東欧出身のカトリック教徒女性をサンプルとして登場してもらう(笑)。

「嗚呼、神さま」

1時間一緒にいると、3回は必ず聞く(笑)。しかも割とどうでもイイお願い事で神さまを呼びだそうとする(笑)。空に向かって。神さまは空にいるのか。

では世界中にキリスト教徒は16億人いるとされているが、16億人が皆(多分)祈っている中、なぜ神さまはアナタの願いを聞いてくれるのか。その選定基準を知りたい。

1/16億。

ちなみにBIG 1等 6億円は、1/480万くらいの確率。ちゃんと並べてみると、
1 / 1600000000
1 / 4800000

6億円を当てるのに16億分の1の神さま登場率にすがったりしてませんか。

ま、多くの人は6億円当たったら神さまを呼び出さなくなるだろう(笑)。なぜなら自分で解決できることの方が増えるからだ(笑)。

実際に見聞きしたこともあるし、海外ドラマで度々見かけるシーンで、「あんなに私が苦しんでた時に、神さま、あなたはどこで何をしていたのか」と怒り出す人がいる。

ちょっと待ってくれ。「いついつ何時に大変になるから予定を空けといてね」と事前に予約を入れておいたのだろうか。

どこかの会社の社長を訪ねていって、アポイントなしで会えるだろうか。なぜ神さまなら会えると思うのか。

どこの企業もコールセンターですらつながらないというのに。

そのうち「404 神さま Not Found」とか出るんじゃないか。

神さま読み出しルーチンのオーバーヘッドは一体どのくらいなのか。神さま呼び出しコストは恐らく極めて高い。私の推定では女性がセルフィー写真撮りたいからっていちいちジョージ・クルーニーを呼び出すより高い。

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論としては、私がスピリチュアルに手を付けると毎回こんな展開になりますよ的な自己開示の1つとしてこの投稿をアップしてみた(笑)。

テーマである公正世界信念について言えるのは、自己都合で振りかざしてはいけないということ。因果応報があるとかないとかは置いといて。

散々書いておいてアレだが、私は「念」とか「集合意識」「テレパシー」「生まれ変わり」といったものをそれなりに信じているので、決してこれらの精神世界を否定しているわけではない。

が、「神さま」とか「宇宙」とか、そういった壮大な何かと対峙する上で、さすがに自己都合レベルの屁理屈は排除しておかないと、通常お呼びでない崇高な世界に足を踏み入れるには、何か汚れ(ヨゴレじゃなくて)のようなものを感じてしまい、いわゆる「お清め」から始めようというのがいつもの私の思考パターン。

も邪念があっては上手く機能してくれない。

ヨガで言うグラウンディング、すなわち第一チャクラ(赤)から始めるのは、まず「地に足を付ける」ことという意味がある。一言で「瞑想」と言っても、タダ居眠りぶっこいてるだけじゃなくて(笑)、大地のエネルギーを感じ、地球という星に生きる自分を認識(自分を認めること)がスタートだ。「自分を認める」のは実は最初の難関であり、自己都合の屁理屈をたれている間は、自分でうすうす自分で自分を言いくるめている(自分自身を騙してる)ことに気付いているため、潜在意識としては自分を認めていない。その状態で第6チャクラ(藍色)、第7チャクラ(紫)が開くかというと私は違うと思う。

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図:感情と体に影響をあたえるチャクラシステム初級編

心理学と照らし合わせるならば、マズローの欲求段階説(自己実現理論)は、生理的欲求、安全の欲求、社会的欲求、承認の欲求、自己実現の欲求という具合に、大凡第一チャクラに始まって第7チャクラに抜けるよう構成されている。見方を変えると、高次欲求とは下位層が満たされこそその“受け皿”ができあがると考えられる。

そして何気にこのピラミッド型の図もチャクラと同じ色分けがなされている。

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Wikipedia 自己実現理論

この色のステップは決してテキトーではなく色(光)の科学に基づいている。下から波長が長くエネルギーは弱く赤(赤外線)の波長620〜750nmから橙、黄、緑、青、紫(380-450nm)という具合に波長が短くエネルギーが強くなっていく。理科やハイテクに明るい人ならリモコンの赤外線やCDの赤色レーザーに始まり、紫外線やBlu-Rayの青紫レーザーが最終段階であることを想起するかもしれない。

参考資料:ブルーレイディスクのしくみ | ソニー

ちなみにスピリチュアル系アロマテラピーの世界では、チャクラに対応する色に加え、周波数(すなわち「音」)、同じ色と波動の石(パワーストーン)などを併せて用いるスタイルもある。エッセンシャルオイルも、植物における末梢である葉っぱから採れるものは手足や毛細血管に、茎や木(幹)から採取するものはリンパ管や血流に効き、果実から採れるものは安定や幸福感(すなわち副交感神経優位)を与えると考えられている。

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Wikipedia

間では科学とスピリチュアルは相反するもののようにとらえられているが、実は屁理屈系スピリチュアル(笑)よりも、よっぽど科学者の方が大自然の摂理に沿った思考をしていることが多く、なぜなら進化すればするほど人間の摂理とか、宇宙の法則とかそういった事を意識せざるを得なくなるから。

「先進的」であるためには、教科書に載っているような既知の学問では事足りないし、思いつきやただの山勘では技術を裏付けることができず再現性が保てない(=気のせいかもしれない)ので、最も偉大で確実に成立している高次レベルの作品は何かと考えると、それは人体だったり宇宙だったり或いは光だったりというところに帰結する。

よってちょっとしたクリティカルシンキング(critical thinking)で答えに詰まるような精神性とは何ら崇高な領域にあるとは言えず、大方自己都合・自己満足、自己奉仕バイアスの結晶であり(これらは外界に対する“バリアー”でもある)、既に多くの人によって揉まれ尽くしている“通過点”の1つに過ぎない。恐らくはソコを否定されかねないため、スピリチュアル系は科学と距離を置き、時として科学やテクノロジーを批判してみたくもなるのかもしれないが、これもまた自己都合だ。

「自己暗示」も大切だが、信じる対象に揺るぎない信念を持つことと、自分を騙し欺くこととは違う。

屁理屈を基礎としたスピリチュアルに生きていくことは合理的でないし、概念として破綻してしまうから、現実を大前提とした上で精神世界を築くように心がけている。私は。

と自問自答を繰り返しているうちにふと我に返り、「明日も頑張ろう」と学び続ける意欲と原動力となりつつ、瞑想にふける前に目が覚めてしまう私であるという記録としてココに記しておきたい(笑)。 

宇宙銀行 赤坂支店。

チャーリー(
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【国】ITパスポート試験合格(笑)。
【国】情報セキュリティマネジメント試験合格
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個人情報保護士認定試験に合格。
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by charlie-ls | 2017-08-23 19:33 | 個人ブログ | Comments(0)

人類はどんどん頭が悪くなっていることが判明! 各国で止まらない知能指数低下の謎』という説もあり、昨年、山口女史の『おバカってカワイイ?』を読んだ際にもソレを思い出した。

ットを飼う人達を観察していると、ペットのおバカな行動を見て「カワイイ」と言う。

しかし、賢い行動を見るとなぜか飼い主が誇らしげなドヤ顔は見せるが(生まれ持った知能の賜ではなく「しつけ」がイイと思っているのだろう)、「カワイイ」とは言わない。

私から見れば、その賢い行動こそが動物の本能や知性、多様性を垣間見せ魅了して止まないところだと思うんだが、例えば犬が飼い主以外に尻尾を振ることを好まない(ヤキモチを焼く)人もいる。

そこで飼い主達にそのカワイイ・カワイクナイの違いは何なのかと尋ねてみたところ、おバカなところがカワイイらしく、自分がそばにいてあげなきゃいけない感がまた更に「愛おしい」らしい。母性本能だ(ちなみに全員女性)。

※最近の研究では、「母性本能」というものは存在せず、後天的に覚える(刷り込まれる)ものらしい。女性はこうあるべきという習慣・文化によって創造されたもののようだ。女性に子育てを押しつけるために生み出されたのかもしれない。一方で「父性本能」は先天的に持ち合わせているらしい。

ある日家に帰ったら、飼い犬が自分で買い物に行って、ソファーでドッグフードをボリボリ食べながらナショナルジオグラフィックを観ていたらどうかと問うと、誰一人「カワイイ」とは言わなかったし顔をしかめた。

賢く自立していると、自分を必要としないから可愛くないということか。

だとすれば、人は自分よりおバカな人しか愛せないのだろうか。

ということは、DNAレベルの知能とは、下がることはしても上がることはないことになる。8割が遺伝だから。冒頭の記事について大方説明が付く。

/*
この説から行けば、頭の良い人は愛せる対象者の範囲が広くなり、そうでない人は僅かな範囲の人しか愛せないということになる。
*/

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こで人類(女性)は、潜在的にこの“流れ”に危険を察知し「DNAを買う」という行動に出たのかもしれない。近年。

つい数年前まで私は、この“選択”について自然の摂理に反するんじゃないかと漠然とした「賛成はしない」ポジションをとっていたが、もし人類絶滅(または後退)の危機を感じ取った女性達の防衛(生存)本能がそうさせているのだとすれば、それもまた自然の摂理だと考えるようになった。

母性本能は後天的なものだから「本能」ではなく習慣的(学習して身につける)なもの。一方防衛(生存)本能は不随意神経や反射神経のように元来動物に備わっているものだ。だとすれば、母性本能の「おバカでカワイイ」を信じるよりも、DNAをカタログスペックから選択しその子孫を残そうとする「防衛(生存)本能」を信じるべきなのかもしれない。

信じるべきというよりは、その声に耳を傾けてみるべきと言った方がいいか。

ハイスペックな女性を敬遠する男性然り。おバカなペットが愛おしい女性然り。彼女や妻が“世間を知る”ことを恐れる男性然り。子供が自立すると嬉しさよりも寂しさが勝る母親然り。弟子が外を見て多くを学ぼうとすると機嫌が悪くなる師匠然り。国民が賢くならないよう他国の情報を見せたがらない社会主義国然り。

自分が頼られ続けることによって自らの存在価値を見いだし、その自己愛の道具として他人を縛り続けるのだとすれば身勝手極まりない。他人を犠牲にし自らを満たすのだからではなくだ。

犬派よりも猫派の人の方が知能が高いというデータがある。私は犬派(ブルドッグ、パグに限る)だが、尻尾を振り無邪気に転げ回る犬に対し、猫の「別に」という態度は決して「ご主人様がいなければ私は生きていけません」という依存的な媚び・上目遣いは見せていないことから、今回書いてみたことと照らし合わせると一定の説得力がある。

ならば女性が自立しようと社会進出を進める動きは賢さの象徴であり、もし自分よりもおバカな女性でなければ愛せない男性が多いのであれば、女性の地位が上がれば上がる程釣り合いのとれるカップルは誕生しづらくなる。こうなったらカタログからDNAを選択し購入しようかという女性の決断は、今後ヒトが生存し続けるために軌道修正をはかっているのかもしれない。

少なくとも女性は自分よりもおバカな男性を選ばないのならば、やはり母性本能のソレよりも防衛(生存)本能を信じる方が合理的だし、進化論(適者生存)を信じるならば当然でさえあるように思う。

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女性はどんな決断を下すのか。Photo: 2014年 赤坂ルチアーノショー

バカであること=愛おしさとは、ライオンのように(自分の遺伝子を引き継いでない)子供を崖から突き落とし、這い上がってきた子供だけを育てる(獅子の子落し)ようなスタイルは正反対だし、肉食動物のように子供が小さい頃から狩りを教える「自立」前提の育て方とも正反対であり、甘え=依存度こそが愛情の深さに結びつくならば、自立しないことこそが永遠の愛の礎となることを意味し社会は破綻する。

参考資料:残酷度は共食い以上! ライオンの「子殺し」の実態を獣医が明かす

上記記事では、「ダメ男」と共に生きるメス達の“選択”が見てとれる。

根本に立ち返ると、自立=自分のもとを離れていく(愛情関係の終了)と受け止めてしまう精神性に問題があるように思うが、「私がいなければこの子(人、動物)は生きていけない」感に愛情の根源を見いだしてしまうと、代理ミュンヒハウゼン症候群に陥りかねない。

なぜなら、依存度を元に愛を感じるのであれば、依存し続けるようにしむけることが予想されるからだ。自立を愛情関係の終了だと感じている以上、終わらせないためには自分がいなければならない状況を作りだそうとする

収入がなく、出ていきたくても出て行けない(または親権を失う可能性のある)妻に対し「どうせ行くところなんてないんだろう?」的な態度をとる夫も然り。そこには依存から生じる立場の優劣が存在する。そして人類は長い年月、女性が自立しないようにしむけてきた。

そこに疑問を持たないはずがない高学歴・高地位な女性達が、まさか自分よりおバカな男性を選ばないだろうことを考えたら、「おバカがカワイイ」という感情は、独占欲、所有欲、支配欲を源とする欲求・欲望であって“愛”ではないんじゃないか。

と私は常々感じている。

ットを飼う人達の中には、「ペットは裏切らない」から好きという人が一定数いる。では、ある日突然“彼女”を連れてきて、「今まで世話になったが家を買って2匹で住むことにしたんだ。家を出るよ」と犬が自立と「これからの人生」を告げてきたらどうかと問うてみると、誰一人カワイイとは言わず「ムカつく」とさえ言った人もいる。結構真顔で(笑)。

恐らく飼い主達はペットに対する「愛」に疑問を持っていないし、本当に可愛がって育てていると思うが、「自分の欲を満たしてくれている限り愛する」という一面を感じなくもないことが多々ある。

「欲を満たしてくれないなら愛さない」のだとすれば、「私に興味がなさそうなあの人=冷たい人」という発想にも頷ける。本人には悪いが(笑)。

果たして“愛”とは何かに引き換えられるべきものなのだろうか。

近々「愛と見返り」についてアップしたい。

あとがき。
考察:乳児のアタッチメント

チャーリー(
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【国】情報セキュリティマネジメント試験合格
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by charlie-ls | 2017-08-14 17:20 | 個人ブログ | Comments(9)

名な錯視図だが、エビングハウス錯視(Ebbinghaus illusion)というらしい。


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Wikipediaより。

中央の円が右側の方が大きく見えるというもの。Photoshopで重ねてみたところ大きさは同じだった。

し視点を変えて、「取り巻き」についていろんな見方がある。

美男美女に囲まれていると自分がショボく見えるからイヤという人もいれば、その方が自分も華やかに見えるからイイという人もいる。

自分がショボくて周りもショボいと超ショボくなるという意見もある。

高学歴とか高所得とか、或いは有名人だったり社会的な地位の高い人達に囲まれていると自分が平凡に見えるからイヤという人もいれば、そういう人達に囲まれている=自分も優秀だ(または成功している)と見なされるからイイという人もいる。

確かに仲間に入れてもらえているということは、うまくいっているのか何か役立っているのかもしれない。

フェラーリなどのド派手な高級車に乗っていると車ばかり注目されるからイヤという人もいれば、華を添えてくれてイイという人もいる。

実際、車だけが注目されて、降りてきたの方は誰も見ていないこともあるし、その反対もある。

参考資料:子どもがだまされにくい理由:「エビングハウス錯視」研究|WIRED.jp

にヒントがあるように思う。

大人は前後の流れや文脈、エピソードなどから推察する力がある。言い換えると、「こういう車に乗っている人って●●な人だろう」という先入観、思い込み、偏見でもある。

子供が騙されにくいのだとすると、大人のソレは「推察力」というよりは偏見や先入観、嫉みなどで事実を曲解しているということになる。もしかするとマイナス面が多いかもしれない。屁理屈で正当化し間違ってなかったことにする人も多い。

認知の歪みだ。


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は「画一的」の代表格である「制服」はどうか。本当に皆が均等に見えるだろうか。個性の剥奪なのだろうか。

古典的ないわゆる「不良」といわれる少年・少女達は、制服などを嫌う傾向が強い。同じ格好をすることで「その他大勢」と化することを嫌う(アドラー心理学で言うところの第2、3段階かもしれない)。

しかし制服を着ることで、むしろ確実に「本人」そのものの個性に目を向けさせることができるとも考えられる。

服が派手とかバッグが高級という要素はファッションセンスなど本人の性格や嗜好を占う材料にはなるが、「服や持ち物でごまかしている」「スゴく見せている」と考える人もいる。すなわち「演出効果」だという受け止め方だ。

ならば制服を着るということは、同じ土俵で同じルールで個性を競う「フェア」な環境が整うことを意味する。

それでも「制服が似合う・似合わない」というアンフェアな要素を排除すべきだと言い出す人もいるかもしれない。では究極のところ「裸」ならどうだろう。鍛え上げられた贅肉のない肉体とか、グラマラスな曲線美とか、確かに本人の持つ「個性」が際立つものの、「アンフェア」が解消されたから自分が優位になるわけではなく、場合によっては更に差が付いてしまうことを指し示している。

ルールを変えても勝者が変わらないパラドックスのようなものが存在する。

すなわち制服は割とフェアだ。

“ルール”が決まったので制服について考えてみたい。制服を着て個性が失われるのだとすれば、元々大した個性ではないと私は考える。前述の「不良」の例で言えば、「制服を着ている集団の中で制服を着ない」(または形を変える)という選択(=ルールを破る)によって自分らしさを主張しているのであって、皆が制服を着ていない(帰宅後、卒業後など)状況下では埋もれてしまう脆さをもっている。そこで爆音で暴走するなどの行為で注目を集めようとする。「ゴミ拾い」では“ガラじゃない”のだろう。あまり注目されないし。

既に在るものを壊す行動は、無いところに生み出すことよりも簡単だ。破壊活動による自己主張は短絡的と言える。ルールを破る、曲げるというのはそういうことであり、オレサマルールを押し通したいのであれば、他人の築いた世界を変えるのではなく、自分でその世界を創る必要がある。

例えばスティーブ・ジョブズやビル・ゲイツ、マーク・ザッカーバーグに警官やレスキュー隊の制服を着せた場合、人々は彼らを見失ってしまうだろうか。

決して彼らが「その他大勢」になるとは思えない。立っているだけもオーラが違うだろうし、一言口を開けば、圧倒的な「違い」(カリスマ性)を見せつけられるはずだ。

すなわち、本当に個性のある人達にとって「制服」とは、ますます本質的な個性やパーソナリティにスポットを当ててくれる=「余計なものをマスキングしてくれる」代物であって、没個性とは無関係どころか正反対のものであることがわかる。


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いったことから、冒頭のエビングハウス錯視に戻ると、大人は騙されやすく子供が騙されにくい理由も見えてくる。

取り巻きや覆っているものによってスゴく見えたりショボく見えたりする「錯視」は、観察者(見ている側)から見た「取り巻き」に対する評価の度合いで決まると言える。

「フェラーリに乗ってる彼は成功者だ!」と見える人は、フェラーリが富や成功の象徴だと認知している証であり、「フェラーリのような高級車は車ばかりが目立って乗っている人がショボく見える」という人もまた、フェラーリが人よりも遙かに大きな存在だと認知しているということだ。

しかし社会に出るとそこは大人の世界なので、大人ほど錯視に騙されやすいのであれば、「スゴそうに魅せる方法」というのもまた大人の技術だと考えられる。実際に、ブランディングやマーケティングに取り入れられている。

目を見て話せば人が信用するのであれば、ペテン師ほど目を見て話すようになるだろうということと同じで(『目を見て話すと、かえって逆効果になる可能性。』)、それが錯視であろうと錯視を応用した(逆手に取った)技術であろうと、結局のところ本質を見抜く目を培っていかなければならないというところに落ち着く。

と、エビングハウス錯視は再認識させてくれた。

あとがき。

参考リンク:栄光浴。誰々を知ってるオレはスゴイ系。

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チャーリー(
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【国】ITパスポート試験合格(笑)。
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by charlie-ls | 2017-08-11 14:49 | 個人ブログ | Comments(0)

タイトルはテキトーで(笑)、概略としては「思い込み」「勘違い」をテーマに。

しぶりに話したとある20代日本人女性から恋の悩みを聞いた。

「お金持ちの男性って冷たい人が多いですよね」

全く同意しない(笑)。

自ら立ち上げた会社を営むお金持ち男性に、1年ほど遠くから恋い焦がれていたそうで、ついにちょっとゆっくりお喋りをする機会があったらしい。話しを聞いてみると、特に何かヒドイ事を言われたとか、冷たくあしらわれたわけでもなく話しは弾んだよう。が、認知面接よろしく細かくタイムラインをさかのぼっていくと、たまに男性がスマートフォンに目をやる姿が「冷たい」と感じたようだ。かといって上の空というわけではなく。

なぜ冒頭で「全く同意しない」と言ったのか。

「冷たい」というより、「自分に気がなさそう」と感じただけじゃないか。その失望感(?)が脳に対し事実を歪曲して認知させているように思う。

お金持ちにも冷たい人はいるだろうが、そもそもお金持ち自体が少ないので、確率的に言えば「冷たい人が多い」と言えるほどお金持ちを知っているとは思えない。少なくとも私が知る限り、お金持ちでない人と比べ冷たいと感じたことはゼロだ。

田舎の人が「都会人は冷たい」というソレにも似ていて、ベースにしている生活のサイクルや価値観が異なるだけで、どちらが優しい・冷たいではない。

例えば田舎の人に対し「突然連絡もなしに手料理持って尋ねて来られても困るし」というのは世界共通だし、最終電車を気にする都心部在住の人と、車移動が当たり前の田舎の人とでは「終わりの時間」の設定がまるで異なる。零時頃そそくさと帰っていく都会人が冷たいかというとそうではなく、交通手段(代替手段との金銭的都合も含め)の都合・事情でしかない。「タクシー代出すよ」と言えば喜んで残るかもしれない。

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知人から今ココにあるものだけで「アンニュイでガーリーで、モテないけどお洒落(準備)してる感」
を出してくれと言われて撮ってみた写真。得意分野じゃない(笑)。

じように、お金持ちが冷たいのだとすれば、それは大方お金持ちが気にする事と、お金持ちでない人が気にすることの対象やルールが異なるからであって、お金持ちである以上お金の出所があるのだから、取引先の電話を待っているかもしれないし、重大発表直後に株価が気になっているかもしれないし、為替の乱気流に仕入れコストの変動を気にしているかもしれないし、土地や不動産の売買報告待ちかもしれない。

従業者とその家族の生活を背負っていれば尚更だろう。

その人にとって、当該女性との会話がイヤとか苦痛とかではなくとも、待っている連絡を無視してまで話したい相手かというとそうではないかもしれない。優先順位の問題だ。

もし自分が働く会社の経営陣が、特に付き合っているわけでもないどこの誰ともしれない20代女性との会話に集中して重要な電話に出ない・メールの返信をしないのだとすれば、どう思うだろうか。

当の女性本人はその瞬間気分をよくするかもしれないが、結婚して子供ができてもその優先順位を保っていたらどうだろうか。決していい男・いい人ではない。

例えば就職の際に面接の結果が電話で来るとすれば、電話機を仕舞い込んでまで友人との会話に集中するだろうか。

下手すれば「アンタの話しなんていつでも聞けるし、こっちは人生がかかってるのよ。そもそもさっきからSNSにアップしたことしか話してないじゃない」(笑)くらいの心境で電話機を握りしめ適当な相づちでやり過ごすんじゃなかろうか。

100万円当たる目論見で買ったクジが500円しか当たらなかった場合、クジは購入者を裏切ったわけではない。そしてクジが冷たいわけではない。常温だ。

当該女性は、自分が好きだから相手も自分に好意的に接してくれるだろうという目論見が外れただけであって、算数で言えば計算ミスでしかない。

外との通信を一切遮断し、「世界に私と貴女だけ」としてじっと見つめてもらえるものだと計算したのであれば、私はその自信がどこから湧いて出てきたのかを何時間かけてでも聞いてみたい(笑)。

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えばバレエを習っていたとする。世界最高の名門ボリショイバレエ団のコーチと喋る機会があった場合、そのコーチが私だけのために電話も仕舞い込んで向き合ってくれるだろうか。

そもそもそのコーチにはどんながあるんだろうか。

と考えたら答えは自ずと導かれるんじゃないだろうか。

「えぇ〜、お金持ちって損得で人と喋るのぉ〜?」と考えたのなら末期だ(笑)。好きだと思う人(恋する側)は、ちょっと話すだけでも得しているのだから。この場合の「得」とは、自分の心が満たされるとか、嬉しい気持ちになるとか、幸せな気分を味わえるということだ。すなわちそれは相手から与えられたもの

ではもう一度、先方にどんな得があるだろうか。好きでもないのに(多分)

「相手に与えるもの」という視点が根っこの先の土どころか地層レベルで抜け落ちていないか。

「時間を割いてくれたってことは、きっとあの人も私に気があるのよ」と思ったのであれば、それも典型的な確証バイアスのなせる技であり、単に「スゲーいい人」なだけかもしれないじゃないか(笑)。冷たいどころか人情味溢れる。

であれば、時間を割いて話しをしてくれたことに感謝こそすべきであって、スマートフォンを気にしていたから冷たいと判断するのは身勝手極まりない。自己中心的すぎる。

と当該女性に話したところ、「全く考えてもいませんでした! アハハハハハハハハァッ! ねぇ」という反応だった(笑)。最後の「ねぇ」は自分で自分に呆れる感じで。

そしてまるで持久戦の末便秘を解消したかのようなスガスガしい顔で帰っていく女性の姿が忘れられない(笑)。

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して女性の気持ちがわからないわけではない。ただ話しを聞くだけならフムフムと頷いてもみるんだが、相談されると思ったことをストレートに伝えるタイプなのでこういう内容になった。

女性の「一途」なところでもあると思う。例えばイタリアンレストランで働き出すとイタリアワインが一番と言い、フレンチレストランで働き出すとフランスワインが世界最高だと言う人が多いように。好きな男性が変わると「黒が好き」から「白が好き」と変貌し、場合によっては黒が好きだった事は生まれてこのかた一度もなかったとさえ言う人もいる。

ヒトには少なからず「今が一番であって欲しい」願望がある。「今」が過去の集大成ならそれは当然だろう。

そして一途な気持ちが勢い余ってアナタ色に染まりたいと化する。特に日本人女性は。

女性は好みの変化で大凡現在誰に気があるのか予測が付くほど変わる。そんなピュアな乙女心が可愛いと言う男性もいる。

偶然に自分色アナタ色が一致すればイイが、染まる色を間違えば自分(主体)を失ってしまい、端から見ている人には行き当たりばったりというか危うい印象が残る。同じ失敗を繰り返し、学習能力が疑わしい人もいる。

当然お目当ての相手の目にもそう映るのであって、「明日は何と言っているのかな」感は不安材料になるんじゃないだろうか。昨日他の誰かに言った「日本酒が一番」から一晩で「シャンパンが一番」に変わっているかもしれないのだから、八方美人どころかその場しのぎとさえ思われ兼ねない。

そういった盲目的な気持ちは、お互いに恋い焦がれている時は圧倒的な爆発力があるかもしれない。が、相手が大人だと「若さ」(エネルギー)という魅力は感じたとしても、「特別な人」になり得るかというと違う気がする。

特に社会的責任の重い立場の人なら「個」を捨て「公」を選ばなきゃいけないことも多々ある。そこで「スマートフォンと私どっちが大切なの?」的な感情は少なくとも「一番大切なもの」には選ばれないんじゃないだろうか。ましてや付き合ってもないうちからソレでは。

というのが私の見解だ。

アップしたら当該女性にこの投稿のURLを送ることになっている(笑)。

あとがき。

参考資料(笑):
私とギターどっちが大切なの? Yngwie夫婦に学ぶ。

ナイキを履いたガンジー。

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by charlie-ls | 2017-08-01 10:40 | 個人ブログ | Comments(2)

能指数は意外にも心理学分野だが、文系的な捉え方では細部が漠然としてしまう。ココは1つ統計学的に眺めてみたい。

最近アップした知能指数表201707版には、従来の出現率に加え、各IQ値に対し「1万人中何人いるか」の値を追加した。
※「出現率」で言う「2%」はその上位(マイナスσの場合は下位)1%も内包するため、「以上・以下」という意味で捉える必要がある。偏差値ベースの「パーセンタイル」を中央値で分割し昇順・降順逆さまにしたものに近い。

IQ 130以上は2.28%いるが、IQ 130ジャストは1万人中34人しかいない。

具体例では、この表のIQ 148〜152を見ると、いずれも1万人中に1人しか存在しない。よって初めて知能検査を標準化する際に、例え1万人集めて検査を行っても、その被験者を「IQ 148以上」としか表現できず、厳密にIQ 148なのかはたまたIQ 152なのかを特定できない。
※表はエクセルによって丸められているので、小数点レベルの誤差がある。

出現率で見ればIQ 148以上は0.07%(0.0687138%)だから、1万人集めたら6人はいるんだが、「ジャストIQ nnn」と断定する根拠に乏しい。

ウェクスラーの上限値は「161以上」なので、160までは断定してみせようかという心意気なのだから、最低でも3万人と言いたいが、それでもジャスト160は1人のみなので、「該当事例を10名は挙げられますよ」と言うなら30万人の検査実績を持っている(いなければならない)ということになる。

人は何人くらいの該当者がいれば納得するか(合理的に「偶然」を排除できるか)と考えると、どんなに少なくとも(雑だが)10人以上は必要だろうと考えられる。であれば、148〜152付近のIQ値を確定するためには10万人の被験者が必要となる。
※被験者10万人の場合、IQ 152ジャストが5人、148ジャストが14人現れる。前後の151(7人)と153(4人)との明確な有意差がほしければ更に3倍以上の被験者を必要とする。

同じように、被験者が1,000人だとIQ 134〜137ジャストが各1人しか現れない。よって「IQ 134以上」とは言えても、134を超える部分のIQ値を特定するには説得力に欠ける。

同様に被験者が100人の場合は、IQ 111〜120ジャストが各1人しか現れないため、上限値「IQ 111以上」としか言えない。

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知能のブログの1ページ、『「上位2%」は100人に2人や50人に1人とは限らない。パラドックス的な。』を補足すると、IQ 130以上は実際に50人集めても居ない可能性が高い。

「IQ 130以上は2%いるはずなのになぜだ」ということになるが、100人の母集団で知能検査を行い標準化しようとすると、IQ 121あたりから「0.95人」「0.86人」「0.78人」のような値が続き、人の最小単位である「1人」を切っている。130以上も「0.34人」以下が続き、足し合わせたら出現率通り上位2%になるが、「0.86人」や「0.34人」は机上の数値であり、実際には100人中明確にこの人だという存在が確認できず、かといって可能性がゼロではないため「存在しない」とも言えない。

四捨五入する人なら「居ない」と断言するだろう。

単純計算でも明快だ。上位50%がIQ 100以上。その50人をIQ 100から130までの30目盛りに割り振っていくと、各2名以下になることがわかる。正規分布のベルカーブの頂上ほど多く、裾野は少ないから大凡の「割り当て」が表を見なくともわかるだろう。

そういった角度から、私はメンサが掲げる「上位2%」(IQ 130以上)は堅実だと思っている。「50人に1人って結構いるし(大したことない)」論はお馴染みだが、ココまでの統計基礎を理解すれば、IQ 130以上の値を正確に測定するには大がかりな検査が必要なことがわかるし、イギリスはオックスフォードの創設者が「娘(妹?)の結婚相手を探すために設立した」という動機から見ても、被験者はせいぜい弁護士仲間から派生する母集団(パーティー参加者?)数百名想定だったと推定できる。フェルミ推定的に。

言うならば「IQ 130以上は50人に1人だ」は教科書通り“約分”した結果であって、中学生までの解だ。

メンサの入会基準である「上位2%」は実質的にIQ 130以上(厳密には130と131の間以上)を指していて、「上位2%」だけを見るなら100人中2人いる。一位と二位だ。しかし上位2%を「IQ 130以上」として受け止めるならば100人中2人居ない可能性の方が高い。

100人で知能検査し、無理矢理正規分布に沿わせた場合どうなるのかの表を添付する。

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この表はIQ 100以上なので全部足すと50人になる。

小数点の「しわ寄せ」的に、50名の中にIQ 145が出現する可能性はある。がこれは突発的というか偶発的というか、ごく一般的な少ない母集団においては通常平均付近にしわ寄せ分も密集すると考える方が妥当だ。

学校で言えば「IQ 130以上は学年に数人居るか」(200人の学年なら4人)と問うならば、普通校には居ない可能性もある。進学校から何から1万人くらい集めたら出現率通り200人いるだろう。大学なら東大・京大などには沢山いるだろうし、会社ならアップルやグーグル、IBMなどハイテク企業に高知能が集まっているだろうことを考えると、一部の地域(主に東京)かつ限られた場所に集まっている=平均的な集団には少ない(または居ない)ということが言える。

その点「偏差値」なら同じ上位2%である偏差値70以上は確実にいる。なぜなら「今回テストを受けた人達」を母集団とする値だから、先に絶対居ることが確定しているから。

ややこしいが、この「統計」の領域が心理学業界でも難題扱いされているようで、沢山の「文系のための統計学」的な書物が出版されている。知能指数の理解が進まない1つの要因でもあるだろう。臨床心理士を志すも統計で挫折する人もいるらしく、心理学とは統計学だと言われる由縁でもある。

データサイエンティストにとっては興味深い分野だ。引き続き研究対象としたい。

※本文中の知能指数は断りがない限り標準偏差15の値を、偏差値は標準偏差10の値を用いた。

あとがき。

参考リンク:IQ「人並み以上」とは。

チャーリー(
JAPAN MENSA会員

AEAJアロマテラピー検定1級
AEAJ認定アロマテラピーアドバイザー
AEAJ認定環境カオリスタ
AEAJ認定アロマテラピーインストラクター
AEAJ認定アロマブレンドデザイナー
AEAJ個人正会員
JAMHAメディカルハーブ検定1級
JAMHA認定メディカルハーブコーディネーター
JAMHA認定ハーバルセラピスト
【国】ITパスポート試験合格(笑)。
【国】情報セキュリティマネジメント試験合格
【国】臭気判定士
薬学検定1級試験合格
HTML5プロフェッショナル認定資格 レベル1試験に合格。
個人情報保護士認定試験に合格。
情報セキュリティ管理士認定試験に合格。
【公】メンタルヘルス・マネジメント検定II種(ラインケアコース)試験に合格。
Comptia Security+試験合格。
SEA/J情報セキュリティ技術認定CSPM of Technical試験合格。
【国】危険物取扱者 乙種 第4類試験合格。
【国】情報処理安全確保支援士(旧情報セキュリティスペシャリスト)試験合格。
【国】ファイナンシャル・プランニング技能検定2級試験に合格。

チャーリーのタンブラー(毎日更新、日記・ブックマーク的な)


by charlie-ls | 2017-07-25 10:40 | 個人ブログ | Comments(0)

EQとは結局のところ何なのか。

まず1つ確定していることは、精確に測ることはできないということ。IQはそもそも問題の意味が解らない人が意識的に高いスコアを出すことはできないが、EQは国語力さえあれば、質問に対しどう答えたら高いスコアが出るかくらいはほとんどの“大人”にわかる。

だから(笑)、EQの方が一般的に人気がある。

そもそも、これといった正式なEQテストがあるわけではなく、「IQよりEQだ」論は自分が望む結果が出るまで引き続けられるおみくじや占いが根強い人気を誇ることに似ている。

が希望的観測に反して最近ではIQが上がるにつれ社会的能力(EQ)も上がるという結果も出ている。

「IQが高くても成功しない。EQが大切だ」と見聞きするが、両者は福引きのように引き換えられるものではなく、成功の秘訣を語るならば「IQに加えてEQも高くなければ」と考えるのが妥当なはずだが、なぜか世間では東か西かのように片側からのみ主張されることが曲解の始まりであり、自分の都合の良い側に付いているに過ぎない。

EQと略してしまったことも問題かもしれない。「Emotional Intelligence Quotient」はE-IQであり本来は知能指数の領域だと考えなくていいんだろうか。

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WikipediaによるとEQとは、

心の知能指数(こころのちのうしすう、: Emotional Intelligence Quotient、EQ)は、心の知能 (: Emotional Intelligence、EI) を測定する指標である。心の知能とは、自己や他者の感情を知覚し、また自分の感情をコントロールする知能を指す。--Wikipedia

であり、世間で考えられているものよりも複雑で高尚だ。

決して角が立たないように物事をうやむやに済ませ、出る杭にヤスリをかけ続ける平凡主義世渡り術を指しているわけではない。

日本人的に「空気を読み、自己主張しすぎない」と捉えるならば、他人の顔色をうかがい巧くやり過ごせる術のようにも受け取れるし、いわゆる集団行動における「協調性」を指しているかのようでもある。

メイヤーとサロベイの研究に対する批判として、ロバート等による研究がある[12]。この研究では、EQは実質的には協調性を計測しているのではないか、と警告を発している。これに対し、メイヤーらは、さらに自説を補強する理論を発表した[13]。とはいえ、多くの心理学者は、EQを知能の測定基準のひとつ(IQのような)とは認めていない。 --Wikipedia

実際、大凡EQとはその(「協調性」)ように認識されていて、思ったことをズバズバ言う人や、「いいえそれはできません」と主義主張を貫く人は、他人との距離感が巧く保てず「EQが低い」と認識している人が多い。

言ってみれば(特に日本における)EQとは「サラリーマン的コミュニケーション能力」と同義として浸透した。

そして同時に文系が理系を口撃する手段にもなっている(笑)。

が、「EQ」が誕生した狩猟民族・白人社会における定義は、日本人を含むアジア人などの農耕民族的な「なぁなぁ」術ではない。

これらはアドラー心理学の捉え方にも影響する重要なポイントだ。
※その関連性はまた次回以降に。

発祥:1920年、コロンビア大学のエドワード・ソーンダイクが、他人と付き合う能力を「社会的知性」として取り上げた[2]。--Wikipedia

会的知性。「社会的知性」には、言うまでもなく「知識」(一定の学力も指すだろう)や「教養」(場合によっては「育ち」も求められるかもしれない)などが含まれる。

“アホ”でもニヤニヤ・ヘラヘラして仲良くやってさえすれば社会的知性が高いと言えるわけではない。

私がEQはIQ配下にあると考えるのは、この社会(特に発祥の地であるアメリカの入り乱れる民族と宗教、文化=ダイバーシティ)に必要とされる「社会的知性」を身につけるには、観察・洞察・推察力=流動性知能が必要だからだ。

EQをスピーカーだとすれば、IQというアンプがなければ駆動できない。私はそう考える。

ではEQとは何か。
端的に言えばリーダーシップとしての能力だろう。なぜなら、その他大勢が持つ能力を「高い」と評価する合理的必要性がないから。

「自己や他者の感情を知覚する」とは、周囲に気を配り、全体を見渡し知覚するアンテナ力であり、「自分の感情をコントロールする知能」とは、個の主義・主張を抑え(捨てる必要はない)、公(組織)の任務を遂行できる能力だと考える。

農耕民族アジア人的な捉え方だと「自分のしたいことを我慢し堪える能力」となりそうだが少し違う。今「自分の利益」を何よりも優先して取りに行く価値・必要があるのかどうかを判断できる知性であって、欧州や南米の一流サッカーチームが良い例となる。

彼らは個人技もずば抜けているが、国を勝利に導くためにはキライなチームメートにもパスを出す。ロッカールームに戻れば殴り合いになるような同僚にでもだ。「個」の利益や感情、見栄、プライドよりも、「公」の利益と国民が求める勝利を追求する任務遂行型の協調性と言える。

「自己や他者の感情を知覚する」「自分の感情をコントロールする知能」のどちらも実践できている。

これらは「狩り」の文化からも見てとれる。1対1の戦闘能力(個人技)が高ければ妻や子供を飢えさせずに済むし、隣の旦那が貧弱で冴えなければ、食料を分け与えることで隣の奥さんからも愛される(笑)EQが高いと評価され、それが群れ中に広まる

しかし冬になり狩りが困難になると、例え「高EQマッチョ」であろうとも不安がよぎる。食料ストックが欲しい。そのために1対1では勝てない大物(マンモスとか)を捕りにいくならば、チームを組み「集団のルール」に従う必要がある。

当然獲物は「分け前」として共有する。上手く仲間に入れなかった人達は飢えるかもしれない。或いは狩りに言ったばかりに命を落とすかもしれない。結果に対して遡って「選択」の正当性が判断される。

狩りに参加した者たちは、必ずしも「仲良しグループ」ではなく、メンバーの好き嫌いよりも「群れ」や地域社会を優先することで、ひいては妻や子供の生活環境に安定をもたらすと考えての行動かもしれない。これらが「社会的知性」と言えるし、言わば「ストラテジ」(戦略)能力でもある。

だとすれば、米軍特殊部隊はEQが高いと言えるだろう。命を預け合い、国の利益のために職務を全うするのだから。

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し明らかに改革の必要な腐敗した集団において、例え波風立とうとも行動に出られない人は、自己愛が強く事なかれ主義であって、EQが高いとは言えない。波風立たない代わりにも役にも立たない。

なぜそう言えるのか。答えは結局の所「偏差値」(希少性)にある。

IQ(現在主流のDIQ=偏差IQ)の算出方法は偏差値と同じであり、母集団における出現率で計算する。

100人の中に2人いるだろう存在を偏差値70(以上)とし、それがIQならば130(以上)とする。即ち「上位2%」であり、存在していい絶対数(定員)が予め決まっている。

これにEQをあてはめると、サラリーマン的世渡り術をもってして「EQが高い」と算出しようものなら、サラリーマンの数に比例してEQが高いと思われる人の数が増えるから、母集団(日本人口)に対して極めて存在比率が高くなる。

存在する比率が高ければ高い程偏差値は下がっていくため、テストで高く評価される根拠がない。
※偏差値は「希少性」と捉えると解りやすい。

なぜなら「たくさんいる」時点でソレは優れた能力としては見なされず「当たり前」(すなわち「常識」)と認識するのが人間だからだ。

「常識」が備わっていない人と自分を比べて「優れている」というのならソレは間違いで、あくまで平均的なラインをクリアしたことを確認したにすぎない。

よって、滅多に存在しないタイプの人で「EQが高い」と評価されるだろう(べき)人は「リーダー」だ。優れた。

米軍特殊部隊に例えたが、「精鋭部隊」と言われる優秀なチームは個人技も優れ「出るところ譲るところ」を理解したEQ(社会的知性)の高い群れだと言える。それぞれがリーダーになる資質があっても、「今回のリーダー」に従う協調性を兼ね備えている。彼らは「プロジェクト」(招集・解散)型の任務を上手くこなすことができる。一般的には打ち解けるまでに時間がかかり、生産性が下がることが多い。

天才とEQ。スティーブ・ジョブズのEQは高いのか。』で問うてみたが、エレベーターで目が合わないよう努力しなきゃいけないほどスタッフを罵倒し解雇するジョブズでも、従業者がついてくる(同じ方向を向かせる)ということは結果としてEQが高いと言える。人の気持ちを前向きにさせるのだから。

言うまでもなく、能力のない者がジョブズの真似をしてスパルタ的コミュニケーションを導入しても、離職率が高まり終いにはパワハラで訴訟が起きる。結果としてEQが低いと言える。

IQとEQの大きな違いは、IQは検査結果で判明する値を持って知能が高いと言えるが、EQは成果を持って結論を出すしかない性質のものだ。

これは恋愛の結果に似ている。どんなにアンケート上「イイ人」であっても恋愛が成就するかというとそうではない。相手にとって「ペーパーイイ人」かどうかは「会うきっかけ」(書類選考の材料)にはなっても、その後はもっと重要視される要素が多々あり、人によって異なる。そして育まれた二人の愛の間において「イイ人」と認識され、当事者間ルールで決定付けられる。

それが、

EIに向けられる代表的な批判は、「EIを設定する基準がない」という批判である。IQテストの場合は学校の等級判定に近づくように設計されているが、EIに対してこのような基準となる等級がないと思われる。

と批判される由縁だろう。

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ョブズはパワハラで訴えられなくても、ジョブズを真似た者は訴えられる。人の心は水物で、基準を定めることはできないということ。恐らくそこには話し方、身のこなし、目つき、人間性、魅力、オーラ、スター性、カリスマ性など、科学的に証明することが難しい要素が複雑に絡み合っているからではなかろうか。

「なぜ私の方がはるかに歌が上手いのに、あんな下手な歌手が100万枚もCD売ってるワケ?」

的な。

少なくとも、人はアンタより「あんな下手な歌手」の方が好きだということは確定している。そこにケチを付けても、「私の方がEQが高い!」とか言っても人気は覆らない。

そう考えたら、検査結果を持って「私はIQが高い」と名乗ることはできても、「私はEQが高い」はとんだ思い上がりだということが言える。「IQよりEQだ」と言える人は、何に自信を持っているのか問うてみたい。

だから私はEQはノータッチだ。他人が決めることだから。

次回はEQと絡め、いよいよメインディッシュ(笑)の結晶性知能vs流動性知能について書いてみたい。

あとがき

チャーリー(
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情報セキュリティ管理士認定試験に合格。
【公】メンタルヘルス・マネジメント検定II種(ラインケアコース)試験に合格。
Comptia Security+試験合格。
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by charlie-ls | 2017-07-09 11:28 | 個人ブログ | Comments(3)

優れた能力は“発信”しよう。自慢ではなく事実を示せばいい。』の続き。
※今年02月20日から下書きに入ったままだった(笑)。

IQ、天才ブームと時を同じくして、日本も欧米も、中産階級から富裕層にかけてIQベースの英才教育がトレンド化している。

各国のママさん達から話しを聞いている限り、定期的にIQを測定し、「お宅のお子さん伸びてますよ」的な児童英才教育システムに子供を託すのはおすすめしない。少なくとも任せっきりは。

第一に、何度も知能検査を受けると慣れてしまう点、もう1つはIQスコアによって「天才」と認定されることに満足し、真に天才であるのかを判断する能力を持ちあわせていない家庭・学習環境下で生まれる偽陽性の天才」(擬似ギフテッド)の問題だ。親も天才ならワケないんだが。

偽陽性の天才として生きるよりは、手堅い秀才の方が恐らくは成功する。

知能検査で問われる要素を積木やパズル、ゲームなどで日々トレーニングさせたら、何も知らない同年齢の他の子と比べて高いスコアが出るのは当たり前だ。それを親が「うちの子はギフテッドだ」と思い込んで育てると、18才または22才頃から「こんなはずじゃなかったのに」が始まる。

自他共に認める天才なら周りも喜んで投資(世話などの労力的・時間的投資も含む)してくれるからいいが、自分は天才だと思い込んでいるだけの“擬似ギフテッド”は周囲から好意的な協力が得られにくいので、いわゆる「コミュニケーション障害」の発症リスクが高まる。「理解してもらえない」被害妄想の原因になりやすい。
※本人に非はなく、親から聞いている「あなたは天才なのよ」と周囲はそう思っていないという差が本人の行き場を奪う。

真の天才は周囲にも利益(発明・発見など)をもたらすが、擬似ギフテッドは周囲に「対応」を求めるばかりで、周囲にとっては手間がかかるだけの存在でしかなくなってしまい、人間関係を学ぶにおいて大きな傷跡を残しかねない。

話しはトレーニングに戻って。

人の資格試験に例えるなら、過去問で散々学習した人と、過去問を見たこともない人が試験を受けた時の結果を比べることと同じだ。カンニングとまではいかないが、この差(慣れ)は大きい。

例え英才教育を受けていなくとも、幼少期から偶然興味を持って毎日親しんでいたものと試験内容が合致すると極めて高いスコアが出るし、オーバーアチーバーの要因となる。それ自体は悪いことではないが、「慣れ」と“天才”は意味が違うし、児童期はこの偶然の合致によるギャンブル的確率で生じる偽陽性天才スコアを特に考慮する必要がある。

何が問われるか全く解らないテストならば、教科書や参考書を広げた際に、どこを重点的に読むかは学習者の勘(←コレがいわゆる才能)や好み(←試験ととの合致性が(*e1))スコアを左右する。

しかし、過去問(類似問題)を見たことのある人(子)は、当然テストに出るだろう場所に目がいき、限られた勉強時間内で競うには、この学習効率の違いが試験結果に雲泥の差をつけることになる。同時に、自らの好みや興味よりも過去問の傾向が優先されるため、テストがなくなる年頃で方向感を失いやすく、一般社会ではあまり期待できない思考回路化している可能性がある。

試験対策的な暗記学習は教科書・参考書あってのもので(結晶性知能)、何かを発見するための能力(流動性知能)は培われない。

*e1)合致すればオーバーアチーバー、(知能が高くても)かすりもしないとアンダーアチーバーが生じる。決まった試験の点数こそが評価対象となる学業においては、とても大きな意味を持つ。

特に幼少期から小学校低学年までは、「早生まれ」を考慮する必要があるほど、数ヶ月の差が大きい。児童向け知能検査も誕生からの経過月数で計算する。生きた年数が短いため、その数ヶ月間に受ける刺激や得る情報量が占める割合が極めて大きいから。

だから、どんなに子供の頃高いIQが出ていたとしても、算出に精神年齢が考慮されなくなる15才以降、できれば18才以降に成人知能検査を受けることをオススメする。

人生はマラソンと同じで、序盤(児童期)に先頭を走っていたからと言って、一番でゴールすることを確約されているわけではない。

童期は「人生の濃度」(密度)が大きく影響する。

子供を「水」だとする。生まれてから経過した月数に比例し「水」は増えていく。その間に溶け込んだ知識や情報の量を水溶液の「濃さ」として考えた場合、当然濃い方が有利だ。もし偶然に知識や情報が密集していた「濃い部分」と試験内容が合致すると突出した成績を収める。が、15才も過ぎれば生きた日数(水分量が増し)と環境的刺激で分散され収束する。よく混ざり薄まっていくため特異性・有意性が失われていく。

他の子供達が、塾や家庭教師、参考書、テレビ、インターネットなどで同じ情報やノウハウに触れる確率が高まり、先頭集団が遅くなるというよりは、後方集団が追いついてくる。これは「多様性」という視点からも十分に議論されるべき点だ。

/*
※多様性:例えば、小さい頃から外国人の子供と慣れ親しんでいれば、ブロンドやブルネットの髪を見ても何も思わないが、そうでない場合「あの子は髪を染めてる違反だ!」と騒ぎ、先生に通報する子もいる。先生自身初めての体験だと、外国人の子供の髪を黒く染めさせてみたりする“事故”が発生する。これは経験値(知識、情報量)の欠如から生じる(教養もだが)。対応策を「知らない」=まだ教科書(対応マニュアル)に載ってないことに対応できない大人は、この先の多種多様な社会において決して優位とは言えない。
※未知の問題に取り組み解決する能力は流動性知能とされている。

*/

精神年齢を考慮する児童向け知能検査は、年上の兄弟がいるだけでも、日々インプットされる情報・刺激の違い(マンガやテレビ一つとっても自らの年齢よりも上の入力がある)から差が出る要因となりうる。
知能検査に限らず、「小学校1年生の入学からnヶ月目に●●の試験が抜き打ちで行われる」と知っている生徒とそうでない生徒の結果は目に見えている。お兄ちゃん、お姉ちゃんがいる家庭は「事前情報」のレベルが違う。そして親の心構えがまるで違う。

家族全員がぶっつけ本番という状況と、既に経験済みの環境下とでは、食卓の空気さえも異なる。

/*
社会人が資格試験を受ける際、受験経験者・合格者から体験記や出題範囲などの情報が得られる人は当然有利だ。インターネットがまだなかった時代は、その経験者が沢山いる上場企業など大企業勤務の人の方が環境的優位性が高かった。しかしインターネットで誰でも均等に情報が得られるようになったことで、大企業に属するという優位性が急速に弱まってきている。
*/

その差をもってして高い成績を収めている子を天才・秀才としてとらえるならば、先生のパソコンをハッキングして出題傾向を下調べし試験に合格する子も、能力的には同等またはそれ以上と評価せざるを得ない。

情報の入手手順・経路が異なるだけで、試験内容に対して先に試験範囲や出題傾向から対策しようとした方法論は同じだからだ。しかしそれでは、事前にいかに試験情報を手に入れたかの競争になってしまいモラル崩壊をまねく。最終的には「買収」が君臨することになる。

よって、事前情報がない子と競った結果高いスコアが得られても、それは本来の能力差とは言えず、ここにある差は、事前に試験内容を知っていたか否かの割合の方がはるかに大きい。どちらかと言えば親の気合いと所得の差かもしれないと思うシーンも多々ある。

大学受験における塾や予備校、模擬試験などの存在も同じだ。全くソレらに触れたことのない生徒と比べれば明らかに有利になる。

生からの経過時間によって徐々にその差が薄められ、知能においては15〜22才で収束すると思われる。問題は就職と就職後だ。

「先生と生徒」の関係値、そして試験の結果こそが全てであった学校時代とは打って変わって、社会人とは自分で考え自分で行動することが求められる。そして保護者の手を離れる。22才までの間、学力向上に特化(出題傾向に沿った暗記ベースの学習)しすぎた子供にとって急にそれを要求されてもなかなか厳しい。試験というわかりやすい結果では評価されず、「貢献度」という新しい指標で評価されることになる。

まるでアウェーとホームの交代でも起きたかのように、過去問も参考書も対策本も取り上げられた状態で同じ土俵に放り投げられてしまえば、それは右往左往するのは当然だ。

「指示待ち」の若手が増えていると度々見聞きするが、そういった教育の産物なんだろうと思う。

ましてやそこで周囲に「ギフテッド」として対応を求める擬似ギフテッドは「手間」でしかなく、芸能界に例えるなら、皆に利益をもたらす“スター”は多少のわがままは喜んで聞いてもらえても、2番手、3番手は才能よりもむしろ謙虚さとか礼儀とか、教養、マナーといった「人付き合いの基本」を要求されるものだ。「親ばか」は決して悪いとは思わないが、これらをしっかり見極めて育てていく必要がある。

冒頭で、

偽陽性の天才として生きるよりは、手堅い秀才の方が恐らくは成功する。

と書いたのは、子供本人よりもその親を見ていて感じることだ。数値で認定されたギフテッドは、飽くまで目安でしかない。我が子を信じることと、我が子をギフテッドに仕立て上げることはまるで違う。

と私は思う。

そこで「やっぱりEQの方が重要だ!」という展開を期待(?)して、次回はEQについて書いてみたい。

 

チャーリー(
JAPAN MENSA会員

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AEAJ認定アロマブレンドデザイナー
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JAMHAメディカルハーブ検定1級
JAMHA認定メディカルハーブコーディネーター
JAMHA認定ハーバルセラピスト
ITパスポート試験合格(笑)。
情報セキュリティマネジメント試験合格
臭気判定士(国家資格)
薬学検定1級合格
HTML5プロフェッショナル認定資格 レベル1試験に合格。
個人情報保護士認定試験に合格。
情報セキュリティ管理士認定試験に合格。
メンタルヘルス・マネジメント検定II種(ラインケアコース)試験に合格。
Comptia Security+試験合格。
SEA/J情報セキュリティ技術認定CSPM of Technical試験合格。
危険物取扱者 乙種 第4類試験合格。
情報処理安全確保支援士(旧情報セキュリティスペシャリスト)試験合格。

チャーリーのタンブラー(毎日更新、日記・ブックマーク的な)


by charlie-ls | 2017-07-01 23:19 | 個人ブログ | Comments(0)

概略:「どっちが入るの大変ですか?」と聞かれたら間違いなく東大だ。東大合格のためには好きでもキライでも5教科全て勉強する必要があるが、メンサ入会試験は「素」のまま受けるものなので、塾や予備校、家庭教師などに費やす時間的、金銭的、労力的な負担がない。


日前、『偶然にもデータベーススペシャリスト受験者が。』に書いた女性スタッフと久しぶりに話したところ、彼女のカレは試験当日「午前1」から何もわからず早々に帰ったそうで、ドラマの再現は上手く行かなかったようだ。

そこで今度は(笑)、

「メンサって知ってますか?テレビ見ててメンサ会員の人が出てて、カレが受けてみるって言いだして」

と来た。

「あ、私会員ですよ」

と言ったところ、間髪入れずに、

「えぇーっ!メンサ会員と東大生ってどっちが強いんですか?」

強いって、アラレちゃんじゃあるまいし(笑)。慌てて言い直していたが、対抗クイズ番組のようなものを観たらしく、聞きたいことは理解した。


大生の勝ち、メンサ会員の勝ちという勝敗には大きな意味を持たない(と思う)。どちらも偏差値換算すれば、何かしら頭脳の領域で上位2%であることに代わりない。測定する項目がIQか学力かの違いだ。
※学力偏差値70以上も出現率的に上位2%だから(偏差値表)。

それに、東大生が勝利した場合でも、メンサの入会試験を受けたことがないだけで、受けさえすれば合格する知能の持ち主である可能性がある。少なくとも母集団(属性)的にその可能性が5.5倍高い。
※IQの平均である100は2人に1人、IQ 120(東大生平均)は11人に1人。IQ 130(メンサ入会資格)は50人に1人。いずれも標準偏差15で(IQ出現率表)。

東大生の平均IQは120と言われているが、実際に全員が成人知能検査WAIS-IIIのフルコースを受けているはずもないので、130以上もいれば100〜110もいる(多分)。
メンサ会員も、人口の上位2%なら日本に約260万人の会員がいるはずだが3,000人に満たないということは、259万7,000人のIQ 130以上非メンサ会員がいるということ。

だからどちらが勝利しようと、いずれにせよIQ上位2%の人物である(可能性が高い)と考えられる。

推測だが、東大生(や京大生)の2割くらい(既に卒業している人もいるから)は、受けさえすればメンサ入会試験に合格するだろう。IQは出現率で計算するため定員が決まっている。IQ 130以上=人口の2%は固定だ。もし全体のレベルが下がれば、その中の上位2%をIQ 130以上と見なす。日本で頭がイイ人達がどこにいるのかと問えば、日本の大学進学率の高さから見ても、出身者を含め難関大学にその大半が集まっているだろうから、母集団的には本来は半数以上が合格してもいいほどだ。

もっとシンプルに言うと、「日本人で250万人のIQ 130以上の人を集めてください」と言われたら、多くの人がまずは東大に探しに行くだろう。それが人々の認識を指し示している。

が、番組で勝利した東大生がメンサ入会試験に合格した場合、「東大生」と「メンサ会員」のどちらか一方を名乗るとすれば、恐らく「メンサ会員」だ。偏差値とは希少性(確率分布)=出現率を指す値であり、偏差値を理解する人は希少性の高いものに価値を見いだす。東大生が東大に行けば周りは全員東大生だが、メンサ会員は少ないため東大生に付加価値が付くと考えられる。これは、東大卒業後にハーバードへ留学した人の経歴において、ハーバードの名が華を添えていることと似ている。そしてハーバード大を出ると、学歴的にそれ以上がない(に等しい)から、賢さの指標としてIQが登場する。

※ちなみにハーバード大生の平均IQは130と言われていて、それが本当なら半数の学生がメンサ会員試験に合格するということになる。


能指数というのは表面にある「看板」とは異なり、根底にあるものであって、例えばある競技で常に優勝候補はドイツ人とデンマーク人だったとする。50勝50敗でも観客は決着を付けたがる。しかし、よく考えたらどちらもゲルマン民族(=DNAは同じ)でしたというように、看板(パスポート)が違うだけであり、決着を付けたところで似たもの同士だということが多々ある。

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日本のニュースサイトのコメント欄を見ていると、中国や韓国、北朝鮮が出てくるとやたら罵る人が多いが、少なくとも日本人の6割のミトコンドリアDNAは彼らと共通だ。要するにお母さんのお母さんのお母さんを遙か数千年、数万年と辿っていけば同じお母さんに行き着く人同士だということ。それでも「いいや、日本人の方が上だ」というなら、それは日本という国家の成果であると認めざるを得ない。そこに生まれてくるための努力はしていないのだから。
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個々の能力とは特異的なもので、使われる脳の領域も異なる。IQが高いから、東大生だから同じように楽器もダンスも上手かというとソレは違う。多少の相関はあったとしても。

偏差値やIQの計算方法と出現率という考え方がわかれば簡単なことだが、大半の人はその式を理解することよりも、メンサとか東大というブランドで区別する方が簡単だし、そこにステータスを感じる人が多い。

「ジャガーとポルシェどっちが速いの?」的な。どっちでもイイ。その領域に達すると所有者の好みだし、所有できるという時点で何かが確定している。


だし、「どっちが入るの大変ですか?」と聞かれたら間違いなく東大だ。東大合格のためには好きでもキライでも5教科全て勉強をする必要があるが、メンサ入会試験は「素」のまま受けるものなので、塾や予備校、家庭教師などに費やす時間的、金銭的、労力的な負担がない。鉛筆だけ持って試験会場に向かえばイイ。

メンサの試験料が大変だというなら話しは別で(笑)、1万円が大変なら大学にも行けないし、司法試験の受験手数料は28,000円だし、早い話生活が大変だということであって、IQの高低やメンサの難易度には関係ない。

※“メリット”(投資費用対効果)からすれば東大や司法試験の方が上でしょうと考えるなら東大や司法試験を受けたらイイ。常に選択権が与えられているし、どちらか一方を選ぶ必要にも迫られていない。

司法試験が最も難関と言われる由縁も同じで、どんな秀才・天才だろうと生まれながら法律を知っているわけではないので試験勉強が必要だ。必要とする努力や大変さという意味で頂点にあるのは間違いない。

これらは「背が高い人と、チアリーダーってどっちが大変なの?」と聞くようなもので、努力して背が高くなったわけではない背の高い人は、当然に毎日練習に励むチアリーダーの方が大変だというはずだ。

カテゴリは異なるが出現率で言うと、IQで言う130以上(メンサの入会基準)と、東大などの難関大学の偏差値(70以上)、および世帯年収1,200万円以上が同じくらいの偏差値(上位2%)であり、「東大を出た人が何で世帯年収が1,200万円ないのか、おかしい」と問われても、お金を稼ぐことや出世に興味がない人にとっては何もおかしくない。

背が高く美人な女性に、「何でモデルじゃないのか、おかしい」と言っても、モデル業に興味がなければしょうがない。本人の勝手だ。

外国人から、「日本人のくせに茶道の心得もないのか、おかしい」と罵られても、抹茶に興味がなければセットも用意していない家が大半だ。

人には好みがあるし、自分の人生をどう生きるか選択し決定する権利が与えられている。

が、人は勝敗を付けたがる。空手とボクシングはどっちが強いのかに始まり、総合格闘技が登場した。が、ストリートファイトならルールなんてないぜ!という人が出てくると、そりゃ早撃ちガンマン(笑)の方が強い。突き詰めていけば、ボタンを押してイイものなら押しさえすればあらゆる者を排除できるだろうアメリカ合衆国大統領が最も強いだろう。

権力や富が最も強いと言われる由縁でもあるが、比べてもしょうがない者同士を比べるもんじゃない。


は学力とIQはどう違うのか。
学力を競う受験のように、勉強(または経験、積み重ね)の成果を持ってして形成・発揮される知能を結晶性知能(ウェクスラーで言う「言語性知能」)と呼ぶ。年齢と共に上昇する余地がある。一方ジャパンメンサの入会試験や、この20年程世界的に主流になっている先天的賢さの指標は流動性知能(同じく動作性知能)を用いる。遺伝要素が強く、大凡生まれながらに備わっているものとされている(IQの本質的なところ)。

両方がバランスよく高いのが一番だが、それぞれを競わせるのは難しい。大凡文系vs理系と同じ流れになると予想される。

知能が高いのに期待される学力よりも低いことをアンダーアチーバー(underachiever)、その反対に知能から想定される学力よりも高い成績を収めることをオーバーアチーバー(overachiever)と言う。
※平均IQ(=100)で東大に合格すればオーバーアチーバーと言えるだろう。

アンダーアチーバーは対象物に「興味がない」ことが原因であることが多く、オーバーアチーバーは「努力の結晶」(好きで夢中になれた、悔しさがバネになったなど要因は様々)と言える。よって表面的な成績や実績では本来持つ能力は判断できない。

※IQ 120の人が、受賞者の平均IQが145と言われるノーベル賞をとれば、それもまたオーバーアチーバーの一種と考えられる。統計的には。極めてハイクラスな例だが。

しかし“「興味がない」から東大は受験しなかった”は、この手の論争を好む人達には通用しない。「(賢い)証拠みせろ」「どうせ無理なんだろう」と子供の喧嘩のような展開になり、得てして攻められる側は一切の自由や選択権が与えられなくなり、最終的には「東大」という誰もが認める“ブランド”が勝利する。


どうでもイイ展開だが(笑)、ブランド力とは強い。東大に限らず。


東大は140年の歴史があり、設立から71年のメンサの2倍もの間ナンバーワンであり続けている「実績」もある。

が、「メンサ」という名前も世界的にはそこそこ知られているし、世界的に会員が増え、会員の中から成功例や有名人が出てくると今後大きなブランドとなり得る。ただし、前述の通り、そうなった暁にはジャパン・メンサ会員の多くを東大生または出身者が占めることになるはずだ。

実際のところ、入会した当初見た会報誌の自己紹介欄では東大生が多かった。
異種格闘技大会が誕生したように、いずれは知性全般を競う「頭脳競技」が登場するのだろう。当面は、結晶性知能vs流動性知能という図式になるはずだ。次回以降その根拠を綴ってみたい。

 

チャーリー(
JAPAN MENSA会員

AEAJアロマテラピー検定1級
AEAJ認定アロマテラピーアドバイザー
AEAJ認定環境カオリスタ
AEAJ認定アロマテラピーインストラクター
AEAJ認定アロマブレンドデザイナー
AEAJ個人正会員
JAMHAメディカルハーブ検定1級
JAMHA認定メディカルハーブコーディネーター
JAMHA認定ハーバルセラピスト
ITパスポート試験合格(笑)。
情報セキュリティマネジメント試験合格
臭気判定士(国家資格)
薬学検定1級合格
HTML5プロフェッショナル認定資格 レベル1試験に合格。
個人情報保護士認定試験に合格。
情報セキュリティ管理士認定試験に合格。
メンタルヘルス・マネジメント検定II種(ラインケアコース)試験に合格。
Comptia Security+試験合格。
SEA/J情報セキュリティ技術認定CSPM of Technical試験合格。
危険物取扱者 乙種 第4類試験合格。
情報処理安全確保支援士(旧情報セキュリティスペシャリスト)試験合格。

チャーリーのタンブラー(毎日更新、日記・ブックマーク的な)


by charlie-ls | 2017-06-24 18:24 | 個人ブログ | Comments(4)

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