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能指数は意外にも心理学分野だが、文系的な捉え方では細部が漠然としてしまう。ココは1つ統計学的に眺めてみたい。

最近アップした知能指数表201707版には、従来の出現率に加え、各IQ値に対し「1万人中何人いるか」の値を追加した。
※「出現率」で言う「2%」はその上位(マイナスσの場合は下位)1%も内包するため、「以上・以下」という意味で捉える必要がある。偏差値ベースの「パーセンタイル」を中央値で分割し昇順・降順逆さまにしたものに近い。

IQ 130以上は2.28%(厳密には2.275%)いるが、IQ 130ジャストは1万人中36人しかいない。

具体例では、この表のIQ 148〜152を見ると、いずれも1万人中に1人しか存在しない。よって初めて知能検査を標準化する際に、例え1万人集めて検査を行っても、その被験者を「IQ 148以上」としか表現できず、厳密にIQ 148なのかはたまたIQ 152なのかを特定できない。
※表はエクセルによって丸められているので、小数点レベルの誤差がある。

出現率で見ればIQ 148以上は0.07%(0.0687138%)だから、1万人集めたら6人はいるんだが、「ジャストIQ nnn」と断定する根拠に乏しい。

ウェクスラーの上限値は「161以上」なので、160までは断定してみせようかという心意気なのだから、最低でも3万人と言いたいが、それでもジャスト160は1人のみなので、「該当事例を10名は挙げられますよ」と言うなら30万人の検査実績を持っている(いなければならない)ということになる。

人は何人くらいの該当者がいれば納得するか(合理的に「偶然」を排除できるか)と考えると、どんなに少なくとも(雑だが)10人以上は必要だろうと考えられる。であれば、148〜152付近のIQ値を確定するためには10万人の被験者が必要となる。
※被験者10万人の場合、IQ 152ジャストが5人、148ジャストが14人現れる。前後の151(7人)と153(4人)との明確な有意差がほしければ更に3倍以上の被験者を必要とする。

同じように、被験者が1,000人だとIQ 134〜137ジャストが各1人しか現れない。よって「IQ 134以上」とは言えても、134を超える部分のIQ値を特定するには説得力に欠ける。

同様に被験者が100人の場合は、IQ 111〜120ジャストが各1人しか現れないため、上限値「IQ 111以上」としか言えない。

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知能のブログの1ページ、『「上位2%」は100人に2人や50人に1人とは限らない。パラドックス的な。』を補足すると、IQ 130以上は実際に50人集めても居ない可能性が高い。

「IQ 130以上は2%いるはずなのになぜだ」(=厳密には2.275%)ということになるが、100人の母集団で知能検査を行い標準化しようとすると、IQ 121あたりから「0.998人」「0.907人」「0.821人」のような値が続き、人の最小単位である「1人」を切っている。130以上も「0.36人」以下が続き、足し合わせたら出現率通り上位2%(2.275%)になるが、「0.821人」や「0.36人」は机上の数値であり、実際には100人中明確にこの人だという存在が確認できず、かといって可能性がゼロではないため「存在しない」とも言えない。

四捨五入する人なら「居ない」と断言するだろう。

単純計算でも明快だ。上位50%がIQ 100以上。その50人をIQ 100から130までの30目盛りに割り振っていくと、各2名以下になることがわかる。正規分布のベルカーブの頂上ほど多く、裾野は少ないから大凡の「割り当て」が表を見なくともわかるだろう。

そういった角度から、私はメンサが掲げる「上位2%」(IQ 130以上)は堅実だと思っている。「50人に1人って結構いるし(大したことない)」論はお馴染みだが、ココまでの統計基礎を理解すれば、IQ 130以上の値を正確に測定するには大がかりな検査が必要なことがわかるし、イギリスはオックスフォードの創設者が「娘(妹?)の結婚相手を探すために設立した」という動機から見ても、被験者はせいぜい弁護士仲間から派生する母集団(パーティー参加者?)数百名想定だったと推定できる。フェルミ推定的に。

言うならば「IQ 130以上は50人に1人だ」は教科書通り“約分”した結果であって、中学生までの解だ。

メンサの入会基準である「上位2%」は実質的にIQ 130以上(厳密には130と131の間以上)を指していて、「上位2%」だけを見るなら100人中2人いる。一位と二位だ。しかし上位2%を「IQ 130以上」として受け止めるならば100人中2人居ない可能性の方が高い。

100人で知能検査し、無理矢理正規分布に沿わせた場合どうなるのかの表を添付する。

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この表はIQ 100以上なので全部足すと50人になる。
※2018年01月09日:IQ 100ジャストの確率を訂正しました。それに伴い少しづつズレます。

※「100」をベルカーブの頂上とするため、100から上、100から下と分ける場合は、各1.33%づつにしなければ数が合わなくなるので注意が必要。上図も同様。一目で確立が解る用便宜上2.66%で表記している。

小数点の「しわ寄せ」的に、50名の中にIQ 145が出現する可能性はある。がこれは突発的というか偶発的というか、ごく一般的な少ない母集団においては通常平均付近にしわ寄せ分も密集すると考える方が妥当だ。

学校で言えば「IQ 130以上は学年に数人居るか」(200人の学年なら4人)と問うならば、普通校には居ない可能性もある。進学校から何から1万人くらい集めたら出現率通り200人いるだろう。大学なら東大・京大などには沢山いるだろうし、会社ならアップルやグーグル、IBMなどハイテク企業に高知能が集まっているだろうことを考えると、一部の地域(主に東京)かつ限られた場所に集まっている=平均的な集団には少ない(または居ない)ということが言える。

その点「偏差値」なら同じ上位2%である偏差値70以上は確実にいる。なぜなら「今回テストを受けた人達」を母集団とする値だから、先に絶対居ることが確定しているから。

ややこしいが、この「統計」の領域が心理学業界でも難題扱いされているようで、沢山の「文系のための統計学」的な書物が出版されている。知能指数の理解が進まない1つの要因でもあるだろう。臨床心理士を志すも統計で挫折する人もいるらしく、心理学とは統計学だと言われる由縁でもある。

データサイエンティストにとっては興味深い分野だ。引き続き研究対象としたい。

※本文中の知能指数は断りがない限り標準偏差15の値を、偏差値は標準偏差10の値を用いた。

追記:表中の「ココを全部足せば2人」のところに2,000人に1人しかいないIQ 149を含める必要がある時点で、50人に1人はいない(可能性が高い)ことが解る。小数点人数とはそういうことだ。

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2018年01月07日:この図を追加した。通常は2.28%が用いられるが厳密には2.275%。

【ゲスト投稿】上位2%についてどうしてもわかりません。

あとがき。

参考リンク:IQ「人並み以上」とは。

チャーリー(
JAPAN MENSA会員

AEAJアロマテラピー検定1級
AEAJ認定アロマテラピーアドバイザー
AEAJ認定環境カオリスタ
AEAJ認定アロマテラピーインストラクター
AEAJ認定アロマブレンドデザイナー
AEAJ個人正会員
JAMHAメディカルハーブ検定1級
JAMHA認定メディカルハーブコーディネーター
JAMHA認定ハーバルセラピスト
【国】ITパスポート試験合格(笑)。
【国】情報セキュリティマネジメント試験合格
【国】臭気判定士
薬学検定1級試験合格
HTML5プロフェッショナル認定資格 レベル1試験に合格。
個人情報保護士認定試験に合格。
情報セキュリティ管理士認定試験に合格。
【公】メンタルヘルス・マネジメント検定II種(ラインケアコース)試験に合格。
Comptia Security+試験合格。
SEA/J情報セキュリティ技術認定CSPM of Technical試験合格。
【国】危険物取扱者 乙種 第4類試験合格。
【国】情報処理安全確保支援士(旧情報セキュリティスペシャリスト)試験合格。
【国】ファイナンシャル・プランニング技能検定2級試験に合格。

チャーリーのタンブラー(毎日更新、日記・ブックマーク的な)


by charlie-ls | 2017-07-25 10:40 | 個人ブログ | Comments(0)

EQとは結局のところ何なのか。

まず1つ確定していることは、精確に測ることはできないということ。IQはそもそも問題の意味が解らない人が意識的に高いスコアを出すことはできないが、EQは国語力さえあれば、質問に対しどう答えたら高いスコアが出るかくらいはほとんどの“大人”にわかる。

だから(笑)、EQの方が一般的に人気がある。

そもそも、これといった正式なEQテストがあるわけではなく、「IQよりEQだ」論は自分が望む結果が出るまで引き続けられるおみくじや占いが根強い人気を誇ることに似ている。

が希望的観測に反して最近ではIQが上がるにつれ社会的能力(EQ)も上がるという結果も出ている。

「IQが高くても成功しない。EQが大切だ」と見聞きするが、両者は福引きのように引き換えられるものではなく、成功の秘訣を語るならば「IQに加えてEQも高くなければ」と考えるのが妥当なはずだが、なぜか世間では東か西かのように片側からのみ主張されることが曲解の始まりであり、自分の都合の良い側に付いているに過ぎない。

EQと略してしまったことも問題かもしれない。「Emotional Intelligence Quotient」はE-IQであり本来は知能指数の領域だと考えなくていいんだろうか。

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WikipediaによるとEQとは、

心の知能指数(こころのちのうしすう、: Emotional Intelligence Quotient、EQ)は、心の知能 (: Emotional Intelligence、EI) を測定する指標である。心の知能とは、自己や他者の感情を知覚し、また自分の感情をコントロールする知能を指す。--Wikipedia

であり、世間で考えられているものよりも複雑で高尚だ。

決して角が立たないように物事をうやむやに済ませ、出る杭にヤスリをかけ続ける平凡主義世渡り術を指しているわけではない。

日本人的に「空気を読み、自己主張しすぎない」と捉えるならば、他人の顔色をうかがい巧くやり過ごせる術のようにも受け取れるし、いわゆる集団行動における「協調性」を指しているかのようでもある。

メイヤーとサロベイの研究に対する批判として、ロバート等による研究がある[12]。この研究では、EQは実質的には協調性を計測しているのではないか、と警告を発している。これに対し、メイヤーらは、さらに自説を補強する理論を発表した[13]。とはいえ、多くの心理学者は、EQを知能の測定基準のひとつ(IQのような)とは認めていない。 --Wikipedia

実際、大凡EQとはその(「協調性」)ように認識されていて、思ったことをズバズバ言う人や、「いいえそれはできません」と主義主張を貫く人は、他人との距離感が巧く保てず「EQが低い」と認識している人が多い。

言ってみれば(特に日本における)EQとは「サラリーマン的コミュニケーション能力」と同義として浸透した。

そして同時に文系が理系を口撃する手段にもなっている(笑)。

が、「EQ」が誕生した狩猟民族・白人社会における定義は、日本人を含むアジア人などの農耕民族的な「なぁなぁ」術ではない。

これらはアドラー心理学の捉え方にも影響する重要なポイントだ。
※その関連性はまた次回以降に。

発祥:1920年、コロンビア大学のエドワード・ソーンダイクが、他人と付き合う能力を「社会的知性」として取り上げた[2]。--Wikipedia

会的知性。「社会的知性」には、言うまでもなく「知識」(一定の学力も指すだろう)や「教養」(場合によっては「育ち」も求められるかもしれない)などが含まれる。

“アホ”でもニヤニヤ・ヘラヘラして仲良くやってさえすれば社会的知性が高いと言えるわけではない。

私がEQはIQ配下にあると考えるのは、この社会(特に発祥の地であるアメリカの入り乱れる民族と宗教、文化=ダイバーシティ)に必要とされる「社会的知性」を身につけるには、観察・洞察・推察力=流動性知能が必要だからだ。

EQをスピーカーだとすれば、IQというアンプがなければ駆動できない。私はそう考える。

ではEQとは何か。
端的に言えばリーダーシップとしての能力だろう。なぜなら、その他大勢が持つ能力を「高い」と評価する合理的必要性がないから。

「自己や他者の感情を知覚する」とは、周囲に気を配り、全体を見渡し知覚するアンテナ力であり、「自分の感情をコントロールする知能」とは、個の主義・主張を抑え(捨てる必要はない)、公(組織)の任務を遂行できる能力だと考える。

農耕民族アジア人的な捉え方だと「自分のしたいことを我慢し堪える能力」となりそうだが少し違う。今「自分の利益」を何よりも優先して取りに行く価値・必要があるのかどうかを判断できる知性であって、欧州や南米の一流サッカーチームが良い例となる。

彼らは個人技もずば抜けているが、国を勝利に導くためにはキライなチームメートにもパスを出す。ロッカールームに戻れば殴り合いになるような同僚にでもだ。「個」の利益や感情、見栄、プライドよりも、「公」の利益と国民が求める勝利を追求する任務遂行型の協調性と言える。

「自己や他者の感情を知覚する」「自分の感情をコントロールする知能」のどちらも実践できている。

これらは「狩り」の文化からも見てとれる。1対1の戦闘能力(個人技)が高ければ妻や子供を飢えさせずに済むし、隣の旦那が貧弱で冴えなければ、食料を分け与えることで隣の奥さんからも愛される(笑)EQが高いと評価され、それが群れ中に広まる

しかし冬になり狩りが困難になると、例え「高EQマッチョ」であろうとも不安がよぎる。食料ストックが欲しい。そのために1対1では勝てない大物(マンモスとか)を捕りにいくならば、チームを組み「集団のルール」に従う必要がある。

当然獲物は「分け前」として共有する。上手く仲間に入れなかった人達は飢えるかもしれない。或いは狩りに言ったばかりに命を落とすかもしれない。結果に対して遡って「選択」の正当性が判断される。

狩りに参加した者たちは、必ずしも「仲良しグループ」ではなく、メンバーの好き嫌いよりも「群れ」や地域社会を優先することで、ひいては妻や子供の生活環境に安定をもたらすと考えての行動かもしれない。これらが「社会的知性」と言えるし、言わば「ストラテジ」(戦略)能力でもある。

だとすれば、米軍特殊部隊はEQが高いと言えるだろう。命を預け合い、国の利益のために職務を全うするのだから。

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し明らかに改革の必要な腐敗した集団において、例え波風立とうとも行動に出られない人は、自己愛が強く事なかれ主義であって、EQが高いとは言えない。波風立たない代わりにも役にも立たない。

なぜそう言えるのか。答えは結局の所「偏差値」(希少性)にある。

IQ(現在主流のDIQ=偏差IQ)の算出方法は偏差値と同じであり、母集団における出現率で計算する。

100人の中に2人いるだろう存在を偏差値70(以上)とし、それがIQならば130(以上)とする。即ち「上位2%」であり、存在していい絶対数(定員)が予め決まっている。

これにEQをあてはめると、サラリーマン的世渡り術をもってして「EQが高い」と算出しようものなら、サラリーマンの数に比例してEQが高いと思われる人の数が増えるから、母集団(日本人口)に対して極めて存在比率が高くなる。

存在する比率が高ければ高い程偏差値は下がっていくため、テストで高く評価される根拠がない。
※偏差値は「希少性」と捉えると解りやすい。

なぜなら「たくさんいる」時点でソレは優れた能力としては見なされず「当たり前」(すなわち「常識」)と認識するのが人間だからだ。

「常識」が備わっていない人と自分を比べて「優れている」というのならソレは間違いで、あくまで平均的なラインをクリアしたことを確認したにすぎない。

よって、滅多に存在しないタイプの人で「EQが高い」と評価されるだろう(べき)人は「リーダー」だ。優れた。

米軍特殊部隊に例えたが、「精鋭部隊」と言われる優秀なチームは個人技も優れ「出るところ譲るところ」を理解したEQ(社会的知性)の高い群れだと言える。それぞれがリーダーになる資質があっても、「今回のリーダー」に従う協調性を兼ね備えている。彼らは「プロジェクト」(招集・解散)型の任務を上手くこなすことができる。一般的には打ち解けるまでに時間がかかり、生産性が下がることが多い。

天才とEQ。スティーブ・ジョブズのEQは高いのか。』で問うてみたが、エレベーターで目が合わないよう努力しなきゃいけないほどスタッフを罵倒し解雇するジョブズでも、従業者がついてくる(同じ方向を向かせる)ということは結果としてEQが高いと言える。人の気持ちを前向きにさせるのだから。

言うまでもなく、能力のない者がジョブズの真似をしてスパルタ的コミュニケーションを導入しても、離職率が高まり終いにはパワハラで訴訟が起きる。結果としてEQが低いと言える。

IQとEQの大きな違いは、IQは検査結果で判明する値を持って知能が高いと言えるが、EQは成果を持って結論を出すしかない性質のものだ。

これは恋愛の結果に似ている。どんなにアンケート上「イイ人」であっても恋愛が成就するかというとそうではない。相手にとって「ペーパーイイ人」かどうかは「会うきっかけ」(書類選考の材料)にはなっても、その後はもっと重要視される要素が多々あり、人によって異なる。そして育まれた二人の愛の間において「イイ人」と認識され、当事者間ルールで決定付けられる。

それが、

EIに向けられる代表的な批判は、「EIを設定する基準がない」という批判である。IQテストの場合は学校の等級判定に近づくように設計されているが、EIに対してこのような基準となる等級がないと思われる。

と批判される由縁だろう。

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ョブズはパワハラで訴えられなくても、ジョブズを真似た者は訴えられる。人の心は水物で、基準を定めることはできないということ。恐らくそこには話し方、身のこなし、目つき、人間性、魅力、オーラ、スター性、カリスマ性など、科学的に証明することが難しい要素が複雑に絡み合っているからではなかろうか。

「なぜ私の方がはるかに歌が上手いのに、あんな下手な歌手が100万枚もCD売ってるワケ?」

的な。

少なくとも、人はアンタより「あんな下手な歌手」の方が好きだということは確定している。そこにケチを付けても、「私の方がEQが高い!」とか言っても人気は覆らない。

そう考えたら、検査結果を持って「私はIQが高い」と名乗ることはできても、「私はEQが高い」はとんだ思い上がりだということが言える。「IQよりEQだ」と言える人は、何に自信を持っているのか問うてみたい。

だから私はEQはノータッチだ。他人が決めることだから。

次回はEQと絡め、いよいよメインディッシュ(笑)の結晶性知能vs流動性知能について書いてみたい。

あとがき

チャーリー(
JAPAN MENSA会員

AEAJアロマテラピー検定1級
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【国】情報セキュリティマネジメント試験合格
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情報セキュリティ管理士認定試験に合格。
【公】メンタルヘルス・マネジメント検定II種(ラインケアコース)試験に合格。
Comptia Security+試験合格。
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by charlie-ls | 2017-07-09 11:28 | 個人ブログ | Comments(3)

優れた能力は“発信”しよう。自慢ではなく事実を示せばいい。』の続き。
※今年02月20日から下書きに入ったままだった(笑)。

IQ、天才ブームと時を同じくして、日本も欧米も、中産階級から富裕層にかけてIQベースの英才教育がトレンド化している。

各国のママさん達から話しを聞いている限り、定期的にIQを測定し、「お宅のお子さん伸びてますよ」的な児童英才教育システムに子供を託すのはおすすめしない。少なくとも任せっきりは。

第一に、何度も知能検査を受けると慣れてしまう点、もう1つはIQスコアによって「天才」と認定されることに満足し、真に天才であるのかを判断する能力を持ちあわせていない家庭・学習環境下で生まれる偽陽性の天才」(擬似ギフテッド)の問題だ。親も天才ならワケないんだが。

偽陽性の天才として生きるよりは、手堅い秀才の方が恐らくは成功する。

知能検査で問われる要素を積木やパズル、ゲームなどで日々トレーニングさせたら、何も知らない同年齢の他の子と比べて高いスコアが出るのは当たり前だ。それを親が「うちの子はギフテッドだ」と思い込んで育てると、18才または22才頃から「こんなはずじゃなかったのに」が始まる。

自他共に認める天才なら周りも喜んで投資(世話などの労力的・時間的投資も含む)してくれるからいいが、自分は天才だと思い込んでいるだけの“擬似ギフテッド”は周囲から好意的な協力が得られにくいので、いわゆる「コミュニケーション障害」の発症リスクが高まる。「理解してもらえない」被害妄想の原因になりやすい。
※本人に非はなく、親から聞いている「あなたは天才なのよ」と周囲はそう思っていないという差が本人の行き場を奪う。

真の天才は周囲にも利益(発明・発見など)をもたらすが、擬似ギフテッドは周囲に「対応」を求めるばかりで、周囲にとっては手間がかかるだけの存在でしかなくなってしまい、人間関係を学ぶにおいて大きな傷跡を残しかねない。

話しはトレーニングに戻って。

人の資格試験に例えるなら、過去問で散々学習した人と、過去問を見たこともない人が試験を受けた時の結果を比べることと同じだ。カンニングとまではいかないが、この差(慣れ)は大きい。

例え英才教育を受けていなくとも、幼少期から偶然興味を持って毎日親しんでいたものと試験内容が合致すると極めて高いスコアが出るし、オーバーアチーバーの要因となる。それ自体は悪いことではないが、「慣れ」と“天才”は意味が違うし、児童期はこの偶然の合致によるギャンブル的確率で生じる偽陽性天才スコアを特に考慮する必要がある。

何が問われるか全く解らないテストならば、教科書や参考書を広げた際に、どこを重点的に読むかは学習者の勘(←コレがいわゆる才能)や好み(←試験ととの合致性が(*e1))スコアを左右する。

しかし、過去問(類似問題)を見たことのある人(子)は、当然テストに出るだろう場所に目がいき、限られた勉強時間内で競うには、この学習効率の違いが試験結果に雲泥の差をつけることになる。同時に、自らの好みや興味よりも過去問の傾向が優先されるため、テストがなくなる年頃で方向感を失いやすく、一般社会ではあまり期待できない思考回路化している可能性がある。

試験対策的な暗記学習は教科書・参考書あってのもので(結晶性知能)、何かを発見するための能力(流動性知能)は培われない。

*e1)合致すればオーバーアチーバー、(知能が高くても)かすりもしないとアンダーアチーバーが生じる。決まった試験の点数こそが評価対象となる学業においては、とても大きな意味を持つ。

特に幼少期から小学校低学年までは、「早生まれ」を考慮する必要があるほど、数ヶ月の差が大きい。児童向け知能検査も誕生からの経過月数で計算する。生きた年数が短いため、その数ヶ月間に受ける刺激や得る情報量が占める割合が極めて大きいから。

だから、どんなに子供の頃高いIQが出ていたとしても、算出に精神年齢が考慮されなくなる15才以降、できれば18才以降に成人知能検査を受けることをオススメする。

人生はマラソンと同じで、序盤(児童期)に先頭を走っていたからと言って、一番でゴールすることを確約されているわけではない。

童期は「人生の濃度」(密度)が大きく影響する。

子供を「水」だとする。生まれてから経過した月数に比例し「水」は増えていく。その間に溶け込んだ知識や情報の量を水溶液の「濃さ」として考えた場合、当然濃い方が有利だ。もし偶然に知識や情報が密集していた「濃い部分」と試験内容が合致すると突出した成績を収める。が、15才も過ぎれば生きた日数(水分量が増し)と環境的刺激で分散され収束する。よく混ざり薄まっていくため特異性・有意性が失われていく。

他の子供達が、塾や家庭教師、参考書、テレビ、インターネットなどで同じ情報やノウハウに触れる確率が高まり、先頭集団が遅くなるというよりは、後方集団が追いついてくる。これは「多様性」という視点からも十分に議論されるべき点だ。

/*
※多様性:例えば、小さい頃から外国人の子供と慣れ親しんでいれば、ブロンドやブルネットの髪を見ても何も思わないが、そうでない場合「あの子は髪を染めてる違反だ!」と騒ぎ、先生に通報する子もいる。先生自身初めての体験だと、外国人の子供の髪を黒く染めさせてみたりする“事故”が発生する。これは経験値(知識、情報量)の欠如から生じる(教養もだが)。対応策を「知らない」=まだ教科書(対応マニュアル)に載ってないことに対応できない大人は、この先の多種多様な社会において決して優位とは言えない。
※未知の問題に取り組み解決する能力は流動性知能とされている。

*/

精神年齢を考慮する児童向け知能検査は、年上の兄弟がいるだけでも、日々インプットされる情報・刺激の違い(マンガやテレビ一つとっても自らの年齢よりも上の入力がある)から差が出る要因となりうる。
知能検査に限らず、「小学校1年生の入学からnヶ月目に●●の試験が抜き打ちで行われる」と知っている生徒とそうでない生徒の結果は目に見えている。お兄ちゃん、お姉ちゃんがいる家庭は「事前情報」のレベルが違う。そして親の心構えがまるで違う。

家族全員がぶっつけ本番という状況と、既に経験済みの環境下とでは、食卓の空気さえも異なる。

/*
社会人が資格試験を受ける際、受験経験者・合格者から体験記や出題範囲などの情報が得られる人は当然有利だ。インターネットがまだなかった時代は、その経験者が沢山いる上場企業など大企業勤務の人の方が環境的優位性が高かった。しかしインターネットで誰でも均等に情報が得られるようになったことで、大企業に属するという優位性が急速に弱まってきている。
*/

その差をもってして高い成績を収めている子を天才・秀才としてとらえるならば、先生のパソコンをハッキングして出題傾向を下調べし試験に合格する子も、能力的には同等またはそれ以上と評価せざるを得ない。

情報の入手手順・経路が異なるだけで、試験内容に対して先に試験範囲や出題傾向から対策しようとした方法論は同じだからだ。しかしそれでは、事前にいかに試験情報を手に入れたかの競争になってしまいモラル崩壊をまねく。最終的には「買収」が君臨することになる。

よって、事前情報がない子と競った結果高いスコアが得られても、それは本来の能力差とは言えず、ここにある差は、事前に試験内容を知っていたか否かの割合の方がはるかに大きい。どちらかと言えば親の気合いと所得の差かもしれないと思うシーンも多々ある。

大学受験における塾や予備校、模擬試験などの存在も同じだ。全くソレらに触れたことのない生徒と比べれば明らかに有利になる。

生からの経過時間によって徐々にその差が薄められ、知能においては15〜22才で収束すると思われる。問題は就職と就職後だ。

「先生と生徒」の関係値、そして試験の結果こそが全てであった学校時代とは打って変わって、社会人とは自分で考え自分で行動することが求められる。そして保護者の手を離れる。22才までの間、学力向上に特化(出題傾向に沿った暗記ベースの学習)しすぎた子供にとって急にそれを要求されてもなかなか厳しい。試験というわかりやすい結果では評価されず、「貢献度」という新しい指標で評価されることになる。

まるでアウェーとホームの交代でも起きたかのように、過去問も参考書も対策本も取り上げられた状態で同じ土俵に放り投げられてしまえば、それは右往左往するのは当然だ。

「指示待ち」の若手が増えていると度々見聞きするが、そういった教育の産物なんだろうと思う。

ましてやそこで周囲に「ギフテッド」として対応を求める擬似ギフテッドは「手間」でしかなく、芸能界に例えるなら、皆に利益をもたらす“スター”は多少のわがままは喜んで聞いてもらえても、2番手、3番手は才能よりもむしろ謙虚さとか礼儀とか、教養、マナーといった「人付き合いの基本」を要求されるものだ。「親ばか」は決して悪いとは思わないが、これらをしっかり見極めて育てていく必要がある。

冒頭で、

偽陽性の天才として生きるよりは、手堅い秀才の方が恐らくは成功する。

と書いたのは、子供本人よりもその親を見ていて感じることだ。数値で認定されたギフテッドは、飽くまで目安でしかない。我が子を信じることと、我が子をギフテッドに仕立て上げることはまるで違う。

と私は思う。

そこで「やっぱりEQの方が重要だ!」という展開を期待(?)して、次回はEQについて書いてみたい。

 

チャーリー(
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by charlie-ls | 2017-07-01 23:19 | 個人ブログ | Comments(0)

概略:「どっちが入るの大変ですか?」と聞かれたら間違いなく東大だ。東大合格のためには好きでもキライでも5教科全て勉強する必要があるが、メンサ入会試験は「素」のまま受けるものなので、塾や予備校、家庭教師などに費やす時間的、金銭的、労力的な負担がない。


日前、『偶然にもデータベーススペシャリスト受験者が。』に書いた女性スタッフと久しぶりに話したところ、彼女のカレは試験当日「午前1」から何もわからず早々に帰ったそうで、ドラマの再現は上手く行かなかったようだ。

そこで今度は(笑)、

「メンサって知ってますか?テレビ見ててメンサ会員の人が出てて、カレが受けてみるって言いだして」

と来た。

「あ、私会員ですよ」

と言ったところ、間髪入れずに、

「えぇーっ!メンサ会員と東大生ってどっちが強いんですか?」

強いって、アラレちゃんじゃあるまいし(笑)。慌てて言い直していたが、対抗クイズ番組のようなものを観たらしく、聞きたいことは理解した。


大生の勝ち、メンサ会員の勝ちという勝敗には大きな意味を持たない(と思う)。どちらも偏差値換算すれば、何かしら頭脳の領域で上位2%であることに代わりない。測定する項目がIQか学力かの違いだ。
※学力偏差値70以上も出現率的に上位2%だから(偏差値表)。

それに、東大生が勝利した場合でも、メンサの入会試験を受けたことがないだけで、受けさえすれば合格する知能の持ち主である可能性がある。少なくとも母集団(属性)的にその可能性が5.5倍高い。
※IQの平均である100は2人に1人、IQ 120(東大生平均)は11人に1人。IQ 130(メンサ入会資格)は50人に1人。いずれも標準偏差15で(IQ出現率表)。

東大生の平均IQは120と言われているが、実際に全員が成人知能検査WAIS-IIIのフルコースを受けているはずもないので、130以上もいれば100〜110もいる(多分)。
メンサ会員も、人口の上位2%なら日本に約260万人の会員がいるはずだが3,000人に満たないということは、259万7,000人のIQ 130以上非メンサ会員がいるということ。

だからどちらが勝利しようと、いずれにせよIQ上位2%の人物である(可能性が高い)と考えられる。

推測だが、東大生(や京大生)の2割くらい(既に卒業している人もいるから)は、受けさえすればメンサ入会試験に合格するだろう。IQは出現率で計算するため定員が決まっている。IQ 130以上=人口の2%は固定だ。もし全体のレベルが下がれば、その中の上位2%をIQ 130以上と見なす。日本で頭がイイ人達がどこにいるのかと問えば、日本の大学進学率の高さから見ても、出身者を含め難関大学にその大半が集まっているだろうから、母集団的には本来は半数以上が合格してもいいほどだ。

もっとシンプルに言うと、「日本人で250万人のIQ 130以上の人を集めてください」と言われたら、多くの人がまずは東大に探しに行くだろう。それが人々の認識を指し示している。

が、番組で勝利した東大生がメンサ入会試験に合格した場合、「東大生」と「メンサ会員」のどちらか一方を名乗るとすれば、恐らく「メンサ会員」だ。偏差値とは希少性(確率分布)=出現率を指す値であり、偏差値を理解する人は希少性の高いものに価値を見いだす。東大生が東大に行けば周りは全員東大生だが、メンサ会員は少ないため東大生に付加価値が付くと考えられる。これは、東大卒業後にハーバードへ留学した人の経歴において、ハーバードの名が華を添えていることと似ている。そしてハーバード大を出ると、学歴的にそれ以上がない(に等しい)から、賢さの指標としてIQが登場する。

※ちなみにハーバード大生の平均IQは130と言われていて、それが本当なら半数の学生がメンサ会員試験に合格するということになる。


能指数というのは表面にある「看板」とは異なり、根底にあるものであって、例えばある競技で常に優勝候補はドイツ人とデンマーク人だったとする。50勝50敗でも観客は決着を付けたがる。しかし、よく考えたらどちらもゲルマン民族(=DNAは同じ)でしたというように、看板(パスポート)が違うだけであり、決着を付けたところで似たもの同士だということが多々ある。

/*
日本のニュースサイトのコメント欄を見ていると、中国や韓国、北朝鮮が出てくるとやたら罵る人が多いが、少なくとも日本人の6割のミトコンドリアDNAは彼らと共通だ。要するにお母さんのお母さんのお母さんを遙か数千年、数万年と辿っていけば同じお母さんに行き着く人同士だということ。それでも「いいや、日本人の方が上だ」というなら、それは日本という国家の成果であると認めざるを得ない。そこに生まれてくるための努力はしていないのだから。
*/

個々の能力とは特異的なもので、使われる脳の領域も異なる。IQが高いから、東大生だから同じように楽器もダンスも上手かというとソレは違う。多少の相関はあったとしても。

偏差値やIQの計算方法と出現率という考え方がわかれば簡単なことだが、大半の人はその式を理解することよりも、メンサとか東大というブランドで区別する方が簡単だし、そこにステータスを感じる人が多い。

「ジャガーとポルシェどっちが速いの?」的な。どっちでもイイ。その領域に達すると所有者の好みだし、所有できるという時点で何かが確定している。


だし、「どっちが入るの大変ですか?」と聞かれたら間違いなく東大だ。東大合格のためには好きでもキライでも5教科全て勉強をする必要があるが、メンサ入会試験は「素」のまま受けるものなので、塾や予備校、家庭教師などに費やす時間的、金銭的、労力的な負担がない。鉛筆だけ持って試験会場に向かえばイイ。

メンサの試験料が大変だというなら話しは別で(笑)、1万円が大変なら大学にも行けないし、司法試験の受験手数料は28,000円だし、早い話生活が大変だということであって、IQの高低やメンサの難易度には関係ない。

※“メリット”(投資費用対効果)からすれば東大や司法試験の方が上でしょうと考えるなら東大や司法試験を受けたらイイ。常に選択権が与えられているし、どちらか一方を選ぶ必要にも迫られていない。

司法試験が最も難関と言われる由縁も同じで、どんな秀才・天才だろうと生まれながら法律を知っているわけではないので試験勉強が必要だ。必要とする努力や大変さという意味で頂点にあるのは間違いない。

これらは「背が高い人と、チアリーダーってどっちが大変なの?」と聞くようなもので、努力して背が高くなったわけではない背の高い人は、当然に毎日練習に励むチアリーダーの方が大変だというはずだ。

カテゴリは異なるが出現率で言うと、IQで言う130以上(メンサの入会基準)と、東大などの難関大学の偏差値(70以上)、および世帯年収1,200万円以上が同じくらいの偏差値(上位2%)であり、「東大を出た人が何で世帯年収が1,200万円ないのか、おかしい」と問われても、お金を稼ぐことや出世に興味がない人にとっては何もおかしくない。

背が高く美人な女性に、「何でモデルじゃないのか、おかしい」と言っても、モデル業に興味がなければしょうがない。本人の勝手だ。

外国人から、「日本人のくせに茶道の心得もないのか、おかしい」と罵られても、抹茶に興味がなければセットも用意していない家が大半だ。

人には好みがあるし、自分の人生をどう生きるか選択し決定する権利が与えられている。

が、人は勝敗を付けたがる。空手とボクシングはどっちが強いのかに始まり、総合格闘技が登場した。が、ストリートファイトならルールなんてないぜ!という人が出てくると、そりゃ早撃ちガンマン(笑)の方が強い。突き詰めていけば、ボタンを押してイイものなら押しさえすればあらゆる者を排除できるだろうアメリカ合衆国大統領が最も強いだろう。

権力や富が最も強いと言われる由縁でもあるが、比べてもしょうがない者同士を比べるもんじゃない。


は学力とIQはどう違うのか。
学力を競う受験のように、勉強(または経験、積み重ね)の成果を持ってして形成・発揮される知能を結晶性知能(ウェクスラーで言う「言語性知能」)と呼ぶ。年齢と共に上昇する余地がある。一方ジャパンメンサの入会試験や、この20年程世界的に主流になっている先天的賢さの指標は流動性知能(同じく動作性知能)を用いる。遺伝要素が強く、大凡生まれながらに備わっているものとされている(IQの本質的なところ)。

両方がバランスよく高いのが一番だが、それぞれを競わせるのは難しい。大凡文系vs理系と同じ流れになると予想される。

知能が高いのに期待される学力よりも低いことをアンダーアチーバー(underachiever)、その反対に知能から想定される学力よりも高い成績を収めることをオーバーアチーバー(overachiever)と言う。
※平均IQ(=100)で東大に合格すればオーバーアチーバーと言えるだろう。

アンダーアチーバーは対象物に「興味がない」ことが原因であることが多く、オーバーアチーバーは「努力の結晶」(好きで夢中になれた、悔しさがバネになったなど要因は様々)と言える。よって表面的な成績や実績では本来持つ能力は判断できない。

※IQ 120の人が、受賞者の平均IQが145と言われるノーベル賞をとれば、それもまたオーバーアチーバーの一種と考えられる。統計的には。極めてハイクラスな例だが。

しかし“「興味がない」から東大は受験しなかった”は、この手の論争を好む人達には通用しない。「(賢い)証拠みせろ」「どうせ無理なんだろう」と子供の喧嘩のような展開になり、得てして攻められる側は一切の自由や選択権が与えられなくなり、最終的には「東大」という誰もが認める“ブランド”が勝利する。


どうでもイイ展開だが(笑)、ブランド力とは強い。東大に限らず。


東大は140年の歴史があり、設立から71年のメンサの2倍もの間ナンバーワンであり続けている「実績」もある。

が、「メンサ」という名前も世界的にはそこそこ知られているし、世界的に会員が増え、会員の中から成功例や有名人が出てくると今後大きなブランドとなり得る。ただし、前述の通り、そうなった暁にはジャパン・メンサ会員の多くを東大生または出身者が占めることになるはずだ。

実際のところ、入会した当初見た会報誌の自己紹介欄では東大生が多かった。
異種格闘技大会が誕生したように、いずれは知性全般を競う「頭脳競技」が登場するのだろう。当面は、結晶性知能vs流動性知能という図式になるはずだ。次回以降その根拠を綴ってみたい。

 

チャーリー(
JAPAN MENSA会員

AEAJアロマテラピー検定1級
AEAJ認定アロマテラピーアドバイザー
AEAJ認定環境カオリスタ
AEAJ認定アロマテラピーインストラクター
AEAJ認定アロマブレンドデザイナー
AEAJ個人正会員
JAMHAメディカルハーブ検定1級
JAMHA認定メディカルハーブコーディネーター
JAMHA認定ハーバルセラピスト
ITパスポート試験合格(笑)。
情報セキュリティマネジメント試験合格
臭気判定士(国家資格)
薬学検定1級合格
HTML5プロフェッショナル認定資格 レベル1試験に合格。
個人情報保護士認定試験に合格。
情報セキュリティ管理士認定試験に合格。
メンタルヘルス・マネジメント検定II種(ラインケアコース)試験に合格。
Comptia Security+試験合格。
SEA/J情報セキュリティ技術認定CSPM of Technical試験合格。
危険物取扱者 乙種 第4類試験合格。
情報処理安全確保支援士(旧情報セキュリティスペシャリスト)試験合格。

チャーリーのタンブラー(毎日更新、日記・ブックマーク的な)


by charlie-ls | 2017-06-24 18:24 | 個人ブログ | Comments(6)

今回はこのテーマ。

ニュース解説 - 総務省、「無線LANただ乗り無罪」に苦しい反論:ITpro
http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/column/14/346926/051800978/


私も先月この判決に驚いた。非常に。
他人宅のWi-Fiのパスワード(10年前に危殆化宣言されているWEP)をクラックし、タダ乗りかつ踏み台にした上に、銀行から不正送金し懲役8年の実刑判決が出たが、Wi-Fiのタダ乗り自体は無罪とされた。


そして冒頭の日経(ITpro)の記事にも更に驚いた。

検察は、WEP鍵は「無線通信の秘密」であり、こうした行為は電波法第109条に抵触するとしていた。しかし東京地裁は、WEP鍵自体は通信内容ではないので「無線通信の秘密」に当たらないとして無罪と判断した。

この判決がそもそも間違っている

検察が控訴しなかったため、大手新聞社などのメディアは「ただ乗りは罪に問えない」と報じた。これに対し電波行政を担当する総務省は5月12日、「ただ乗りは無罪ではない」と電波法第109条に抵触する可能性があると反論した。その主張は、苦しまぎれと言われても仕方ない。

誰に「苦しまぎれ」と言われたのか知らないが、総務省は「裁判所の判決は間違っている」と発言できないだけで(それを認めると、国は好きなだけ判決を覆せることになるから)、何も「苦しい反論」ではなく総務省が正しい。

Wi-Fiアンテナ(ルーターでもイイが今回はアンテナとする)に設定されたWEP鍵(事前共有鍵<Pre-Shared Key>)と利用者通信端末側に設定されたWEP鍵が一致すればアンテナがWi-Fi利用を許可するのだから、WEP鍵の照合が行われている時点で通信だし、公共無線LANのようにWEP鍵が公開されていない限り秘密だ。個人宅では尚更。

そのアンテナの所有権と設置場所がどこかと問えば考えるまでもなく、公共無線LANでない限り不可侵(であるべき)領域だ。


スターバックスのWi-Fiは危険なのか。噂の“ドヤリング”に挑戦してみた。 』に書いた、暗号化されていないWi-Fi通信におけるARP(に限らず)パケットは「通信の秘密」と呼ぶには多少無理がある。同じWi-Fiアンテナに接続できる人同士ならば、互いの通信内容を見る事ができる前提の仕様だから、ラジオと変わらず「チャンネル(周波数)を合わせただけだ」と主張できる。
※Ethernet上のブロードキャストパケットや、リピータハブ上の通信と同じ状態。

しかしWEPで暗号化(=パスワードロック)されている通信の場合、事前共有鍵の仕組み上「利用許可認証」の機能も兼ねているから明らかに「利用者識別符号」だし、これを盗んで他人宅のWi-Fiをただ乗りするのは、ある家族が玄関の鍵を共有していて、それを見つけ出して他人の家の中に入ることと同じだ。それが総務省のいう窃用にあたる。

電波法で言う「通信の秘密」が個々の会話(電話時代の)を指すのであって、通信を暗号化するためのWEP鍵は「通信の秘密」に該当しないと言うのであれば、「グループ」アカウントのパスワードにも同じ事が言え、少なくとも日本中のセキュリティ概念が破綻する。
※この場合グループアカウントのIDがWi-FiのSSIDにあたり、パスワードが事前共有鍵にあたる。

例えば、営業部のパスワードと役員会のパスワードはいずれもグループ内において共通パスワードだが、グループを超えて共有されることは想定されていないし許可されていない。権限(パーミッション)のない者が盗み見てログインすれば窃用でしかない。

一方総務省は、WEP鍵を調べる行為に含まれる暗号化したARPパケットの傍受に対して、ネットワークのMACアドレスを調べる用途などに使うARPパケットを「無線通信」、暗号化されたARPパケットは「無線通信の秘密」と主張。

当然だし、何も間違っていない。

効率良くARP応答パケットを集めるために、ARP要求パケットを傍受し、コピーしてAPに送り付ける行為を「第109条で規定する『窃用』に当たる」とした。

これも当然だ。前述の家の鍵と同じであり、もしこれを窃用と見なさいのであれば、スターバックスのWi-Fiのように暗号化されていない無線通信をスニファリングして、平文で通信されている他人のIDパスワードを取得・使用しても、罪を問えないことになる。すなわちWi-Fiは通信ではなく「ラジオ」(放送)として見なすことになる。

この主張が苦しいのは、暗号化されたARPパケットを「無線通信の秘密」としている点だ。また主張通り認められたとしても、この手法でしか罪に問えず、別のただ乗りを許してしまう。例えば、ARP要求パケットをコピーしないで不定期に飛びかうARP応答パケットを4万個収集すれば、窃用行為は問えなくなる。

そうではない。手法に応じてその都度罪状は変わるし、「不定期に飛びかうARP応答パケットを4万個収集」するにしても、当該WEP鍵(秘密)を窃用しない限り、暗号パケットを復号できないから、WEP鍵を取得した後のタダ乗り通信は常に通信の秘密を窃用している状態になる。

記者が重要視しているのはWEP鍵をどのようにクラックしたかの手法(ARPインジェクションとPTW攻撃)についてであり、クラック後は知り得たWEP鍵を窃用しない限りそもそも当該Wi-Fiアンテナが使えない。Wi-Fiの事前共有鍵は、無線通信の暗号化・復号と利用者認証を兼ねているのだから。
※ちなみに現在最高のWPA2であっても事前共有鍵さえ知っていれば当該Wi-Fiの全ての通信を復号できるため、どうやってパスワード(事前共有鍵)を知ったかと、その後のタダ乗り(窃用)は独立した行為として個別に有罪・無罪を考えなくてはいけない。

しかし、「WEP鍵は共通パスワードで、『識別符号』に該当しない可能性が高い」(セキュリティに詳しい弁護士)という指摘もある。

愚かだ。

WEP鍵はアンテナのSSIDとセットで固有の通信を識別するための符号以外の何物でもない。

(通信ではなく放送だが)、空から降り注いでいるBS WOWOWというチャンネル識別符号に対し(チャンネルを合わせ受信することは誰にでもできる)、契約者のBCASカードの番号=識別符号が対応してスクランブルが解かれ視聴可能となることと全く同じ。他人のBCASカード番号を無断で使って視聴すれば窃用だ。

共通(事前共有鍵)であっても、利用者同士が共有することを承認している者の間で「共通」が成り立つのであって、見ず知らずの誰かが共通鍵(すなわちパスワード)を利用することは誰も許可・想定していない。

「共有することを承認している者の間」とは、家族や職場の無線LANを使う従業員同士などを指し、自らの意志でお互いにパスワード(事前共有鍵)という秘密を共有する(知識認証)という決断をしている。

例えるならセコム契約時に家のスペアキーを渡しても(所有認証)、泥棒に共有を許可しているわけではない。

10年以上前から脆弱性が指摘され危殆化しているWEPを使っていることは、知識・意識上の問題であっても罪ではない。古いタイプのシリンダーの玄関鍵をピッキングし家宅侵入した泥棒は無罪なのかという話しと同じだ。築10年以上の家への家宅侵入は罪に問わない的な。

※Wi-Fiと同じで「知得」は鍵の在処を知ること。「窃用」はその鍵を無断で使うこと。

第一そんなことを言っていたら、今後はパソコンやネットワーク、セキュリティに疎い人は「お気の毒に」で片付けられてしまう。

こちらの日経コミュニケーションの記事にも冒頭の記事と同様の見解が書かれている。

ニュース解説 - 無線LANの「ただ乗り」はやはり罪に問えない?有識者に聞く:ITpro
http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/column/14/346926/042800957/?rt=nocnt

今回の裁判はまさに後者に当たるわけだが、「なぜか第109条の2ではなく、知得が対象外の第109条本体で立件しているので勝てるわけがない」(ある弁護士)という指摘が出ている。

これも同じだ。「知得」が問うのはクラックにより知り得た事前共有鍵そのものであり、その後当該Wi-Fiアンテナが使えたのは、クラックしたWEP鍵の窃用があってこそ成り立つものであることを無視しているように思う。「窃用」だけで十分に立件できる(できなければならなかった)。

今回の一件を巡っては、法整備が技術の進化に追い付いていないとする指摘は多い。

そうではなく法律家の手に負えない高度技術社会が到来したということだ。
こういった新しい問題が起きると「法整備が急がれる」みたいな記事をよく見かけるが、法律は十分に対応していて、その法律を理解するための裏付けとなる技術的な知識が足りていないだけだ。

アメリカではサイバー犯罪において、罪を問う側・問われる側の知識・理解不足により、実際に行われた罪の半分も立件されていない(又は罪が軽い=償われていない)と言われている。
もし法律家がわかる範囲でしか技術的に検証・立証されないなら当然だろう。このまま技術進歩が加速すると「解らないことが大半」になり、いずれ法律家よりも知能が高い者、高度な技術を持つ者の罪を問えない(問う方法がわからない)時代になりかねない。実際にそうなりつつある。

1990年代のプロバイダーは、高い月額固定料金を徴収しながら、アクセスポイントは話し中(ビジー)でつながらなかった。今なら返金しないとお金だけ取って使えない「詐欺」として訴えられるだろうが、当時は誰も意味がわからずそんなものだ程度にしか受け止めていなかった。一方で消費者金融の過払い問題は解りやすいため請求が相次いだ。

罪を問うには十分な知識が必要だということであり、当該判決は残念な結果としか言いようがない。

参考リンク:無線LAN“タダ乗り”は無罪 地裁の判決に広がる波紋 | 文春オンライン

あとがき

チャーリー(
JAPAN MENSA会員

AEAJアロマテラピー検定1級
AEAJ認定アロマテラピーアドバイザー
AEAJ認定環境カオリスタ
AEAJ認定アロマテラピーインストラクター
AEAJ認定アロマブレンドデザイナー
AEAJ個人正会員
JAMHAメディカルハーブ検定1級JAMHA認定メディカルハーブコーディネーター
JAMHA認定ハーバルセラピスト
ITパスポート試験合格(笑)。
情報セキュリティマネジメント試験合格
臭気判定士(国家資格)
薬学検定1級合格
HTML5プロフェッショナル認定資格 レベル1試験に合格。
個人情報保護士認定試験に合格。
情報セキュリティ管理士認定試験に合格。
メンタルヘルス・マネジメント検定II種(ラインケアコース)試験に合格。
Comptia Security+試験合格。
SEA/J情報セキュリティ技術認定CSPM of Technical試験合格。
危険物取扱者 乙種 第4類試験合格。

チャーリーのタンブラー(毎日更新、日記・ブックマーク的な)


by charlie-ls | 2017-05-25 10:13 | 個人ブログ | Comments(0)

今回はこのテーマ。

エマ・ワトソンの「下胸」は、ある現実を私たちに突きつけた Hannah Cranston
http://www.huffingtonpost.jp/hannah-cranston/emma-watsons-boobs-prove-feminism_b_15152042.html

ワトソンがブラウン大学→オックスフォード大学→オックスフォード大学の客員研究員というキャリアを持ち、いわゆる“ハリーポッターに出ていた”「ただの女優」じゃない前提で彼女の“下胸”が意味するところを考えてみたい。

私はこのファッションは全くもって好きじゃない(笑)ことを予め記しておきたい。

が、私はワトソン流フェミニズムの考えを理解するし、少なくとも一般的(平均的)なフェミニズムの解釈よりずっとスムーズかつスマートに受け止められる。

知性を伴うフェミニズムと、知性を必要としないファッションとしてのフェミニズムには大きな違いがある。

大人の女性が自分の意思と責任で服を選んで何が悪いというのがワトソンのフェミニズムの定義であり、一方ファッションとしてのフェミニズムは、「女性」を意識させること自体が「違反」という定義と化してきている。

早い話、セクシーな恰好をすれば「男に媚びている」と見られ“女の敵”となる。しかしそれは決して「自由」でもなければ、女性の立場がまるで尊重されていない。なぜなら「男」あってのセクシーな洋服であると認めることになるからだ。女性の洋服選びは「男」による査定を前提にしているのか。そして「媚びる」理由があるとすれば相手の立場が強い場合であることを考えると尚更だ。男の下に女がいることになる。

それを追求すれば、恐らくは女性の敵は女性であり、ヒラリー・クリントンがドナルド・トランプ相手に女性票さえ思うように採れなかった理由の根源を見ることになる。

「男が前、女が後ろ」のような時代があった。そして男が前に立っているだけで男尊女卑だとされ、女性を敬い決して軽視してませんよということでレディーファーストが当たり前になったかと思ったら、現代のフェミニストのように、ドアくらい自分で開けられる、荷物くらい自分で持てる、男だからって女より強いつもり?アンタ何様?という考え方が出てくる。


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左が旧、右が新。

そして2015年Facebookのロゴが変わった。男の方が女性よりも前にあり、女性が小さいことが差別だとされて、同じ大きさかつ女性が前に入れ替えたロゴに。世界共通で「男が右側」がスタンダードだったが、それも入れ替えている。

こうやって、とりあえず女を前に出しとけ的な中身を伴わない平等が世の中の表面を覆うことになる。

養育費(離婚の有無にかかわらず)1つとっても、男が負担して当たり前の時代から、所得比率で分担となり、今では「折半」という考え方も多い。片方が多く出すと、「相手に依存した子育て」であることが証明されてしまい、対等の立場(親権も含め)が主張できないからという考え方だ。見方を変えたら「母親だから親権が取れる」時代ではなくなるだろう。

すなわち女性による「自立」の追求だ。

デート代も同じく。一世代前までは「男の甲斐性」という言葉もあったし、男が出して当たり前だったものが、先進国は折半が当たり前になりつつある。女性達は「奢ってもらってラッキー」ではなく、自分も半分出せるお店にしか入らない的な。いわゆる分相応に徹する。男がお金持ちだからといって、そのパートナーは何ら立場が引き上げられるものではなく、独立した個人であるという考え方だ。

要は「囲われている」限り自立していないので、常に50%(対等)の存在を目安とする時代。

が、実際には「50%以上の立場を占めたい」と陣取り合戦になりつつある。


ァッションフェミニズムの破綻。

総会屋フェミニスト。チンピラフェミニスト。クレーマーフェミニスト。そんなカンジの人も少なからずいる。


フェミニズムの始まりは「男女対等」の実現こそが本来の目的であり、女性が美人であること、ナイスバディであること、セクシーであることを禁止するための主義主張ではない。それはただの均等主義だ。

世の中の「クレーマー的フェミニズム」をシミュレーションしてみた。
ある女性(A)から見て「私と大差ないかそれ以下」と見下している同僚女性(B)が美人だったとする。突然Bが出世すると、Aは「美貌を武器に上司に言い寄ったんじゃないか」と妄想してみる。そもそもAは能力的に劣っているとは思っていないどころか、自分の方が上だと思っているから、Bが私よりも上に立つとすれば「仕事以外」の要素によるものだろうと考える(決めつける)。

しかし美人であることは先天的なことなので、これをズルイとかダメだと言い出すと、「生まれながらにしてハンデを背負っている」ことになるから、障害者と同等の社会保障が必要になる。

もちろん何もズルくもなければダメでもない。「いいがかり」でしかない。

ではその美貌によって上司に気に入られたのは「仕方がない」と考えた場合、次の標的は上司そのものだ。「そういえば入社当初、上司の誘いを断ったから私は出世しなかったんだわ」ということであればAにとっては「きっとBは誘いにのったのよ。ズルイわ!不公平よ!」と言ってみる余地がある。

しかし、視点を変えて入社以来全く上司に誘われたことのない女性Cはどうだろう。「上司はそんな人じゃない」と主張するかもしれないし、「私には見向きもしない」とがっかりするかもしれない。

この時点で何かしらB>A>Cという見た目か何か女性的な魅力において優劣ができたように感じるかもしれない。ここからが大きな分岐だ。

まだ憶測で話しているだけで、美人Bが上司の誘いにのったという証拠はない。

Aは仕事の能力は私の方が上だという点を証明したい。そして「上司や会社は女性の見た目ではなく仕事で判断すべきだ」と主張できればカッコイイ。

しかし。調査した結果美人Bが営業成績トップであることがわかった。どうだろうか。

AはBの「ズルイ疑惑」の言い出しっぺだから周囲に示しがつかないし格好悪い。仕事でも劣っていたことになる。そしてこの手のテーマに元々興味がなかったCは「やっぱりBさんて“揃ってる”のね」と、もはやAの肩を持つ気はなくなる。

こうして女性の中でもAタイプ60%、Bタイプ10%、Cタイプ30%くらいに分かれる。

そこでAは何を考えるか。営業成績がトップなのは、美人Bが「美貌を売りにしてるからよ。顧客は男性ばかりだし」って具合に展開する。

最もダメな流れとして、「これだから世の男は!」と顧客(男性)さえも罵るようになると、もはや敵・味方はなく、「自分に都合が悪いのは全部敵」という図式だ。

そもそもAは当初「仕事の能力で判断して欲しい」と願ったのだから、「顧客の支持」こそが自分の本当の評価だと考えていたにもかかわらず、男性顧客も悪いと言い出せば、会社はいよいよAの「適正」を疑うことになる。こうしてAは誰からのサポートも得られなくなる。

しかしAとしては、何としてでもBが男性顧客に「言い寄っている」証拠が欲しいところだが、Bが顧客とデートしている目撃情報もなければ、Bから言い寄られたと証言する顧客も出てこない。

※美人というのはそういうもので、周囲から常に「見た目を売りにしている」と見られる傾向があるため、女性的な魅力を武器にすることは自ら避けている人が多い。

そして「競争には“公平な”ルールが必要」という結論に達し、ハイヒール禁止、ミニスカート禁止(続いてスカート自体禁止)、胸元の開いた服禁止、色気のあるメイク禁止、やたら時間かかってそうな髪型禁止、ネイルとかアクセサリーとか仕事に必要ないもの禁止、赤とかピンクとか女性っぽい色禁止、と「A様ルール」を制定する。

男性は立場上(疑い上)この禁止案に上手く反論できないことが多いし、Aタイプの女性はほぼ賛同する。Cタイプの女性はそもそも自分とあまり関係がないので「じゃぁそれで」程度の賛同を示す。

Aの要求を飲むしかない環境下で物事が取り決められている。

これで美人Bを退治できるかと思ったら、男性社員が美人Bにドアを開けてあげた。階段で重い荷物を持ってあげた。パソコンを修理してあげたというシーンを見たAは、「男ってあぁいう男に媚びたようなか弱そうな女が好きよね」と、「媚びる行為禁止案」をぶちまける。

「独身」も武器だから、既婚・独身の質問禁止、「Miss」禁止、女性が結婚して男性姓を名乗るの禁止(男性優位に賛同していることになるし、既婚がバレるから)という具合。

そこでいつも男性の左側に立つ美人Bを、「アレも戦略よ、計算高いわね」ってことで、そもそも何で男性が右側なの、前なの、(名簿で)先なのと指摘し、男女混合を申し出る。

終いにはトイレも更衣室も混合になる(ノルウェーの軍隊はそうなった)。そして、「何で男は上半身裸になっていいのに、女性はだめなの?」という運動も始まり、「女性が胸を出すのは女性自身の意思である限り自由だ」ということで決着が付く。

何でワトソンの下胸はダメなんだ(笑)。

下手なプログラマーと同じく、つぎはぎで定義していったファッションフェミニズムは言うまでもなく破綻する。冒頭に書いた知性あるフェミニズムとは、どこから追求しても原点を指すことができ、なおかつ一貫した主義主張に矛盾が生じない。

総会屋みたいなフェミニストが多い。

この20年くらいだろうか、広告などで女性の肌の露出が目立つと、女性軽視だ女性差別だ性的搾取だと騒がれ、人権問題にまで発展することもあったが、その一方で、何で男性は上半身裸になってもいいのに、女性はダメなの?という運動も始まっていることから、女性の中でもフェミニズムの定義が既に異なる。

なおかつトイレも一種類にしようという動きさえあるくらいで、そうなると「女性が脱ぐ」ことに性的な意味が薄れ、ひいては女性の肌の露出は女性の勝手(意思)であり、「守る」とか「保護」とか余計なお世話ということになる。

更に追求すると、成人した女性が自分の意志でソレを行っている限り、女性軽視、女性差別、性的搾取だと見られること自体が、女性の意志(決断)が踏みにじられていることになる。

例えるなら、「私は将来●●になりたい」「えー、かわいそう」というのと同じだ。時給1,500円の人が、時給1,000円の人を見て「かわいそう」というのも同じだ。医者が魚屋を見て「かわいそー」と言ったらどうなるだろうか。自分の意志でその仕事を選んでいるのだから、上からモノを言わないでくれとなる。

若く美しい女性がお金持ちの男性と結婚すると、「かわいそうに」という表現をする働く女性もいる。空気を読むならば、見た目だけ(「だけ」かどうかなんてわからないんだが)で玉の輿にのって、ただの「お飾り」にされる人生なんてお気の毒という主張だが、心のどこかで「ズルイ!」と考えているように見える。自分はせかせかと毎日働かなきゃいけないのに、何であの娘だけ!的な。だから美貌とかセクシーとかそういった要素を排除したくなる気持ちもわからなくもない。

しかしそれでは他人のものを奪っている(捨てさせている)から幸せにも平等にもなれない。

ワトソンがフェミニズムというキーワードにおいて度々批判されるのは、彼女が美人で小さい頃から女優とし成功し、更には高学歴でお金持ちで、社会的な発言力もあるからだからだろうと思う。何かケチつけないと気が済まない(笑)という面と、「ワトソン流フェミニズム」が主流になってしまうことへの恐れからくるものだろうと私は分析している。


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(c)2013 Charlie @ LucianoShow


平等の主張は、下手すると要求を受け入れても更に要求はエスカレートする可能性を秘めている。ランサムウェアのように。

どこがゴールなのか、ちゃんと見据えておく必要がある。

私はワトソン流フェミニズムの今後の展開が楽しみだ。学問、思想、哲学として興味がある。


※3月中旬に書いたブログをアップしないまま放置していたため、旬が過ぎてしまったがご容赦願いたい。

 

チャーリー(
JAPAN MENSA会員

AEAJアロマテラピー検定1級
AEAJ認定アロマテラピーアドバイザー
AEAJ認定環境カオリスタ
AEAJ認定アロマテラピーインストラクター
AEAJ認定アロマブレンドデザイナー
AEAJ個人正会員
JAMHAメディカルハーブ検定1級
JAMHA認定メディカルハーブコーディネーター
JAMHAハーバルセラピスト試験合格
ITパスポート試験合格(笑)。
情報セキュリティマネジメント試験合格
臭気判定士試験合格
薬学検定1級合格
HTML5プロフェッショナル認定資格 レベル1試験に合格。
個人情報保護士認定試験に合格。
情報セキュリティ管理士認定試験合格。
メンタルヘルス・マネジメント検定II種(ラインケアコース)試験合格。

チャーリーのタンブラー(毎日更新、日記・ブックマーク的な)


by charlie-ls | 2017-05-04 11:32 | 個人ブログ | Comments(0)

今回はこのテーマ。

ポリティカル・コレクトネスとは? 「平等」の本当の意味が面白い
http://www.huffingtonpost.jp/yuko-fujisawa/political-correctness_b_8802070.html

なぜなら世の中は仏教の「平等」が実現するような「何にも軸を置いていない状態」に耐えられないからです。多くの人にとって、最強のカオス状態である「無」は非常に恐ろしいものです。

オモシロイ。その通りだ。

日本語で言う「差別」が仏教語だったとは知らなかった。

白人・黒人・黄色人種と分けると差別だと言う人もいるが、そこに何かしらの歴史的な「優劣」があると思うから差別だと主張するのであって、元々の肌の色は事実であり、そういう遺伝子なのだから受け入れるしかないし、無視(視覚から除外)されなきゃいけない筋合いでもないし、何色の洋服を着ているかと同じレベルで認識されれば良いことだ。

/*
少し話しはそれて、記事にある動物愛護の例えはオモシロイ。人間が上から目線で考えなければ「愛護」はできないし、ソレが人間にはできると思っていることを「思い上がり」と考えるのか、やはり区別して能力差を認める(=立場をわきまえ棲み分ける)べきと考えるか。これは以前紹介したフラットタックス制度にも同じことが言える。富の再分配は、富を持つものがそれ以下を養える(背負う)という考えのもとにあり、人間同士に優劣があってはならないと考えるならば、税率は揃えなければならない。
*/

洋服がない世界だったとする。例えば全く同じ色・デザインの水着を着た人達が浜辺を歩いているシーンでもイイ。「ヘイ!」→「そこの白い男」or「そこの黒い男」or「そこの黄色い男」と呼んだとしても本来は差別でも何でもない。名前と同じで識別だ。

浜辺で名前も知らなければナニジンかも知らない水着姿の白人・黒人・アジア人の3人を確実に特定するには、髪の毛の色や肌の色、体型くらいしかない。もし全員同じ背の高さで体型も同じで髪の毛の色も同じだったら肌の色が一番わかりやすい。「目の色」というのもありだが、遠くからは識別できないから一番合理的なのは肌の色だ。

だから白・黒・黄色で呼ぼうと、それは識別符号でしかない(感情を持つ必要がない)。

「意識しない」というのはそういうことであり、肌が白いことを忘れろとか、黒いことを考えるなとか、黄色いなんて感じるなということではなく、色覚がある以上ヒトは色を認識・識別する。そこに優劣をつけるなということだ。

飼い主が金髪のペットは、黒い髪だらけの日本に来ると金髪を見るだけで飼い主だと思いしっぽを振って走っていく(笑)。ソレを差別だとは言わない。識別(するための材料の1つ)だ。

なぜか黒人が「黒い」と言うこと自体を差別だと言う人もいるが、その時点で上から目線であり、黒いことが何か劣っているという思想・感情または先入観に基づいている。それこそが差別の始まりだ。

そして「この名前は●●出身に多い」とか、意識しすぎて名前も呼べなくなる。
※日本ではこの漢字が付く名前は部落出身だ、朝鮮半島出身だという投稿も非常にしばしば見かける。

じゃぁ名前も差別要因となりうるから廃止するとした場合、0,1,2,3,4,5と番号を振ったところで「4」「6」「9」「13」は嫌われる(当たった人は「公平じゃない」)とかそんな話しになって、全てゼロ(または全て1とか)なら均等(平等?)かもしれない案が出る。そうなれば平均的な人ほど耐えられない社会になるはずだ。なぜなら「指す」ことができない(とても困難だ)から。

相対的な違いが最も少ないのが「平均」であり、その最大の特徴「周囲と大差ないこと」であって、「おい平均!」と呼ぶと50%の確率で対象者以外が振り向くことになり識別できない。
※「普通であることの勇気」で書いた制服と個性についての話しが関連している。

もちろんココでは「差別をなくす」というテーマだから、優劣のうちの「劣」に関わる識別方法は除外しなければならないので、見方を変えるとそれなりの「優」がなければ識別できないことになる。

※優劣のだけとったとしても人類幸せにはならない。「褒める」ことが存在する限り「褒められていない」人が存在するのだから。

「昨日の天才」とか「あの部屋にいるVIP」とか「さっきのスゲー美人」とか「今通り過ぎた超ナイスバディ」とか。よほどの大人数でなければ、大方特定の1人を指すことができる。「上位2%」も50人以内の集団なら重複する可能性が低いから「おいメンサ会員」でもイイ。すなわちその集団において1人しかいない「優」を持っていなければ、該当者が2人以上になってしまい、どちらを指しているのかわからないという事態に陥る。

/*
メンタルヘルス・マネジメントII種のテキストに「いつもと違う」ことの判別方法について書かれていた。日頃からミスが多い人は、ストレスによってミスが生じたのかどうか見分けが付かないとしている。人は相対的な感覚で他人を見分けていることがわかる。詳しくはタンブラーにて。
*/

そして残念なことに、気の利いた呼び名が見つからず、語彙が乏しい人達が集まると、お互いを手っ取り早く合理的に指し合うことができないイライラが募り「おいチビ!」とか「そこのデブ!」などが始まる。

「バカ男」とか「キモ男」と呼べば皆が確実にあの人だと解るなら、結果として「優劣」が呼び名そのものになっていく。恐らくはいじめの始まりにもなるだろう。

よって「均等」の先には破綻しかない。

記事が言う「最強のカオス状態である「無」は非常に恐ろしい」とはそういうことじゃなかろうか。

だから以前紹介した足の長い少年は賢い(笑)。「足が長い」のは事実だが、「カッコイイ」は主観なので、それを区別している。恐らく差別・識別・区別の違いも理解できるだろう。

少なくともこの3次元空間+時間という世界に生きている限り、前後・左右・上下とか、先に到着・後から到着とか、ずっと頑張ってきた・今始めたなどの「順番」が生じるのはやむを得ない。

「先住民はもっと前から住んでいた」という話しから、「動物はもっと昔から居た」という流れになることもよくある。だったら菌類に譲りましょうかそろそろということにならないか。

「無」とか「均等」を実現するには無理がある。時空という絶対基盤自体に。

参考資料:

ポリティカル・コレクトネス: political correctness、略称:PC、ポリコレ)とは、日本語で政治的に正しい言葉遣いとも呼ばれる、政治的・社会的に公正・公平・中立的で、なおかつ差別偏見が含まれていない言葉や用語のことで、職業性別文化人種民族宗教ハンディキャップ年齢婚姻状況などに基づく差別・偏見を防ぐ目的の表現を指す。 -Wikipedia


※『優れた能力は“発信”しよう。自慢ではなく事実を示せばいい。』の続きは次回以降に。

チャーリー(
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ITパスポート試験合格(笑)。
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by charlie-ls | 2017-03-07 11:20 | 個人ブログ | Comments(0)

前稿『オンラインIQテストを標準化する。本物の値に近づけたい人のために。 』の続き。

ンラインIQテストとWAIS-IIIのような本物の成人知能検査の違いは、前稿の標準化されているか否かに加え、受ける試験を選べる・選べないという点が大きい。そして検査環境。加えてWAIS-IIIには聴覚を使った検査(相手が言ったことを覚えて逆さまに言うなど)もあるので、当然それらのないオンラインIQテストは極めて偏っている。

※特に断りがない限り、ココでは偏差IQ(DIQ=Deviation IQ *e1)型の成人知能検査を指す。

*e1)DIQは偏差IQ(Deviation IQ)と呼ばれ、偏差値から算出される。この点からも知能検査を主導している欧米もしっかりと偏差値を取り入れていることがわかる。「偏差値は日本だけだ」という考え方は間違っている。

オンラインIQテストの場合、流動性知能系(行列推理など)が好きな人、数列が好きな人、言語系(アナグラムも含め)が好きな人など、自分の好みでテストを選び(サイトのデザインなども含め好みが合えば同時にテスト作者とも相性がイイ)、気分が乗った時に好きなタイミングで、そして好きな場所で受けることができる。場合によっては何度も。だから得意分野で自己最高点が出ることが多い。

一方WAIS-IIIは、心療内科など場所自体がアウェーであり、時間も病院側が指定するし(*e2)、そもそも目の前に臨床心理士がいてじっと見ている(*e3)。そして内容が選べないため、苦手分野が足を引っ張り、一般的には全項目を平均した結果総合IQ(FIQ=Full scale IQ)は低く出る。大半の人が偏差値的に「普通」に近づく。もちろん1回切りで「ボーッとしてたからもう1回」とはいかない。

これらは大会で正式な記録を出す人と、練習中は日本新でも世界新でも出るんだが非公式という人の違いにも通ずるところがある。

*e2)その時体調が優れないかもしれない。しかしそれも現実社会と同じで、能力を発揮できるチャンスが訪れる日時を選べない。

*e3)近くに知らない人がいるとダメという人も多い。検査されている、監視されているという受け身意識が被害妄想的に作用し精神不安定になる人もいる。特に厳しい親に育てられたような人はトラウマが蘇るかもしれない。

差値とは、「アレはできるけどコレはできない」という人が「よくいる」という傾向もふまえているから、「突出した●●と、大きく欠落した▲▲」の持ち主も「よくいるタイプ」として見なされ、総合IQは「並」に近づく。早い話、他の検査項目で均される

現実社会のままだ。スポーツは得意だが頭は悪いとか、頭はいいがダサいとか、顔はイイんだが仕事ができないとか、一通りイイんだが教養がないとか、本番に弱いとか。

※総合格闘技か立ち技のK-1かみたいなもので、どっちがイイという話しではない。あくまで現代の成人知能検査は総合IQが最終的な結果(それも偏差値をベースに)として出てくるという点について考えてみたい。

偏差値の根底にある出現率という性質を理解すれば、自ずと「滅多にいないタイプ」が高く出ることが解る。すなわちIQの世界におけるソレは、「アレもコレもソレもドレも平均より高いタイプ」だ。

じゃぁ総合IQが高くなければ意味がないのかと問うならそれは違う。言ってみればWAIS-IIIハイスコア組は万能型だが、1つ1つの検査項目で競争すれば、各カテゴリのオリンピックに出場するような人達はにいる。これは総合職もいれば職人や技術士もいることと同じで、得意とする脳の使い方が異なるのだから、自分の得意分野で活躍すればいい。

私は万能型の代表みたいなもので、幅広いジャンルで日常的にWAIS-III 140に沿った結果は出せるが、ハイレンジIQテスト(特に高いIQを測定するテスト)で170や180といった突出したスコアは出せない。この記事の下準備のためにいくつかオンラインハイレンジIQテスト受けてみたところ139〜159(全て一回目の結果)の範囲だった。標準化されていないし、元々対象母集団が2%以下のニッチなテストなので、内容自体が揉まれていない上に(作者の自己満足の可能性も高い)、単一的(行列推理のみ、数列のみとか)で、誤差も踏まえて140前後と見ていいだろう。
※もう一度見れば解るかと聞かれると、何度見ても解らないだろう問題が並んでいた(笑)。

IQや才能の価値とは相場と同じで、世の中の物価(必要とする能力や頭脳に置き換えていただきたい)次第で相対的に変動する。この先、総合IQよりも突出した個別のIQを重視する時代が来るかもしれない。その反面、発達障害、ディスレクシア、アスペルガーという人達がとても増えているので(こうした人達は検査項目毎に高低が激しい傾向がある)、この先さらに総合IQの配点が高まるかもしれない。これは誰にもわからない。そもそも日本では未だに20年以上前に標準化されたWAIS-IIIが基準なので、最新版のVにもなればもっと近代的な結果が出るだろう。しかし、その「時代遅れな日本」もまた、我々を取り巻き悩ませる環境要因だ。

そこで私からの提案だ。日本で正式な成人知能検査を受けた人達は、私のようなブログネタ(自費)というケースはほとんどないだろうことから、受ける場所柄から考えても、何かしらの診断を受けた人達が多いんじゃないかと思う。よって高いIQの記録(診断結果)を持っている人は、同時に精神的な悩みを抱えている割合が多いと考えられる。

しかしそこだけにスポットが当たると、高いIQを持つと大変で何もイイことないような印象が広まってしまうので、高いスコアを出した検査項目と、自分の得意分野について存分に発信していただきたい。これは必要だ。

あればいいというレベルではなくて必要だ。

なぜなら、世間はその突出した能力の使い道を知らない。使い道がわからない限りその能力があることによってどんな利益が得られるのかがわからないから、需要も高まらない。商品と同じで、革新的なものほど浸透と理解に時間がかかる。自ら発信し売り込み理解を求める必要がある。攻めに転じていただきたい。

iPadやiPhoneを見た事もない人達と話すつもりで。

れだけ普及したインターネットも、本当に使いこなせている人は一握りしかいない。レーシングカーを巧く乗りこなせるのは優れたドライバーであって、庶民が運転するわけでもなければ、それを求める対象じゃない。ココで言う“優れたドライバー”は、僅かなヒントがあればキャッチできる感性と能力を持っている。それが引き合わされるべきだと私は考えている。

ある突出した能力(IQスコア)を持つことによる「大変さ」が語られているブログはそれなりにあり、同じような悩みを抱えている人達の眼に止まって共感を呼んだり、同じような子供を持つ人達の励みにはなるかもしれないが、元はと言えばその悩みの種世間の理解不足であり、似たもの同士共感しあっても悩みの根底にある社会環境は改善されない。

そもそも、背が高いとか、足が速いとか、ハンサム・美人とか、スタイルがイイとか、世の中のほとんどの「誇らしい」特技・才能・遺伝子は単一的だ。だからIQ下位検査のいずれかが突出していることも同じように誇ってイイ。そこでディスレクシア(高低差が大きい)という悩み(問題)がクローズアップされ、卑屈になってしまい先入観や偏見だけを広めてしまうくらいなら、何も特技がナイ人よりずっとイイと開き直っていただきたい。

※イギリスではGCHQ(イギリス国防省管轄の諜報機関)がディスレクシアの人達を大量雇用している。暗号解読に優れた能力を発揮するそうだ。

見いだせない方の能力のなさを責めても仕方ないので、まずは発信が必要だ。知らない人には知らせるしかない。そしてメリットを与えるのが一番だ。人とはメリットさえあれば理解していなくとも必要とするのだから(笑)。

日本人は自分のアピールを控える傾向がある。
しかし、自慢と事実は異なる。
※「足が長い少年」に詳しい。

/*
例えばイギリスは階級によって英語のアクセントが違う。ある有名な役者は男子校の名門イートン校を出てケンブリッジ大学を卒業した生粋のエリートで家柄もイイ。当然英語の発音もいわゆるクイーンズ・イングリッシュだが、彼は「喋っている(英語を発音する)だけで嫌み」とさえ言われる。しかしそれは受け止める側が偏屈なだけで、育ちがよく綺麗な英語を喋っている方が悪いわけではナイし、彼が自らの育ちを否定されなきゃいけない理由は何もナイ。
*/

是非とも声を大にして、自らの特異的能力を発信していただきたい。

次回に続く。

チャーリー(

JAPAN MENSA会員

AEAJアロマテラピー検定1級
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ITパスポート試験合格(笑)。
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個人情報保護士認定試験に合格。

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by charlie-ls | 2017-02-16 13:21 | 個人ブログ | Comments(0)

ンラインIQテストのスコアはもの凄く高く出る。が、そこから何とかWAIS-IIIなどの本物の知能検査の値に近づけたいという人のために、簡易標準化作業をご紹介したい。

まず、Twitterなどに結果を載せている人達を一通り見渡し、50件以上のサンプルを収集する。
※ランキングが公開されている場合は上位の密度を見る。上位の値(特に最高スコア)周辺に密集していれば能力差がないから、出現率から見て実際にはその値が平均寄りだと考える。

※IQや偏差値は標準正規分布に沿うため、IQ 130以上、偏差値70以上は常に上位2%と決まっている。予め定員が決まっているカンジ。難しい問題が解けた人全員が高知能・高偏差値とはならず、解ける人が多ければそれを平均と見なす。

※テストの成績(得点)と平均は静的(static)だが、IQや偏差値は全体に対する相対的な値付けであるため動的(dynamic)と考えてイイ。


速計算してみよう。
例えば150が30件、180が20件、210が10件見つかれば170が平均だから、このオンラインIQテストで言うスコア170がIQ 100と置き換えられる(こういった手続きを「標準化」という)。

/*
どれだけランダムにサンプルを抽出したとしても、結果を公開している人達のほとんどは、自分のスコアは平均より高い(だろう)という自信に基づいているため、散々な結果だった人は恐らく含まれない。よって底上げ(平均が高く出る)されていることを考慮する必要がある。
*/

次に偏差、偏差平方和、分散、標準偏差と計算すると(こちらがわかりやすい)、このサンプル50件の標準偏差は22.36であることがわかり、標準偏差10の偏差値(平均は50)、標準偏差15のIQ(平均は100)に換算すると、

スコア150 → 偏差値41.1(SD10)、IQ86.58(SD15)
スコア170 → 偏差値54.47(SD10)、IQ106.71(SD15)
スコア210 → 偏差値67.89(SD10)、IQ126.83(SD15)

となる。

※現代の成人知能検査はDIQ=偏差IQ(Deviation IQ)という偏差値ベースの値なので、母集団と試験内容が異なるだけで計算式は同じだ。

●平均を100とする標準偏差15のIQ計算式:
 知能指数 = 15×(自分の得点 − 平均点)÷標準偏差+100
 ※平均点と標準偏差を同世代(同一年齢)の値で計算することが多い様子。その場合は同じIQの20才と30才とでは賢さは異なる(後述)。

●平均を50とする標準偏差10の偏差値計算式:
 偏差値 = 10×(自分の得点 − 平均点)÷標準偏差+50

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2018年01月21日:図を新しくした。


/*

1SD(=1σ)だから、偏差値40〜60(50±10)が普通(全体の68%)、偏差値30〜70が全体の95%(2σ圏)であり、70を超えたら上位2%(3σ圏)に入る。

同じくIQは85〜115(100±15(=1σ))が普通(全体の68%)であり、70〜130が全体の95%(2σ圏)、130を超えたら上位2%(3σ圏)に入る。

※偏差値70だからIQが130あるわけではないしその逆も然り。出現率は同じでも、測っているものが学力なのか知能指数なのかで内容は全く異なる。例えば100メートル走のタイムで偏差値70とか、年収偏差値70という表現方法もできる。
*/

WEB上で収集し底上げされた平均で計算した結果なので、実際よりも自分の偏差値(及びIQ)が低く出ることになるが(全体が高く出ると高いスコアの有意性が下がるということ)、オンラインIQテストの問題自体が系統の偏り(例えば聴覚は使わないとか)と、他との類似性によってユーザーが慣れてしまい、スコアが高く出やすいため、相殺すると実際はもっと低く出るはずだ。

そこで得意分野、まぁまぁ分野、苦手分野の3種を受け各スコアを自分で標準化し、標準偏差15に換算した上で3種の平均を出す。そこから「−10」くらいがWAIS-IIIの結果に近いだろうと思う。

偏差IQとは偏差値そのものであり、「他人にもできることが自分もできる」だけでは平均的でしかない。他人にできることはそれ以上にでき、更に他人に出来ないことができる場合に偏差値が上がる。


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差値の仕組みを簡単にまとめると、100点満点のテストで90点を採り「90点だった、オレってすげー!」と喜んでいたら、隣もその隣も見渡す限り95点以上だった場合どうだろうか。スゴイどころか最下位の可能性もある。もし95点が平均だったら、それを中心(平均)に前後に散らすと上は100点、下が90点になる。

その場合100点が希に見る快挙かというとそうでもなく、上・下・平均の差があまりないため、当該テストでは能力差を正確に測ることはできないと考えられる。よって、簡単なテストの90点と難しいテストの90点の違いを数値化したものが偏差値と標準偏差だ。

早い話、平均からどのぐらい上下しているかという指標。マラソンで言うと、平均的なタイムのランナーと比べ、どのくらい前(または後ろ)を走っているかを知るための便利な指標だ。

※そもそもオンラインIQテスト提供側が標準化しているんじゃないかと考える人もいるかもしれない。公開する前に何百人、何千人に受けてもらって検証した結果配点を決めているならともかく、そこまではしていない。本来は公開後、スコアを動的に標準化(最新の平均値(すなわち移動平均)から偏差値の再計算)し、自分の出したスコアが毎日変化していくよう作れば悪くない(相場のように)。そうすれば、いずれは良く揉まれた(標準化された)正規分布に沿うスコアとして収束を迎えるだろう。

※※ただし、2回目以降のスコアを除外する技術が必要だ。会員IDやクッキー、メールアドレスで判別するくらいのことしかできないが、IPアドレスは止めた方がいい。会社や公共無線LAN、同じマンションに住む人が同一人物としてスコアを共有することになるからだ(笑)。

WAIS(ウェクスラー)などの結果もオンラインで即時反映させ、動的なリアルタイム偏差値式に変更すればいいと思うんだが(そうすれば20年も最新バージョンの標準化を待つ必要がない)、テストを作る側が天才なわけではないので、測定できる上限(天井)も低いだろうと思う。

次回に続く。

チャーリー(
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ITパスポート試験合格(笑)。
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by charlie-ls | 2017-02-10 08:56 | 個人ブログ | Comments(1)

第一回プラチナブロガーコンテスト

大衆迎合がヒトラーを生む? アドラーの心理学的視点で前編。』の続き。

アドラーの心理学を対話式で紹介したベストセラー書嫌われる勇気がドラマ化された。
アドラーはフロイトやユングと並ぶ哲学者であり、オーストリア=ハンガリー帝国生まれの精神科医。

ストーリー | 嫌われる勇気 - オフィシャルサイト。
http://www.fujitv.co.jp/kira-yu/story/index02.html

第二話は少しアドラーの心理学の本質に近づいてきた。気がする。

第一話を見た際には、感性に乏しい人だと、「他人は関係ない」「他人に配慮しない」身勝手な生き方をすすめているように受け取るんじゃないかと心配したが、大丈夫そうな方向になりつつある。
※投稿アップ時には第三話放送済みだがまだ観ていない。

アドラーに言わせれば、そんな心配も他人の領域であるということなんだが。

多くの人は何事も人のせい、環境のせい、事情のせいであり、自分が怠けている、自分の決断、自分の意思であるという意識が低い。「自己責任」という考え方がほとんどない。

例えば誰かが「この参考書いいよ」とすすめたからソレを買って勉強したら試験に落ちた→騙されたという思考回路だ。書籍のレビュー欄なんか眺めてみると、未来が不安になる程トンデモ主張が辺り構わずぶちまけられている。

そして終いには、「関係者のサクラレビューじゃないか」が始まる。どうせ人を疑うなら、それを注文前に考えることはできなかったんだろうかと思うんだが(笑)。

その参考書が試験を受けるわけではない。同じ参考書で合格する人もいるし落ちる人もいる。結局のところ個々の能力もしくは努力が全てであり、参考書は何も悪くないし、その参考書で勉強し合格して他人にすすめた人も何も悪くない。

そして沢山の選択肢が与えられている中で、「すすめた人を信じよう」「この参考書を買おう」と決めたのは自分の意思であって、誰からも強制されていないし義務も科せられていない。自己責任だ。

再び恋愛に例えてみると、女性が男性に惚れしばらくすると「またダメ男に騙された」と騒ぎ出すことがある。非常にしばしば(笑)。が、実際にそのダメ男は端から見れば一目瞭然ダメ男であり(笑)、その女性はダメ男オーラを放つ男に惹かれる性癖を持っているのであって、ダメ男がイイ男を装っていたわけでも騙そうとしたわけでもなく、全身でダメ男オーラを放っている人に女性が自ら飛び込んで行っている。

周りが反対しようとも。

多くの場合。

残念ながら。

それがカッコワルイから「騙された」ことにする。誰も見抜けない名ペテン師による詐欺被害にでもあったかのごとく。早い話「私は何も悪くない」アピールだ。

だが、決してダメ男に騙された“被害者”ではないし、当該ダメ男(笑)は何も悪くない。ダメ男がダメ男として振る舞っている限り正当にダメ男として存在している(笑)。ダメ男として生きる権利を剥奪することはできない。他人の人生だ。

学校の成績が悪いからって何ら存在自体を否定されないことと同じで、不細工だからとか仕事できないからとか、レディに優しくないからとかクーポン使えるお店でしか食事しないからとか(笑)って理由でダメ男は法に触れないし逮捕もできない。

常に平等に与えられているのは、ダメ男を成敗する権利でもなければ、ダメ男に費やした時間を還せと請求する請求権や債権でもなく、ダメ男を選ぶ・選ばないの選択権だ。そして、ダメを選ぶ権利を行使したのだ、この毎度嘆き後悔している女性は。

ダメ男を選ぶ権利を行使した。

もう一回言わなくていいか(笑)。

以前例に出した欧米人のコミュニケーションの習慣というか特性として、

欧米人に何かを勧めて結果があまり良くなかったときに、こちらが責任を感じて「良い選択肢じゃなかった。申し訳ない」と伝えると「謝らないで」と返される。

これは、「大人である自分が自分の意思でその勧めが良いと思って選択した」という自立心から来るもので、結果に対して謝られると、「自分」がただの箱のように感じるからだ。よって「謝らないで」は「私の決断を尊重して」(=対等の立場)という言葉に置き換えられる。by チャーリーのタンブラー

という具合に、自らの決断の尊重を求められる。日本人は少し見習った方がイイ文化だと私は思う。

いや、誰かのせいにしないと気が済まない、全部自分のせいだなんて堪えられない、全部とは言わなくとも責任の一部を誰かに背負わせたいと言うならば、前述のダメ男の例に当てはめると、周囲の友達が「申し訳ありません。私が彼を見た時にダメ男だから絶対に止めた方がいい、また同じ失敗をしますよと警告し引き留めるべきでした」と反省し謝ったとしよう。

どうだろう。この詫び方だと、ダメ男を見抜く能力を持ち合わせていない上に何度失敗しても学習しない女性に対し(上から)監督責任を反省し許しを請うている状態としか言えない。もはや保護者か後見人レベルだ。

詫びる場所を1つ間違えるとトンデモナイ思い上がりでもあるし、そして謝られる側も、何とも情けない気持ちになる。その「情けない気持ち」が欧米型コミュニケーションで言う“謝らないで”の源と考えられ、相手に依存していない対等の立場でありたいという自立心の表れと言える。

正反対に日本では「とりあえず謝っておけ」という傾向がある。謝られることで面子が保たれるため怒りが静まる人が多いからだろう。周囲に対し、他人が自分に謝っている姿を見せることで、「私のミスではなくあの人のミス」であることが示され、今度は謝っている人を許してあげない心の狭さを指摘されたくないから「許す」という態度をとることで自己満足する。

これはかなりヤバイ(笑)コミュニケーション循環にあると私は思う。

周囲から失敗したと思われたくないから、誰かのせいにする。とりあえず謝っておけば許してもらえると思うから謝る。謝っている人を許してあげないと周囲がどう思うか不安だから許すの繰り返し。

それを支え合って生きていると言えば聞こえはいいんだが、双方ともに何も根本的な解決はしていない。お中元を贈ったらお返しが戻ってきたから正しいという判断に似ている。

『嫌われる勇気』(本)では、その「他人がどう思うか」をベースとした考え方を一旦やめて、自分は本当はどうしたいのかと向き合ってみようと説いている。

日本では「行けたら行く」=行かないのが基本だと思うが、その後の会話で行かなかった理由を問われると(嫌われたくないという自己都合で)「着て行く相応しい服がなかったから」とか、決して「行きたくないから行かなかった」とは言わない。多くの人は。
※「行けたら行く」と言って行かないのは、含意(論理包含)で真偽判定すると「偽」になる。

そこで相手がどうしても来て欲しい場合、誕生日に素敵なドレスをプレゼントし「今度は来てね」と言う。次は「ピッタリの靴がなくて」と言い訳し、ピッタリの靴がプレゼントされる。を繰り返した結果、いよいよ言い訳がなくなり、「いい加減空気読んでよ!」と、追加で人のせいにする(笑)。

確かに感受性豊かとか、敏感・鈍感という個人差はあるにしても、ワカラナイ方が悪いという考え方だとIQが低い方が悪いとか勉強ができない方が悪いとか知識がない方が悪いも成り立ってしまう。

だから、そもそも相手に解るように伝えていますか?ってことだし、本音を言わず嘘をついているのだから、空気が読めない人がイイか悪いかを問う前に、諸悪の根源は嘘つき側にあることは言うまでもない。

「でも本音を言っちゃうと角が立つのよね〜」というのもアドラーに言わせたら、角が立つことを言い訳に嘘をつき続ける自分のままでイイと決断しているということだ。

アドラーでなくともわかることは、嘘をついてでも自分が楽な方を選んでいるのだから、身勝手極まりない。

ドラマはイマイチ評判が良くないようだが、アドラーの心理学自体はとてもオモシロイのでオススメする。ただし、これまで幾度となく流行った「ポジティブ思考が幸せを呼ぶ」とか「自分へのご褒美」的な自分を愛する系とは違い、とことん自分に対し追求していくスタイルなので、自分を問い詰めすぎて自己免疫不全に陥らない程度にと申し添えておきたい。

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「空気を読んでよ」のところは、ビッグバン★セオリーのシーズン5にて、エイミーがペニーに2人の絵を贈るシーンがとてもよくあてはまる。エイミーは脳科学者であり秀才だが、これまで親しい友人を持ったことがないため、愛情表現の加減がわからない。純粋なエイミーを傷つけまいとペニーは日常的にうやむやな返事をしてしまったところ、ある日30万円もかけて描いてもらった、1.x平米もの巨大な二人の肖像画をプレゼントされ困ってしまう。結局は「ちょっと重い」と本音を言うんだが、そこの加減もまた難しい。
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チャーリー(
JAPAN MENSA会員

AEAJアロマテラピー検定1級
AEAJ認定アロマテラピーアドバイザー
AEAJ認定環境カオリスタ
AEAJ認定アロマテラピーインストラクター
AEAJ認定アロマブレンドデザイナー
AEAJ個人正会員
JAMHAメディカルハーブ検定1級
JAMHA認定メディカルハーブコーディネーター
JAMHAハーバルセラピスト試験合格
ITパスポート試験合格(笑)。
情報セキュリティマネジメント試験合格
臭気判定士
薬学検定1級合格
HTML5プロフェッショナル認定資格 レベル1試験に合格。
個人情報保護士認定試験に合格。

チャーリーのタンブラー(毎日更新、日記・ブックマーク的な)


by charlie-ls | 2017-01-27 16:39 | 個人ブログ | Comments(0)

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