タグ:先入観 ( 7 ) タグの人気記事

今回はこのテーマ。

ポリティカル・コレクトネスとは? 「平等」の本当の意味が面白い
http://www.huffingtonpost.jp/yuko-fujisawa/political-correctness_b_8802070.html

なぜなら世の中は仏教の「平等」が実現するような「何にも軸を置いていない状態」に耐えられないからです。多くの人にとって、最強のカオス状態である「無」は非常に恐ろしいものです。

オモシロイ。その通りだ。

日本語で言う「差別」が仏教語だったとは知らなかった。

白人・黒人・黄色人種と分けると差別だと言う人もいるが、そこに何かしらの歴史的な「優劣」があると思うから差別だと主張するのであって、元々の肌の色は事実であり、そういう遺伝子なのだから受け入れるしかないし、無視(視覚から除外)されなきゃいけない筋合いでもないし、何色の洋服を着ているかと同じレベルで認識されれば良いことだ。

/*
少し話しはそれて、記事にある動物愛護の例えはオモシロイ。人間が上から目線で考えなければ「愛護」はできないし、ソレが人間にはできると思っていることを「思い上がり」と考えるのか、やはり区別して能力差を認める(=立場をわきまえ棲み分ける)べきと考えるか。これは以前紹介したフラットタックス制度にも同じことが言える。富の再分配は、富を持つものがそれ以下を養える(背負う)という考えのもとにあり、人間同士に優劣があってはならないと考えるならば、税率は揃えなければならない。
*/

洋服がない世界だったとする。例えば全く同じ色・デザインの水着を着た人達が浜辺を歩いているシーンでもイイ。「ヘイ!」→「そこの白い男」or「そこの黒い男」or「そこの黄色い男」と呼んだとしても本来は差別でも何でもない。名前と同じで識別だ。

浜辺で名前も知らなければナニジンかも知らない水着姿の白人・黒人・アジア人の3人を確実に特定するには、髪の毛の色や肌の色、体型くらいしかない。もし全員同じ背の高さで体型も同じで髪の毛の色も同じだったら肌の色が一番わかりやすい。「目の色」というのもありだが、遠くからは識別できないから一番合理的なのは肌の色だ。

だから白・黒・黄色で呼ぼうと、それは識別符号でしかない(感情を持つ必要がない)。

「意識しない」というのはそういうことであり、肌が白いことを忘れろとか、黒いことを考えるなとか、黄色いなんて感じるなということではなく、色覚がある以上ヒトは色を認識・識別する。そこに優劣をつけるなということだ。

飼い主が金髪のペットは、黒い髪だらけの日本に来ると金髪を見るだけで飼い主だと思いしっぽを振って走っていく(笑)。ソレを差別だとは言わない。識別(するための材料の1つ)だ。

なぜか黒人が「黒い」と言うこと自体を差別だと言う人もいるが、その時点で上から目線であり、黒いことが何か劣っているという思想・感情または先入観に基づいている。それこそが差別の始まりだ。

そして「この名前は●●出身に多い」とか、意識しすぎて名前も呼べなくなる。
※日本ではこの漢字が付く名前は部落出身だ、朝鮮半島出身だという投稿も非常にしばしば見かける。

じゃぁ名前も差別要因となりうるから廃止するとした場合、0,1,2,3,4,5と番号を振ったところで「4」「6」「9」「13」は嫌われる(当たった人は「公平じゃない」)とかそんな話しになって、全てゼロ(または全て1とか)なら均等(平等?)かもしれない案が出る。そうなれば平均的な人ほど耐えられない社会になるはずだ。なぜなら「指す」ことができない(とても困難だ)から。

相対的な違いが最も少ないのが「平均」であり、その最大の特徴「周囲と大差ないこと」であって、「おい平均!」と呼ぶと50%の確率で対象者以外が振り向くことになり識別できない。
※「普通であることの勇気」で書いた制服と個性についての話しが関連している。

もちろんココでは「差別をなくす」というテーマだから、優劣のうちの「劣」に関わる識別方法は除外しなければならないので、見方を変えるとそれなりの「優」がなければ識別できないことになる。

※優劣のだけとったとしても人類幸せにはならない。「褒める」ことが存在する限り「褒められていない」人が存在するのだから。

「昨日の天才」とか「あの部屋にいるVIP」とか「さっきのスゲー美人」とか「今通り過ぎた超ナイスバディ」とか。よほどの大人数でなければ、大方特定の1人を指すことができる。「上位2%」も50人以内の集団なら重複する可能性が低いから「おいメンサ会員」でもイイ。すなわちその集団において1人しかいない「優」を持っていなければ、該当者が2人以上になってしまい、どちらを指しているのかわからないという事態に陥る。

/*
メンタルヘルス・マネジメントII種のテキストに「いつもと違う」ことの判別方法について書かれていた。日頃からミスが多い人は、ストレスによってミスが生じたのかどうか見分けが付かないとしている。人は相対的な感覚で他人を見分けていることがわかる。詳しくはタンブラーにて。
*/

そして残念なことに、気の利いた呼び名が見つからず、語彙が乏しい人達が集まると、お互いを手っ取り早く合理的に指し合うことができないイライラが募り「おいチビ!」とか「そこのデブ!」などが始まる。

「バカ男」とか「キモ男」と呼べば皆が確実にあの人だと解るなら、結果として「優劣」が呼び名そのものになっていく。恐らくはいじめの始まりにもなるだろう。

よって「均等」の先には破綻しかない。

記事が言う「最強のカオス状態である「無」は非常に恐ろしい」とはそういうことじゃなかろうか。

だから以前紹介した足の長い少年は賢い(笑)。「足が長い」のは事実だが、「カッコイイ」は主観なので、それを区別している。恐らく差別・識別・区別の違いも理解できるだろう。

少なくともこの3次元空間+時間という世界に生きている限り、前後・左右・上下とか、先に到着・後から到着とか、ずっと頑張ってきた・今始めたなどの「順番」が生じるのはやむを得ない。

「先住民はもっと前から住んでいた」という話しから、「動物はもっと昔から居た」という流れになることもよくある。だったら菌類に譲りましょうかそろそろということにならないか。

「無」とか「均等」を実現するには無理がある。時空という絶対基盤自体に。

参考資料:

ポリティカル・コレクトネス: political correctness、略称:PC、ポリコレ)とは、日本語で政治的に正しい言葉遣いとも呼ばれる、政治的・社会的に公正・公平・中立的で、なおかつ差別偏見が含まれていない言葉や用語のことで、職業性別文化人種民族宗教ハンディキャップ年齢婚姻状況などに基づく差別・偏見を防ぐ目的の表現を指す。 -Wikipedia


※『優れた能力は“発信”しよう。自慢ではなく事実を示せばいい。』の続きは次回以降に。

チャーリー(
JAPAN MENSA会員

AEAJアロマテラピー検定1級
AEAJ認定アロマテラピーアドバイザー
AEAJ認定環境カオリスタ
AEAJ認定アロマテラピーインストラクター
AEAJ認定アロマブレンドデザイナー
AEAJ個人正会員
JAMHAメディカルハーブ検定1級
JAMHA認定メディカルハーブコーディネーター
JAMHAハーバルセラピスト試験合格
ITパスポート試験合格(笑)。
情報セキュリティマネジメント試験合格
臭気判定士試験合格
薬学検定1級合格
HTML5プロフェッショナル認定資格 レベル1試験に合格。
個人情報保護士認定試験に合格。

チャーリーのタンブラー(毎日更新、日記・ブックマーク的な)


by charlie-ls | 2017-03-07 11:20 | 個人ブログ | Comments(0)

第一回プラチナブロガーコンテスト

今回はこの記事から。

<外国人犯罪デマ>被災地半数聞き86%信じる | 河北新報オンラインニュース
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201701/20170116_13008.html

面白い。

2011年の東日本大震災以降特に、災害時に略奪や強盗などが起きない日本をアピールする傾向が強まった。

その比較対象として、日本にいる外国人が日本人よりも悪いことをしてくれないと、外国人ちゃんとしているじゃないか(=結局大差ない)となるので、「外国人犯罪が急増した」ことにし、実際の現場を見たわけでもなく実に86%がそのデマを信じるに至ったという、日本人の精神性が面白い。

いや、ホント冗談のように、何か凶悪な事件が起きる度に「中国人だろう」とか「朝鮮人だろう」というコメントを見かける。日本人はそういうことしないし的な。そして余所の国は「民度が低い」が始まる。

自分の有意性が示せない場合、他者を下げるというのはよくある手段だが、早い話「でっち上げ」で自分達があたかも民度の高い人種であるかのように演出したにすぎない点がまた面白い。

日本人が大人しく相対的に行儀が良いことは事実だと思うが、アメリカなどの多民族国家のように、日頃の人種差別による恨みや憎しみ、うっぷんなどが少ない分、爆発しにくいと私は考えている。

すなわち「血」や「遺伝子」ではなく環境要因だ。

常日頃から、黒人であることが原因で長い時間待たされたとか、たらい回しにされたとか、商品を売ってもらえなかったとか、ヒスパニックだから給料が安いとか、アラブ系だから監視対象になったとか誤認逮捕されたとか、日本人が日本に住んでいる限りそういった扱いを受けることがまるでない。だから街角のパン屋の店主を恨んでいる人は少ない。

もし日本人が海外に住み震災が起きたとする。そこで足が短いからパンがもらえないとか、顔がデカいから水がもらえないとか、目が細いから後回しとか、肌が黄色いからシャワーはいらないだろうとか、そんな扱いを受け続けたらどうだろうか。

キレる人も出てくるに違いない。
そしてその様子が現地のニュースに流れ、「普段感情を表に出さずため込んいる日本人がついにブチ切れた」と報じられる。SNSでは「震災の時支援したのに」「真面目な民族だと思っていたのに幻滅」といった具合に。シャルリー・エブドあたりにも面白おかしく描かれるだろう。

そう考えると、この恵まれた環境に生きる日本人が、震災時にお店の窓ガラスを叩き割って何かを盗んだり、店主に殴りかかり食べ物を奪ったりという行動に出るはずがない。「その後」の関係や立場を考えたら、我慢し列を乱さず列ぶ方がよっぽどためになるからだ。

そもそも破壊行動とは、失うモノがない上に相手からも奪ってやろう(同じ目に遭わせてやろう)という念から発生する(ことが多い)。

例えば強盗・略奪で富裕層が捕まるケースはほとんどないのは、盗む必要がないし、盗んで得られる何かよりも、捕まって失うものの方が大きいから。

日本人の多くが外国人に対し持つ偏見や先入観は、「民度」というより宗教や人種間の紛争・摩擦によって駆り立てられた「怒り」が原因で生じた出来事の印象によるところが大きく、この穏やかな日本に住む外国人は私が知っている限り皆日本人と変わらず静かに行儀良く暮らしている。

東日本大震災の当日、ルチアーノショーのアメリカ人バレリーナから連絡が入った。

「今向かってます。でも電車が止まってて遅れるかもしれません。他の人につながらなくて。すみません」

そんな真面目な外国人もいるということを書き記しておきたい。

チャーリー(
JAPAN MENSA会員

AEAJアロマテラピー検定1級
AEAJ認定アロマテラピーアドバイザー
AEAJ認定環境カオリスタ
AEAJ認定アロマテラピーインストラクター
AEAJ認定アロマブレンドデザイナー
AEAJ個人正会員
JAMHAメディカルハーブ検定1級
JAMHA認定メディカルハーブコーディネーター
JAMHAハーバルセラピスト試験合格
ITパスポート試験合格(笑)。
情報セキュリティマネジメント試験合格
臭気判定士試験合格
薬学検定1級合格
HTML5プロフェッショナル認定資格 レベル1試験に合格。
個人情報保護士認定試験に合格。

チャーリーのタンブラー(毎日更新、日記・ブックマーク的な)


by charlie-ls | 2017-01-19 00:56 | 個人ブログ | Comments(0)

アイコンタクトは「説得に逆効果」の場合も|WIRED.jp
http://wired.jp/2013/10/08/eye-contact-may-not-be-a-social-cure-all


 2013年の記事だがオモシロイ。カナダのブリティッシュコロンビア大学の調べ。

 『知能レベルが高い人ほど人を信じやすく、低い人はあまり人を信じない?』の後半に書いた内容と似ているので今更ながら取り上げてみたい。


 多くの人は世の中の習慣や「言い伝え」的なものに惑わされているというか、信じ込まされている。言い換えると、物事を考えた上で受け止めているわけではなく(流動性知能を使わない)、知識や記憶によって、他の誰かが正しいと言っていた事と照合するだけの判断しか行っていない(結晶性知能しか使わない)。


 パソコンとコピー機を比べるならコピー機的だ。


 「目を見て話すのが真摯な態度」と習えば、都合が悪い人ほどそう振る舞うようになる。当然、人を騙すことで利益が得られるペテン師はちゃんと目を見て話すだろう。一般人であっても、自分自身にやましいことがあればあるほど、「目を見ないで話すと怪しまれる」と自分を“正す”から、必死で相手の目を見て話す。そして聞き手はまんまとソレを信じてしまう。信じた理由は「あの人はちゃんと目を見て話した」というどうでもいい根拠で。

 ※トリックがバレているマジックに何度も驚く人と同じように見える。目を見て話せばちゃんとした人と思ってもらえると知れ渡っているのだから。


 会社の面接に行くのに、短パンとサンダルとリーゼントで行こうとは誰もしない。過去どこかで「印象が悪い」と習ったからであり、人は不安な時ほど教科書通りに振る舞う


動物の世界では、アイコンタクトは時として「競争的または敵対的」なものであり、攻撃や対立を表す。相手を説得したり、議論の味方につける行為というより、相手を身構えさせる行為だ。


 犬から直接聞いたわけではないが、犬同士も目を合わせないのが社交の基本らしい。敵意はないという意思表示。
 ヒトが動物界のルールに反する理由があるとすれば、感情やプライドによるところが大きいので、恐らくは「目を見て話す」は、相手が自分の話に興味がなさそうな事に腹を立てた人がこっちを向かせる方法として編みだし定めたルールだ(笑)。


 記事にある、口元を見て話を聞いた人ほど説得されやすかったという点、これは女性を見ているとよくわかる。目を見て熱心に話しを聞いている女性よりも、口元に目が行っている女性の方が、話し手に夢中であることが多い。

 話し手に歯くそでも付いていない限り、女性は話しにのめり込んでいるか、異性として吸い込まれているかのどちらか。※同性の場合もあるかもしれない。


 日本人女性はシャイなのであからさまには表面化しないが、これが積極的な欧米女性となると、こちらが覚悟を決めなきゃいけない(笑)くらい前のめりになってくる。口元を見て話を聞いている人の傾向として。

 ただの感覚値だが、目を見るのは査定。調査。疑い。口元を見るのは、少なくとも「生理的に受け付けない」相手ではない“受け入れ”段階にあるように思う。女性の場合だが。


 聞く側としても、「目を見て話を聞く」ことが誠実さの証として伝統的にインプットされているため、気に入られたい(面接とか相手が立場が上とか)時ほど無意識のうちに優等生的にそう振る舞う人が多い。ただし、教科書に沿っている間はまだ一定の距離を保っている。理性優先の段階だから。


 表情分析官達は、プロのイカサマ師や訓練を受けた軍人、工作員達の表情や行動から、セオリー通りにプロファイリングできるはずがないことを知っているので、不随意筋を読み取り分析する。不随意筋とは一般的に平滑筋と呼ばれる自律神経支配の筋肉で、余程の変態でない限り自分の意思で動かすことができない。


 抗コリン薬(アセチルコリン抑制=副交感神経抑制)やβ遮断薬(アドレナリン抑制=交感神経抑制)などの投与で自律神経自体を人為的に操作されていると、半笑いで泣きながら激怒しつつあくびをしたりemoticon-0125-mmm.gifemoticon-0106-crying.gifemoticon-0132-envy.gifemoticon-0119-puke.gifできるかもしれないが(試してない)、基本的に不随意筋は心理(脳内)に忠実に動く筋肉とされている。


 分析側が優秀になると追われる悪党も進化しいたちごっこになり、究極的には、本人もソレが嘘だと知らされていない(何も疑っていない)状態で実行させられることが多い。そうするとポリグラフ(いわゆる嘘発見器)だろうとfMRIだろうと、本人の中では事実だから検査上も事実として通ることになる。

※事実だと刷り込まれている状態ではダメ。洗脳と同じだから、心のどこかに不安要素を抱えている可能性があるので、嘘とか事実とか何も気にもしていない状態が本当の自然体だ。


 目をじっと見て会話している最中に、「ガン見」を超えて目玉が飛び出しそうな表情を見せる人がいる。それは誠実さとは関係なく、交感神経の興奮による散瞳症状だから(同時に気管支が拡張しより酸素が必要になるので胸呼吸になる)、ズバリ真実を見抜かれて驚いている(そして言い訳を考えているも含む)か、怒っているかだから、割と穏やかでない状況になりつつあると受け止めた方がイイかと思うemoticon-0122-itwasntme.gif


 アロマテラピーで解剖生理を学んだついでに、日常的に見かける行動や表情を1つ1つ人間に備わった本来の反射・反応と照らし合わせてみると、形式的かつ表面上のものが多く(社交辞令的な)、見た目と実体がまるで違う世の中だと改めて感じた。


 「微表情」の分析を取り上げたドラマ『ライ・トゥ・ミー』(米/2009-2011)はとてもオモシロイのでオススメしたい。


チャーリー(
JAPAN MENSA会員

AEAJアロマテラピー検定1級
AEAJ認定アロマテラピーアドバイザー
AEAJ認定環境カオリスタ
AEAJ認定アロマテラピーインストラクター
AEAJ認定アロマブレンドデザイナー
AEAJ個人正会員
JAMHAメディカルハーブ検定1級
JAMHA認定メディカルハーブコーディネーター
ITパスポート試験合格(笑)。
情報セキュリティマネジメント試験合格

チャーリーのタンブラー(毎日更新、日記・ブックマーク的な)
by charlie-ls | 2016-12-11 13:54 | 個人ブログ | Comments(2)
ルチアーノショー寄稿ブログ

多分”、“恐らく”こうだと思われている期間が長く続くと「暫定事実」(=ほぼ間違いない)と化し、そのうち人は何の疑いも持たなくなる。

コレステロール制限必要なし=食事摂取で新見解―米当局
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201502/2015022000168&g=int

アトピー性皮膚炎 原因は細菌の異常増殖か
http://www9.nhk.or.jp/kabun-blog/200/215140.html

上記ニュースはいずれも“新しい”展開だ。
ある1点ばかりを見ていると、すぐ目の前にある真実がいつまでも発見できなかったり。

いろんなことが日々解明されていく中、人間の“記憶”(記録)はちゃんと更新されているのだろうかと思うチャーリーであります。
コンピュータで言えばメモリキャッシュから呼び出しているだけで実体参照されていないような。
使われていない回路は可能な限りスリープし省電力に努める=電流の流れない脳神経は静かに死滅していくような。
地球は常に更新され、人間の脳は昔のまま。なんてことにならないように精進するのであります。

f0337316_16145648.jpg
Apple Watch "SPORT"

そんな私の「思い込み」(我ながらショッキング)をご紹介。

Macからの旅行予約はWindowsからよりも30%単価が高い? - Orbitz調査
http://news.mynavi.jp/news/2012/06/29/061/


2012年の記事だが数日前偶然たどりついた。
この傾向について、仕事上やむを得ずマックを選択している人を除き、元々Windows機と比べて「高い」と言われ続けたマックを使っている人は、所得が高いか自分にお金をかける人(独身などの理由も含め)なんじゃないかと考えた。

が、「マックは高い」と信じ込んでいる自分にふと気付き、15年来の付き合いになるソニー社の“VAIO”の価格一覧を約4年ぶりに見てみた。
※20年ずっとマックユーザーだが、どうしても検証用Windows機が必要で、常に1〜2台はVAIOを持っている。

するとどうだろう。MacBook Airや新型MacBookと同等スペックの機種はVAIOの方が高いではないか。
※そもそもアップルの筐体素材は原価が高く、機械的なスペック以上の資産(資源)価値がある。
そこでgoogleを見て回ったところ、2012-2013年頃から、「いや、意外にマックの方が少し安い」説があるようだ。

下記の記事は価格比較代表例。
WindowsユーザーのためのMac入門:第1回 Macってどうでしょう。
http://www.atmarkit.co.jp/ait/articles/1409/25/news088.html

私は昔から周囲にパソコン選びについて相談されることが多く、当然これまで迷わずマックを勧めてきたものの、「でもマックって高いからね」と言われると特に調べもせず「そうだね」と返事していた。

すまんっ。訂正する。

どうやら多くの記事を総合的に見て「Windows 8」機が主力(2012年後半)になってから、マックの方が1万円程安いようだ。
※アップルジャパンは為替変動を理由に今年03月に国内価格を10%程値上げしたが、私が必要とするスペックで比較すると1万円以上安いように見えた。

前回のスターバックスでドヤリングの記事を書きながら、どうしてMacBook Airがこんなに多いのだろうかとあれこれ検索・ヒアリングしてみたがそれらしい理由が見当たらず、もしかして価格に大差なくなったんじゃないかと考えてみたのがきっかけ。
最初はiPod、iPhone、iPad、iTunes、App Store、iCloudなどの普及でマックへの乗り換え組が増えたのかと思ってもみた。しかしこの1〜2年は「マックの方が安い」というのも大きな理由の1つじゃなかろうかということがわかった。
※2006年以降、BootCamp機能でマックにWindowsをインストールすることもできるので、価格差がなくなることで、特別な用途を除いて迷う理由も減ってきたかと思う。

「常識」とか「一般的に」という情報が3年も持たなくなりましたな。
2000年頃までは10年(または12年)一周期だったのが、今じゃ「3年」というより、ある日突然どこかの革新的な何かによって覆されることも出てきた。冒頭のコレステロールやアトピー性皮膚炎のニュースのように。

f0337316_16145513.jpg
そして最近あることに気がついた。
クリックという言葉が「最新」から徐々に「現在〜過去」のものになりつつあるということに。

iPhoneやiPadなどタッチパネル端末が主流となり、画面を軽く触れることを“クリック”ではなく「タップ」と呼ぶ。
英語のクリック(click)という言葉は「カチッ」という音のことをいい、パソコン操作のために存在する専門用語ではなく、例えば現地(英語圏)では顎関節症の人の顎の骨がひっかかる音を「クリック音」と言うように、元々は「カチッ」を指す単語だ。

“タップ”だと触れるだけなので「カチッ」と鳴らないから、ネイティブ(英語圏)の人たちにとっては全く別物。

日本人にしてみたら外来語で、その辺曖昧な人が多く、あまり細かく指摘すると「とにかく機械のボタンを押すってことよ、言わなくてもわかるでしょ」と怒られかねない。
しかしタッチパネル端末が当たり前という世代が大人になる頃には、「そこをクリックして(上司)」「すみません、今手元にパソコンないんですけど(新入社員)」「タップのことだから(中間)」という会話も増えるに違いない。

そして大人たちは「若い者は理屈ばっかりで」とため息を漏らす。
いや、あんたが言葉間違っただけだからみたいな。

iPhoneのホームボタンのように2つの機能が付いているケースもある。
こういう場合、タップとクリックで動作が異なるので、もうちゃんと分けて表現・認識しなくちゃいけない時期に来ている。

日本語で言うと「触れる」と「押し下げる」は言うまでもなく異なる。

例えると、戦後間もない頃は多くの日本人にとってフレンチもイタリアンも区別が付かず「洋食」「和食」で区別していたような。
いずれ「常識(教養)化」されてくると、南フランスのとかイタリア南部のとか更に細かくジャンル分けするようになる。ワインもまさにそうだ。
が、地中海料理やスペイン料理、エスニックに中華にメキシカンにと溢れてくるとまた違いがわからない人が増え(興味がない人にはどうでもよくなってしまうことも含め)、「ガスパッチョってフランス?イギリス?」という人も出てくる。そして「どこでもいいじゃん、美味しければ」と締めくくる。
でもよ〜く考えると、言語自体がネイティブ(母国語)だったら言葉を聞けば判別できるはずだから、そのくらい“外来語”には疎いということ。
フランス人に言わせたら「サウンドからしてガスパッチョがフランスじゃないことくらいわかるでしょう」といった感じ。日本人からすると和食じゃないし、中華じゃない(漢字じゃないから)ことははっきりしているような。

※ここで「外国語」と言わず「外来語」と表現しているのは、日本語訳となる言葉が割り当てられず、英語のまま使われているため。「クリック」を日本語に置き換えて説明しているシーンや書物を見たことがない。

タップとクリックの違いはソレと似ている気がする。
変化の最中には気づかず、10年も経過し世代交代を実感する頃に、そういえば「クリック」で通じないことがあるなと気づくのではないかと思う。

/*
クリミナル・マインド FBI行動分析課のシーズン3を見ていたら(2007年/米)「PDA」という言葉が出てきた。
プレンティス捜査官が熟年のロッシ特別捜査官に「PDAに送ります」と言うと「PDA?」という顔をするロッシが印象的だ。
今ではそれを通り越してPDAという言葉は使われなくなった。当時はそれなりに勢いのあったBlackBerry(ブラックベリー)やSymbian(シンビアン)という言葉も日に日に聞かなくなっている。その頃のアメリカの映画・ドラマではブラックベリーがよく登場する。

以前は携帯電話とPDAとデジタルカメラとmp3プレーヤーは別々の端末だったが今ではiPhone(またはスマートフォン)1台にまとまっている。iPhoneは高いが、総合的に見ると全ての端末を個別に買いそろえるよりは安くなっている。これらは物価の動向に大きく影響する。

PDA(携帯情報端末)を最初に世に送り出したのも語源も米アップル社から。まだ1990年代のことで「Newton」(ニュートン)という端末だった。その後Palm(パーム)が流行った(私も持っていた)が電子機器通の間だけにとどまった。
2000年初頭から徐々に携帯電話市場と競合し、2007年米アップル社の「iPhone」によって携帯電話に統合され「PDA」は再定義された。2008年に「Android」が登場し、現在のスマートフォン市場を築いている。
*/

f0337316_10411723.jpg
「音」がない。
iPhoneやiPadなどは、タッチパネルのキーボードで文字入力するのでキーパンチ音がない。
当然「変換」キーや「確定(リターン)」キーを“叩く”あの音もない。
※そもそも「変換」とか「確定」は日本の文化だ。英語圏には変換がないから確定もない。「改行」のみ。
そしてクリック音もなければマウスを動かす音もない。タッチパネル上を撫でるだけ。

気がつけば「音」がなくなっていっている。
厳密には端末を操作する音が。

以前は速打ちキーパンチャーなんかが夜中家でメールを打とうものなら十二分に家族に迷惑をかけたものだが、iPhoneやiPadのメールだったらディスプレイの明かり以外は特に周囲に迷惑をかけることはないかと思う。

私はいろんな判断を音に頼っているところがあるので、車の接近なども視覚より聴覚で感じる方だった。
しかし今のハイブリッドカーなんて音は皆無だし、ひかれる寸前っていう距離でも気づかない人たちをよく見かけるようになった。
危険を察知する感覚も変わってきているということ。
だから「車が走ると音がするものだ」という常識はもう成り立たない。

デスクトップパソコンにマウスをつなぐように、ノートパソコンにも昔からトラックパッドという操作装置がある。
これはiPhoneやiPadなどのように「撫でる」操作が多いが、クリックという従来の操作も共存していた。
※トラックパッド自体を押し下げるものもあれば、クリック用のボタンが別途下についているものもある。

このトラックパッドが徐々に進化し、シングルタッチ(1本指)からマルチタッチ(複数本の指)が当たり前になり、現在では「ジェスチャー」と呼ばれる指先の動きで操作するようになった。

マルチタッチジェスチャーによって、他の操作装置に手を伸ばすこともなく、多くのことが手元で操作できるようになり、例えばピンチイン・アウトは縮小・拡大を行い、スワイプは「ページをめくる」こともできる。

/*
アップルストアで最新機種を触る人たちの中から「動かない」という声が何度も聞こえてきた。スクロールバーも表示されていないし、クリックするボタンもないし、マジック・トラックパッドを操作する指の本数が異なると思うように動かないし。ボタンの数は減ったが操作方法は複雑化しており、マウス感覚で触った人が困惑した様子だった。
*/

f0337316_16560839.jpg

いずれはダブルパッドで両手操作になるだろう。
キーボードで言うオプション(alt)キー、コントロールキー、コマンドキーのように、左手の指と右手の指を組み合わせによって、タップa、タップb、タップcという「1タップ」にも複数の意味を持たせることができる。
そのうち「手話」なみに“手元操作”(すなわち「ジェスチャー」)が大きな意味を持つようになるに違いない。場合によっては言語の概念を変えたり統一したりさえするかもしれない。

最新のMacBookやアップル・ウォッチには更に「感圧」センサーが付いていて、タップでもクリックでもなく「プレス」と呼ばれ、強めに触れる(これこそ「押す」だろうか)という動きも加わった。

そしてこれらには「音」がない
車や電車くらい、100年、200年とかけて進化していけばまだ順応しやすいが、1年、3年という単位で劇的に変わると、人間の社会的な「反射神経」が及ばなくなる気がするし、実際に新しい端末を購入しながらも新しい操作方法の習得を放棄している人を多数見ている。

というわけで身をもって感じるのが一番、私は2週間マジック・トラックパッドだけでパソコンを操作してみたところ、猛烈に肩がこったし一時的に許容しがたい仕事効率の低下が見られた(笑)。
ドラッグ&ドロップする際、パッド面が途中で足りなくなってしまい、ファイルやフォルダを目的地の手前で落としてしまったりというのは内緒にしておくつもりだった()。

/*
マルチタッチジェスチャーは、2007年発売のiPhoneおよびiPod Touchから実装され、2008年製のMacBook Airからノートパソコンにも採用された。
私は2007年のiPod Touchからマルチタッチディスプレイを使用していたにもかかわらず、長年2本指操作にとどまっていた。
マイクロソフト社は次期「Windows 10」で3本指マルチタッチジェスチャーを実装するそう。Windowsが占める市場シェア的にマルチタッチジェスチャー化が加速するだろう。

トラック(タッチ)パッド自体の歴史は古く、1994年アップル社製ノートパソコン「PowerBook」に搭載され一般商品化された。

そのうちパソコンも現在の物理キーボードはなくなり、ガラス製のプレートに電源を入れたときだけLEDで文字(キー)が浮かび上がり、静電気(タッチパネル)でキー入力するという(すなわち仮想キーボード)時代になるだろう。
これはタッチパネルのキー入力と同じ仕組みで、キーを割り当てた座標(例えばX7,Y9を「A」とする)、手が触れて静電気が発生した座標を取得
(これがX7,Y9なら「A」と認識)する方式。ソフトウェアプログラミングだけで実現できるため、日本語キーボード、英語キーボード、ロシア語キーボードなど分けて製造する必要もなく、キーボード機能を起動する際に言語を選択するだけで済む。
各キーが物理的に存在する必要がないので、キーボード機能をオフにすればその他のタッチパネル画面として(例えばトラックパッドとして)機能させることもできる。
またキー配列も自由自在なので、パスワードの入力時など最近のATMのようにキー配列を毎回変更することもできる(指紋や手垢から押したキーを盗み読まれないようにするため)。

*/

タップ、ダブルタップ、スワイプやピンチイン・アウトなどの1〜2本指操作はiPadやノートパソコンのトラックパッドで慣れていたが、本指デスクトップを表示、調べるなど)操作がとっさに出てこない。そしてさっき調べたばかりなのに「3本指でどう動かすんだっけ」とまた調べてしまう。その繰り返し。

一言でいえばおっさんってことですか。

15〜20年前、パソコン教室に通ってマウスやキーボードの操作を習う中年男性を見ながら「大変だな〜」と人ごとだった私。
その手前、意地でも自力でマルチタッチジェスチャー(4本指まで)を習得しようと励むチャーリーであります(笑)。

f0337316_22141428.jpg
ちなみにノートパソコンに搭載されるトラックパッドは、マウスの設置面積がいらない分、本来は狭い日本にぴったりな発想。
狭いカフェなどでも操作できるため、これも日本発であってほしかったテクノロジーの1つだ。

いずれはフォークとナイフも変わるのだろうか。
適度な熱伝導素材はアリだが。

Photographer&Engineer: Charlie

Homepage
Facebook
Twitter
Instagram
ルチアーノショーで働くスタッフのブログ
専属カメラマン☆チャーリーの寄稿ブログ(過去ログ)
専属カメラマン★チャーリーの部屋(過去ログ)

ルチアーノショー
TEL : 03-3531-4851

by charlie-ls | 2015-05-07 00:31 | 【赤坂】ルチアーノショー寄稿ブログ
ルチアーノショー寄稿ブログ

f0337316_18542885.jpg
スローシャッターで撮影中、突如マイク・タケダがカメラの前を横切った際に身体の半分が消えた図。

インターネットのおかげで多くの「情報」が得られるようになったことで「不思議」が解明され、消えてなくなるものも少なくない。

カメラマン的なところでは「心霊写真」なんてのも時代と共に消え去った言葉かと思う。
あるはずの足がない、顔がない、透けているなど、心霊写真は怪奇現象の代表的存在であり、「お化け」を信じる根拠としていた人も少なくない。
技術的な解説をすると、単にスローシャッターによる「極度のブレ」が原因だという、実にツマラナイ話しでしかない。
光量が足りない環境(すなわち暗いところ)で撮影をすると、カメラはシャッタースピードを遅くして、できるだけ実際の明るさに近い絵面を再現しようと「集光」する。
スローシャッターとは、例えば「1秒」ならば、その1秒間の間に動いたものは全てブレるので、シャッターボタンを押した後、足を振り上げたり、お辞儀をしたりすれば、足がない、顔がない写真となる。
※動かなかったものはそのまま写る。

シャッタースピードを「10秒」くらいにセットして、全力で走れば、「何も写っていない」絵も撮れるだろう。

f0337316_18585677.jpg
シャッタースピードが遅く、その間に動いたロキシーの右手が消えてしまった図。

これを応用すれば、都会の真っ昼間の交差点で「誰もいない」という写真も撮ることが出来る。
人が交差点を渡るよりも、車が走り抜けるスピードの方が速いので、横断歩道側の信号が赤の時にスローシャッターで撮れば車は写らず「何もない」交差点ができあがる。
また、夜景写真の撮影中はスローシャッターになるため、遠い空に飛行機が飛んでいれば、飛行機のライトが“線状”に写り込み、あたかもUFOか何かが高速移動しているかのように見える写真となることもある。夜間の高速道路でヘッドライトが光の帯状になっている写真はそうやって撮る。

f0337316_00225873.jpg
スローシャッターで車のライトが帯状になっている図。

コンパクトデジタルカメラの普及によって、撮影者の前髪がレンズにかかり、何か不思議な線がたくさん写り込んでいるということもよくある。

「心霊写真スポット」は、単に薄暗くスローシャッターになりやすいだけである。そこにお化けがたくさんいるわけではない。

ではなぜ心霊写真が時代と共に消え去ったかと言えば、デジタルカメラの普及で、撮ったものをその場ですぐに確認できるようになり、誰もが心霊写真まがいの写真を自分で撮ったことがあり(撮る可能性が高くなり)、目新しいものではなくなったから。
今では単に「失敗したからもう一回」で済んでしまうし、なぜそうなったのかをインターネットで簡単に調べることができる。「夜景を撮るときはブレやすいので三脚を使いましょう」という、今ではほとんどの人が聞いたことのある情報もその典型例と言える。20年前はカメラマンさえ知っていれば良かった知識だ。

昔はフィルムを現像に出し、やっとそこで絵を確認できた。修学旅行の集合写真などは、何十人もの生徒が綺麗に静止しているわけではなく、なおかつ後から撮り直しも効かない。カメラマンは仕方なしに最も写りの良いものを選択するわけだが、後列からちょっかいを出された前列の生徒がたまたま後ろを振り向くと「顔がない」ように見える写真となり、生徒達は心霊写真だと騒ぐのである。

f0337316_19133772.jpg
多重露光による分身の術(笑)

デジタルカメラによって試行錯誤にコストがかからなくなった。
フィルムのように、一杯になるまで撮って、その後現像してみないとわからない時代とは異なる。
フィルム自体にお金がかかった時代と比べ、デジタルならば手軽に「試してみる」ことができ、多種多様な撮影方法も生まれた。

私のスローシャッター・高速閃光写真も、現像に出してみないとわからないという環境ではやってみようともしなかったと思う。
フィルム・現像代のコストに見合う収益が見込めなかっただろうし、一方で今は大して費用もかからないので(1シャッターあたりのコストはほぼゼロ円だ)、ノウハウを公開することも大したことではなくなった。

誰でもやってみることができる時代になった(そして自分で検証できるようになった)ってことですな。

携帯電話にもスマートフォンにもiPadにもiPodにもカメラが付いている。
もはや国民全カメラマンだ。

こうやって世の中はありとあらゆる面において底上げされていくのだろうなと思うチャーリーであります。

ロマンに酔いたくなったらルチアーノショーへ。

Photographer: Charlie

Homepage
Facebook
Twitter
Access MAP
ルチアーノショーで働くスタッフのブログ
専属カメラマン☆チャーリーの寄稿ブログ(過去ログ)
専属カメラマン★チャーリーの部屋(過去ログ)

ルチアーノショー
〒107-0052 東京都港区赤坂5-4-7 The Hexagon
TEL : 03-3568-4818

地下鉄千代田線赤坂駅4番出口から右手に徒歩30秒。
赤坂サカス、TBS、ACTシアター、BIZタワー、ブリッツと隣接した赤坂通沿いです。

パーティー、貸し切り営業のご案内。

by charlie-ls | 2014-08-21 08:56 | 【赤坂】ルチアーノショー寄稿ブログ
ルチアーノショー寄稿ブログ

03月20日「小麦の世界。小麦アレルギーとグルテンフリーの考察。」記事の最後におまけとして“大豆”のことを書いた。
ついにこんなニュースが。
【飲みすぎ注意】40代男性が豆乳をガブ飲みし続ける → 胸が猛烈に成長! Dカップでもハミ出す大きさに

元々醤油や味噌など大豆食文化である日本は、更に豆乳ブームまで到来し、“男性の女性化”が進んでいる。
「飲む豆乳」から「豆乳アイス」、そして「豆乳しゃぶしゃぶ」まで、時代は今までにも増して大豆一色に傾いた。

日本人男性の女性化について、何が本質的な原因かはわからないが、そもそも男性と女性が同じモノを食べること自体無理がある気がするし、海外では「男性の醤油(大豆)製品の摂り過ぎに注意」という呼びかけは当たり前に行われている。

「ヘルシーで女性に優しい」のは「女性に」であって、男性がそれを望んだかと言えばそうではなく、市場はあまりにも「女性にとってヘルシー」というキーワードに反応しすぎ、気がつけばそれ一色になってしまうところがどこか問題のように思える。

大豆(イソフラボン)は女性ホルモン様作用があることをもう一度明記しておきたい。
男性が女性ホルモンを摂取し続けているのと同じである。
近年ヒゲもモミアゲも生えない男性が増えているという点、昨今の食文化に不安を感じてならない。

そもそも「女性に優しい」というキャッチはよく見かけるが、「男性に優しい」というフレーズはほとんど見かけない。
中高年向けのサプリメントくらいだろうか。
男性に優しくしてもあまり市場としてはメリットがないのだろうか、それと同時に女性に優しくない男性も増えている気がする(笑)。

家庭での食事において、お互いの健康を考えて、イチイチ男女別々のものを作る人もなかなかいないだろう。※子供に合わせることはしたとしても。
どちらかというと「同じものを食べること」の方が食卓マナーのようでもあるし、それが家族としての絆・連帯感のようなものであったりもする。
お母さんがベジタリアンという環境で、お父さんが「明日の俺には赤身の牛肉(プロテイン)が必要だ」と宣言しても、多くの場合それがテーブルを飾ることはないように思える。

今の時代、狩りにも行かないし、男だって家事をするし、確かにそれほど身体の性差を必要とするわけでもないのも事実だが、それでもまだまだ本質的に必要とする栄養素は違うので、本来は食事内容が異なっても何らおかしくはない。

■変わりゆく環境。
小麦を筆頭に品種改良によってその昔とはDNA自体が異なるものもあるし、身体にいいか悪いかは「言い伝え」や「習わし」だけでは判断できなくなった。
エッセンシャルオイルのように、ロットごとに成分分析表がついていれば安心だが、さすがにそれはコストに跳ね返ってきてしまうから、せめて3年、5年単位での再評価(そのための研究)が必要かと思われる。

例えばオリーブオイルはオレイン酸が多く、グレープシードオイルはリノール酸が多く、それぞれの効能がうたわれ、家庭から外食産業まで多くの場に採用された。
オレイン酸は体内で生成できるが、リノール酸は体内で生成できないため(必須脂肪酸)、ノンコレステロールということもありルチアーノショーもグレープシードオイルを使用している。

しかし、摂取されたオレイン酸、リノール酸を体内で分解してαリノレン酸(必須脂肪酸)、アラキドン酸へと変換していく過程で、近年オレイン酸、リノール酸を分解できない体質の人が増えているという。
そこでαリノレン酸を直接摂取した方がいいというのが“最新”の流れだ。

/*
ルチアーノショーでは昨年からαリノレン酸が最も多く含まれていると言われているシソ(えごま)油を試験的に導入している。が、このαリノレン酸は熱に弱く、火を入れる料理には適していないため、サラダなどに限られる。一方発煙点が255℃と高温調理にも向いたアボカドオイルも試験導入された。こちらもコレステロール・トランス脂肪酸ゼロで、ビタミンE含有量はオリーブオイルの2.5倍に及ぶ。
※エゴマ(荏胡麻)シソ科の一年草でシソ(青紫蘇)とは同種の変種。
※アボカドは「森のバター」と言われる程栄養価が高く、抗酸化力も強い。

参考までに市場価格を。
ケータック・プランナーズ チリ・アンデス産 グレープシードオイル 460g:1,000円前後 ¥2.17/g
オリバード エキストラバージン アボカドオイル 250ml:1,900円前後 ¥7.6/g
マルタ えごま油(しそ油) 180g:1,000円前後  ¥5.55/g
*/

f0337316_00533867.jpg
αリノレン酸が元となり、体内で「脳」に大切な油“オメガ脂肪酸”であるDHA、EPA、ARAが生成されるので、頭を使う仕事が多い(つもりの)私も昨年からシソ油を1日1ティースプーン摂取している。

日々研究が必要ですな。

そんな本日のBGMは "Hayling" by FC Kahuna (CSI: Miami Soundtrack)

/*
「油」というと意外にもアロマセラピストも専門職だ。品質・衛生面での環境が整うまでの間、食用として出回る前にボディ用で利用されるケースも多く、外食産業と比べると導入が早い。芳香浴→ボディケア→フェイシャルケア→食用といった順に品質に厳しい。

αリノレン酸の次の段階にγリノレン酸(必須脂肪酸)があり、ボラージ(ボリジ)油(ムラサキ科)に多く含まれていることが知られているものの、酸化が早く熱にも弱い上高価(100mlで3,000〜5,000円)であるためあまり見かけないが、
γリノレン酸からアレルギー反応や炎症を抑える効果のあるプロスタグランジンが生成されるため、ボリジオイルはアトピー性皮膚炎の治療へと応用されている。
同じく私の最近のお気に入りキャリアオイル=「イブニングプリムローズ油」(=月見草油。アカバナ科)もγリノレン酸が多い(ボリジの半分くらい)ことで知られている。ネイティブアメリカンの間では「王の万能薬」と呼ばれた。
*/

こうして品種改良や体質の変化などが複雑に絡み合い、僅か10年前の常識であっても通用しない場合も多々ある。
言い換えると昔のように「学んだことを活かす」ではタイムラグが生じ「学びながら走る」時代だ。

カメラマンの世界で言うと、フィルム時代に学ぶべきこととデジタルの時代に学ぶべきことは異なり、今ではPhotoshopを学ぶことの方が重要なシーンさえもある。この15年間で大きく変化した。

料理界も踏みとどまっているわけではない。
フレンチの巨匠ピエール・ガニエール氏は、2001年から物理学者と協力し「分子ガストロノミー」という科学の考えを取り入れた新しい料理法にも挑戦している。

料理人と物理学者が手を組む時代が訪れるとは、戦前にはなかなか予想できなかった展開かと思うが、調理方法次第では栄養素を台無し(例えばビタミンCが熱で壊れる、αリノレン酸が熱に弱いなど)にしてしまうこともあり、真っ向から向き合おうとすると当たり前の姿でもある。

昔のように「これはね、こうやって作るのが美味しいの。長年の経験ってやつ」だけでは世の中納得しない時代になったということでもあります。

化粧品の世界もそう。「肌にビタミンCを」とただ顔にレモンをぬればいいというわけではなく、肌に浸透する分子サイズにしなくてはならない。
その応用として、分子サイズが大きく肌には浸透しないから安全だ(洗い流される)とうたう添加物もある。
またレモンなど柑橘系類に含まれるフロクマリンという成分は「光毒性」があり、そのまま太陽光(紫外線)を浴びると害にさえなることも忘れてはならない。アロマの世界では施術後2時間は太陽光に当たらないよう説明を行う。

「綺麗になりたい」にも科学的根拠が問われる時代であるということだ。


国の名門ケンブリッジ大学では分野ごとの垣根が非常に低く、多分野の交流が盛んだ。パブ「イーグル」は学生・研究者達の憩いの場であり議論の場でもある。物理学者と生物学者がパブ「イーグル」で飲んでいる時にDNAの螺旋構造を思いついたというエピソードは有名だ。後に二人はノーベル賞を受賞している。クリック氏とワトソン氏だ。28人ものノーベル賞受賞者を輩出しているキャベンディッシュ研究所に所属していた。

f0337316_01003053.jpg
ルチアーノショーのバーもそういう場所だと思う。
1/38500秒の「高速閃光」について打ち合わせることもあれば、「占星術」について語ることもあるし「時の概念」について語らうこともある。マイケル・サンデルの白熱教室並みに「モンティ・ホール」問題や「確率」について熱く議論することもある。かと思えば綺麗なショーダンサーを眺めながら一人静かに一杯を楽しむこともある。

インターネットの時代とはすなわち情報公開の時代であり、昔のように「プロがこう言ってるんだからこうなの」では通用しない。
誰でも簡単に資料・情報が得られる環境下において、当然のごとく「本当に?」「なぜ?」という疑問にさらされる。
時としてプロがアマチュアに問いただされることも出てくるだろう。誰もが全ての知識を持っているわけではないのだから。

それを解消し、明日はもっと早く走らなければならない。それがという時代に生きる我々に与えられた使命だ(と思う)。

“進化”とは「進んで化ける」と書く。

カメラマンの私に、そんなブログを書かせてくれるルチアーノショーは、パブ「イーグル」を彷彿とさせる。

“明日”へのひらめきがほしくなったら、ロマンに酔いたくなったら赤坂ルチアーノショーへ。

Photographer: Charlie

Homepage
Facebook
Twitter
Access MAP
ルチアーノショーで働くスタッフのブログ
専属カメラマン☆チャーリーの寄稿ブログ(過去ログ)
専属カメラマン★チャーリーの部屋(過去ログ)

ルチアーノショー
〒107-0052 東京都港区赤坂5-4-7 The Hexagon
TEL: 03-3568-4818

地下鉄千代田線赤坂駅4番出口から右手に徒歩30秒。
赤坂サカス、TBS、ACTシアター、BIZタワー、ブリッツと隣接した赤坂通沿いです。

by charlie-ls | 2014-07-03 10:01 | 【赤坂】ルチアーノショー寄稿ブログ
ルチアーノショー寄稿ブログ

スイス銀行」に口座を持つことがステータスだった時代がある。
80年代頃までの映画では、“悪党”は必ず「スイス銀行」に資金移動していた。
資金洗浄(マネー・ローンダリング)が主な目的で、なおかつ所得・財産隠しの場として活用された。それも“黒い”お金の。

名優スティーブ・マックイーンの代表作「華麗なる賭け」(The Thomas Crown Affair)でも同じくスイス銀行の口座が登場する。
f0337316_18412737.jpg
※後に007 James Bondで有名なピアース・ブロスナンもトーマス・クラウン役を演じている。

映画カジノ・ロワイヤルにおいても、カジノで大儲けしたジェームズ・ボンドのお金はスイス銀行の口座に振り込まれるというシーンがある。

しかし、本当にそういうシーンをリアルに見聞きしたことがあるかと言えば、ナイ
というのが今回の視点。

日本と同じ永世中立国を名乗り、戦争・侵略とは一線を引き、そして「絶対秘密保持」を貫くことで世界中の預金を欲しいままにした。と言われている。それがいわゆる「スイス銀行」だ。

が、厳密には「スイス銀行」という銀行は存在せず、UBSやクレディスイスのようなスイス資本の銀行のことを指す。
※外国の人達が、みずほ銀行や三井住友銀行などを「日本銀行」と呼べばソレと同じである。

f0337316_10395303.jpg
スイスフラン(CHF)。

日本で言う「黒塗りのベンツ」のような“代名詞”と同じく、いつのまにか世代を超えて定着した名称である。
※田舎に行くとベンツの代わりにスモークの“クラウン”がその役を担っている(笑)。
黒塗りのベンツ=ヤクザだとすれば、MKタクシーはヤクザにならないか(笑)。車は全部「黒」だし、ベンツ車両も数多く保有している。

2000年初頭あたりまでだろうか、個人金融資産が1億円を超えてくる頃、UBS銀行などから「プライベートバンク」のお誘い(手紙)が来るのが定番だった。その“インビテーション”をもって、富豪(資産家)の仲間入りを自覚するのである。
これがいわゆる「スイス銀行」への入り口だ。
インビテーションの発行は、税金の公示(今ではなくなったが)や不動産登記情報などから推定資産が算出される。何気に手堅い情報源である。

米資本のシティバンク、フランス資本のBNPパリバ、そしてルチアーノショーが入居するビル“The Hexagon”の1,2Fに君臨していたHSBC銀行もプライベートバンキングを展開していた。
しかし、いつしか日本では全てのプライベートバンクは撤退し、HSBC銀行においてはその事業さえも日本から出ていってしまった。

秘密を守り抜くことで顧客の信頼を勝ち得てきたスイスの銀行達は、「悪党のお金を匿っている」と世界中から批判にさらされていた。
そこで渋々情報を開示するようになったスイスの銀行は、一気に資金が国外へ流出するだろうと予想されていたが、実際そうはならなかった。
ある記事では「意外に綺麗なお金だったようだ」と表現されていたことが印象深い。

f0337316_10133493.jpg
意外」は何を前提に「意外」だったのかと考えると、黒塗りのベンツ=ヤクザのように、映画か何かで印象づけられたものがそのまま信じ込まれている“テレビの見過ぎ”の代表例と言える。
※ジャガーなら違うのか。マセラティなら堅気なのか。という話しだ。
スイスの銀行にあるお金は、そのほとんどが黒いものだと勝手に思い込んできた結果だ。
80年代頃までは、本当にテレビの影響が強かった。

例えば、アメリカン・エキスプレス社のブラックカード、すなわち「センチュリオン」カードは、ミサイルも買えるとか。
ミサイルは売ってないし(売ったら捕まりませんか)、カードで買ったら足が付くでしょと思うが、世間はそうではないらしい(笑)。
「利用限度額がない」=決まった限度額を設けず、個別対応するというアメックスのスタンスを、勝手に勘違いしてしまって「いくらでも使える」と噂が広まってしまったようだ。「いくらでも」使っても、翌月の引き落とし時に支払えなければそれまでなんだから、個別のリミットはそれぞれでも「有限」である。

その他、ボルサリーノ帽をかぶって葉巻を吸ったらギャングだとか。
※映画アンタッチャブルではギャングではなく国税局(税金徴収)=公務員側がそのスタイルだったし、一瞬叩かれた麻生太郎氏も政治家だ。

実際そんなギャングを見たことありますかと聞くと、そこまで目立つ格好しないでしょうという話しである。
葉巻に火付けら2時間は座ってるってことだから、足が付いちゃマズイような人(追われの身)じゃなさそうだと思うが。
今じゃ吸い殻からDNA鑑定する時代だし、まさか火がついたままの葉巻を持って走って逃げないでしょと思う。
そう思えば、外で葉巻を吸うって、ゆっくりできる余裕のある人なんだから、むしろ問題はなさそうではないか。

f0337316_10153857.jpg
007を見て、スパイがみんなタキシードを着ていると思い込むのと似ている。

そもそも黒塗りのベンツよりピンクのロールス・ロイスの方がおっかなくないだろうか。
問答無用感が漂ってるし(笑)。

ルチアーノショーで、ところで「黒塗り」ってと盛り上がったことがある。
白は「白塗り」って言わないし。「塗り」も聞いたことない。

車を購入するとき、「売る時」のことを考えて白、黒、シルバーの定番色を選ぶ人も多いとディーラーから聞いたことがある。中古で動く色だから若干高くで売れるらしい。
買う時点で売る時のことを考えますか。
だとすれば、ピンクのロールスは売ることを前提としてないから強さの象徴だ(笑)。

※黒い車は埃が目立つので、毎日お手入れできるお金持ち向けだという説もはるか昔に聞いたことがある。

日本よりも遙かに治安の悪いモスクワで、車体全体にスワロフスキーをちりばめた高級オープンカーを見かけた話しをロシア人女性に聞いた。
ブティック街に乗り付けた女性は、オープントップのまま(屋根を閉めずに)買い物へと繰り出したと言う。
それについて印象を尋ねると、「手が付けられない程やっかいなイメージ」と言う(笑)。
何かあったら「めんどくさそう」だから、誰も近寄らないそうだ。
※わずか数分でナビが抜き取られる国なのに。

でも確かに黒塗りのベンツより難しいことになりそうな印象がある(笑)。

日本のある地域の人と話していたら「スーツ着てポケットチーフを挿すと“どうしたのホストみたいな格好して”と言われる」と聞いた(笑)。
“フォーマル”とは呼ばれずに“ホスト”と呼ばれる。
f0337316_10174763.jpg
私はホストに会ったことがないから、ホストのファッションを知らないし、黒塗りのベンツはMKタクシーのイメージが強く、ヤクザのイメージはない。
スイス銀行も同じで、スイス銀行という銀行はない。

そう、ある時銀座で、ハロートーキョーの黒塗りの車(確かクラウン)を見て、「何か物騒やなー。ヤクザばっかりやん」と言っている人とすれ違った。
いや、あれタクシーなんですけど。と思わず心の中でつぶやいた。
ハロートーキョーも黒塗りの大型車ばかりをタクシー車両として使用している。

その昔、黒塗りの車が並んでいた高級飲食店通りのことを、「あそこは警察も手を出せない」(駐車違反を取れない)と言っている人がいた。
しばらく眺めていると、黒塗りの車を運転する白い手袋の運転手さんが5cm車を前に出した

涙ぐましい努力のたまものじゃありませんか。

警察が手を出せないから取り締まりできないんじゃなく、運転手さんが頑張っていたのですよ。
タイヤにチョーク書かれそうになったら5cm前に出して。

警察が手を出せなかったら、そんなことしなくていいのであります。
警察が手を出すから運転手さんが頑張るのであります。
警察もちゃんと仕事をしているのです。

車の持ち主は、食事に出かけてお酒を飲むから運転手を雇う。毎回運転代行を呼ぶよりも安上がりだという合理的判断かもしれない。
運転手は雇われたのだから、雇用主の大切な車を守る。
よく考えてみたら、非常に当たり前の雇用関係なのだが、「黒塗り」は勝手にイメージが一人歩きしてしまう。

繁華街の車はみんな一斉に今日から「透明」塗り(?)に足並み揃えて変えてみるのはどうだろう。
潔白の象徴的な。
スケルトンカー。昔のiMacみたいな。
f0337316_10323917.jpg
果たして次はどんなが広がるのだろうか。
もはや塗りって言えなくなったし。

これだから最近のスケスケはみたいな感じだろうか。

ルチアーノショーでは、車内で待機するお抱え運転手さんにもお茶を出し、雑誌を出し、時には世間話でお食事中の「待ち時間」をもてなす。

/*
だってお客さんを送迎する役って極めて重要なのです。
要人になると前後に3台も4台も護衛(?)車が付くのだし。
社会的地位の高い人ほど、移動も大がかりなのであります。
*/

ホスピタリティとはそういうことではないかと思う。
見ているところを間違うと、ただの妄想や思い込み、先入観、固定観念でしか人をとらえなくなる。
空気を読む、行間を読む、オーラを読む、間合いを読むというのは、そういうことだと思う。

香りのように素直に大脳辺縁系(本能による判断)に伝われば良いのだが、情報・知識によって左右されやすい大脳新皮質を主に使う現代人は、多くの事柄を勘違いしているように思える。

ちなみにルチアーノショーはジュネーヴ・スイスと馴染みが深い。
スイス銀行ではなくて、赤十字と。

ロマンに酔いたくなったらルチアーノショーへ。

Photographer: Charlie

Homepage
Facebook
Twitter
Access MAP
ルチアーノショーで働くスタッフのブログ
専属カメラマン☆チャーリーの寄稿ブログ(過去ログ)
専属カメラマン★チャーリーの部屋(過去ログ)

ルチアーノショー
〒107-0052 東京都港区赤坂5-4-7 The Hexagon
TEL : 03-3568-4818

by charlie-ls | 2014-06-05 01:15 | 【赤坂】ルチアーノショー寄稿ブログ

カメラマン☆チャーリーのブログ


by チャーリー
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31