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※予定していた『愛と見返り』は何となくタイミングを逃し(笑)、次回以降にアップ予定であります。

前載せたコートダジュールからのお土産をくれた人と同じ頃、他の2人も別々に南仏旅行に行き、それぞれが異なる香水工房を訪れていた。3人はお互いを知らない(全員日本に住む外国人女性)。そして3人が各工房から私に香りサンプルのお土産を買ってきてくれた。

海の向こうの同じ街ですれ違ったかもしれない3人。

※「何だチャーリーの奴、妙にメルヘンチックじゃないか」と思った人もいるかもしれない。しかしココから始まる。いつものが(笑)。

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イコロを振って、「1」が出ると予想した人が、出た「2」を見て「惜しいっ!」と声を上げるのと同じだろうか。サイコロにとって「1」と「2」は何も近くないんだが。顔見て「鈴木さん」か「田中さん」かと予想したゲームで「佐々木さん」が出たら「惜しい!」と言うくらい何も近くない。

もしかすると南フランスでバッタリ出会ったかもしれないことをニアミス的に「惜しい!」と感じるのは、物理的な距離が近いだけで、お互いを知らない3人は例えすれ違っても挨拶もしないから実は何も近くない。下手するとぶつかって罵り合いになるかもしれない。それに東京で何度もすれ違っている可能性もありながら知り合っていないのだから、おフランスに行けば知り合うかというとそうではない。多分平行線のままだ。

ポエムを書くなら、外国人が東京に住んで私と出会って、東京から同じタイミングで南フランスに旅行に行って、場合によっては同じ香水工房を選び、同じセッションで同じグループに入って話しかけ知り合うかもしれないと考えると運命的な“近さ”を題材にしてみたいが、それでも知り合わないのだから、本当は何(誰)よりも遠く離れているのかもしれないとも思う。

だからポエムが書けない理由にはならないが(笑)。

特に考えもせず、この3人の女性達をグループ分けしたら疑いもなく同じグループに入れてしまいそう。何となく近い気がして。

が、地球と月はいつも一緒にいてとても親密に見えても、絶対(多分)に重なり合う事がないから軌道的には最も遠い存在だと言える。

「見えてる」からとか、「同じ太陽を回っている」からという「点」(共通点とか)で見た近さ(親近感)であって、これもまた精神論なのかもしれない。

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のある人という言葉は何か大きな意味が込められている。例えば人を好きになる度に「運命の人」だと言う女性もいる(笑)。そのくらい何かの「縁」であると信じたいほどに縁とは重要視されているし、偶然性(シンクロニシティとか)が積み重なると運命共同体のように思えてくるのはよくわかるが、世の中大半の人が、死ぬまで運命の人と出会わない印象が強い。
※理想とあまりにもかけ離れていて「運命の人」だと認めないだけのケースは置いといて。「イメージと違う。返品希望」みたいな。

せっかくなのでこの恋愛的「運命の人」の路線で話しを進める。

見方を変えると、出会ったにも関わらず結婚しない異性とは、出会った上で「運命の人」ではないと結論付けられた人達であって、まだ出会ってない人の中に「運命の人」がいるのであれば、どちらが「近い」存在なのだろうか。

と考えると、「出会った」ことは物理的な近さは確定させたとしても、ただの「確認済み(終了)」リストかもしれない(笑)。山積みされた証拠資料を片っ端から確認し「済」マークを付けていくイメージで言えば、残りの「未チェック」資料の中に探し求めていた証拠があるのだとすると、残数が減れば減る程「近づいている」「核心に迫っている」と人は感じる。

消去法だ。関係のないものを除外していくことで「当たり」に近づいている(という気がしている。本人は)。
「当たり」が出ない人生もあるかもしれないことは置いといて。

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しかして、人との縁も、何か除外するために出会っている可能性はないだろうか(笑)。「容疑者から除外するためにDNAサンプルを採らせていただけませんか」的なもっともらしい口実付きで。

「何だいつものチャーリーじゃないか」と思った人もいるだろう。残念ながら(笑)。

いや私は「運命の人」という考え方を否定したいわけではなくて、果たして世間で言うところの「運命の人」の捉え方はどうなんだろうかと疑問をもってみた次第。

確率の問題も、真っ向から全部計算していくよりも余事象を出した方が速く間違いがない場合が多々ある。

セキュリティのブラックリスト/ホワイトリスト方式の考え方にも通じる。ブラックリストは「ダメな人」を列挙する。前提として全員「イイ人」と定めるから、基本は全員通過。この場合、未知の「ダメな人」がリストにあるはずもないので通過してしまい“初犯”を許してしまう。当然だ。何か悪いことしなきゃ「ダメな人」リストに載らないのだから。

一方ホワイトリスト方式は、基本全員出禁(笑)。リストに載ってる人だけ通過。「VIPリスト」はまさしくソレだ。「大統領とその側近のみ」というホワイトリストなら、未知のテロリストが紛れ込むこともない。もちろん「大統領本人がテロリストだったら?(笑)」とか言い出すとそもそも誰も信用できないが、自分と側近しか居ないところでテロを実行してもしょうがないだろう。ただの自滅だ。

ということから、「縁のあった人達」もどう受け止めるかで意味合いが変わってくる。「きっと何か意味があるはずよ」と思った時点で確証バイアスによって自分ルールの意味づけを行う。自然な流れで結果として意味があったのではなく、結果がどうであれ意味づけをしたがっている状態。これは一種の認知の操作と言える。

認知の操作。もう一回言うと。


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えば過去の異性との出会いに対する受け止め方(認知)は、一般的に男女で大きな違いがある。

あるファッション誌の恋愛コーナーを読んでいたら、女性は過去の付き合いを少なめに申告し、男性は見栄を張って多めに申告することが非常にしばしばあると書かれていた。

単純な見方をすれば、女性は「遊んでたと思われたくない」意識、男性は「オレはモテるんだぜ」意識が働くのだろうが、もう少し分析してみると、女性はハズレの数を数えたくない(笑)、男性はハズレも含め「今のオレがあるのは」的な過去に対する向き合い方なんじゃないかと思う。

例えるなら「20xx年の○○大会で優勝しました」は大当たりだけの申告であり、話しはそこで丸く収まりその他の過去への言及はない(可能性が高い)が、「通算試合出場回数365回」というのは「経歴」としての申告であり、当然「何勝何敗?」という質問が想定される。よって「何敗」を気にするのが女性であり、常に前線(笑)に立っているオレが好きなのが男性なんだろうと思う。

すなわち「成績」はどうであれ、“現役”であることに価値を見いだす男性と、「玉の輿」という言葉があるように「おめでとうございます!当選です!」的な華々しいシーンだけを記憶(歴史)に刻みたい女性との違いがある。だからウエディングドレスへの憧れも強いのかもしれない。

ぜか昔から、女性の恋愛相談に乗ることが多い私はいつも驚かされる。もう慣れたが。

誰かを好きになって、その想いが叶わないことがわかった途端「キライになる努力」をする人が多い(笑)。何も嫌わなくてもイイと思うんだが。そして上手いこと理由を見つけてキライになれた暁には、好きだった事は一度もなかったものとして振る舞う(笑)。

一度もダメージを受けずに全面クリアしないとゲームを持ってることさえ申告しないカンジ(笑)。

赤が好きなカレと付き合っているときは「やっぱり赤よね!」と言い張り、青が好きなカレと付き合い始めると「赤とか下品で信じられない!昔っからキライ」と言いながら夜な夜なSNS上の赤い服を着た自分を消していく作業に追われる的な。

念のため断っておくと、男女どちらの認知が正しいとか間違っているとかではなくて、過去は認知の書き換えによって変えられるということを言ってみたかった。

早い話「記憶のすり替え」だが、本気で思い込めば本人の脳にとってはソレが“真”であり、トラウマも克服できるかもしれないことを意味している。細かく言えばレスポンデント条件付けされた脳の条件反射を消去することができる(可能性を秘めている)。

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ころで「運命の人」の話しはどこに行ったの?とそろそろ聞かれそうなタイミングなので締めくくりたいが(笑)、「縁のあった人」に大きな意味があると考えるのも、或いは「運命の人」と出会うまでのただの消去法リストでしかないのかは、その人の認知によってどちらでも“真”となり得るということ。

最終的にその相手が「運命の人」だったかどうかを決めるのも自分の脳であって、一度“認定”した後でも気に入らなければ「解除」することもできる(笑)。赤い服を着た過去の自分を削除するように。

そして冒頭のおフランスの話しに戻ると、この3人の女性を運命的に近しいと感じるか、これだけニアミスを繰り返すのだからむしろ遠いと感じるのか、全ては本人の脳が決めることであり、恐らくは宇宙によって予め定められた「軌道」に沿って移動している個々の達と同じような存在なんじゃないかと私は思う。

ハレー彗星のように76年目の再会を果たせば「これは運命ね!」と想ってもみたくなるものの、相手は我々が生まれる遙か昔から76年毎にやってくるという定型作業を繰り返しているのであって、太陽に毎日「また会いましたね!運命かも!」と感激しない(人が多い)ことを考えると、どうにもこうにもあらゆる事象は認知の域を出ない。

よって人生を変えるのは法則でもIQでもなく、認知であると現時点では言ってみたい。 

チャーリー(
JAPAN MENSA会員

AEAJアロマテラピー検定1級
AEAJ認定アロマテラピーアドバイザー
AEAJ認定環境カオリスタ
AEAJ認定アロマテラピーインストラクター
AEAJ認定アロマブレンドデザイナー
AEAJ個人正会員
JAMHAメディカルハーブ検定1級
JAMHA認定メディカルハーブコーディネーター
JAMHA認定ハーバルセラピスト
【国】ITパスポート試験合格(笑)。
【国】情報セキュリティマネジメント試験合格
【国】臭気判定士
薬学検定1級試験合格
HTML5プロフェッショナル認定資格 レベル1試験に合格。
個人情報保護士認定試験に合格。
情報セキュリティ管理士認定試験に合格。
【公】メンタルヘルス・マネジメント検定II種(ラインケアコース)試験に合格。
Comptia Security+試験合格。
SEA/J情報セキュリティ技術認定CSPM of Technical試験合格。
【国】危険物取扱者 乙種 第4類試験合格。
【国】情報処理安全確保支援士(旧情報セキュリティスペシャリスト)試験合格。
【国】ファイナンシャル・プランニング技能検定2級試験に合格。
【国】危険物取扱者 乙種 第2類、第3類試験合格。

チャーリーのタンブラー(毎日更新、日記・ブックマーク的な)


by charlie-ls | 2017-09-14 21:39 | 個人ブログ | Comments(2)

しぶりにスピリチュアルネタを書いてみようと思って「時間の概念」について検索していたら、3年前に自分で書いたブログがヒットした(笑)。

“時”の認識から「思想」(宗教)と「現実」(科学)を照合する。

時間とはつなぎ目のない連続的なものなのか、或いは細切れの集合体(パラパラマンガ)で非連続的なのかを考える上で、人の感情・考えが連続的であることから、何かしら時間はつながっているのかもしれないとも言えるし、コンピューターには処理の最小時間がありながら記録は残るので、記録や記憶とはまた別の処理系が“時”を管理しているのかもしれないとも言える。

※時間が非連続的だと考える場合は、プランク時間(時間の最小単位)の存在が関連してくる。「時間」に最小単位があるということは、原子のように個々のバラバラの集合体ということかもしれず、(例えだが)顕微鏡で見れば時間と時間の間がつながっていないことになる(或いは根拠となる「光」ではない未知の基準が見つかるかもしれない)。

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理学に出てくる公正世界信念(公正世界仮説)とは、頑張ったからイイ事が起きた(褒美、報酬)、努力を怠ったから悪い事が起きた(罰、報い)というような認知バイアスであり、いわゆる因果応報的な考え方。「因果応報」が仏教用語であるように、宗教的かつ物事の“前後”をこの上なく重視している。

例えば、

日照りが続いて困り果てた農家が毎日「天」に祈りを捧げていたら7日目にして雨が降った。

私も応援したくなるし、これを仮に「真」だとすると、

学校にも塾にも行かず家庭教師がいるわけでもないのに、なぜかこの問題が解ける。

は「行い」(努力)を伴わないから「偽」となる。なるというよりは、公正世界信念派にとっては「偽」でなければ困る状態に陥る。「祈ったら雨が降った」が“気のせい”に成りかねないし、場合によっては「努力」の価値が崩れかねないから。

努力は成果を生み出すが、精神はどうだろうか。祈るという行為(作業)が成果を生むのか、祈る心(精神)が結果をもたらすのか。

答えは出ないので問いかけることしかできない。

えてして天才の存在は都合が悪く、何としてでも存在をもみ消したくなるのも公正世界信念的だ。立っているだけで、他の女性よりも重い荷物を持ってもらえたりドアを開けてもらえる可能性が極めて高まる(あたかも人生を楽に生きているかのように見える)「美人」もその対象の1つだろう。

この理屈は、生まれながらにして持つ才能や美貌は「努力をしてない」という考えに立脚している。勝手に(笑)。切磋琢磨しないと、神さまが怒って才能や美貌を取り上げるという考え方まである。「“バチ”が当たる」的な。

何かと説明がつかないときに神さまを登場させる傾向がある。人類は。

では才能や美貌を遺伝子に刻んで誕生させた神さまが、そして努力をしない者に怒って才能・美貌を取り上げる力を有する神さまが、なぜ努力をしないだろう者に才能を与えたのか。そこは事前にわからないのか。

ということはあれか。創ってみたが上手く行かなかったからリセットボタン押すゲームかんしゃくちびっ子みたいなノリなのか神さまは。

いや、ユダヤ人的なディスカッションをしたいわけではないし、神さまに難癖付けるためのブログではなくて、「そこで何で神さまを都合よく持ち出すのかね」というヒトに対する問いだ。これは。

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こで公正世界信念の説明で最も登場回数の多い因果応報例で考察してみた。

若い女の子がミニスカートで夜1人で出歩くから男に襲われるのよ。

意外にも同性がこういった考えを持つことも多いようだが、これは何の罪もない人がヒドイ目に遭うとつじつまが合わなくなるからという根拠で「ミニスカートが悪い」らしい。ではこれを仮に「真」だとするならば、若い+ミニスカートは男の理性を狂わせる程の魅力があるという前提に立っている(と考えられる)。仕方ないので、男はミニスカート以下の生き物であることを受け入れたとしても、

若いしミニスカートで毎日夜1人で出歩いているのに男に襲われない女性。

はどうなるのか。男の理性を狂わす程の「若い+ミニスカート」という魅力を相殺するほどヒドいビジュアルだということにならないか。

因果応報論を他人に適用すると結局は自分に戻ってくる場合がある。

「若い」「ミニスカート」「女性」が3つ揃っていながら結果が異なると、統計的仮説検定において恐らくは帰無仮説(「有意差はない」という説)が棄却されず、公正世界信念派には都合が悪くなり、とりあえずは「化粧が濃い」とか「香水を付けてる」とか「ハイヒールだった」とかありったけのそれらしい事実を列挙し、どれも該当しないと次は「日頃の行い」とか深い粗探しが始まる(笑)。実際は「粗」というレベルではなく、かなり細かいネチネチした調査なんだがソレは(笑)。

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えばこれはどうだろう。

ホラネ。いつも人の悪口ばかり言ってるから転んで口を怪我するのよ。

田舎のおばさんの井戸端会議とかに多い主張だが、宗教的思考では宗派を問わず世界共通だ。因果応報の否定派は次のように切り返す。

生まれて間もない赤ん坊が予期せぬ大地震によって引き起こされた津波にのまれて死んでしまった。

それはなぜか。まだ口もきけない赤ん坊が人や水の悪口は言ってないし、ハイハイもできない赤ん坊が人の目をかすめて泥棒していたり水の無駄遣いもしていない。

公正世界信念派にとってはいよいよ都合が悪く、ついには「血筋だ」とか「前世」「怨念」「祟り」の仕業だと言う人もいる。

確かに、罪もない人に苦難が降り注ぐのだとすれば、トンデモナイ悪党に幸福が舞い降りる可能性も出てくるので、何とかして理由付けしたいのだろう。

こうやって現世における公正世界信念では説明のつかないラッキー/アンラッキーを、既にいなくなった先祖や目に見えないバケモン(霊)丸投げすることで(或いは未来に「出る」と脅す宗教もある)ヒトは精神論を説いてきた。

天国に行くか地獄に行くかも未来に丸投げしている1事例だ。

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正世界信念は歪んだあるいは行きすぎた正義感のようにも思える。

※ちなみに私は因果応報などナイと言う考えではなく、公正世界信念なる認知バイアスとは何なのかについての検証だ。

泥棒ばかりしている人が何やら幸せそうに生活していると腹立たしくなり、「今に見てなさい、地獄に落ちるわよ」的な目でみたくなる気持ちは十二分に理解する。私も実際に見たら気に入らない。

ギャングが大金持ちでは困る。通常。その矛盾に対し、大人は子供達に「何であのオジサン達は悪いことばかりしているのに裕福で幸せそうなの?」と問われたときに示しが付かないから、「世の中お金が全てじゃないのよ」と苦し紛れな返事しかできなくなる。

自分の方がもっと稼いでいれば鼻にもかけないんだろうが、終いには「貧しい=心が綺麗」とさえ主張する人もいる。心が綺麗なら豊かになってもイイんじゃないか。それは「日頃の行い」に含まれないのか。

そして愚かにもお金持ちや成功者に対して「表からは見えていないところで何か不幸が起きていて欲しい」という願望さえ生まれる。例えば「実は病気で苦しんでいる」とか。「他人の不幸は蜜の味」の起源だろう。不公平っぽさを何とか平均化したいのだと思われる。しかしギャングがどんな悪さをしたのか解らないが、他人の病気を望んでいるそのも十分にだ。

ソレを神さまは許すのか。ソレは「日頃の行い」に勘定されないのか。

ましてやそのギャング家の子供(「ギャングちゃん」とする)と同級生の我が子が「今度ギャングちゃんのお父さんが博物館と科学未来館に連れてってくれるんだ」と喜んでいると、何やらキタナイお金に買収(支配)された気分になるから、「汚れ」(ヨゴレじゃなくてケガレ)の概念が発達する。

「汚れ」は日本文化にとどまらず、欧米でも「そんなお金は受け取れません」とお金の出所の怪しい寄付を断るケースも多々ある。そりゃそうだ。現金輸送車を襲撃してその足で寄付金を持って来られても良心がとがめる(笑)。いわゆる「倫理観」「道徳観」というものであり、世界共通に存在する。

が、実際には洗浄された「元汚れた」お金達も山ほど流通していて、大半の人はそのお金の上に生活基盤を築いている。そもそも人口の半数以上は納税額で自分達家族の社会インフラコストさえまかなえていない。学校や病院、警察署、道路を建てるお金に1円も出していないと言っていいほど納税額が足りていない。
日本の国民1人当たりの借金は830万円であり、平均の何百倍、何千倍も納税している人・会社があってもコレなので、ほとんどの人が一生誰かのお金のお世話になっている。

愛人はスポンサーに感謝するが、一般大衆はスポンサーらしき高額納税者に感謝しない。だとすれば公正世界信念的に言えば、愛人には幸せが訪れるということだ(笑)。祈る代わりに感謝しているから。

こうして現実を見てみると、「清濁併せ呑む」かは置いといても、自分の目の届かない、管理下にない大きな社会の中に生かされていることに気付かざるをえない。

そんなことは中学校の社会くらいの知識があれば解るだろうという話しだが、それでも公正世界信念的な思想が根強いのは、やはりヒトは自分こそが「真」であり、他を「偽」としたい自己奉仕バイアスが強い生き物だということが言える。

※参考資料:あなた、そんなに凄いの? -自己奉仕バイアス | GLOBIS 知見録 - 読む

頑張ってる方が豊かになる(恵まれる)べき」という気持ちは感情論として当然に成り立つと私も思うが、なぜ自分の方が頑張ってると思うのか、その根拠を知りたい。

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こで宗教論では「頑張る」と「祈る(願う)」が同じくらいの位置づけであることが多く、祈る系・願う系と言えばこの人、私の知人で東欧出身のカトリック教徒女性をサンプルとして登場してもらう(笑)。

「嗚呼、神さま」

1時間一緒にいると、3回は必ず聞く(笑)。しかも割とどうでもイイお願い事で神さまを呼びだそうとする(笑)。空に向かって。神さまは空にいるのか。

では世界中にキリスト教徒は16億人いるとされているが、16億人が皆(多分)祈っている中、なぜ神さまはアナタの願いを聞いてくれるのか。その選定基準を知りたい。

1/16億。

ちなみにBIG 1等 6億円は、1/480万くらいの確率。ちゃんと並べてみると、
1 / 1600000000
1 / 4800000

6億円を当てるのに16億分の1の神さま登場率にすがったりしてませんか。

ま、多くの人は6億円当たったら神さまを呼び出さなくなるだろう(笑)。なぜなら自分で解決できることの方が増えるからだ(笑)。

実際に見聞きしたこともあるし、海外ドラマで度々見かけるシーンで、「あんなに私が苦しんでた時に、神さま、あなたはどこで何をしていたのか」と怒り出す人がいる。

ちょっと待ってくれ。「いついつ何時に大変になるから予定を空けといてね」と事前に予約を入れておいたのだろうか。

どこかの会社の社長を訪ねていって、アポイントなしで会えるだろうか。なぜ神さまなら会えると思うのか。

どこの企業もコールセンターですらつながらないというのに。

そのうち「404 神さま Not Found」とか出るんじゃないか。

神さま読み出しルーチンのオーバーヘッドは一体どのくらいなのか。神さま呼び出しコストは恐らく極めて高い。私の推定では女性がセルフィー写真撮りたいからっていちいちジョージ・クルーニーを呼び出すより高い。

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論としては、私がスピリチュアルに手を付けると毎回こんな展開になりますよ的な自己開示の1つとしてこの投稿をアップしてみた(笑)。

テーマである公正世界信念について言えるのは、自己都合で振りかざしてはいけないということ。因果応報があるとかないとかは置いといて。

散々書いておいてアレだが、私は「念」とか「集合意識」「テレパシー」「生まれ変わり」といったものをそれなりに信じているので、決してこれらの精神世界を否定しているわけではない。

が、「神さま」とか「宇宙」とか、そういった壮大な何かと対峙する上で、さすがに自己都合レベルの屁理屈は排除しておかないと、通常お呼びでない崇高な世界に足を踏み入れるには、何か汚れ(ヨゴレじゃなくて)のようなものを感じてしまい、いわゆる「お清め」から始めようというのがいつもの私の思考パターン。

も邪念があっては上手く機能してくれない。

ヨガで言うグラウンディング、すなわち第一チャクラ(赤)から始めるのは、まず「地に足を付ける」ことという意味がある。一言で「瞑想」と言っても、タダ居眠りぶっこいてるだけじゃなくて(笑)、大地のエネルギーを感じ、地球という星に生きる自分を認識(自分を認めること)がスタートだ。「自分を認める」のは実は最初の難関であり、自己都合の屁理屈をたれている間は、自分でうすうす自分で自分を言いくるめている(自分自身を騙してる)ことに気付いているため、潜在意識としては自分を認めていない。その状態で第6チャクラ(藍色)、第7チャクラ(紫)が開くかというと私は違うと思う。

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図:感情と体に影響をあたえるチャクラシステム初級編

心理学と照らし合わせるならば、マズローの欲求段階説(自己実現理論)は、生理的欲求、安全の欲求、社会的欲求、承認の欲求、自己実現の欲求という具合に、大凡第一チャクラに始まって第7チャクラに抜けるよう構成されている。見方を変えると、高次欲求とは下位層が満たされこそその“受け皿”ができあがると考えられる。

そして何気にこのピラミッド型の図もチャクラと同じ色分けがなされている。

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Wikipedia 自己実現理論

この色のステップは決してテキトーではなく色(光)の科学に基づいている。下から波長が長くエネルギーは弱く赤(赤外線)の波長620〜750nmから橙、黄、緑、青、紫(380-450nm)という具合に波長が短くエネルギーが強くなっていく。理科やハイテクに明るい人ならリモコンの赤外線やCDの赤色レーザーに始まり、紫外線やBlu-Rayの青紫レーザーが最終段階であることを想起するかもしれない。

参考資料:ブルーレイディスクのしくみ | ソニー

ちなみにスピリチュアル系アロマテラピーの世界では、チャクラに対応する色に加え、周波数(すなわち「音」)、同じ色と波動の石(パワーストーン)などを併せて用いるスタイルもある。エッセンシャルオイルも、植物における末梢である葉っぱから採れるものは手足や毛細血管に、茎や木(幹)から採取するものはリンパ管や血流に効き、果実から採れるものは安定や幸福感(すなわち副交感神経優位)を与えると考えられている。

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Wikipedia

間では科学とスピリチュアルは相反するもののようにとらえられているが、実は屁理屈系スピリチュアル(笑)よりも、よっぽど科学者の方が大自然の摂理に沿った思考をしていることが多く、なぜなら進化すればするほど人間の摂理とか、宇宙の法則とかそういった事を意識せざるを得なくなるから。

「先進的」であるためには、教科書に載っているような既知の学問では事足りないし、思いつきやただの山勘では技術を裏付けることができず再現性が保てない(=気のせいかもしれない)ので、最も偉大で確実に成立している高次レベルの作品は何かと考えると、それは人体だったり宇宙だったり或いは光だったりというところに帰結する。

よってちょっとしたクリティカルシンキング(critical thinking)で答えに詰まるような精神性とは何ら崇高な領域にあるとは言えず、大方自己都合・自己満足、自己奉仕バイアスの結晶であり(これらは外界に対する“バリアー”でもある)、既に多くの人によって揉まれ尽くしている“通過点”の1つに過ぎない。恐らくはソコを否定されかねないため、スピリチュアル系は科学と距離を置き、時として科学やテクノロジーを批判してみたくもなるのかもしれないが、これもまた自己都合だ。

「自己暗示」も大切だが、信じる対象に揺るぎない信念を持つことと、自分を騙し欺くこととは違う。

屁理屈を基礎としたスピリチュアルに生きていくことは合理的でないし、概念として破綻してしまうから、現実を大前提とした上で精神世界を築くように心がけている。私は。

と自問自答を繰り返しているうちにふと我に返り、「明日も頑張ろう」と学び続ける意欲と原動力となりつつ、瞑想にふける前に目が覚めてしまう私であるという記録としてココに記しておきたい(笑)。 

宇宙銀行 赤坂支店。

チャーリー(
JAPAN MENSA会員

AEAJアロマテラピー検定1級
AEAJ認定アロマテラピーアドバイザー
AEAJ認定環境カオリスタ
AEAJ認定アロマテラピーインストラクター
AEAJ認定アロマブレンドデザイナー
AEAJ個人正会員
JAMHAメディカルハーブ検定1級
JAMHA認定メディカルハーブコーディネーター
JAMHA認定ハーバルセラピスト
【国】ITパスポート試験合格(笑)。
【国】情報セキュリティマネジメント試験合格
【国】臭気判定士
薬学検定1級試験合格
HTML5プロフェッショナル認定資格 レベル1試験に合格。
個人情報保護士認定試験に合格。
情報セキュリティ管理士認定試験に合格。
【公】メンタルヘルス・マネジメント検定II種(ラインケアコース)試験に合格。
Comptia Security+試験合格。
SEA/J情報セキュリティ技術認定CSPM of Technical試験合格。
【国】危険物取扱者 乙種 第4類試験合格。
【国】情報処理安全確保支援士(旧情報セキュリティスペシャリスト)試験合格。
【国】ファイナンシャル・プランニング技能検定2級試験に合格。

チャーリーのタンブラー(毎日更新、日記・ブックマーク的な)


by charlie-ls | 2017-08-23 19:33 | 個人ブログ | Comments(0)
そうです。私はサイキック(ハイキックじゃなくて)です023.gif

3週間ほど前。
「ロゼ・ワイン一緒に飲みましょ」と誘われホイホイと街に繰り出した、ある晴れた昼下がり。
築地市場に続く道を歩きながら、仔牛が売られて行くのをイメージしつつ、洒落たカフェテラスで「昼ロゼ」の誘い主である外国人女性のハイテクな相談に乗っていたところ、一緒に来ていた知らない女性がドラマメンタリストが好きだというから、最後まで名前も知らないまま盛り上がった。

帰り際、ところでアンタ誰?みたいなノリで。

相談主が「そういえば、この人も見えるのよぉ034.gif」(「この人もペテン師なのよぉ」じゃなくて)と私を指したところ、じゃぁ何かやってみてよ」と突然宜保愛子退治した(と当時の週刊誌は表現した)大槻教授のような顔で迫られたので、無駄な力(笑)を消耗したくなく断った。

するとその女性は「パトリック・ジェーン(*e1)もサイキックはいないと言ってるでしょ」と言い放ち(パトリック・ジェーンが言えば本当だという証明がないんだが)、コンビニに行ってくると席を立ったので、私はパトリック・ジェーンに対抗心を燃やしたか(笑)、はたまたサイキックはいないことが気に入らなかったのか(笑)、「じゃぁ、コンビニのレシートもらってきて。金額打ち間違ってるから」と伝えた。
(*e1)メンタリストの主役、サイモン・ベーカー。

7分後くらいだろうか。100メートルを8秒33(世界新)くらいでゴールしそうな彼女と、その後ろを銀メダル狙いか8秒47くらいで追いかけてくるコンビニの店員さんに眼が行った。

押収した証拠物件はコレだ。記念にもらったが(笑)。

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彼女が756円を支払うのに1,000円渡したら、100万円渡して99万9千244円のお釣りを受け取ったことになっている(笑)。

コンビニの店員さんが追いついたので万引きでもしたのかと身構えた(名前も知らないこの外国人女性の身元保証人になると覚悟した)ところ、彼女はレシートとお釣りを受け取って商品を置いてきたらしい(笑)。あまりに驚いて。

金額を打ち間違えたのでできれば回収と言われたが、できればくれと頼み込み、この証拠品をもらった(笑)。

サイキックはいた。

川口探検隊的に。

アノトキノ・イノキはアリキックでアリ・モハメドを攻め立てたが、私の場合、見えはしないんだが、たまにそういうが働く。割としばしば(pretty often的な)。特にブログネタになりそうだと感じると(笑)。
口からポロっとこぼれるように勝手に出てくるから、透視した霊視したとか、そういうものじゃない。

だから宜保さんのように退治しようと考えないでほしい。

で?
という話しなんだが、我ながら。

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「あっ!そのまま」と静止してもらい撮らせてもらった女性の手。

重要なのはココからだ。毎度のごとく。
--------切り取り線--------↑スピリチュアル--------↓量子論--------切り取り線--------
これまでも、どういうタイミングでこういったが働くのか自分でもわからなかった。例えば52枚のトランプから宣言した上で4回「7」を引いてみせるとか。宣言した上でクジを当てて見せるとか。
が、どうやら、極めてどうでもいい───例えば「パトリック・ジェーンが言った」とか───そういうスルーすれば良いこと大人なら聞き流すことにわざわざ反応して突如脳にスイッチが入るような気がする。

残念ながら(笑)。

サイキックがいるかいないかは、どっちにしても今の科学じゃまだ解明できないからワカラナイ
ただ、量子力学のこの時代、ナイ証拠がない限り、アルだろうと考える方が当たる可能性が高い

シュレディンガーの猫のようでもあるし、理屈的には悪魔の証明でもある。

辺りを見渡して居なければイナイで済んだのは、量子力学以前の自己(人間)中心的な世界であり、天動説のような発想だ。〜20世紀初頭的思考回路。
一方、量子力学時代の考え方は、観測すると結果が変わる(*e2)(ことがある)ので、観測しない方が事実を確認できるかもしれないという、一般(古典的)常識で言えば矛盾しているような重ね合わせの中に生きている。

(*e2)「二重スリット実験:量子計測:研究開発:日立」をご参照いただきたい。

1,000人集めて1人もいなくても、イナイことの証明にはならない。標本調査の標本の中に居なかった、または推定したい母集団に0.1%たりとも含まれていないことを確率的に示すだけであり、73億人全員を調べない限り(全数調査)、イルかイナイかは最後までわからない。※調べているうちに新しい生命が誕生するし、唯一「居た」はずの人が亡くなり真相は闇に葬られることもある。

そして更に観測しようとすると結果が変わるかもしれない。「そんなの絶対ない!」と言っているそばからソレが発生するシーンを非常にしばしば(very often的な)見かけるように、自分が知ってる世界は「全体」から見れば限りなく「ゼロ」に等しく、自分がナイと思ったら、世の中にはアル可能性が高い。
※むしろ「ナイ!」と言っている間は、「アル」ことを観測しようとしていないので、見てないところに「アル」が存在し得るのかもしれない。

/*
観測すると結果が変わる:その性質を利用するのが量子暗号理論であり、例えば第三者が通信を傍受して解読しようとすると変異・変質する。見て欲しい対象者だけが開くまで、誰も手出しできないという暗号技術。
古い記事だがご参考までに。
量子コンピュータの基礎の基礎「量子重ね合わせ状態」に挑戦する
http://www.itmedia.co.jp/news/0305/27/nj00_ryoushi.html

*/


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銀座でよくすれ違うパトリック・ジェーン(サイモン・ベーカー)。最近iPhone6のピントが危うい。

例えば「そんな理想を絵に描いたようないい男いるはずがない!」という女性には、「少なくとも今貴女がリストに書き出す条件をクリアする男性は必ずいる」と伝えたいし、「かといって貴女が出会えるかというとそれは不明」とも伝えたい。出会った後に、相手が気に入ってくれるかどうかとなると可能性は低い。
「条件化」できるものは、既に実在しているものを見聞きしたか、社会通念上「良い(優れている)」とされている=他人が既に評価しているか、或いは誰かの空想(思考上の存在)を見聞きしているから、既に宇宙の「メモリ」には刻まれている。
※時代が変われば好みも変わるなら、それは自分の好みではなく、その他大勢の平均的な評価に基づき「これがいいに違いない」と相対判定している「トレンド」的好みだ。

「背が高い人がいい」なら背が高いか低いかの二択だし、「お金持ちがいい」ならお金もちか貧乏が真ん中かの三択だし、「ハンサムな人がいい」なら、不細工か美形かの二択だし、特にスゴイ創造(想像)物ではなく、見たことのある人を部品化していいとこ取りしているに過ぎない。ブュッフェ(バイキング)料理と同じだ。見たことのない、例えば「足はタイヤで、ハネが生えてて、水陸空対応の人がいい」という条件を掲げる女性は、統計上いないに等しい(笑)から、理想の条件を満たす男性は、実在する可能性の方がはるかに高い。

/*
条件に「かつ、世界中の誰よりも私のことを愛してくれること」と付け加えると、途端に存在する可能性が「ゼロ」に等しく感じるようならば、自分が愛されない(魅力がない)ことの証明をしようとしているのであって、理想の男性が居ないことの証明とは無関係だ。
※相手にケチ(条件)を付け続けると自分も虚しくなるという式だ。
*/


冒頭の話しに戻ると、「サイキックはいない!」と断言する女性の目の前だからこそ、あたかもサイキックがいるかのような(当該女性が「居る」と信じるに値する)事象が私という個体を通じて生じたのだろうと思っている。

/*
こういう“事象”は宗教的に言えば、人々を惑わせる「悪魔のしわざ」まやかしであり、焼くなり払われるなり退治されるなりされてきた。自分達の信じるものよりスゴそうなのが出てくると困るし。中世ヨーロッパのキリスト教社会では、アロマセラピスト(ハーバリスト)が焼かれてたくらいだ(魔女狩り)。「医者が治せないのに何でアンタが?」という理由で(笑)。
*/


だから私がサイキックかどうかは全く重要ではなくて(恐らくはがと固定されて存在するものではない)、「いない!」と言うと登場する「あまのじゃく」的な、言い換えると、観測しようとしない方がその存在が確立されるかもしれない量子論的な事象である可能性がある。サイキックというのは(倒置法的に)。
※実質的には再現性を奪うことで、客観的な立証を困難にし、確率や統計学上「ナイ」ことになる(検出できない領域まで希釈される)と言った方がいいだろうか。

ま、2人の女性によって目視はされたんだが、ビデオに録画しようとするとこの事象は起こらない気がする。イカサマ霊能者が、カメラや大勢の人がいると「何らかのエネルギー」が働いて、本来の力が発揮できないと弁解するソレにも似ているが(笑)、私はサイキックで売ってるわけではないので、ソコはどっちでもいい。

量子力学の概念が一般化(普及)すればするほど、またスピリチュアル系とかちょっと前までは「非科学的」の一言で片づけられてきたものが、盛り返すんじゃないかと思う。形を変えて。大した根拠もなく自分が「見たことがない」というだけで否定する方がよっぽど非科学的だから。

これまでも何度か書いた事例だが、何度買っても宝くじに当たらない人が、「全く当たらないし、実際に当たったことのある人に会ったことがない。イカサマじゃないのか」と言い出すソレと共通する視点だ。宝くじに当たるのも、当たった人を探すのも同じくらい大変だ。いやもっと大変かもしれない。出会えても自分に証拠を見せてくれるとは限らないし(前述の「理想の男性」と同じ)、不審に思われて「私は当たってない」と嘘をつかれるかもしれない。なぜならその当選者は、見ず知らずのどこの馬の骨ともわからない誰かに、証拠を見せてまで当選した事実を信じてもらう必要もなければその価値もないからだ。

だとすれば、どうにもこうにも「真実を知ることができないキャラ」で生まれてきている人もいる可能性さえある。

そう考えると、知りたい(観測したい)側が見ようとすればするほど、真実は逃げていくかもしれないのだから、「重ね合わせ」の理論は直感的に正しいのだろうと私は思う(数式的にはわからないから)。

冒頭の“昼ロゼ”女性の「ハイテクな相談」とは、量子暗号でリードしている日本企業にヒアリングしたいらしく、事前に予備知識を教えろという内容だった。ちょうどいい連れとタイミングでオモシロイ事象が生じたので、十二分に盛り上がったよ的なことを書き起こしてみた次第。

参考資料:第71回 秘密の鍵は光に乗せて −量子暗号の仕組み−

チャーリー(
JAPAN MENSA会員

AEAJアロマテラピー検定1級
AEAJ認定アロマテラピーアドバイザー
AEAJ認定環境カオリスタ
AEAJ個人正会員
JAMHAメディカルハーブ検定1級
JAMHA認定メディカルハーブコーディネーター
ITパスポート試験合格(笑)。

チャーリーのタンブラー(毎日更新、日記・ブックマーク的な)
by charlie-ls | 2016-09-26 14:19 | 個人ブログ | Comments(0)
今回のテーマはコレ。

タイムワープして祖父を殺すと自分が生まれなくなるので殺せないのではないか?というパラドックスを解消できるのか
http://gigazine.net/news/20160516-grandfather-paradox/


パラドックスでも矛盾でもなく、「タイムワープできたら」という仮定自体に問題があるので、「空想に過ぎない」が答えじゃなかろうか。

デタラメなことはいくらでも空想できるが、それをイチイチ「パラドックス」とは呼ばない。「もしオレが、絶世のハンサムで世界一の大金持ちだったら」というソレと代わらず(現在の世界一と入れ替わるので、他人の人生も変更することになり矛盾が生じる)、タイムワープはマンガやテレビであまりにもメジャーな空想になったため、いつしかあり得る前提で話しが進み始めただけかと思う。

絶対ナイことを証明しない限り、アル可能性について語られる。悪魔の証明のように。

「過去にさかのぼって祖父を殺す」という行為は不可能なはず。


そう考えるのは、飽くまで今(実現している時系列の最終形)の自分を絶対条件にしているからであって、「タイムワープ」と「自分」という2つの自己都合だけは曲げないことで、仮説そのものに定義的な矛盾を生み出している。プログラマーで言うならば、変数宣言から間違っているようなものだ。

/*
この「曲げない2つの自己都合」は、自らを宣言するのと同じだ。自分と自分の仮説だけを絶対条件にし、それ以外の整合性を調整しようとする、何とも身勝手な「愚かなゼウス」宣言だ。
*/


あなたが祖父を殺した時点から、また違うタイムラインが現れて時が進んでいくというもの。この考え方はパラドックスを単に避けるだけの、退屈な考え方です。

退屈ではなく、その方がまだマシだし、並行世界(並行宇宙)について論じることができる。

タイムワープは時間を遡るのだから、本来はタイムラインを降順で見ていくのと同じだ。自分だけ固定してはいけない。遡れば遡る程、その時点の自分は若くなり幼くなっていき、生まれる前に戻る。生前まで遡ってタイムワープしたならば、自分の姿(意識はあるとして)は「(生物学上の)生を受ける前の魂」として、透明人間的なものでなければならない。なぜなら、現在の「肉体」は3次元空間における姿だからだ。例えば「幽霊」でもいい。そして祖父を殺せばその子供が生まれてこないので、自分の親が存在せず、必然的に自分も存在しない。よって「幽霊」のままとなり、仮にソレ(幽霊)を別次元の世界(いわゆる「霊界」とか)として認めるならば、過去・未来を自由に行ったり来たりできる4次元空間的な世界が並行して存在するかもしれないという仮説は成り立つ。

※ココで言う4次元空間は、空間だけの4次元ユークリッド空間のことであり、3次元空間+時間の「時空」ではない。

/*
どうしても「時間」を遡りたく、それでいて今と同じような世界でという注文付きでも、霊界のような世界を1つ仮説に加えることで、例えば「彷徨う霊」などは説明が付く。通常のタイムラインとは異なる「時空の隙間」に入り込んでしまったがために、前に行こうとも後ろに行こうとも「矛盾」となる可能性があれば彷徨うしかないだろう。
未来のタイムワープマシンの取扱説明書には、こう書かれているはずだ。「ストーリーが矛盾した場合、あなたの行き場は失われる可能性があります。十分な設計、検証、シミュレーションの上で実行ボタンを押してください」といった具合に(笑)。
*/

だとすれば、全ての人類の妄想・空想の数だけ並行世界が存在していなければならない。
※自分の仮説(空想)を論じるなら、他人の仮説(空想)も尊重しなければならず、いずれも対等に存在しうる前提で検証すべきだから。
その場合の(物理的な身体とは切り離された)「意識」(魂)とは4次元(以上)空間下でなければ成り立たない。「距離」とか「時間」とか、前後・上下・左右などがなく、さっきも今も後でもない世界。

コンピューターの世界で例えると、物理ディスク(CDやHDDなど)は、レーザーやヘッドから記録メディア上のデータ座標までの距離があるため、回転待ち(シークタイム)が生じることで、必然的に常に時間と距離を意識する必要があり、対極の位置に記録されたデータを同時に読み出すことができず、そこでもまた「前後」(そして優先順位、すなわち回転方向が真=時間の概念)が生まれる。一方でSSDやFusion-IOのようなメモリ空間は、bit(バンド)幅を上限値として「前後」がない。もっとも身近な4次元空間(時空ではなく)に近い機構だ。

/*
次元をメモリ空間(RAM)にあてはめ多次元配列で表現してみた。
http://lscharlie.exblog.jp/21936159/

に私の「身近な4次元」を書き連ねている。
*/


よって現在の3次元空間+時間の環境でタイムワープを考えるよりは、「霊界」的な(或いは“天国”のような)、4次元ユークリッド空間(距離の概念がないので(*1)、必然的に肉体も時間も存在しない)がどこかに存在しているだろうという、言わばスピリチュアルな仮定の中で、それなりに整合性の取れた説を説くことができる。

(*1)距離は時間があるからこそ距離を感じる。もし歩いて東京から横浜に行くのも札幌に行くのも同じ時間ならもはや距離を気にする意味合いはなくなる。これは、最小時間と最小距離の関係と同じだ。→プランク時間

そうすれば無数に広がる空想・妄想の数だけ「世界」が存在(併存)可能になり、同一のストーリーが見つかればメモリはシェアされるかもしれない。場合によってはメモリの干渉やリークが生じ、バグが発生するかもしれない。

シュレディンガーの猫」は、メモリ管理(節約)の手法の1つだろう。誰かが気付く(観測する)までは、0/1のbitを決定させる必要がなく、「思った」(空想した)時点で検討すればいい。そして実際に存在する必要(すなわち「観測」)が生じたら派生(生成)させる。人間が作った望遠鏡が届くところまで宇宙を描いておけばいいのと同じだ。

/*
急速に広がる空想・妄想空間の勢いは、ビッグバン後の宇宙の拡張に例えることができる。不整合の調整に次元の拡張が必要になるとすれば、身近なところとして「bitの上昇」で説明が付くだろう。OSが32bitから64bit化された理由を考えると、そこには現代人が考えつくほとんどの「拡張」=未来の根拠が示されている。

1°=0.27777%のズレと地球のbitの上昇と2038年問題と。
http://ameblo.jp/lucianoshow/entry-11760924488.html

*/


ほとんど人が自分は善人だと思い込んでいるだけで、誰かの恨みを買っていたり復讐の対象者になっていたりする。嫉みやっかみもそうだ。よって他人の空想上では早々に殺されている可能性が高く(笑)、他人の創造(想像)する世界では、もはやあなたという存在は抹消されているかもしれないと考えた方が、恐らくは当たる確率が高いだろう。アウトオブ眼中も同じことだ。

「お前はもう(既に)死んでいる」(ケンシロウ)のセリフの意味が、今も尚味わい深いのはそういうことじゃなかろうか。

そう考えたら、自分と自分のストーリーを絶対条件にしたタイムワープについて論じることが、いかに身勝手かつ自己中心的な物の考え方かという点の方が、議論のテーマに向いているんじゃないだろうかと、私は投げかけたい。

人々の精神にも上昇(アセンション)が必要だ。

チャーリー
JAPAN MENSA会員
AEAJアロマテラピー検定1級
AEAJ認定アロマテラピーアドバイザー
AEAJ認定環境カオリスタ
AEAJ個人正会員
JAMHAメディカルハーブ検定1級
JAMHA認定メディカルハーブコーディネーター

チャーリーのタンブラー(毎日更新、日記・ブックマーク的な)

by charlie-ls | 2016-05-16 23:14 | 個人ブログ | Comments(0)

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