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個人ブログ

マイケル・サンデルの白熱教室風タイトルにしてみた。

スカイマーク社がある路線のキャビンアテンダントの制服をミニスカートにした。
おもしろい発想だと思う。
何がって、今までの日本に一番「なかった」発想だから。
日本にいると、クレジットカードとか大人向けのサービスでも「キティちゃん」とか何でここに描かれてるのっていう絵柄が多い。
「ハローキティ」は世界に誇るキャラクターだし、もはや“産業”だ。偉大だし、個人的にはとても可愛いと思う。が、クレジットカードや銀行通帳などに必要な図柄かというと、そうは思わない。

そして今回。
あるニュース記事の「女性を商品として扱っている」という主張に対し、コメント欄でそれに同調し“(女性が)かわいそうという意見が書き込まれているのを読んだ。

「希望者」に着用させたというこの制服。
それがなぜ“かわいそう”なのか私にはわからない。

ミニスカートじゃない女子高生を探す方が大変だ。
というよりロングスカートの女子高生を見たことがない。
それは放置し、成人した社会人の「選択」はかわいそうで「規制して(守って)あげる」べきなのだろうか。
余計なお世話じゃないか。

ファッショントレンドも同じくだ。もう10年以上、ミニスカートの時代ではないか。
膝丈のスカートを与えられても、ウエスト部で折り曲げて丈調整(ミニスカートに)する女性は多いが、自分で生地を足して長くする女性は今のところ見たことがない。

規制して(守って)あげた方がいいのだろうか。
アラブ諸国のように、女性の服装について法律を作った方がいいのだろうか。

女性に選択権は与えないのだろうか。
自主性、主体性という本人達の希望・選択・決断する権利は与えないのだろうか。

もし喜んで手を挙げたキャビンアテンド達ならば、“かわいそう”ということがかわいそうだ。
何も自分の意思は認められていない、ただの従属業務員としてしか見なされていないのだから。

選挙と一緒で、誰に投票しようと勝手ではないか。
制服もしかりである。

ここで私が感じているのは、ミニスカートがいいか悪いか、このデザインが適切かどうかではなく、希望者(しかも大人)が着用しても「かわいそう」という意見が出る点についての疑問だ。

日本の議論って何かと「かわいそう」という意見が多くないだろうか。
被害者意識が強すぎる気がする。
自分で選んだんだから、決して被害者ではない。

何か健康上のリスクがあるならそれは専門家の判断でアドバイスしてあげるべきだ。
まじめに働いていたら「知らずに寿命を縮めていた」なんて、それは“かわいそう”だ。
が、ミニスカートが女性の身体にいいか悪いかなど、今現在そういった専門的な指摘は見受けられない。

緊急時・脱出時の「安全性」について指摘する点はどうだろうか。
そもそもそんな時にスカートの丈なんか気にするんだろうか(笑)。
飛行機が墜落するかもしれないという恐怖心の真っ只中に、キャビンアテンダントのミニスカートに興奮している“余裕”のある男性はいるのだろうか(笑)。

本当に業務に専念し、使命を全うしている人たちなら、「火事場のくそ力」でミニスカートだろうとなんだろうと、両足を広げてしっかり踏ん張って、荷物を押さえるなり、ドアをこじ開けるなり、男性から見てもおっかないくらいのパワーを発揮するのが女性じゃないか。と私は思う。

ところでちょっとばかりマイケル・サンデル「白熱教室」風に問いかけたい。

美貌やスタイルの良さは特権か。才能か。

足が速い。これは才能として見なされる。
足が長い。これは見た目を評価する人はいても「好み」の領域にとどめ、「優劣をつけるべきではない」と“無視されなければならない”風潮がある。

では「足が遅い」のは“劣っている”のだろうか。
現代社会で足が遅いことが何かの足かせになるだろうか。

ジェームズ・ボンドも未だに全速力で走り回っているが、実際は情報戦であり足の速さを使う時代ではない。

角度を変えてみたい。
足が速い(例えばオリンピック上位)人達は、ついでに足も長くないか。
実質「足が長いから速い」というスポーツ科学論も読んだことがある。

ということは本質的に、「足が長い」ことが必然的に評価の土台になっていないか。
「身体能力」の一部になっていないか。
「恵まれた身体」という表現を聞いたことはないだろうか。「恵まれた」と評価している。
これらはとてつもなく「短足」の人が短距離走で金メダルを取るまで覆されないだろう。

ボクシングでも同じだ。
対戦前、必ず選手説明をする上で「(どちらが)リーチで上回っている」と言う。
要は「腕が長い」ということだ。
「上回っている」とは決して下回っていない。
率直に言えば「腕が長い方がいい!」と断言しているのと同じだ。

腕が長い方が距離を保てるため優位であると考えられている。
ボクシングが上手か下手かではなく、腕の長さも勝敗(すなわち優劣)を予測する上で重要な要素として見なされている。

今回スカイマーク社のミニスカート制服着用が開始された際の報道写真を見て気づいた。
皆、(日本人にしては)足が長い。

足が長い人達が自らのスタイルに自信があり、着用希望と手を挙げたのではないか。そう思った。

足が速いことは自慢できても、足が長いことは隠しておいた方がいいのだろうか。
私には、どちらも生まれながらにして与えられた才能だと感じる。

それを評価する習慣、文化がないだけではないか。

人を見た目で判断するのは良くない。
ちょっと待ってほしい。
足が長いと性格が悪いんだろうか(笑)。
両方良いかもしれないじゃないか。

そもそもこの仕事は足の長さは必要ないから。
と言えば確かにそうだ。
だから希望者を募ったんじゃないか。
絶対に必要なら、否応なしに希望者なんて募りもせず強制的に変更されるだろう。それが会社の制服だ。

最初に戻ると、希望者が着用しても“かわいそう”なのだろうか。

もし「荷物を運ぶ」「緊急時は乗客を守る」という仕事で見るならば、それはある種の肉体労働であり、いっそ軍服のようなものにしたらいいんじゃないか。
ダサイ?
と言うならば、この仕事にデザインは必要なのか。

と、ぐるぐる回ってしまうのである。

そう、業務とは経営的に合理性を求められる。
安定している時間と危機的な時間とではどちらが長く、発生率が高いかという点をふまえ、見ている限り、歴代の制服は安定している時間に重きを置いたデザイン性だ。特殊部隊のような機能性重視の制服をまだ見たことがない。ということは「緊急時」を主としてデザインはされていない。

ならばデザイン性を求めた結果として、別にかまわないんじゃないかと思う。
個人的にはこのスカート丈は十二分に短いと思うし、世の中的に「短すぎる」と言われるのも納得している。
しかし「かわいそう」とは思わない。

むしろ緊急時を意識させる緊迫したデザインの制服を着た飛行機に乗りたいだろうか(笑)。
落ちること前提なんじゃないかと思わないだろうか。
のーてんきな制服だったら「この航空会社は絶対危ない目には遭う予定はないんだろうな」と思うし、そのまま無事故で3年も経てば「評価」に変わるだろう。

「乗客を安心させる」上で、そういった視点もあるんじゃないかと私は思う。

数年前パリのエッフェル塔の下にはライフルを持った軍服の男達が7人ほど見回りしていた。
全然リラックスできなかったし、バッグから物を取り出すだけでも緊張した。
緊急事態が起きたら守ってくれるのだろうけど、世界有数の観光スポット“エッフェル塔”には「ほしくない」絵面だった。
ここは極めて危険ですよ」とアピールしているようなものなのだから。


後書き
ルチアーノショーの女性スタッフにスカイマーク社の制服についてヒアリングしてみたところ、「短すぎる」で一致していた。
「かわいそう」という意見はでなかったので安心した。

※この記事はチャーリー個人ブログであり、ルチアーノショー寄稿ブログではありません。

by charlie-ls | 2014-04-30 10:17 | 個人ブログ | Comments(0)

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