能指数は意外にも心理学分野だが、文系的な捉え方では細部が漠然としてしまう。ココは1つ統計学的に眺めてみたい。

最近アップした知能指数表201707版には、従来の出現率に加え、各IQ値に対し「1万人中何人いるか」の値を追加した。
※「出現率」で言う「2%」はその上位(マイナスσの場合は下位)1%も内包するため、「以上・以下」という意味で捉える必要がある。偏差値ベースの「パーセンタイル」を中央値で分割し昇順・降順逆さまにしたものに近い。

IQ 130以上は2.28%いるが、IQ 130ジャストは1万人中34人しかいない。

具体例では、この表のIQ 148〜152を見ると、いずれも1万人中に1人しか存在しない。よって初めて知能検査を標準化する際に、例え1万人集めて検査を行っても、その被験者を「IQ 148以上」としか表現できず、厳密にIQ 148なのかはたまたIQ 152なのかを特定できない。
※表はエクセルによって丸められているので、小数点レベルの誤差がある。

出現率で見ればIQ 148以上は0.07%(0.0687138%)だから、1万人集めたら6人はいるんだが、「ジャストIQ nnn」と断定する根拠に乏しい。

ウェクスラーの上限値は「161以上」なので、160までは断定してみせようかという心意気なのだから、最低でも3万人と言いたいが、それでもジャスト160は1人のみなので、「該当事例を10名は挙げられますよ」と言うなら30万人の検査実績を持っている(いなければならない)ということになる。

人は何人くらいの該当者がいれば納得するか(合理的に「偶然」を排除できるか)と考えると、どんなに少なくとも(雑だが)10人以上は必要だろうと考えられる。であれば、148〜152付近のIQ値を確定するためには10万人の被験者が必要となる。
※被験者10万人の場合、IQ 152ジャストが5人、148ジャストが14人現れる。前後の151(7人)と153(4人)との明確な有意差がほしければ更に3倍以上の被験者を必要とする。

同じように、被験者が1,000人だとIQ 134〜137ジャストが各1人しか現れない。よって「IQ 134以上」とは言えても、134を超える部分のIQ値を特定するには説得力に欠ける。

同様に被験者が100人の場合は、IQ 111〜120ジャストが各1人しか現れないため、上限値「IQ 111以上」としか言えない。

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知能のブログの1ページ、『「上位2%」は100人に2人や50人に1人とは限らない。パラドックス的な。』を補足すると、IQ 130以上は実際に50人集めても居ない可能性が高い。

「IQ 130以上は2%いるはずなのになぜだ」ということになるが、100人の母集団で知能検査を行い標準化しようとすると、IQ 121あたりから「0.95人」「0.86人」「0.78人」のような値が続き、人の最小単位である「1人」を切っている。130以上も「0.34人」以下が続き、足し合わせたら出現率通り上位2%になるが、「0.86人」や「0.34人」は机上の数値であり、実際には100人中明確にこの人だという存在が確認できず、かといって可能性がゼロではないため「存在しない」とも言えない。

四捨五入する人なら「居ない」と断言するだろう。

単純計算でも明快だ。上位50%がIQ 100以上。その50人をIQ 100から130までの30目盛りに割り振っていくと、各2名以下になることがわかる。正規分布のベルカーブの頂上ほど多く、裾野は少ないから大凡の「割り当て」が表を見なくともわかるだろう。

そういった角度から、私はメンサが掲げる「上位2%」(IQ 130以上)は堅実だと思っている。「50人に1人って結構いるし(大したことない)」論はお馴染みだが、ココまでの統計基礎を理解すれば、IQ 130以上の値を正確に測定するには大がかりな検査が必要なことがわかるし、イギリスはオックスフォードの創設者が「娘(妹?)の結婚相手を探すために設立した」という動機から見ても、被験者はせいぜい弁護士仲間から派生する母集団(パーティー参加者?)数百名想定だったと推定できる。フェルミ推定的に。

言うならば「IQ 130以上は50人に1人だ」は教科書通り“約分”した結果であって、中学生までの解だ。

メンサの入会基準である「上位2%」は実質的にIQ 130以上(厳密には130と131の間以上)を指していて、「上位2%」だけを見るなら100人中2人いる。一位と二位だ。しかし上位2%を「IQ 130以上」として受け止めるならば100人中2人居ない可能性の方が高い。

100人で知能検査し、無理矢理正規分布に沿わせた場合どうなるのかの表を添付する。

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この表はIQ 100以上なので全部足すと50人になる。

小数点の「しわ寄せ」的に、50名の中にIQ 145が出現する可能性はある。がこれは突発的というか偶発的というか、ごく一般的な少ない母集団においては通常平均付近にしわ寄せ分も密集すると考える方が妥当だ。

学校で言えば「IQ 130以上は学年に数人居るか」(200人の学年なら4人)と問うならば、普通校には居ない可能性もある。進学校から何から1万人くらい集めたら出現率通り200人いるだろう。大学なら東大・京大などには沢山いるだろうし、会社ならアップルやグーグル、IBMなどハイテク企業に高知能が集まっているだろうことを考えると、一部の地域(主に東京)かつ限られた場所に集まっている=平均的な集団には少ない(または居ない)ということが言える。

その点「偏差値」なら同じ上位2%である偏差値70以上は確実にいる。なぜなら「今回テストを受けた人達」を母集団とする値だから、先に絶対居ることが確定しているから。

ややこしいが、この「統計」の領域が心理学業界でも難題扱いされているようで、沢山の「文系のための統計学」的な書物が出版されている。知能指数の理解が進まない1つの要因でもあるだろう。臨床心理士を志すも統計で挫折する人もいるらしく、心理学とは統計学だと言われる由縁でもある。

データサイエンティストにとっては興味深い分野だ。引き続き研究対象としたい。

※本文中の知能指数は断りがない限り標準偏差15の値を、偏差値は標準偏差10の値を用いた。

あとがき。

参考リンク:IQ「人並み以上」とは。

チャーリー(
JAPAN MENSA会員

AEAJアロマテラピー検定1級
AEAJ認定アロマテラピーアドバイザー
AEAJ認定環境カオリスタ
AEAJ認定アロマテラピーインストラクター
AEAJ認定アロマブレンドデザイナー
AEAJ個人正会員
JAMHAメディカルハーブ検定1級
JAMHA認定メディカルハーブコーディネーター
JAMHA認定ハーバルセラピスト
【国】ITパスポート試験合格(笑)。
【国】情報セキュリティマネジメント試験合格
【国】臭気判定士
薬学検定1級試験合格
HTML5プロフェッショナル認定資格 レベル1試験に合格。
個人情報保護士認定試験に合格。
情報セキュリティ管理士認定試験に合格。
【公】メンタルヘルス・マネジメント検定II種(ラインケアコース)試験に合格。
Comptia Security+試験合格。
SEA/J情報セキュリティ技術認定CSPM of Technical試験合格。
【国】危険物取扱者 乙種 第4類試験合格。
【国】情報処理安全確保支援士(旧情報セキュリティスペシャリスト)試験合格。
【国】ファイナンシャル・プランニング技能検定2級試験に合格。

チャーリーのタンブラー(毎日更新、日記・ブックマーク的な)


by charlie-ls | 2017-07-25 10:40 | 個人ブログ | Comments(0)

優れた能力は“発信”しよう。自慢ではなく事実を示せばいい。』の続き。
※今年02月20日から下書きに入ったままだった(笑)。

IQ、天才ブームと時を同じくして、日本も欧米も、中産階級から富裕層にかけてIQベースの英才教育がトレンド化している。

各国のママさん達から話しを聞いている限り、定期的にIQを測定し、「お宅のお子さん伸びてますよ」的な児童英才教育システムに子供を託すのはおすすめしない。少なくとも任せっきりは。

第一に、何度も知能検査を受けると慣れてしまう点、もう1つはIQスコアによって「天才」と認定されることに満足し、真に天才であるのかを判断する能力を持ちあわせていない家庭・学習環境下で生まれる偽陽性の天才」(擬似ギフテッド)の問題だ。親も天才ならワケないんだが。

偽陽性の天才として生きるよりは、手堅い秀才の方が恐らくは成功する。

知能検査で問われる要素を積木やパズル、ゲームなどで日々トレーニングさせたら、何も知らない同年齢の他の子と比べて高いスコアが出るのは当たり前だ。それを親が「うちの子はギフテッドだ」と思い込んで育てると、18才または22才頃から「こんなはずじゃなかったのに」が始まる。

自他共に認める天才なら周りも喜んで投資(世話などの労力的・時間的投資も含む)してくれるからいいが、自分は天才だと思い込んでいるだけの“擬似ギフテッド”は周囲から好意的な協力が得られにくいので、いわゆる「コミュニケーション障害」の発症リスクが高まる。「理解してもらえない」被害妄想の原因になりやすい。
※本人に非はなく、親から聞いている「あなたは天才なのよ」と周囲はそう思っていないという差が本人の行き場を奪う。

真の天才は周囲にも利益(発明・発見など)をもたらすが、擬似ギフテッドは周囲に「対応」を求めるばかりで、周囲にとっては手間がかかるだけの存在でしかなくなってしまい、人間関係を学ぶにおいて大きな傷跡を残しかねない。

話しはトレーニングに戻って。

人の資格試験に例えるなら、過去問で散々学習した人と、過去問を見たこともない人が試験を受けた時の結果を比べることと同じだ。カンニングとまではいかないが、この差(慣れ)は大きい。

例え英才教育を受けていなくとも、幼少期から偶然興味を持って毎日親しんでいたものと試験内容が合致すると極めて高いスコアが出るし、オーバーアチーバーの要因となる。それ自体は悪いことではないが、「慣れ」と“天才”は意味が違うし、児童期はこの偶然の合致によるギャンブル的確率で生じる偽陽性天才スコアを特に考慮する必要がある。

何が問われるか全く解らないテストならば、教科書や参考書を広げた際に、どこを重点的に読むかは学習者の勘(←コレがいわゆる才能)や好み(←試験ととの合致性が(*e1))スコアを左右する。

しかし、過去問(類似問題)を見たことのある人(子)は、当然テストに出るだろう場所に目がいき、限られた勉強時間内で競うには、この学習効率の違いが試験結果に雲泥の差をつけることになる。同時に、自らの好みや興味よりも過去問の傾向が優先されるため、テストがなくなる年頃で方向感を失いやすく、一般社会ではあまり期待できない思考回路化している可能性がある。

試験対策的な暗記学習は教科書・参考書あってのもので(結晶性知能)、何かを発見するための能力(流動性知能)は培われない。

*e1)合致すればオーバーアチーバー、(知能が高くても)かすりもしないとアンダーアチーバーが生じる。決まった試験の点数こそが評価対象となる学業においては、とても大きな意味を持つ。

特に幼少期から小学校低学年までは、「早生まれ」を考慮する必要があるほど、数ヶ月の差が大きい。児童向け知能検査も誕生からの経過月数で計算する。生きた年数が短いため、その数ヶ月間に受ける刺激や得る情報量が占める割合が極めて大きいから。

だから、どんなに子供の頃高いIQが出ていたとしても、算出に精神年齢が考慮されなくなる15才以降、できれば18才以降に成人知能検査を受けることをオススメする。

人生はマラソンと同じで、序盤(児童期)に先頭を走っていたからと言って、一番でゴールすることを確約されているわけではない。

童期は「人生の濃度」(密度)が大きく影響する。

子供を「水」だとする。生まれてから経過した月数に比例し「水」は増えていく。その間に溶け込んだ知識や情報の量を水溶液の「濃さ」として考えた場合、当然濃い方が有利だ。もし偶然に知識や情報が密集していた「濃い部分」と試験内容が合致すると突出した成績を収める。が、15才も過ぎれば生きた日数(水分量が増し)と環境的刺激で分散され収束する。よく混ざり薄まっていくため特異性・有意性が失われていく。

他の子供達が、塾や家庭教師、参考書、テレビ、インターネットなどで同じ情報やノウハウに触れる確率が高まり、先頭集団が遅くなるというよりは、後方集団が追いついてくる。これは「多様性」という視点からも十分に議論されるべき点だ。

/*
※多様性:例えば、小さい頃から外国人の子供と慣れ親しんでいれば、ブロンドやブルネットの髪を見ても何も思わないが、そうでない場合「あの子は髪を染めてる違反だ!」と騒ぎ、先生に通報する子もいる。先生自身初めての体験だと、外国人の子供の髪を黒く染めさせてみたりする“事故”が発生する。これは経験値(知識、情報量)の欠如から生じる(教養もだが)。対応策を「知らない」=まだ教科書(対応マニュアル)に載ってないことに対応できない大人は、この先の多種多様な社会において決して優位とは言えない。
※未知の問題に取り組み解決する能力は流動性知能とされている。

*/

精神年齢を考慮する児童向け知能検査は、年上の兄弟がいるだけでも、日々インプットされる情報・刺激の違い(マンガやテレビ一つとっても自らの年齢よりも上の入力がある)から差が出る要因となりうる。
知能検査に限らず、「小学校1年生の入学からnヶ月目に●●の試験が抜き打ちで行われる」と知っている生徒とそうでない生徒の結果は目に見えている。お兄ちゃん、お姉ちゃんがいる家庭は「事前情報」のレベルが違う。そして親の心構えがまるで違う。

家族全員がぶっつけ本番という状況と、既に経験済みの環境下とでは、食卓の空気さえも異なる。

/*
社会人が資格試験を受ける際、受験経験者・合格者から体験記や出題範囲などの情報が得られる人は当然有利だ。インターネットがまだなかった時代は、その経験者が沢山いる上場企業など大企業勤務の人の方が環境的優位性が高かった。しかしインターネットで誰でも均等に情報が得られるようになったことで、大企業に属するという優位性が急速に弱まってきている。
*/

その差をもってして高い成績を収めている子を天才・秀才としてとらえるならば、先生のパソコンをハッキングして出題傾向を下調べし試験に合格する子も、能力的には同等またはそれ以上と評価せざるを得ない。

情報の入手手順・経路が異なるだけで、試験内容に対して先に試験範囲や出題傾向から対策しようとした方法論は同じだからだ。しかしそれでは、事前にいかに試験情報を手に入れたかの競争になってしまいモラル崩壊をまねく。最終的には「買収」が君臨することになる。

よって、事前情報がない子と競った結果高いスコアが得られても、それは本来の能力差とは言えず、ここにある差は、事前に試験内容を知っていたか否かの割合の方がはるかに大きい。どちらかと言えば親の気合いと所得の差かもしれないと思うシーンも多々ある。

大学受験における塾や予備校、模擬試験などの存在も同じだ。全くソレらに触れたことのない生徒と比べれば明らかに有利になる。

生からの経過時間によって徐々にその差が薄められ、知能においては15〜22才で収束すると思われる。問題は就職と就職後だ。

「先生と生徒」の関係値、そして試験の結果こそが全てであった学校時代とは打って変わって、社会人とは自分で考え自分で行動することが求められる。そして保護者の手を離れる。22才までの間、学力向上に特化(出題傾向に沿った暗記ベースの学習)しすぎた子供にとって急にそれを要求されてもなかなか厳しい。試験というわかりやすい結果では評価されず、「貢献度」という新しい指標で評価されることになる。

まるでアウェーとホームの交代でも起きたかのように、過去問も参考書も対策本も取り上げられた状態で同じ土俵に放り投げられてしまえば、それは右往左往するのは当然だ。

「指示待ち」の若手が増えていると度々見聞きするが、そういった教育の産物なんだろうと思う。

ましてやそこで周囲に「ギフテッド」として対応を求める擬似ギフテッドは「手間」でしかなく、芸能界に例えるなら、皆に利益をもたらす“スター”は多少のわがままは喜んで聞いてもらえても、2番手、3番手は才能よりもむしろ謙虚さとか礼儀とか、教養、マナーといった「人付き合いの基本」を要求されるものだ。「親ばか」は決して悪いとは思わないが、これらをしっかり見極めて育てていく必要がある。

冒頭で、

偽陽性の天才として生きるよりは、手堅い秀才の方が恐らくは成功する。

と書いたのは、子供本人よりもその親を見ていて感じることだ。数値で認定されたギフテッドは、飽くまで目安でしかない。我が子を信じることと、我が子をギフテッドに仕立て上げることはまるで違う。

と私は思う。

そこで「やっぱりEQの方が重要だ!」という展開を期待(?)して、次回はEQについて書いてみたい。

 

チャーリー(
JAPAN MENSA会員

AEAJアロマテラピー検定1級
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AEAJ認定アロマブレンドデザイナー
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JAMHA認定メディカルハーブコーディネーター
JAMHA認定ハーバルセラピスト
ITパスポート試験合格(笑)。
情報セキュリティマネジメント試験合格
臭気判定士(国家資格)
薬学検定1級合格
HTML5プロフェッショナル認定資格 レベル1試験に合格。
個人情報保護士認定試験に合格。
情報セキュリティ管理士認定試験に合格。
メンタルヘルス・マネジメント検定II種(ラインケアコース)試験に合格。
Comptia Security+試験合格。
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危険物取扱者 乙種 第4類試験合格。
情報処理安全確保支援士(旧情報セキュリティスペシャリスト)試験合格。

チャーリーのタンブラー(毎日更新、日記・ブックマーク的な)


by charlie-ls | 2017-07-01 23:19 | 個人ブログ | Comments(0)

概略:「どっちが入るの大変ですか?」と聞かれたら間違いなく東大だ。東大合格のためには好きでもキライでも5教科全て勉強する必要があるが、メンサ入会試験は「素」のまま受けるものなので、塾や予備校、家庭教師などに費やす時間的、金銭的、労力的な負担がない。


日前、『偶然にもデータベーススペシャリスト受験者が。』に書いた女性スタッフと久しぶりに話したところ、彼女のカレは試験当日「午前1」から何もわからず早々に帰ったそうで、ドラマの再現は上手く行かなかったようだ。

そこで今度は(笑)、

「メンサって知ってますか?テレビ見ててメンサ会員の人が出てて、カレが受けてみるって言いだして」

と来た。

「あ、私会員ですよ」

と言ったところ、間髪入れずに、

「えぇーっ!メンサ会員と東大生ってどっちが強いんですか?」

強いって、アラレちゃんじゃあるまいし(笑)。慌てて言い直していたが、対抗クイズ番組のようなものを観たらしく、聞きたいことは理解した。


大生の勝ち、メンサ会員の勝ちという勝敗には大きな意味を持たない(と思う)。どちらも偏差値換算すれば、何かしら頭脳の領域で上位2%であることに代わりない。測定する項目がIQか学力かの違いだ。
※学力偏差値70以上も出現率的に上位2%だから(偏差値表)。

それに、東大生が勝利した場合でも、メンサの入会試験を受けたことがないだけで、受けさえすれば合格する知能の持ち主である可能性がある。少なくとも母集団(属性)的にその可能性が5.5倍高い。
※IQの平均である100は2人に1人、IQ 120(東大生平均)は11人に1人。IQ 130(メンサ入会資格)は50人に1人。いずれも標準偏差15で(IQ出現率表)。

東大生の平均IQは120と言われているが、実際に全員が成人知能検査WAIS-IIIのフルコースを受けているはずもないので、130以上もいれば100〜110もいる(多分)。
メンサ会員も、人口の上位2%なら日本に約260万人の会員がいるはずだが3,000人に満たないということは、259万7,000人のIQ 130以上非メンサ会員がいるということ。

だからどちらが勝利しようと、いずれにせよIQ上位2%の人物である(可能性が高い)と考えられる。

推測だが、東大生(や京大生)の2割くらい(既に卒業している人もいるから)は、受けさえすればメンサ入会試験に合格するだろう。IQは出現率で計算するため定員が決まっている。IQ 130以上=人口の2%は固定だ。もし全体のレベルが下がれば、その中の上位2%をIQ 130以上と見なす。日本で頭がイイ人達がどこにいるのかと問えば、日本の大学進学率の高さから見ても、出身者を含め難関大学にその大半が集まっているだろうから、母集団的には本来は半数以上が合格してもいいほどだ。

もっとシンプルに言うと、「日本人で250万人のIQ 130以上の人を集めてください」と言われたら、多くの人がまずは東大に探しに行くだろう。それが人々の認識を指し示している。

が、番組で勝利した東大生がメンサ入会試験に合格した場合、「東大生」と「メンサ会員」のどちらか一方を名乗るとすれば、恐らく「メンサ会員」だ。偏差値とは希少性(確率分布)=出現率を指す値であり、偏差値を理解する人は希少性の高いものに価値を見いだす。東大生が東大に行けば周りは全員東大生だが、メンサ会員は少ないため東大生に付加価値が付くと考えられる。これは、東大卒業後にハーバードへ留学した人の経歴において、ハーバードの名が華を添えていることと似ている。そしてハーバード大を出ると、学歴的にそれ以上がない(に等しい)から、賢さの指標としてIQが登場する。

※ちなみにハーバード大生の平均IQは130と言われていて、それが本当なら半数の学生がメンサ会員試験に合格するということになる。


能指数というのは表面にある「看板」とは異なり、根底にあるものであって、例えばある競技で常に優勝候補はドイツ人とデンマーク人だったとする。50勝50敗でも観客は決着を付けたがる。しかし、よく考えたらどちらもゲルマン民族(=DNAは同じ)でしたというように、看板(パスポート)が違うだけであり、決着を付けたところで似たもの同士だということが多々ある。

/*
日本のニュースサイトのコメント欄を見ていると、中国や韓国、北朝鮮が出てくるとやたら罵る人が多いが、少なくとも日本人の6割のミトコンドリアDNAは彼らと共通だ。要するにお母さんのお母さんのお母さんを遙か数千年、数万年と辿っていけば同じお母さんに行き着く人同士だということ。それでも「いいや、日本人の方が上だ」というなら、それは日本という国家の成果であると認めざるを得ない。そこに生まれてくるための努力はしていないのだから。
*/

個々の能力とは特異的なもので、使われる脳の領域も異なる。IQが高いから、東大生だから同じように楽器もダンスも上手かというとソレは違う。多少の相関はあったとしても。

偏差値やIQの計算方法と出現率という考え方がわかれば簡単なことだが、大半の人はその式を理解することよりも、メンサとか東大というブランドで区別する方が簡単だし、そこにステータスを感じる人が多い。

「ジャガーとポルシェどっちが速いの?」的な。どっちでもイイ。その領域に達すると所有者の好みだし、所有できるという時点で何かが確定している。


だし、「どっちが入るの大変ですか?」と聞かれたら間違いなく東大だ。東大合格のためには好きでもキライでも5教科全て勉強をする必要があるが、メンサ入会試験は「素」のまま受けるものなので、塾や予備校、家庭教師などに費やす時間的、金銭的、労力的な負担がない。鉛筆だけ持って試験会場に向かえばイイ。

メンサの試験料が大変だというなら話しは別で(笑)、1万円が大変なら大学にも行けないし、司法試験の受験手数料は28,000円だし、早い話生活が大変だということであって、IQの高低やメンサの難易度には関係ない。

※“メリット”(投資費用対効果)からすれば東大や司法試験の方が上でしょうと考えるなら東大や司法試験を受けたらイイ。常に選択権が与えられているし、どちらか一方を選ぶ必要にも迫られていない。

司法試験が最も難関と言われる由縁も同じで、どんな秀才・天才だろうと生まれながら法律を知っているわけではないので試験勉強が必要だ。必要とする努力や大変さという意味で頂点にあるのは間違いない。

これらは「背が高い人と、チアリーダーってどっちが大変なの?」と聞くようなもので、努力して背が高くなったわけではない背の高い人は、当然に毎日練習に励むチアリーダーの方が大変だというはずだ。

カテゴリは異なるが出現率で言うと、IQで言う130以上(メンサの入会基準)と、東大などの難関大学の偏差値(70以上)、および世帯年収1,200万円以上が同じくらいの偏差値(上位2%)であり、「東大を出た人が何で世帯年収が1,200万円ないのか、おかしい」と問われても、お金を稼ぐことや出世に興味がない人にとっては何もおかしくない。

背が高く美人な女性に、「何でモデルじゃないのか、おかしい」と言っても、モデル業に興味がなければしょうがない。本人の勝手だ。

外国人から、「日本人のくせに茶道の心得もないのか、おかしい」と罵られても、抹茶に興味がなければセットも用意していない家が大半だ。

人には好みがあるし、自分の人生をどう生きるか選択し決定する権利が与えられている。

が、人は勝敗を付けたがる。空手とボクシングはどっちが強いのかに始まり、総合格闘技が登場した。が、ストリートファイトならルールなんてないぜ!という人が出てくると、そりゃ早撃ちガンマン(笑)の方が強い。突き詰めていけば、ボタンを押してイイものなら押しさえすればあらゆる者を排除できるだろうアメリカ合衆国大統領が最も強いだろう。

権力や富が最も強いと言われる由縁でもあるが、比べてもしょうがない者同士を比べるもんじゃない。


は学力とIQはどう違うのか。
学力を競う受験のように、勉強(または経験、積み重ね)の成果を持ってして形成・発揮される知能を結晶性知能(ウェクスラーで言う「言語性知能」)と呼ぶ。年齢と共に上昇する余地がある。一方ジャパンメンサの入会試験や、この20年程世界的に主流になっている先天的賢さの指標は流動性知能(同じく動作性知能)を用いる。遺伝要素が強く、大凡生まれながらに備わっているものとされている(IQの本質的なところ)。

両方がバランスよく高いのが一番だが、それぞれを競わせるのは難しい。大凡文系vs理系と同じ流れになると予想される。

知能が高いのに期待される学力よりも低いことをアンダーアチーバー(underachiever)、その反対に知能から想定される学力よりも高い成績を収めることをオーバーアチーバー(overachiever)と言う。
※平均IQ(=100)で東大に合格すればオーバーアチーバーと言えるだろう。

アンダーアチーバーは対象物に「興味がない」ことが原因であることが多く、オーバーアチーバーは「努力の結晶」(好きで夢中になれた、悔しさがバネになったなど要因は様々)と言える。よって表面的な成績や実績では本来持つ能力は判断できない。

※IQ 120の人が、受賞者の平均IQが145と言われるノーベル賞をとれば、それもまたオーバーアチーバーの一種と考えられる。統計的には。極めてハイクラスな例だが。

しかし“「興味がない」から東大は受験しなかった”は、この手の論争を好む人達には通用しない。「(賢い)証拠みせろ」「どうせ無理なんだろう」と子供の喧嘩のような展開になり、得てして攻められる側は一切の自由や選択権が与えられなくなり、最終的には「東大」という誰もが認める“ブランド”が勝利する。


どうでもイイ展開だが(笑)、ブランド力とは強い。東大に限らず。


東大は140年の歴史があり、設立から71年のメンサの2倍もの間ナンバーワンであり続けている「実績」もある。

が、「メンサ」という名前も世界的にはそこそこ知られているし、世界的に会員が増え、会員の中から成功例や有名人が出てくると今後大きなブランドとなり得る。ただし、前述の通り、そうなった暁にはジャパン・メンサ会員の多くを東大生または出身者が占めることになるはずだ。

実際のところ、入会した当初見た会報誌の自己紹介欄では東大生が多かった。
異種格闘技大会が誕生したように、いずれは知性全般を競う「頭脳競技」が登場するのだろう。当面は、結晶性知能vs流動性知能という図式になるはずだ。次回以降その根拠を綴ってみたい。

 

チャーリー(
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チャーリーのタンブラー(毎日更新、日記・ブックマーク的な)


by charlie-ls | 2017-06-24 18:24 | 個人ブログ | Comments(4)

前稿『オンラインIQテストを標準化する。本物の値に近づけたい人のために。 』の続き。

ンラインIQテストとWAIS-IIIのような本物の成人知能検査の違いは、前稿の標準化されているか否かに加え、受ける試験を選べる・選べないという点が大きい。そして検査環境。加えてWAIS-IIIには聴覚を使った検査(相手が言ったことを覚えて逆さまに言うなど)もあるので、当然それらのないオンラインIQテストは極めて偏っている。

※特に断りがない限り、ココでは偏差IQ(DIQ=Deviation IQ *e1)型の成人知能検査を指す。

*e1)DIQは偏差IQ(Deviation IQ)と呼ばれ、偏差値から算出される。この点からも知能検査を主導している欧米もしっかりと偏差値を取り入れていることがわかる。「偏差値は日本だけだ」という考え方は間違っている。

オンラインIQテストの場合、流動性知能系(行列推理など)が好きな人、数列が好きな人、言語系(アナグラムも含め)が好きな人など、自分の好みでテストを選び(サイトのデザインなども含め好みが合えば同時にテスト作者とも相性がイイ)、気分が乗った時に好きなタイミングで、そして好きな場所で受けることができる。場合によっては何度も。だから得意分野で自己最高点が出ることが多い。

一方WAIS-IIIは、心療内科など場所自体がアウェーであり、時間も病院側が指定するし(*e2)、そもそも目の前に臨床心理士がいてじっと見ている(*e3)。そして内容が選べないため、苦手分野が足を引っ張り、一般的には全項目を平均した結果総合IQ(FIQ=Full scale IQ)は低く出る。大半の人が偏差値的に「普通」に近づく。もちろん1回切りで「ボーッとしてたからもう1回」とはいかない。

これらは大会で正式な記録を出す人と、練習中は日本新でも世界新でも出るんだが非公式という人の違いにも通ずるところがある。

*e2)その時体調が優れないかもしれない。しかしそれも現実社会と同じで、能力を発揮できるチャンスが訪れる日時を選べない。

*e3)近くに知らない人がいるとダメという人も多い。検査されている、監視されているという受け身意識が被害妄想的に作用し精神不安定になる人もいる。特に厳しい親に育てられたような人はトラウマが蘇るかもしれない。

差値とは、「アレはできるけどコレはできない」という人が「よくいる」という傾向もふまえているから、「突出した●●と、大きく欠落した▲▲」の持ち主も「よくいるタイプ」として見なされ、総合IQは「並」に近づく。早い話、他の検査項目で均される

現実社会のままだ。スポーツは得意だが頭は悪いとか、頭はいいがダサいとか、顔はイイんだが仕事ができないとか、一通りイイんだが教養がないとか、本番に弱いとか。

※総合格闘技か立ち技のK-1かみたいなもので、どっちがイイという話しではない。あくまで現代の成人知能検査は総合IQが最終的な結果(それも偏差値をベースに)として出てくるという点について考えてみたい。

偏差値の根底にある出現率という性質を理解すれば、自ずと「滅多にいないタイプ」が高く出ることが解る。すなわちIQの世界におけるソレは、「アレもコレもソレもドレも平均より高いタイプ」だ。

じゃぁ総合IQが高くなければ意味がないのかと問うならそれは違う。言ってみればWAIS-IIIハイスコア組は万能型だが、1つ1つの検査項目で競争すれば、各カテゴリのオリンピックに出場するような人達はにいる。これは総合職もいれば職人や技術士もいることと同じで、得意とする脳の使い方が異なるのだから、自分の得意分野で活躍すればいい。

私は万能型の代表みたいなもので、幅広いジャンルで日常的にWAIS-III 140に沿った結果は出せるが、ハイレンジIQテスト(特に高いIQを測定するテスト)で170や180といった突出したスコアは出せない。この記事の下準備のためにいくつかオンラインハイレンジIQテスト受けてみたところ139〜159(全て一回目の結果)の範囲だった。標準化されていないし、元々対象母集団が2%以下のニッチなテストなので、内容自体が揉まれていない上に(作者の自己満足の可能性も高い)、単一的(行列推理のみ、数列のみとか)で、誤差も踏まえて140前後と見ていいだろう。
※もう一度見れば解るかと聞かれると、何度見ても解らないだろう問題が並んでいた(笑)。

IQや才能の価値とは相場と同じで、世の中の物価(必要とする能力や頭脳に置き換えていただきたい)次第で相対的に変動する。この先、総合IQよりも突出した個別のIQを重視する時代が来るかもしれない。その反面、発達障害、ディスレクシア、アスペルガーという人達がとても増えているので(こうした人達は検査項目毎に高低が激しい傾向がある)、この先さらに総合IQの配点が高まるかもしれない。これは誰にもわからない。そもそも日本では未だに20年以上前に標準化されたWAIS-IIIが基準なので、最新版のVにもなればもっと近代的な結果が出るだろう。しかし、その「時代遅れな日本」もまた、我々を取り巻き悩ませる環境要因だ。

そこで私からの提案だ。日本で正式な成人知能検査を受けた人達は、私のようなブログネタ(自費)というケースはほとんどないだろうことから、受ける場所柄から考えても、何かしらの診断を受けた人達が多いんじゃないかと思う。よって高いIQの記録(診断結果)を持っている人は、同時に精神的な悩みを抱えている割合が多いと考えられる。

しかしそこだけにスポットが当たると、高いIQを持つと大変で何もイイことないような印象が広まってしまうので、高いスコアを出した検査項目と、自分の得意分野について存分に発信していただきたい。これは必要だ。

あればいいというレベルではなくて必要だ。

なぜなら、世間はその突出した能力の使い道を知らない。使い道がわからない限りその能力があることによってどんな利益が得られるのかがわからないから、需要も高まらない。商品と同じで、革新的なものほど浸透と理解に時間がかかる。自ら発信し売り込み理解を求める必要がある。攻めに転じていただきたい。

iPadやiPhoneを見た事もない人達と話すつもりで。

れだけ普及したインターネットも、本当に使いこなせている人は一握りしかいない。レーシングカーを巧く乗りこなせるのは優れたドライバーであって、庶民が運転するわけでもなければ、それを求める対象じゃない。ココで言う“優れたドライバー”は、僅かなヒントがあればキャッチできる感性と能力を持っている。それが引き合わされるべきだと私は考えている。

ある突出した能力(IQスコア)を持つことによる「大変さ」が語られているブログはそれなりにあり、同じような悩みを抱えている人達の眼に止まって共感を呼んだり、同じような子供を持つ人達の励みにはなるかもしれないが、元はと言えばその悩みの種世間の理解不足であり、似たもの同士共感しあっても悩みの根底にある社会環境は改善されない。

そもそも、背が高いとか、足が速いとか、ハンサム・美人とか、スタイルがイイとか、世の中のほとんどの「誇らしい」特技・才能・遺伝子は単一的だ。だからIQ下位検査のいずれかが突出していることも同じように誇ってイイ。そこでディスレクシア(高低差が大きい)という悩み(問題)がクローズアップされ、卑屈になってしまい先入観や偏見だけを広めてしまうくらいなら、何も特技がナイ人よりずっとイイと開き直っていただきたい。

※イギリスではGCHQ(イギリス国防省管轄の諜報機関)がディスレクシアの人達を大量雇用している。暗号解読に優れた能力を発揮するそうだ。

見いだせない方の能力のなさを責めても仕方ないので、まずは発信が必要だ。知らない人には知らせるしかない。そしてメリットを与えるのが一番だ。人とはメリットさえあれば理解していなくとも必要とするのだから(笑)。

日本人は自分のアピールを控える傾向がある。
しかし、自慢と事実は異なる。
※「足が長い少年」に詳しい。

/*
例えばイギリスは階級によって英語のアクセントが違う。ある有名な役者は男子校の名門イートン校を出てケンブリッジ大学を卒業した生粋のエリートで家柄もイイ。当然英語の発音もいわゆるクイーンズ・イングリッシュだが、彼は「喋っている(英語を発音する)だけで嫌み」とさえ言われる。しかしそれは受け止める側が偏屈なだけで、育ちがよく綺麗な英語を喋っている方が悪いわけではナイし、彼が自らの育ちを否定されなきゃいけない理由は何もナイ。
*/

是非とも声を大にして、自らの特異的能力を発信していただきたい。

次回に続く。

チャーリー(

JAPAN MENSA会員

AEAJアロマテラピー検定1級
AEAJ認定アロマテラピーアドバイザー
AEAJ認定環境カオリスタ
AEAJ認定アロマテラピーインストラクター
AEAJ認定アロマブレンドデザイナー
AEAJ個人正会員
JAMHAメディカルハーブ検定1級
JAMHA認定メディカルハーブコーディネーター
JAMHAハーバルセラピスト試験合格
ITパスポート試験合格(笑)。
情報セキュリティマネジメント試験合格
臭気判定士試験合格
薬学検定1級合格
HTML5プロフェッショナル認定資格 レベル1試験に合格。
個人情報保護士認定試験に合格。

チャーリーのタンブラー(毎日更新、日記・ブックマーク的な)


by charlie-ls | 2017-02-16 13:21 | 個人ブログ | Comments(0)

ンラインIQテストのスコアはもの凄く高く出る。が、そこから何とかWAIS-IIIなどの本物の知能検査の値に近づけたいという人のために、簡易標準化作業をご紹介したい。

まず、Twitterなどに結果を載せている人達を一通り見渡し、50件以上のサンプルを収集する。
※ランキングが公開されている場合は上位の密度を見る。上位の値(特に最高スコア)周辺に密集していれば能力差がないから、出現率から見て実際にはその値が平均寄りだと考える。

※IQや偏差値は標準正規分布に沿うため、IQ 130以上、偏差値70以上は常に上位2%と決まっている。予め定員が決まっているカンジ。難しい問題が解けた人全員が高知能・高偏差値とはならず、解ける人が多ければそれを平均と見なす。

※テストの成績(得点)と平均は静的(static)だが、IQや偏差値は全体に対する相対的な値付けであるため動的(dynamic)と考えてイイ。


速計算してみよう。
例えば150が30件、180が20件、210が10件見つかれば170が平均だから、このオンラインIQテストで言うスコア170がIQ 100と置き換えられる(こういった手続きを「標準化」という)。

/*
どれだけランダムにサンプルを抽出したとしても、結果を公開している人達のほとんどは、自分のスコアは平均より高い(だろう)という自信に基づいているため、散々な結果だった人は恐らく含まれない。よって底上げ(平均が高く出る)されていることを考慮する必要がある。
*/

次に偏差、偏差平方和、分散、標準偏差と計算すると(こちらがわかりやすい)、このサンプル50件の標準偏差は22.36であることがわかり、標準偏差10の偏差値(平均は50)、標準偏差15のIQ(平均は100)に換算すると、

スコア150 → 偏差値41.1(SD10)、IQ86.58(SD15)
スコア170 → 偏差値54.47(SD10)、IQ106.71(SD15)
スコア210 → 偏差値67.89(SD10)、IQ126.83(SD15)

となる。

※現代の成人知能検査はDIQ=偏差IQ(Deviation IQ)という偏差値ベースの値なので、母集団と試験内容が異なるだけで計算式は同じだ。

●平均を100とする標準偏差15のIQ計算式:
 知能指数 = 15×(自分の得点 − 平均点)÷標準偏差+100
 ※平均点と標準偏差を同世代(同一年齢)の値で計算することが多い様子。その場合は同じIQの20才と30才とでは賢さは異なる(後述)。

●平均を50とする標準偏差10の偏差値計算式:
 偏差値 = 10×(自分の得点 − 平均点)÷標準偏差+50

f0337316_01141301.jpg


/*
1SD(=1σ)だから、偏差値40〜60(50±10)が普通(全体の68%)、偏差値30〜70が全体の95%(2σ圏)であり、70を超えたら上位2%(3σ圏)に入る。

同じくIQは85〜115(100±15(=1σ))が普通(全体の68%)であり、70〜130が全体の95%(2σ圏)、130を超えたら上位2%(3σ圏)に入る。

※偏差値70だからIQが130あるわけではないしその逆も然り。出現率は同じでも、測っているものが学力なのか知能指数なのかで内容は全く異なる。例えば100メートル走のタイムで偏差値70とか、年収偏差値70という表現方法もできる。
*/

WEB上で収集し底上げされた平均で計算した結果なので、実際よりも自分の偏差値(及びIQ)が低く出ることになるが(全体が高く出ると高いスコアの有意性が下がるということ)、オンラインIQテストの問題自体が系統の偏り(例えば聴覚は使わないとか)と、他との類似性によってユーザーが慣れてしまい、スコアが高く出やすいため、相殺すると実際はもっと低く出るはずだ。

そこで得意分野、まぁまぁ分野、苦手分野の3種を受け各スコアを自分で標準化し、標準偏差15に換算した上で3種の平均を出す。そこから「−10」くらいがWAIS-IIIの結果に近いだろうと思う。

偏差IQとは偏差値そのものであり、「他人にもできることが自分もできる」だけでは平均的でしかない。他人にできることはそれ以上にでき、更に他人に出来ないことができる場合に偏差値が上がる。


f0337316_16174390.jpg

差値の仕組みを簡単にまとめると、100点満点のテストで90点を採り「90点だった、オレってすげー!」と喜んでいたら、隣もその隣も見渡す限り95点以上だった場合どうだろうか。スゴイどころか最下位の可能性もある。もし95点が平均だったら、それを中心(平均)に前後に散らすと上は100点、下が90点になる。

その場合100点が希に見る快挙かというとそうでもなく、上・下・平均の差があまりないため、当該テストでは能力差を正確に測ることはできないと考えられる。よって、簡単なテストの90点と難しいテストの90点の違いを数値化したものが偏差値と標準偏差だ。

早い話、平均からどのぐらい上下しているかという指標。マラソンで言うと、平均的なタイムのランナーと比べ、どのくらい前(または後ろ)を走っているかを知るための便利な指標だ。

※そもそもオンラインIQテスト提供側が標準化しているんじゃないかと考える人もいるかもしれない。公開する前に何百人、何千人に受けてもらって検証した結果配点を決めているならともかく、そこまではしていない。本来は公開後、スコアを動的に標準化(最新の平均値(すなわち移動平均)から偏差値の再計算)し、自分の出したスコアが毎日変化していくよう作れば悪くない(相場のように)。そうすれば、いずれは良く揉まれた(標準化された)正規分布に沿うスコアとして収束を迎えるだろう。

※※ただし、2回目以降のスコアを除外する技術が必要だ。会員IDやクッキー、メールアドレスで判別するくらいのことしかできないが、IPアドレスは止めた方がいい。会社や公共無線LAN、同じマンションに住む人が同一人物としてスコアを共有することになるからだ(笑)。

WAIS(ウェクスラー)などの結果もオンラインで即時反映させ、動的なリアルタイム偏差値式に変更すればいいと思うんだが(そうすれば20年も最新バージョンの標準化を待つ必要がない)、テストを作る側が天才なわけではないので、測定できる上限(天井)も低いだろうと思う。

次回に続く。

チャーリー(
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by charlie-ls | 2017-02-10 08:56 | 個人ブログ | Comments(0)
起業家に必要なのは高いIQよりパターン認識能力 | TechCrunch Japan
http://jp.techcrunch.com/2014/12/12/what-is-necessary-for-entrepreneur-is-not-a-high-iq-but-an-ability-recognize-patterns/


以前から度々見かける記事なので、改めてリブログしてみようと思う。

私もIQだけでビジネスが上手く行くとは思わないが、IQを度外視することは1つの重要なポイントを見落とすことになる。
高い分にはそれを活用するというオプションが与えられるのだから、特技や資格などと同じとらえ方をすべきだ。除外する必要はない。「●●の資格を持ってるからお前はダメだ」という話はないのだから。会社の都合が悪くない限り。

成功本などと同じく、現在の成功者達は、過去10年、20年の成果が実った人達であり、これから成功しようと考えている人が、現在の成功者像を追い求めると時代遅れになる。

確かに2010年くらいまでは、大したIQは必要なかった。人望や話術、センスの方が重要だった。更にさかのぼって2005年らいまでで見れば、昔ながらのハッタリ「お調子者」的な要素もある一定の世渡り術として評価されていた。世間で言うコミュニケーション能力だと思われている類いだ。
が、この5年は違う。ハッタリただの嘘でしかなくなり、その嘘は必ず暴かれ、デジタルな世界は証拠が残る。Wi-Fiは暗号化していても傍受・解読でき、恐らくは多くの重役通信が覗かれているだろう。

「技術的なことは専門家に任せて」「弁護士と相談して」という時代じゃない。

専門家に相談しないと、すぐ目の前にいる社員の言っている意味がわからない経営陣には、人がついてこない。そういう時代だし、更にその傾向が強まるはずだ。
そりゃそうだ。毎日会社のために働いている社員よりも、どこかのコンサルタントや“専門家”の意見待ちはこの先ウケないことは言うまでも無い。

最も代表的な例はヒラリー・クリントン氏。「技術のことはわからないが専門家を信じている」という発言が支持離れを招いた。もう「わからない」はマズイ時代だし、自身の個人メール問題を抱えていながら「わからない」は無責任だ。

セキュリティについて「わからない」ということは、家の玄関の鍵の閉め方を「わからない」と言っていることに等しい時代になった。当たり前の基準が変わった。

アメリカで言えば、ハーヴァードはもちろん、MITやCaltech出の新入社員が言っている言葉の意味くらいは理解できないと厳しい。「何を言っているのかわからない!もっとコミュニケーション能力を身につけろ!」と、権力に任せ気に入らない者は解雇するのもいいが、どう考えてもそれは会社の未来のためにはならない。自分のレベルに相手を下げようとしている行為だ。

「人生の先輩」かどうかは重要でない時代になった。
若手は思ったことを自分の正義感に任せ場を考えずに口走ることがあるが、実はそこに現代における真実が宿っていることが多々ある。

人を活かす社会・会社の時代であり、誰かのために自分を下げる必要もなければ、それを我慢する人々ではなくなった。人類そのものが変わりつつある。

時代はもう変わってますよ!と言いたくなる、とても簡単な見分け方としては、まず、URLが長い時点で時代を見誤っている(笑)。
せっかく良い記事を見つけて友人にURLを送ろうとしても、URLが長いと途中で改行されリンクが切れてしまう。これはパソコンのメーラーでも同じだが、スマートフォンでは特に顕著だ。受信した側が、自分でURLをコピーし何かに貼り付けて、改行され切れたURLをつなぎ合わせてアクセスする人がどれだけいるだろうか。

googleはURLの文字列もスコアリングに使用していると言われ、SEOのためにURLにも本文と関連する文字列を入れているサイトは少なくない。が、本文やタイトルと違って、ユーザーの目にそれほど止まらず、なおかついくらでも詐称できる要素を重視するはずもない。

合理化とか機会損失だとかコスト削減だとかより効果的なマーケティングだとか、最もらしいことを言っている人は山ほどいるが、肝心なユーザビリティ(利便性)と時代の流れが読めていなければ、努力する方向を間違ってしまう。
そんな“オッサン”に、現代の賢い若者達が黙って後を付いていくとは思えない。

URLは、メーラーが強制的に改行するであろう半角72文字(全角36文字)以内で。
googleマップは標準で短縮URL機能を実装している。Twitterは投稿内のURLを自動で短縮URLに変換するが、表示自体は元URLのままにしている。タンブラーは表示もリンクもわざわざ長いURLに置き換えている(笑)。

これらは観察力・洞察力、すなわち動作性(流動性)知能が問われる。「パターン認識力」も同じだ。IQテストで言う行列推理であり、それがまさに動作性知能だ。

参考資料:ヒラリー・クリントン氏が公務に個人メールを使用 その問題点

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AEAJアロマ検定1級(笑)

チャーリーのタンブラー(毎日更新、日記・ブックマーク的な)


by charlie-ls | 2016-01-04 15:25 | 個人ブログ | Comments(0)
ルチアーノショー寄稿ブログ

ティーブ・ジョブズは、自ら創業したアップル社から追い出され(“アップル社の将来のためにならない”という理由で)、ネクスト(MacOS Xの基礎となっている)、ピクサー(ディズニー映画のCGを担当している)を創業し、そして出戻り、キャンディーカラーのスケルトンボディで大ヒットした、初代iMacを発売した頃、インタビューでこう発言した。

しまった、失敗したと思った


マック(当時は“Macintosh”)に、CD-RW、CD-R(すなわち書き込み可能なCD)ドライブを搭載しなかったことについてだ。インタビューアーの質問自体、スティーブに「後悔」を促すかのように飛び出した。

2000年初頭、好きな曲を集め、今で言う「プレイリスト」を作り、オリジナルの音楽CDを「焼く」という行為こそが、「意識高い系」のファッショントレンドであり、新たな時代の幕開けを示す象徴のようなものだった。
MDを編集するのではなくCDを焼く。
あたかも、「パソコンはオタクのためのものではない」というメッセージかのように。

同時に、日本人の私にとっては、プレイステーションのマーケティングに明け暮れる、“ソニーの時代”が終わろうとしているかのようにも見えた。

スティーブの憧れたソニー。

/*
1991年、アップル社製ノートパソコン「PowerBook 100」は、ソニーに製造を依頼している。
*/


私も1994年に初めてパソコンを持った時からマックユーザーだが、確かにアップルはCD-ROM(読み込み専用)ドライブは早くから搭載していたのに、書き込み可能ドライブは頑なに搭載しなかった。
一説によると、スティーブの拘りで、トレイ式ドライブではなく、“美しい”<吸い込まれるような>スロット(ローディング)式ドライブじゃなきゃヤダと言い張ったことが原因らしい。
※実際にPowerMacのようなハイエンドマシン及び初代のホタテ型iBookなどを除くと、マックのほとんどがスロット式ドライブを搭載している。トレイが出てくる時のあの音(ギアの回転音)も含めた安っぽさ。言うまでもなくスティーブはスロット派だろう。

結果的に、みるみるうちにWindowsユーザー達が時代をリードし、マックは値段が高いだけの「信者のための」オモチャのようにさえ言われた。
音楽通であるスティーブにとって、「ファッショナブル」をうたったマックにとって、音楽ファンから「選ばれない」なんて、これほど屈辱的な評価はなかったに違いない。
※厳密にはDTMなど制作側には一定の支持を得られていたが。

今ではどうだろう。
あの「iPod」を生みだし、iTunesストアは音楽業界そのものを変えた。

しかしスティーブ・ジョブズはBlu-Rayドライブを決してマックに搭載しなかった。
最近のマックはDVDドライブですら搭載していない。
※理由は知らないが“好きじゃない”らしい(笑)。フロッピーディスクドライブを外したのも早かったので、恐らくは回転式ドライブが“フォーマルじゃない”という感覚的なものじゃないだろうか。


のビジョンは、とうの昔に決まっていたに違いない。
ビジョンという名の妄想ではなく、現在のアップル社が示している現代の結論だ。

その「結論」を行動に移すのが早すぎると、社会、世の中、一般に受け入れられず、普及しない。
いずれ「受け入れるしかない程のものであっても、「今は受け入れない」という事象が発生する。
人々は、黙って天才の言うことを聞くほど素直ではないし、その人が天才であることを見極める力、天才が言っていることが正しいと評価できる能力があれば、あと10年早くiPhoneやiPadが発売されていたはずだ。

IQの差が20開くと、会話が成り立たないという説に対し、私は感情論という面でならと分析・解説してみたものの、スティーブ目線で言えば、世間は「私が言っていることが、10年かからないと脳まで届かない奴ら」だったんじゃなかろうか。

天才スティーブから見ればお金をドブに捨てるような機器に大金をつぎこんでいたとしても、クリスマスプレゼントに買ってあげたパソコンが、開梱したクリスマス当日にちゃんと動かなかったとしても、それでも「今」が楽しければそれでいい人が多い。いつか来るかもしれない未来の話に耳を傾けたりはしない。

アップル最初のPDA「ニュートン」は、1993年発売だ。その後PalmなどPDA端末が出てきては消え、再びブラックベリーやシンビアンなどがPDA市場を賑わせる中、約10年かけて、電話機とPDA、デジタルカメラ、音楽プレーヤーをiPhoneが「統合」した。ニュートン発売から15年後だ。

90年代後半、倒産の危機にあったアップル社は、2011年08月、時価総額でエクソンモービル社を追い越し、事実上の「世界最大の会社」(業種を問わず。そしてロシアの上場企業全てをも上回る)となった。スティーブ・ジョブズがCEOを退任した月だ。その1ヶ月半後、彼はこの世を去った。
彼にとっては「当たり前」のその日が来たに過ぎないだろう。むしろ何でこんなに時間がかかったのか、腹立たしささえあったんじゃなかろうか。

スティーブ・ジョブズがまれに見る天才であることは揺るぎない。
が、そんな彼の中の「失敗」は、結論を急ぎすぎる(凡人目線に過ぎないのだが)とか、性格的なものに起因している。

かといって、決してそれは「異常」でも何でもなく、答えがわかるんだからすぐに答えて当たり前。
凡人から見て「急ぎすぎる」ように感じても、天才は天才の標準的なペースで喋っているに過ぎず、彼に「ちょっと待って」と制限をかけることに何の躊躇いもないのだとすれば、凡人中心に世界が回っていることを指し示している。

まさに「会話が成り立たない」瞬間を垣間見る。


才や秀才達の「理論」は、凡人の「屁理屈」と違って、ほとんどの場合間違っていない。少なくとも他の人達よりも正しい可能性が高く、問題が生じるとすれば、この性格的なところ。
そこを指して(刺して?)、「天才はEQが低い」という話が盛り上がる。
しかし、その表現は少し間違っている
「天才は、IQ程EQが高くないことが多い」という“可能性”があるが、「IQもEQも“並”か低い人が大半を占めている」ということは確定している事実だ。

IQが高ければいいってもんじゃない」と言う人は「EQの方が大切だ」と言うことが多い。
//googleで「IQ EQ」と検索すると、タイトルだけでも見てとれる。
私の予想では、その人のEQは高くない
世の中の「EQ」テストの内容は、大凡他人から好かれる要素、「輪を乱さない」とか「自己中心的でない」とか、いわゆる協調性を測っている。
ならば、「私はEQが高い」と言うことは「他人は私のことが好きだ。多くの場合」という意味であり、その時点で他人から好まれない要件を1つ満たすことになる(笑)。「別に039.gifと言われそうな空気感。

だから「私はIQが高い」は成り立っても、「私はEQが高い」は発言自体が減点対象であるということだ。
IQが高い分には、人から嫌われようと関係なく、ただ単に出た結果の値を伝えているに過ぎない。一方で「EQが高い」ことを名乗るのは、1つ間違えると「君も俺のこと、きっと好きに違いないよ(EQの差が開きすぎて、今はわからないだろうけど)“教えてあげる”ようなものだ(笑)。“お前はもう死んでいる”くらい余計なお世話だ。

本来のEQ(=心の知能指数)テストは実に簡単。
Facebookの友達リストは平均100人ちょっとらしいから、友達リストにいる100人に、「自分自身の友達リストから、大好きな人を2人だけ選んでください」(200人いる人は4人選ぶでもいい)と頼む。
果たして、自分は選ばれるだろうか。

「IQ上位2%」よりも難関じゃなかろうか。
いや上位2%は上位2%なんだからどっちも同じなんだが、100人中「大好きな人ランキング」で1位2位になるのは結構難しいと思う。
それこそ「好み」は多岐にわたり、地球上全員に聞いて回れば綺麗に1対1の「対」(よって全員一位でありタイ)となり、神の存在を信じずにはいられなくなるかもしれない。

私は選ばれる自信は全くナイ。

選ばれなければ「並」(平均)か、どちらかと言えば嫌われているということだ(笑)。
ってことは、友達リストから消えてなくなっても気付いてももらえないし、Facebookアカウントごと削除したとしても、自分から「俺(私)がいなくなったことに気付きましたか?」と問いかけるまで気付かれないだろう。ということだ。

所詮そんな存在かもしれない自分が「EQが高い」と思うのは思い上がりの他ならないし、究極のナルシズムだ。思考としてはストーカー的だ。「私がこんなに好きなんだから、相手も私のことが好きに違いない。そうじゃないとおかしい」的な。

それでも「IQよりEQが重要だ」と言ってみるのはいいが、IQが遺伝上の知的能力なら、EQはスター性だ。

IQの話題から切り替えて、「スター性」勝負を挑もうかという人が、本当にEQが高いとは思わない(笑)。

鏡を見たらわかるじゃないか。と思う。
顔とかスタイルの話じゃなくて。
「ニコッ」と微笑むだけで、人を安心させ、明るい気持ちにさせ、「あなたが大好き」と言わせる力があるか。
「IQよりEQの方が大切だ」と言っている瞬間の自分の顔をビデオに撮って、5回見て、自分に惚れ惚れしますか的な。

ではどうだろう、天才スティーブ・ジョブズは。
彼からどれだけ罵られようと、エレベーターで乗り合わせただけで「クビ」になる可能性に冷や冷やした従業員だろうと、迷いも無く100人の友達リストの中からスティーブを選ぶ人は多いんじゃなかろうか。簡単に「EQ上位2%」をクリアしている。

彼は「変人」として有名だし、ソニー前会長ですら、インタビューで「彼と仕事は無理」と思ったことを明かしている。
でも接した人達に愛されているのなら、それは結果として「EQが高い」と言っていい。人が好み、望むのだから、わざわざどこかの学者が定めた質問フォーマットに合わせる必要はない。

天才でありEQも高い、スティーブ・ジョブズ。
大富豪でありダサい
、ビル・ゲイツ(関係ないか)
何と言われようと、彼らはルールを変える力さえ持っている。


の多くは、好き嫌い(感情)が大部分を占めている。
「アンタには言われたくないけど、スティーブが言うなら仕方ないわ」という人は山ほどいるだろうし。
※私が『少年からのお便り。』の最後に伝えたかったのは、この部分だ。

同じ事を言っていても評価が異なる。

このスティーブのEQの例はまさしくソレじゃないだろうか。
罵られても「スティーブは僕に期待してくれているからこそ、あんなに厳しいことを言うんだ」と受け止める人さえいるに違いない。
世の中が「これだから015.gifと言っている“ゆとり世代”の若者も、スティーブに殴られそうになったら「ちょっと待っててください」と言って、記念写真撮ってSNSにアップして自慢するかもしれない(笑)。場合によっては、「あのスティーブが、唯一手をあげた相手」(→愛されてたのね〜)として、故郷に錦を飾るかもしれない(笑)。

マゾヒズムなニオイさえ感じるが、人を好きになるということはそういうことだ。

だから、IQは一定の基準で、社会的に、世の中的に、一般的に「重要」だと考えられるテスト(5教科のようなもの)で測定することができても、EQは「憧れ」「ファン」といった特別な感情が絡むことで、相手の受け止めた方が180度異なることもあり、測定は不可能だろうと私は思う。

場合によっては、「余所よりも高い給料を払ってくれる社長だから好き」ということもあるかもしれない。
そうなると社会的地位やお金にさえ影響を受ける可能性がある。

それでもEQの方がと言うならば、EQテストの発案者はノーベル賞に値するだろう。人間力が数値化できるのだから。企業、医師、公務員試験は、今すぐにでもEQテストに切り替えるべきだ。

というわけで私は「EQ」の測定結果には懐疑的であり(レコグナイザー式は一部の能力が測定できると思う)、「人間力」的なスコアは、結局は需要と供給のバランスで、相場のように変動しつつ、その時その場の個々の状況・事情に応じて「値付け」されるものなんじゃなかろうか。と思う。


メリカのドラマ“スコーピオン”は、「トータルIQ 700の天才集団(4人組)」というチームが、国家の安全に一役を担うというストーリー。劇中「天才はEQが低い」というセリフが何度も出てくる。恐らく世間の発言の出所はココだ。

が、しかし!
みんないい人達だ(笑)。

多分ドラマの作者も、途中から気が変わったんじゃなかろうか(笑)。
妙に人間くさくて、真っ直ぐで正直で、正義感に燃えていて、普通の人よりも「熱血」に見える。

彼ら(スコーピオン)を指して警部が「なぁ、メンサ」と呼ぶシーンがあった。それに対し「メンサって、ただのインテリ集団じゃないか」一緒にしないでくれ的な表情で言う一幕が印象的だった。
メンサの会員には視聴をオススメしたい(笑)。

「トータルIQ 2000の偶発的集団(24人組)」
だったら見なかったが。

というわけで、次回のネタはまだ決まっていないので、引き続きウォッチングを続けるチャーリーであります。
みなさん、素敵なクリスマスを069.gif


お知らせ:気になる記事にコメントを添えてご紹介するチャーリーのタンブラー(毎日更新)を始めました。

■目次
 1ページ:噂のメンサは本当に高知能なのか。実験台になってみた。
 2ページ:WAIS-III ウェクスラー成人知能検査を受けてみた。全額負担で。
 3ページ:オンラインIQテストの信憑性をメンサ&WAIS-IIIと比較。
 4ページ:Cambridge Brain Sciencesをやってみた。
 5ページ:「上位2%」は100人に2人や50人に1人とは限らない。パラドックス的な。
 6ページ:知能レベルが高い人ほど人を信じやすく、低い人はあまり人を信じない?
 7ページ:言語性知能。片言の外国人との会話から考察。
 8ページ:知能、お金、容姿。○○だからいいってもんじゃないという不思議な理屈。
 9ページ:東大首席の山口真由女史の言う「俯瞰力」とは。
 10ページ:頭と心、理論(Logic)と感情(Emotion)。
 あとがき:知能指数とは。良き理解者へ。あとがき。
 別冊:色盲とIQ。色が絡むとIQ(判断力?)が著しく下がる。
 別冊:知能指数(標準偏差15,16,24換算表)と出現率をエクセルでまとめてみた。
 別冊:国別のノーベル賞受賞者数とメンサ会員数。
 追加少年からのお便り。
 追加知能検査で天才を探す欧米と、診断目的でしか使用されない日本。
 追加学力偏差値でいうところの上位2%とは。
 追加IQ 162以上を正確に測定できるのか。唯一の解答者は「運命の人」なのか。
 追加賢い人、賢くない人の特徴。IQ、学力、知識を束ねるのは性格(感情)。
 追加天才とEQ。スティーブ・ジョブズのEQは高いのか。 現在ページ。

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AEAJアロマ検定1級(笑)

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by charlie-ls | 2015-12-19 11:10 | 【赤坂】ルチアーノショー寄稿ブログ
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いIQ(または学力、知識)を持っているのに“上手く”いかないのであれば、それは大凡性格(感情)が災いしている。

これは、為替や株のトレードが実に良い例だ。専門家と言われる人達は、高学歴で、誰よりも多くの専門的知識を身につけ、そしてより早く有益な情報を得られる特別な環境にいながら、大金持ちは増えていかない。自宅でトレードでき、上司もいない。人間関係とかコミュニケーション能力、世渡り術は一切問われないのにも関わらず。

IQ、学力、知識がどんなに高くても、それらでは計測されていない、性格(感情)がその能力を阻害しているからだ。

ここで言う性格(感情)は、世間の言う「EQ」とは違う。EQはおおむね「協調性」の評価が主体であり、集団行動を前提としている。しかしそれは、個人宅のトレーダーにとって、何ら重要な要素ではなく、ここでは意味をなさない。

仮に「IQ」で“賢さ”は計れないとした場合、社会における「実践」(現場)ではどういった点で判断するのか、心理的側面から分析してみた。
※あくまで私の感覚なので、皆さんの感じ方は異なるかもしれない。


い人は、素直にいいものを「いい!」と認める。
自分がゼロから作るよりも、いいものはいいと認めて、参照・引用・紹介、参考にした方が早いし(この迅速・速報性を競う傾向がある)、その方が「質が高い」事を知っている。見たもの出会ったものが(今の自分よりも「優れている」と理解する力がある。見栄を張って無駄な時間を消耗しない。決して「追いつけない」とか「負けた」と卑屈になるわけではなく、現時点での自己評価が「正確」だ。そして、下手に講釈をたれて、3時間も喋った後に、スマートフォンをいじっている若手を注意したかと思えば、わずか30秒でもっとわかりやすい文献・記事を見せられた時のかっこ悪さの方に気を遣う。現代的でもある。

何をかっこ悪いと思うかで、その人の本質的な性格が見てとれる。往々にして、コンプレックスやトラウマ、苦手意識が大いに表面化する。

賢くない人は、例えいいものであっても、何かしらケチをつけることで自分の優位性を示そうとする。
示そうと努力しているのであって、実際に示せるかというとそうではないことに気付かない。「悔しい」(または「うらやましい」)という感情優位になり、「自分だって(本気を出せば)このくらい(或いはもっといいものを)は作ることができる」と振る舞うことで、いつしか本当に錯覚してしまう。大方周囲は大して期待していないか、「あなたには無理」と思っていることにも気付かない。しかしそれがまた「意固地」になる原因にもなっている。周りが「認めようとしない」(妨害されている)と受け止めてしまう。被害妄想に陥る。「その場」での優位性(優越感)に拘る傾向が強く、「知らない」ことを“かっこ悪い”と感じるので、「あぁ、あれはね、あーなんだよ、こーなんだよ」と、知らないことでもつい適当なことを語ってしまい、後始末に追われるはめになる。

/*
相場で言う、「損切り」の決断タイミングは、これらを明確に示してくれる。
前者は素早く、後者はロスカットまでいく。
*/


後者においては、ホテルのラウンジなどで演じる「カバーバンド」(ソロでもいいが)などに、時として共通した感情(自己主張)が見られる。
有名な曲をカバーし、拍手がおきる。が、せっかくの名曲なのにアレンジしすぎて(自分色、個性を重視しすぎて)、場合によっては「原曲通り演奏してよ!」とクレームが出る。「私はただのCD再生機ですか」と言いたくなる気持ちはわかるが、多くの場合、客席にいるのはそのバンドのファンなのではなく、ラウンジの顧客だ。名曲が流れたことに対するフィーバーであって、バンドの個性とか色とかを求められているわけではない。それを求めてもらえるバンドは、カバーバンドでないことの方が当たり前に多く、カバーバンドである限り、名曲を忠実に再現することの方が拍手を得られやすいことも当然の結果だ。
既にバンドとして成功していて固定ファンがいる場合に、ファンサービスとして名曲をカバーし、オリジナルアレンジを聴かせるのならば、ニオイすら放たんばかりに、個性が強ければ強い程喜ばれるだろう。ファンはそのバンドの「色」を愛しているのだから。

自分がなぜココにいるのかを考えたら、本来はわかっていて当たり前(他人のことなら冷静に判断できるはず)なのに、いざ自分のこととなると、「ラウンジのBGM」という立場を忘れて個性を主張し、しまいには「ここのリスナーには感性がない」と、自分のファンでもない「ラウンジの顧客」にダメだしする人さえいる。
そして同僚にさえ「自分でコンサート開いたら?」と軽くあしらわれてしまい、「世の中おかしい!」とまで感じるに至る。

これは、どちらがいいという話ではなく、「向き不向き」(=自分の特性)を理解していれば、下手な主張をして、結果的にハズすこともなくなる(はずなのに)というサンプルだ。
芸人コロッケのように、物まねで大成功する人もいるのだから。彼は、個性のかたまりであり、真似ているオリジナルの人物を更に個性的に仕立て上げる力さえある。※長らくテレビ出演のなかった芸能人を、ゴールデンタイムに引っ張り出すこともある。

「賢さ」は己を知ることから始まる。
そして、相手から自分に何が求められているのかを知ることに終始する。
それをうまく取りまとめ、自己消化させる際に、性格(感情)に大きく左右される
一言で言えば、客観的に需要と供給を理解することだ。

分自身が自分の過去についてよく知っている。
「示したい」と思う気持ちは、自分の能力を他人が「まだ」(*1)わかっていないと思っている。それは、他人が自分の能力を思い知るようなことを、まだ何もしていないことを知っているからだ。※既に実績があるならパンフレットでも出せばいいのだから。
だからその(思い知らせる)日が来るまで、いかなる他の能力も認めようとしない。「負けを認める」ことと勘違いしてしまうのだろう。
(*1)本当に「まだ」(未)なのか。或いは能力がない(並なのか劣っている)のか。現時点での「相対的」な評価が正しくできない時点で、己の座標を見失っているのだから、少なくとも賢くはないし、自己過大評価の可能性が極めて高い。

「知らない」「わからない」は決して“間違い”ではなく、知ればいいし、解ればいい。

参考資料:
能力の低い人ほど根拠のない自信に満ちあふれている。「ダニング=クルーガー効果」とは?
http://karapaia.livedoor.biz/archives/52191924.html


飽くまで「現時点」での「相対的」(社会的、一般的、世の中的)な評価だと念を押したい。
さもなくば、IQのように「人の能力を測ることはできない」とかき回されることになっていまうから。

それでも「相対的」の基準となる社会的、一般的、世の中的と言われると、「社会って何なの?一般って何なの?世の中って何なの?ワケワカンナイ!」と取り乱す人が、必ずと言っていいほど存在する。
いや、その社会とか一般とか世の中に認められたいから自己主張し、受け入れてもらえない反動で他人を認めたくなくなってるのでしょう?と聞かなきゃいけない張本人のはずだ。
本当に他人を気にしていなければ、「普通(社会、一般、世の中)の人って確かにそうだよね」と、ひっかかりもしないのだから。

/*
CDを売りたい音楽家にとって、売りたい相手は社会であり世の中だ。その中には一般人もプロもいるかもしれない。それでも“「一般的に」売れる曲”というものが存在することは事実であり、自分の曲が売れないこととは関係ない。そこで社会とか世の中とか一般という定義そのものに文句を言ったところで、売れないという事実は変わらない。その売れない事実をもってして「一般的にこの曲は売れませんよね」と言われても、事実でしかない。
そこで例えばロックバンドは、「世の中」の「一般」とか「普通」とか、そういう「枠」をぶっ壊してやりたい!と意気込んでみるが、本来それを壊す必要はなく、自分の曲を好んでくれる人達に聴いてもらえばいいだけだ。他人の領域を壊すのは、押しつけの正義でしかない。例えるなら、他人の家のインテリアが気に入らないから、「ぶっ壊してやる!」と入り込んでぶっ壊し、自分のインテリアに置き換える行為に似ている。
*/


が、「示したい」のは、実は他人に対してではなく、本当はまず自己に示したいのだろう。
やればできる、俺(私)の能力は本当はこんなものではない、必ずいつか見返してやる。と言った具合に、実際には自分に、他人が納得するような材料を持ち合わせていないことを知っているから、他人から高い評価を受けるはずもないことを自覚している。潜在的には。

しかし問題は更に悪化する。いいものをいいと認めず片意地をはっても、周囲がそれを「いい!」と認め、いつしか(例えばノーベル)賞をとったり、教材に載ったり、社会的に「いい」と賞賛され、いいことが“事実”になった時、再び自分の過去=「ケチを付けた」という“実績”が重くのしかかってくる。その時になって「ほらね、いいねって言ったでしょ」と居直る人もいるが、どうせ相手にされていない(社会にも“スルー”という自然治癒力がある)はずなので、ここでは取り上げない。
もちろんその時、もっといいものを創り上げていれば、反論することも、認めさせることもできるだろうが(一度アップルを追い出されたスティーブ・ジョブズのように)、残念なことに周囲は「いいものを見抜く力が(も)ない」という評価へと傾いているだろう。明らかに後退(悪化)している。
それが結果として、「社会とか一般とか世の中って何なの?」という破綻を導いてしまう。要は、周囲の評価基準と自分の示したいものがかみ合わないので、その基準自体を壊そうという破壊行為だ。


壊行為
精神の破綻を来すことで見られる衝動的な“発作”だ。
児童虐待、動物虐待、性的虐待、いじめなどがまさにそうだ。いずれも自分の優位性を示そうとすることで行われる(なおかつそれで欲求を満たそうとする)。
そういった人達は、自分が絶対に勝てないと思うような、例えば街でイノキを見かけたからといって、いきなりドロップキックはしない。

ちびっこが、スゴロクや将棋、囲碁、チェスなど、何かしらのゲームを大人とやっていて、負けそうになったら「ちょっと待った」とか、一手戻してみたり、相手の手に対し「それはなし」とかケチつけてみたり、「大人なんだから手加減してよ」とか、盤をひっくり返してブチ切れてみたり、そんなシーンを自らやってみたり、或いは見たりしたことはないだろうか。
自分の思い通りにならないとルール自体にケチをつけたり、更にはゲームそのものに欠陥、または相手という人間性に問題があるとでもいいだす。「大人げない」とか(笑)。

大人になれば、それがあまりにも愚かな考えだということに気付くものだが、実は本当にそれがわかっているかどうかが、「社会における賢さ」につながっていると考える。

そう。IQとはまた更に別の領域。
IQで賢さが計れないとすれば、まさしくこの領域のことを指しているに違いない。

社会における。
社会。
それに認められないから、「社会って何?一般って何?普通って何?」と破綻するのであれば、好きなものほど振り向いてくれないと辛い恋愛のソレに似ている。決して異常でも何でもなく、極めて一般的な感情だ。

とはいえ、ここは四次元空間ではないのだから、まずは自分の座標を確定させる必要がある。
「日本」でもいいし、「東京」とかでもいいし、「男」「女」とかでもいい。
例えば知能検査は「日本」という前提で日本語で出てくるから、「英語もできないくせに」と言ってもしょうがない。私も英語の問題が出てきたら、当たりが悪ければ(知らない単語ばかりなら)70を切る可能性があるし、見事大当たりなら逆に加算されIQ 150が出せるかもしれない。
英語のオンラインIQテストを追加した。低くなるどころか、なぜか逆に高くなるという不思議な傾向を確認した。当たりがよければの前提だが、英語のIQテストは単語を知ってるだけで高く出るようだ。

そこで「偏差値」が出てくる。
いかなる試験もテストも、日本人全員に受けさせたわけじゃないから、当然標本調査だという前提で、その標本の基準となった人達を「一般的な」「普通の」と見なす。これも「つまんだ」人達が偶然全員メンサ会員だったら、ソレが普通になるということだ(IQテロをご参照願いたい)。
だから「IQが高い」というのも、そのテストにおいて低い人がいてくれるからこそ、「高い」という優位性を示せるのであり、どこまでいっても「一般的な」「普通の」人達が、宇宙で言えば“ダークマター”のように埋め尽くしている空間の中に我々は存在している。

ある能力が高い人は、その能力が低い人の存在によって「高い」と支えてもらっていて、その反対に、ある能力においては自分が支える側にいるということでもある。何も不公平ではない

言い換えると、私が私であり続ける根拠となってくれている「みんな」だ。

(多くの場合は、結果が低く出たか、簡単すぎて表紙抜けしたケースだろうが)「こんなの偏ってる」「不公平だ」といい、ルールを変えさせたとする。
例えばメンサのように「上位2%」という何らかのテストに落ちたとしよう。残りの98%の人にとっては不公平で偏っていたテストかもしれないので、その98%の人達が得意とするテスト内容にする。そうすると98%の人達が「普通」の基準になるので、それらの問題は「できて当たり前」になるから、高いスコアリングが行われない(平均が上がって偏差値が下がる)。そこに僅か数問であっても、当初の98%の人達が苦手とした(不合格の原因となった)元々の問題が含まれていて、結局はこれが解ける初代上位2%の人達が高くスコアリングされるという結果になる。

パラドックスのようだ。
「最初の上位2%が、ルールを変えても常に上位2%になるのか?」と問われると、決してそういうわけではないんだが、「98%の人達が得意とする」テスト内容に変更した場合、2%の人にとって不利になる確率はどのくらいだろうかと考えると、大凡この結果となるのではないかという仮説だ。
※1問1問の重さ(スコアリング)が均等ならそうはならない。

そしてまた、「今回の問題も偏っている!」と訴える人が必ず存在する。「上位2%」の反対側に立った人は、常にその可能性がある。
ではどこで満足するかというと、自分が上位2%になるように調整された問題においてだ。
多くの人が得意とするカテゴリでは平均が高くなるだけで、偏差値的には更に厳しくなるのだから、極めてマニアックな自分有利ルールのテストにする必要がある。

では極めてマニアックなルール。バイオリン速弾きコンテストとか。外科医手術コンテストとか。
「それなら任せろ!」と参加する人達は、その道の専門家ばかりなので、平均が極めて高く、偏差値が下がり、その中の上位2%を争うことになる。
もちろん、バイオリンを触ったこともない人や、外科医でもない人も含めた平均から算出する統計自体に意味がない=需要がないから(*2)、少なくともバイオリンを弾く人、外科医という母集団における平均を基準とすることになる。
(*2)これ(需要)こそが「世の中」「一般」「社会」の効力の根拠だ。日常の生活(学校や社会で)平均的に必要とされる能力(の全部または一部)ならば「人類」を母集団とし、それ以外の項目は、そのカテゴリに所属する(専門的な)人達を母集団とする。

/*
ここで使っている「平均が上がって、偏差値が下がる」という表現は、同じスコアを出した場合に、周囲の平均が上がっているため、自分の優位性が失われ、偏差値にすると「普通」に近づくという意味合いだ。日本から出なければ何も変わらなくとも、ドルやユーロが日本円に対して上がると、日本人が値下がりしたように見えるソレ。
*/


そこでたった1つの質問にたどり着く。
自分の最も得意な<何でもいいから>事で、参加者中の上位2%に入れるか。

せっかく自分有利ルールに調整していったのに、むしろ条件が厳しくなった気さえしないだろうか。しない人は上位2%が現実(実績)的に確定している人だ。
余程、世界で1人しかやってないような、極限のマイノリティ分野の第一人者(というより唯一の存在)でない限り。でも、そうすると1位も2位も、上位2%もない(笑)。

社会的に、一般的に、世の中的に「普通」なテストであろうと、専門的な、マニアックな、特別なテストであろうと、対象となる母集団100人中1位か2位になるのは簡単ではない。その事実は揺るぎない。


分の能力を示すスコアが著しく低く出るテストを、「これこそが正しい評価だ!」と言う人、言える人はなかなかお目にかかれない。
もしそんな人がいれば、「感情」を捨てた「公平性」を兼ね備え、例えそのテストのスコアは低くとも、自分の能力に加え、他人の能力の価値とその「差」を測るだけの「俯瞰力」を持っているのだから、例えば「コーチ」「アドバイザー」「プロデューサー」など、自分が「選手」にはならなくとも、人の能力を正しく評価する力があるに違いない。

/*
前述のカバーバンドの例に対して言えば、自分は歌も楽器もダメでも、CMに見事なまでにマッチする曲を選び、それで大ヒットし、原曲のアーティストに感謝される人もいる。これは他人の作品の「良さ」を見いだす仕事であり能力だ。
*/

他人の能力を理解できるということは、その本質的かつ基礎的であり、更には応用までを感じ取ることができるのだから、これは極めて知的だ。

例えば、オリンピックで金・銀・銅メダルの選手の技術的優劣を正確に採点できるだろうか。
100メートル走などはいい。ストップウォッチがあればその日、その場の優劣は付けられる。
フィギュアスケートや新体操、オリンピックにはないがバレエなども、世界のトップ3の実力を個別に正確にスコアリングするためには、選手自身と変わらないか、それ以上の知識と感性を備えていなければならない。なぜなら、「未知の技」を本人が気付かずに披露する可能性もあるから。

そう。問題なのは、自分がなぜ「低い」のか理解できない人だ。これは本当にスコアが指し示す以上に「低い」。
他人の高さを理解すれば、自分の低さがわかる。その反対も然りだ。身長やビルの高さを比べることと本来は変わらない。
それが、他人の高さがわからないものだから、そもそもその競技(テスト含む)の存在意義も恐らくは理解していない。当然、敬意を示せない。

サッカーでなかなか得点が決められない自分に腹を立てて、サッカーのルール自体がおかしい!と言い出したら、それはスポーツマン精神に則った主張だと言えるだろうか。ひいては、そのスポーツに携わる人々全員を侮辱することになる。

そして自分ルールに変えさせようとしたあげく、そのルールでも上位に入れないことに嘆く。低いから入れないことにいつか気付くのか、最後まで気付かないのかはわからないが、他人の能力の高さが理解できない限り、自分自身の座標が確定しない。「居場所がない」ということだ。

いや、社会(他者)から見た座標は確定しているだろう。見下されてるかもしれないし、自分が思っている以上に評価が高いかもしれない(これは少ない。なぜなら高い評価については他人は口にするからだ)。
自分自身の座標が確定していない人には何が起きるのか。
まさしく四次元空間の中で、クルクルと回転し、方向感も重力も引力も何も感じられない状態だ。そして自分が今まさにクルクルと回転しているその「空間」にさえケチを付ける。例えば「私が貧乏なのは国の政策がマズイからだ」といったように。それでは一般家庭から大金持ちになった人の説明が付かない。

恐らくは「努力が足りない」と自己責任の話になる前に矛先をすり替えているだけだ。
では「自分が成功する社会」にした場合、他人が失敗するか「並」に下がってもらわないと、相対的に自分が高くならない。
ということは、誰かを引きずり下ろして自分が上がることを望んでいる人でしかない。

みんなが成功する社会?
現在から未来について語るならば、理想としての数字的にあり得るが、その時が訪れるとソレが平均になるから、IQで言えば全員が100=普通になる。

結果として、全員が「均等」になることを望むか、自分が上がり、他人が下がることを望むのかの二択しかない。
※均等な社会とは、ただ「線」が無機質に並んだり交わったりする二次元社会に感じる。

こうしてみると、前述の「ちびっこ」と何か違いがあるだろうか。
どこまでいっても、性格(感情)が支配している。

改めて言うが「EQ」ではない。

だから私は、IQが高くても、学力や知識が優れていても、自分自身の感情がコントロールできない人は、その能力が発揮できないどころか阻害され、うまくいかないと考えている。

これが社会、世の中、一般的な空間における成功するか否かを決定付けていると言ってもいい。
EQと性格については、次回スティーブ・ジョブズを例としてお届けしたい。


初のテーマに戻って、本質的(特定のテスト結果ではなく総合的)なIQが高そうな人と、そうでない人の特徴(私見)をまとめた。

IQが高そうな人(A):情報のネタ元(出所)を紹介する。ニュース記事、ブログ1つとっても。自分の手柄にせず、引用、参照をもって、ネタ元に敬意を払っている。例えば「聞いた話だと、こうらしいよ」という思わせぶりな表現は使わず、さっさとリンクを張る。

そうでない人(B):「オレの知り合いに〜」「特別に教えてもらった情報」などと、自分だけ特別に得られた情報だと振る舞い、決してネタ元を明かさない。

googleが存在する限り、3つのキーワードを発した時点で情報源(記事、文献など)は特定される。

(B)は自分が「話題の中心になる」メリットをとることに対し、(A)は「有益な情報源を提供することで感謝される」メリットを選ぶ。社会における「(中長期的)存在価値」という観点から(A)の方が合理的だ。

(B)の場合、ネタ元が割れた時点でスルーされ、周囲の興味はネタ元に向かうし、周囲は必ずネタ元を割だそうとする(出し抜こうとする)。なぜなら、多くの場合「あいつにそんな特別な情報が入るはずがない」と踏んでいるから。踏み台にしかならない。

(A)は一瞬なりとも、周囲はネタ元にしか興味がなさそうに感じるかもしれないが、その後も有益な情報が得られるかもしれないため、「情報屋」的な価値があり、関係が維持される。そして最初の情報源であれば(または、早ければ早いほど)、ディスカッションの相手として存在が確立する。なぜなら他はまだ意見を述べる状態に至っていないからだ。先駆者的とでも言おうか。

そしてリスク管理だ。もしその情報がデマや誤りだった場合、(B)は本人及びその知人まるごと使えない存在になってしまうが、(A)はあくまで情報源の「誤報」を引用したに過ぎずない。どこまでも現実に忠実だ。

本人の見た目(職業や役職、所得など。最近ではgoogle検索能力)以上の情報は入ってこないのだから、さっさとネタ元を明かす方が賢い生き方なんじゃないかと思う。

また、IQとは別に、インターネットがなかった時代に生きた世代にも同様の特徴が見られる。

「オレの知り合いに●●を▲▲してるやつがいて、この前は■■が××になったらしく、特別に見せてもらったんだけど」「あっ、それYoutubeで見ました(3ヶ月前)」的な。

今のパソコンを使いこなす20代若手の検索能力は非常に優れている。
※ただし、スマートフォンしか使わない(パソコンを持っていない)人達は、30代のパソコンユーザーと比べむしろ後退している。

自分のところに情報が回ってきた時点で、偏差値的に分布を考えた方がいい。
世の中的に、自分の手に入るんだから、他の人も早かれ遅かれ手に入るのが普通だと考えた方が間違いがない。自分だけに手に入った情報は、フィッシング詐欺の可能性が高い(笑)。

オバマ大統領と私がFacebookで友達になったとしても、大統領のニュースフィードで得られる情報は、私だけの特別なものではないし、大統領が「公」にして良い情報のみに限られる。そこで私が「オバマ大統領から特別にISISへの見解を聞かせてもらったんだけど」なんて言おうものなら、「あ、私も今朝読みましたよ、その“ツイート”」的なことになる。
Facebookだけでなく、ツイートもしてたのか!じゃ手遅れだしイタイ。

インターネットがない時代は、そうやって自分を凄そうに(価値高い人間かのように)振る舞うことで、実際に周囲はそれに惹かれてついていく時代が存在したのも確かだ。
「黒塗りのベンツ」とか、今じゃどうでもいい大げさな表現が沢山あった。この15年は「俺んち白塗りジャガー」「私んち桃塗りロールス」みたいな。

こうして、時代の流れに合わせて、賢く見える振る舞い方とは変わるものであり、もし何かを他人に示したいのであれば、社会、世の中、一般の「目」が判断している“評価”基準に沿った実績を提示するしかない。

現時点での私の結論として、社会とか世の中とか一般とか、そういったものを壊せば、自分を自分たらしめる相対的対象物を失い、必然的に自分も“無価値”になることを意味するということだ。

というわけで次回は、天才スティーブ・ジョブズを例として、才能、感情、性格、EQなどの相互作用を分析してみたい。

11月13日、15日、12月15日、「オンラインIQテストの信憑性をメンサ&WAIS-IIIと比較。」にオンラインIQテストを4件追加した。

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 追加天才とEQ。スティーブ・ジョブズのEQは高いのか。
 追加オンラインIQテストを標準化する。本物の値に近づけたい人のために。
 追加優れた能力は“発信”しよう。自慢ではなく事実を示せばいい。
 追加メンサ会員と東大生はどっちが“強い”のか(笑)。
 追加IQベースの児童英才教育は注意深く進める必要がある。
 追加都合良く曲解されているEQ。元々農耕民族の指標ではない。

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by charlie-ls | 2015-12-18 15:05 | 【赤坂】ルチアーノショー寄稿ブログ
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今項はIQ出現率表と照らし合わせながらお読みいただきたい。

なぜウェクスラー成人知能検査WAIS)の最高値は「161以上」なのだろうか。
「161」じゃなくて「161以上」だ。
標準偏差15におけるIQ 161という数値の存在は41,937人に1人。
世界標準のウェクスラーなら(抜粋簡易版なども含め)、16才までのWISCを含めると、何万、何十万人という被験者がいると思われる(学校なども多分コレ)。

そこで考えてみた。
現在の最高値IQ 161を(便宜的な表現として)「満点」だとしよう。分布上、41,937人に1人しか満点を出す人がいないからこれをIQ 161だと定めた。
正しい。
以下このIQ 161の被験者を被験者Aと呼ぶ。

しかし、41,938人目以降、全く満点が出ないまま55,938人目を迎えたとする。被験者AはIQ 161から162と昇格する。それ以降も同じ。
現状「昇格」制度はないが、確率分布として自動的に昇格する。
大げさに言えば、その後何百年と満点が出ないまま、被験者数が累計764億人に達した場合、この被験者Aは死後にIQ 200だったことが証明され、更新される。
※ここでは「フリン効果」は考慮しない。

よって「現時点」で“最高点”を出した人から見て「累計被験者数分の1」の値に対応するIQこそが、その知能検査の最高値ということになる(何点!という絶対値ではなくて、何人に1人という分布上の値から)。
偏差値で計算している以上、本来IQとは相場のように周辺の成績の変動によって上下する性質のものだ。イチイチ連絡するのが面倒だから通知時の値で固定されているだけ。
スコアの絶対値が真ではなく、分布(偏差値)が真であるように作られているのだから。

そこでもっと難しいもう1問を追加し、被験者Aが解けないことを確認すれば、これ(を含む全て)が解けたらIQ 162と定められるかというとそうではない。
過去の被験者の中に、「その問題なら」解ける人がいるかもしれないため、今度はIQ 162の基準である55,938人中1人しか解けないことを確認しなくてはならない。
出題者がこの問題は難しいと思っても、それはその人の感覚に過ぎず、世代が変われば誰でも解ける問題かもしれないため、1問づつ改めて検証する必要がある。

※わかりやすくするために、知能検査の問題は、最後の問題に近づく程難しくなるものだという仮定で書いている。

では、追加された最後の問題が解けない被験者Aを1人目とし、55,938人目の人が満点を出すと(被験者Bとする)、同じ母集団にIQ 161の問題が解ける人が2人(被験者AとB)存在してしまうため、分布が崩れる。
よって(最低でも)55,938人×2セットのテストを行い、満点が2人、最後の(追加された)問題が1問だけ解けない人が2人いれば、満点の前者をIQ 162とし、後者を161と判定できる。

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私の好きなキューバのコーヒー豆を撮ってみた。


ンサの逆襲(笑)。
分母(母集団)の何倍ものサンプルを集めない限り、統計とはほぼ例外なく偏っている。
例えばメンサの会員がオフ会として、みんなでこの知能検査を受けにいこーぜ!的な話になると、被験者母集団を大きく狂わせる(偏らせる)ことになる。
平均が突如高くなり、161や162などの問題を解く人が予定よりも早く(または多く)現れてしまうからだ。
要は55,938人中1人しか解けないはずの問題が、たった1人2人増えるだけで、追加で2〜3セット(×55,938人)やってみなくてはならなくなるということ。でなければ自然に平均が上がったのか(例えばフリン効果)、現在の被験者母集団が偏っているのかを判定できないのだから。

そのくらいもろい

理屈的に言えば世界中の天才・秀才集団が、テロのように一斉にある特定の知能検査を受けに行くと(実際には数年かけてもいいんだが)、次の標準化作業(WAISで言えばVやVI)の際に「フリン効果」が突出し(たことになり)、例えばこれまでIQ 120だった人達が100に引き下げられる可能性があり、場合によっては90だった人が知的障害判定ラインである70を切ってしまう可能性がある。
それを覆す(回復する)ためには、平均を元に戻すだけのスコア×人数の被験者が必要となる。

メンサの会員だけでも12万人いるのだから、ハロウィンパーティー的に仮装して(*1)知能検査を受けに行こう!と呼びかけたら、非会員合わせて36万人くらい集まるんじゃなかろうか。アノニマスのイベントのようだ(笑)。
*1)仮装しなくてもいい。

極めてもろい
日付変更線ほど確固たる値ではない。

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/*
ウェクスラーのWAIS-V(来年リリース)は今頃標準化作業中ではなかろうか。9年ぶりに改訂されるWAISは、この20年程のIQテストブームによって加速度的に引き上げられた(多くの世代の)値が反映されているのではなかろうか。平均より低い人が受けるようになった数よりも、高い人が受けるようになった数の方が多いかと思う。
*/

1992年、ジョージソロスがポンド売りをしかけ、イングランド銀行を相手にしつつ、ポンド暴落に追い込んでみたり、サッカーで言えば、ゴール前にロングパスが出た途端、敵側のオフサイドを狙ってディフェンダーがみんなが上がってしまうような考え方だ(子供の頃キャプテン翼で読んだ)。

基準点を無理矢理書き換える(変更する)という発想。
武力による国境の変更に似ている。

高知能者がマイノリティ(社会的少数者)かと言ったら実はそうではなく、それも1つの「自己陶酔」にすぎないと考える。
アーティストなども含め、「変わってる」「人と違う」「100人に2人」「上位2%」と言う表現に喜ぶ人が多い様子だが、何だかんだで世界の2%を集めたら1.4億人いるんだから、基準点を無理矢理変更させるくらいのイベントを起こすことさえ可能な母数だと言いたい。一言で言えば「戦うだけの十分な数存在する」ということだ。

弱者でもなければはぐれ者でもない。変質者ではあるかもしれないが。

群れる相手をまだ選んでいないだけだ。近くにいないだけだ。散らばっているだけだ。
そりゃそうだ。「分散」値の先っちょに居るんだから。

/*
いや。
チアリーダー vs メンサみたいなのをイメージしてみた(笑)。想像するだけで笑える。
圧倒的にチアリーダーの方が社交的で友達も多く、コミュニケーション能力が高い(場合によってはEQが高い)と思われているが、私が知る限りそうでもない。
ファッションリーダー的な存在の、お洒落で活発でいわゆる「カワイイ」女の子が、実はクリスマスに風邪ひいて家で寝ていて、彼が見舞いにも来ないどころか友達と出かけていたとか(笑)。
それがみっともなく(ガラじゃないから)恥ずかしくて誰にも言ってないという話を、私が「人(誰)」ではないと見なされているのか、非常にしばしば(very often的な)小耳に挟む。3時間ほどかけて、1万円もするプレミアムウォッカのボトルを空にしながら。

日頃「輪」の中心にいるだけで、「アイツがいない間に羽を伸ばそうぜ」と思われている人も、実は多い。
残念ながら。
お局サンなんかそんな感じじゃなかろうか。中心人物として扱ってあげないと面倒なことになるから中心に置いているだけで、選べるんなら選ばないという存在は多い。
しかし当の本人はコミュニケーション能力が高い(からリーダー的存在だ)と信じ切っていることが少なくない。
それが日本の社交辞令社会に生きていると、もはや数の圧倒による「ルール」と化してしまい、東大首席の山口女史ですら、学校時代女子同士の「連れション」(下品でスンマセン)だけは断れなかったと記している。

FacebookなどSNSも、相手にバレずにフォローを止める方法とか、特定の相手に気付かれずにチャット機能をオフにする方法とか、そんな検索履歴ばかり表示されるし、実際にQ&Aも充実している。
*/


そこで、現在のIQ 131(3σ圏)が、このテロ(笑)によって100(中央値)に引き下げられた場合、メンサ会員は無事に「普通の人」になる。
この“新”普通の人」(と呼ぼう)達を基準に、世の中が物作りを始めると、説明書が薄くなったり、駅の表示の数が消えたり、ユーザーサポートの人員が9割くらいカットされたり、企業の利益率は高まるだろうが、「至れり尽くせり」ではなくなるだろう。しかし「“新”普通の人」から派生した次の「“超新”普通の人」たち世代になれば、それが当たり前になるので、不便だとも思わなくなるはずだ。
それが進化か退化かは未来にしか確定できないが、全てにおいて大きく変化することは間違いない。

上位2%としての希少性に酔うよりも、この上位2%を「普通」(平均、標準)とすることに楽しみを感じる。私は。

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パリのプランタン150周年記念として発売されたメゾン・フランシス・クルジャンのフレグランス。
撮影用に女性から借りたもの。大脳新皮質を使い疲れたら、香りを使って本能=大脳辺縁系に働きかけよう。癒やしてくれる。


がそれ過ぎた。
標準偏差15におけるIQ 170の存在は653,327人に1人だから、2〜3セット試行するにしても100万人以上の被験者が必要だ。これは難しい。
そこでWAISがあえて現実的な161(41,937人に1人)止まりにしている理由がわかるし、「161以上」という表現にするのもわかる。最高値を出した人は、既存のWAISで計り知れない知能を持っている可能性があるし、過去・未来に渡り、周囲の相対的な成績によって162にもなれば170にもなり得るのだから当然だ。

そこで「IQ 190」などと数値を固定した時点で、架空(机上)の存在でしかなくなってしまう。
1,013,594,635人に1人の存在だ。
もちろん、世界中全ての人をくまなく探せばどこかに7人ほど存在することは事実だろうが、10億人が同じ問題を受けた形跡もなければ、それはほぼ「無理」だということが先に確定しているのだから。

/*
知能検査の結果の「信頼区間」は、この標本調査で起こりうる誤差を示している。
いわゆる「95%の確率、±10%の誤差に収まる」的なソレ。
*/

アインシュタインのIQが160だと言われているソレに似ている。受けた形跡はまるでないらしい。
そもそもアインシュタインのIQを160だと推定した上で、それ以上を名乗ること自体、当の本人がいないことをいいことに、現代人の思い上がりでしかないと私は思う。

そして実際に、160を超えるようなハイレンジIQテストと言われているテストの被験者はそもそも少なく、海外の(それも先進国ではない)精神科医が手作業で採点し、証明書を発行できる数しか存在しない。今やIQテストビジネスは、精神科医のお小遣い稼ぎと化している。本物の精神科医かどうかもわからない。全部が全部じゃないが、その傾向が強い。

//パズラーとしての楽しみや挑戦、お酒のつまみや話のネタにすることを否定するものではない。

ではどうやってIQ 161を超える推定IQを算出するのだろうか。
基本的な標本調査(視聴率のような)に加え、ついに人口の2%しかいない(例えば)メンサの会員の出番だ。

/*
視聴率は、関東1,700万世帯をたったの600世帯の計測で算出している。しかも一家に8台まで認めている(笑)。家族の誰か1人に宣伝すれば伝染する視聴率だし、自分のお気に入りの番組を支援したくて8台全部のチャンネルを合わせるということもできる視聴率だ。
*/


「上位2%」の中にはIQ 131もいれば161も170も内包しているのだから、上位2%の人を100人集めると、5,000人の(確率的)被験者として見なすことができる。

※5,000人の2%が100人で、130より高いIQを測定したいのだから、ちゃんと5,000人集めようとも、いずれにせよこの100人が対象になるという考え方。

しかし、IQ 156でも10,584人に1人だから足りない。
では世界中のメンサ会員を集め13万人に受けてもらえば、650万人の一般被験者相当と見なすことができる(ただし役に立つのは高いIQを計測したい目的に限る)。メンサ以外に可能な集団があるだろうか。
もしその中に唯一の満点(便宜的な表現として)がいれば、その人をIQ 176-177(4,940,195〜7,026,046人に1人)とし、「確率的推定IQ値」を測定することができる。

/*
IQは偏差値だから、スコア100の人と101の人を比べても2人に1人か2.1人に1人かの違いしかないが、スコア161と162では、41,937人に1人か55,938人に1人かの開きがあるので、ハイレンジ程細かく測定する必要がある。
だからこそ、161か162かをこだわらない人は、偏差値を理解していない証でもある。
*/


よってこの辺のクラスのIQになると、確率的な推定値でしかない。でも推定・推測は必要だ。だからメンサの出番だ。

それに、IQ 180の測定ともなると、20,741,279人に1人しか解けない問題が、問題として正しいかどうかを測定するためには、正解者が数人出るまでは何とも不安定だ。そうなると正解者×20,741,279人の被験者が必要になり現実的ではなく、仕方なしに標本調査しか選択肢がない。

暗号解読問題と同じで、現時点でほぼ間違いなく解けないだろう暗号化手順を考える方が簡単で、20,741,279人に1人しか解けないだろう暗号解読問題を作る方が難しい極めて希な存在の思考手順を予め推測しなければならないからだ。
※20,741,279人に1人の思考を推測できた時点で、自分というもう1人の存在が邪魔してしまう。

行列推理のように、限られたヒントから推測で答えを導き出すような問題の場合、思考手順の分析には育った環境や地域、文化など、被験者のプロファイリングも必要になる。一般的に試せる範囲ならまだしも、世界に数人という人物の思考をシミュレーションするのは極めて難しい。

だから私はWAISの161をもって、現代のIQ測定の最高値と見なして良いのではないかと思っている(代替検査が現れるまでは)。WAISが優れた知能検査であるということではなく、WAIS程の被験者サンプルを持つ知能検査がないから、実効支配的な意味で。
見方を変えるならば、前述の「確率的推定IQ測定」を実用的なレベルで可能にする母集団がメンサなのではないかとも思う。

基準IQを引きずり下ろすための知能テロ(*2)は私の冗談に留めておき(笑)、「確率的推定IQ測定」の基礎を築けば、今までメンサ(IQ 130レベル)に興味のなかった更に高知能の人達が面白がって挑戦するようになるのではかろうか。
ブラックライト(紫外線)に当てたら天才が浮かび上がります的な。

//*2)メンサは行列推理得意集団から、知能テロイベント集団に変わりました的な(笑)。

いっそ130を超えている人達の挑戦はタダでもいい。そこで得られる希少データには、人件費を割く価値を持っている。

役に立たないメンサよりも役に立つメンサがいい。「役に立つオッサン、役に立たないオッサン」的な。
せっかく好き好んで群れているんだから使い倒すべきだ。
私はメンサの会員を同じ分譲マンションの住人のように捉えている。
購入時の価格よりも値上がりして欲しいから、住人達が資産価値を上げるための知恵を出し合う。賃貸マンションではソレがない。価値が下がり賃料に見合わなくなれば更新せず「出ていく」という考えが一般的だからだ。逆に価値を上げると賃料も上がってしまう可能性が高いため、貸し主と借り主の利害が一致しない。

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MENSAではなくMELSAの前で。手タレは知人女性。

えてみた。
確率的な推定値ではなく、実測値としての信頼性の高い世界的な知能検査の実現は不可能なのか。
それを可能にするのが、Appleやgoogleなど、世界的な知名度と揺るぎない技術力を持ち合わせたIT企業じゃなかろうか。
プログラムとアルゴリズム自体は私でもすぐに作ることはできるが、Appleやgoogleのように、世界に知らしめる力がなく、その分被験者数が限定されて偏ってしまうという点で、彼らの方が適していると思う。
まずオンラインであれば、フリン効果はリアルタイムに反映できる。1人終わるごとに平均値を更新することができるからだ。

オンラインIQテストの問題点は、何度もでき平均が上がってしまうこと。
そこでIPアドレスやクッキーでユニークユーザー管理しているサイトも多いが、これは15年前には一般化されていたオーソドックスな手法だ。ブラウザをリセット(クッキーを削除)し、携帯電話回線などに変更すればIPアドレスも変更できるし、世界中の匿名プロキシーサーバーも健在だ。VPNサービスでアクセス元を海外と偽ることもできる。
また、タワーマンションや学校・企業、不特定多数の人が出入りするカフェなど、1つのグローバルIPアドレスを何百人・何千人が利用しており、IPアドレス制御のサイトでは個々の測定ができないこともある。
そこでFacebookなどのアカウントベースで「1人」をカウントするという方法も「新しい風」だが、Facebookのアカウント自体がいくつも持てる時点でさほど意味がない。

私が考える最も確実性の高い認証方法はクレジットカードだ。
家族カードを除けば18才以上に限られてしまうが、いっそ「成人知能検査」だと割り切ってしまえばむしろ都合が良い。
10円でも100円でもいいから決済させることで、カード番号、カード所有者名(アカウント名と一致)、IPアドレス、クッキーというレベルで1人をカウントすることができる。
クレジットカードを複数枚持っている人も多いので、出題セットを10パターンくらい用意すればいいんじゃなかろうか。クレジットカードの枚数以上に出題パターンが多ければ防げるだろう。
もし手間暇かけても受験者数に影響のないレベルの料金で提供できるのであれば、免許証などのスキャンを送付し、オペレーターの目視確認でアカウント開設とすれば、ほぼ完全に「1人」をカウントすることができる。

2度以上受けてはいけないというルールを作る必要はない。
1回目、2回目、3回目の結果だとわかるように表示され、それぞれが個別にスコアリングされていれば、それはそれで「伸びしろ」を測定する新しい指標となりうるので有益だ。

そしてこれらのデータを、遺伝子検査などと同等レベルの重要データとみなし、国の監査を受けるようにすればより一層基盤が固まるんじゃないか。

そうすれば、引き籠もりであろうと何だろうと、そのサイトが魅力的で有名でさえあれば、ウェクスラーの圧倒的優位性である「被験者数」を軽々と超えることができるだろう。
※私が監修するからいつでも呼んでいただきたい(笑)。

オンライン上で全て完結するならば、国別、言語性・動作性別、下位検査別、年齢別、性別など、全ての「傾向」をリアルタイムで統計化できるし、ウェクスラーなどが普及していない国々の意外な一面も発見できるだろう。
25才以上の日本人IQが、世界のトップ10に入らないかもしれない説も証明されるかもしれない。

メンサの役割は何か。出題役と被験者の任意提供(促す感じ)でいいんじゃないだろうか。
ただし一カ所が出題元だと、出題者の癖や傾向が影響するため、出題元はできるだけ沢山ある方がいい。そして均等に採用されるべきだ。

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し話は飛んで「出題者の癖」と「運命の人」。
IQが161を超えるような領域において、どちらが賢いかを競うのは極めて難しい。
あまりにも研ぎ澄まされた世界であるため、ある環境においてはZ、別の環境においてはYの方が高い能力を示す可能性が高く予測は不可能だろう。
そもそも出題者よりも被験者の方がはるかに頭が良い場合(特に人口分の1くらいになると)は、本来判定のしようがないはずだし、出題者の癖があり、本人には解けてもそれ以外の人には解けない問題を出題してしまっている可能性も考えなくてはならない。
※それでも解ける人がいるとすれば思考が似ているだけ的な。

ウェクスラーのように多くの人の目に触れている問題であれば、数人でも解けさえすれば「問題のない問題」であることが確認できるが、世界の誰にも(出題者以外)解けない問題となると、その問題の「問い方」の思考や理論が破綻している可能性がある。数学のように正確な式と答えが他人によって検証できるわけではないから。出題者本人も気付かなかった未知の異なる答えが見つかる可能性さえある。
※そういう意味ではメンサの試験問題も、極めて多くの人の目に触れている数少ない例だ。

出題者が世界一のナルシストである可能性の話だ。
※検査という目的を超えて、自分の世界観で作ってしまっている場合。

そしてここから先は「運命の人」的な話になる。
非科学的な話?
いや、そうではない。
世界の誰にも解かれなかった問題を解く唯一の存在が現れた場合、出題者と被験者(解答者X)は地球で2人っきりの存在になる。

/*
IQ 195で8,336,093,696人に1人だから、もし解ける人がいたとしても、地球上に1人しか存在しないはずだ。出題者をどうカウントするかだ。
*/

昔ながらの結婚=運命の人だと考えるのは、生涯たかだか3,000〜5,000人くらいしか出会わない人の中から「運命の人」を決めたがって決めているように見える(ことが多々ある)。本当に運命の人と結婚するケースも存在するかもしれないが、現代は1/3が離婚している。
ポーカーで言うフォーカードの確率は1/4,000なんだから、フォーカード程度の確率で存在する相手を運命と呼んでいいのだろうか。年齢的にもこの辺で運命と決めておこうかと、その後の発展・広がりを閉ざしてしまった「フェードアウト」「四捨五入」的な可能性はないだろうか。

もちろん、例えそれが人生の僅かな1コマであったとしても、それも含めて運命の人である可能性もある。自分の命と引き替えに救ってくれた見ず知らずの人とか。

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二年前のタイプミス作をアップしてしまった。“あなたの人生の”ワンピースに。

その何万倍もの確率でマッチした2人(出題者と解答者X)は、赤い糸か男女かという話ではなく、本当の意味での「運命」的な存在でなかろうかと私は思う。
実はそれは、もはや知能が高いか低いかの話ではなく思考の類似性(それも極めて希な)というところに落ち着くのではないかと分析している。

「瓜二つの自分(脳)」的な。

例えるならば、「2人以外絶対に誰も来ない、米軍の監視衛星にもドローンにも写らない場所に行きましょう」という場所に行き着いた2人だ。

なぜなら、最後の1問(便宜的な表現として)だけが解けなかった他の被験者達に、好きなように問題を作らせたら同じ事が起こりうるからだ。また別の誰かしか解けない。

神経科学者が自分の脳を調べたらサイコパスだったことが発覚
http://gigazine.net/news/20131129-psychopath-neuroscientist/


あまりいい例えが浮かばないが、プロファイリングによって世紀の大悪党をついに捕まえた新米警官とか。
プロファイリングとは相手になりきることから始まる。
新米警官は誰よりもこの悪党を理解したことになる。が、理解と共感はまた異なる。
善と悪、追う方追われる方であったとしても、これもまた運命だ。

「似ている」のか「惹かれ合う」のか、はたまた均衡を保つための対極の存在なのか。

でありである。
そしてスピリチュアルであり科学である。

探求の先に科学はあるのか。それとも遙か遠い最果ての地に向かっているのか。
研究者・科学者にとって、人生のテーマではなかろうか。

引き続き知能について検証していきたい。

参考資料:知能検査に限らず標準化という作業でテストの正当性が保たれる。知能検査の場合は、前回のリリース後に生じたフリン効果などが考慮され再スコアリングされる。日本では1995年に標準化されたWAIS-IIIが使用されており、アメリカでは2006年に標準化(2008年リリース)されたWAIS-IVが主流で、2016年WAIS-Vがリリースされる。日米の知能検査基準に21年の開きが生じてしまう。WAIS-IVでは、それまで言語性・動作性知能と分かれていたものがなくなり、言語理解(言語性の一部)と知覚統合(動作性の一部)を重視する「GAI」という考え方が取り入れられた。WAIS-Vでは更に先進の研究が反映されるはずだ。その検査内容を見るだけで方向性が見て取れる。まるでOSの発表のようだ。

11月03日、04日、06日、08日、09日、「オンラインIQテストの信憑性をメンサ&WAIS-IIIと比較。」にオンラインIQテストを5件追加した。

■目次
 1ページ:噂のメンサは本当に高知能なのか。実験台になってみた。
 2ページ:WAIS-III ウェクスラー成人知能検査を受けてみた。全額負担で。
 3ページ:オンラインIQテストの信憑性をメンサ&WAIS-IIIと比較。
 4ページ:Cambridge Brain Sciencesをやってみた。
 5ページ:「上位2%」は100人に2人や50人に1人とは限らない。パラドックス的な。
 6ページ:知能レベルが高い人ほど人を信じやすく、低い人はあまり人を信じない?
 7ページ:言語性知能。片言の外国人との会話から考察。
 8ページ:知能、お金、容姿。○○だからいいってもんじゃないという不思議な理屈。
 9ページ:東大首席の山口真由女史の言う「俯瞰力」とは。
 10ページ:頭と心、理論(Logic)と感情(Emotion)。
 あとがき:知能指数とは。良き理解者へ。あとがき。
 別冊:色盲とIQ。色が絡むとIQ(判断力?)が著しく下がる。
 別冊:知能指数(標準偏差15,16,24換算表)と出現率をエクセルでまとめてみた。
 別冊:国別のノーベル賞受賞者数とメンサ会員数。
 追加少年からのお便り。
 追加知能検査で天才を探す欧米と、診断目的でしか使用されない日本。
 追加学力偏差値でいうところの上位2%とは。
 追加IQ 162以上を正確に測定できるのか。唯一の解答者は「運命の人」なのか。 現在ページ。
 追加賢い人、賢くない人の特徴。IQ、学力、知識を束ねるのは性格(感情)。
 追加天才とEQ。スティーブ・ジョブズのEQは高いのか。

Photographer&Engineer: Charlie
JAPAN MENSA会員
AEAJアロマ検定1級(笑)

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by charlie-ls | 2015-11-09 22:17 | 【赤坂】ルチアーノショー寄稿ブログ
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能指数(IQ)は平均を100とし、標準偏差を15(一般的に)として計算する。±1σ = ±15(85〜115)が平均的なゾーンで68.27%が収まり、±2σ = ±30(70〜130)の範囲に95.45%が収まる。
一方、日本の学力偏差値は平均を50とし、標準偏差を10として計算する。±1σ = ±10(40〜60)が平均的なゾーンで68.27%が収まり、±2σ = ±20(30〜70)の範囲に95.45%が収まる。

※病院の検査などでは、この±2σの範囲を「基準値」と呼ぶ。例外なく±2σの範囲内に95.45%が収まり、残りの4.55%(上下各2.275%)が特異なケースとして取り扱われる(いわゆる“3σ”圏)。トレーダーにとってはボリンジャーバンドでお馴染みだ。

メンサが掲げる「上位2%」とは、この3σ圏クラス(それ以上)を指しており、日本人にとって馴染みのある学力偏差値で言うところのどういった位置付けなのか、表にまとめてみた。
学力偏差値は『東京都 大学偏差値 一覧 2016』(大手3大模試平均とある)を参照した。

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感覚的には、世間一般の認識のとおりといったところだろうか。
※IQの出現率はこちらをご参照いただきたい。

※「偏差値」も仕組みは同じ。タンブラーに偏差値表を掲載した。

IQの世界では130以上(厳密には130と131の間あたり)を上位2%と呼び、同じように学力偏差値では70以上(厳密には70と71の間あたり)が上位2%となる。

※IQの母集団は世界の全人口であり、学力偏差値は日本の大学受験生(模試)が母集団であるため、飽くまで感覚的な比較対象としていただきたい。

日本の世帯所得で言う上位2%は、世帯年収1,700万円〜であることから、日本は学力やIQがそのまま収入に結びついているわけではなく、人材が過小評価されているのか、または使いこなせず使い道がないのか、或いはスティーブ・ジョブズが言うように「(スタンフォード大学に行くよりも)パリで数年間、詩の勉強をする」べきなのか、はたまた、お金に対する価値観が高すぎるのか(お金を高く評価しすぎると、人よりもお金が大切になり、対価を支払おうとしなくなる)、それとも根性とか礼儀の方が大切にされているからなのか、原因は1つでないにしても近年の先進国の傾向に対し、独自路線を行く気がかりな要素だ。

/*
高学歴な人が大企業の重役に就き、平均よりも高い年俸をもらっている人は沢山いるが、(世帯)年収が1,700万円に届くかというとそうではなく、余りメジャーではなくとも、外資で働く英語堪能な人の方が収入は多かったりする。
*/

※気がかり=日本においても、高学歴、高IQが儲かるべきだという考えではなく、高学歴、高IQの人達が、社会で大いに稼げない状況であることに注目している。教育段階で使えない人間に育ってしまう要因があるのか、社会に出て、周囲が認めたくない、受け入れたくないという環境的・感情的・排他的要素が影響しているのかという視点だ。一方アメリカは、この12年間で明らかにIQ社会へと傾倒しており、収入から居住エリアまでIQどおりに分布しているという。

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ネスプレッソから今夏限定発売の“ミラノ”は美味しい。ブログの共となった。


年04月、googleによる東大(院生)青田買いの報道が世間を賑わせた。
人工知能の研究を行う東大院生に対し、年収15万ドル(1,800万円)〜のリクルーティングだ。

もしかすると日本人の才能は外国人によって発見・評価され開花していくのかもしれない。と思うシーンに度々出くわす。そもそも開発・研究者にとっては、どこまでいっても開発・研究資金を出してくれる人が必要だから、交渉も成立しやすいだろう。給与の魅力に留まらず、潤沢な開発・研究資金とはとても魅力的だ。日本人にとって悩みどころがあるとすればせいぜい英語力くらいか。

/*
日本は、この“スポンサー”という存在のありがたみをもっと教育すべきじゃなかろうか。商品開発には常に資金が必要だ。テクノロジーに限らず、身近なところで言えば料理人がソース1つ作るにしても、伊勢エビやアワビ、キャビア、フォアグラなど高級食材を自腹で買っていては大した「試行錯誤」はできないし、ソムリエをソムリエたらしめるのも、学習環境を提供する資金あってのものだ。なぜならソムリエが自分の給与の範囲でしかワインを飲まないのならば、間違いなく顧客の方がより多くの高価なワインを飲んでいるのだから。飲んだこともないワインを勧められたくはないし、そもそも説得力がない。このように、労働への対価のみならず、教育・学習・研究・開発に投資をしてくれるスポンサーあっての“プロフェッショナル”であることをもっとも学ぶ必要がある。
*/


歴史的に見ても、現在世界を動かしている白色人種は、そうやって世界各地の人材や名産品を手に入れてきたのだし、個人に対する高い評価や高額の報酬に慣れていない日本人は買い取りやすいという点も見逃せない。一言で言うと、相場的に安いということ。

度々取り上げている、英GCHQがディスレクシア(学習障害)の人達を大量に雇い入れたという報道を見ても、英米の強さは発見・発掘力ではないかと感じる。

日本のように、単一民族だけでなおかつ島国の中で皆が身近に生きていると視点も単調化し、その良さ・凄さ・価値がわからず(場合によっては人間は大して変わらないくらいの感覚だったり)、むしろ外部の人間によって発掘・評価されるケースは少なくない。日本文化が海外で掘り返されたり、メジャーでないブランドの日本製品は、逆輸入の方が売れやすいというのもその典型例だ。

一方、多人種が混在するアメリカ(など)では、日々異文化の目にさらされている分、ある人種から見れば「変わった才能」であっても、他の人種から見ればとても有用な才能であったり、多くの目に触れることで見いだされやすい環境だと言える。ハーヴァード大がアジア人が増えすぎないよう、入学基準を上げている理由はここにもある。
※その分多種多様の才能が溢れており、中途半端な才能では埋もれる可能性も高い。

例えば日本の「引きこもり」も、小さな国土に人口だけは多く(面積は61位、人口は10位)、ひしめき合った建物の中で、しかも狭く天井の低い家に閉じこもっているからそう見えるだけで、電車はない上に、車で30分走っても銀行もコンビニもない広大な土地の海外なら、引きこもっているかどうかさえ他人の目に触れず(気付いてももらえないので、自分で名乗らない限り「引きこもり」という表現が生まれない)、もしパソコンとインターネットで家から出ないまま稼ぐ方法を考えようものなら、それは「画期的」であり、二次的に排ガス削減に貢献したとまで評価されるかもしれない。

現在の、一日中スマートフォンを触っている人達も、見方を変えたらかなり自分の世界に閉じこもっていると言える。出先でも使えるからこそ宅内に引きこもる必要がないだけで、あれが有線なら、その場所から一歩も動かない人が増えていたに違いない。
一人になればスマートフォン、エレベーターなど他人と乗り合わせるとスマートフォン。会話や接触を拒むための道具にもなっており、もし「引きこもり」を不健全だという観点と照らし合わせるならば、家の外に出ているから「健全」かというと、そうとも言えない。

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メンサと言えばイギリス。イギリスと言えばチェック。チェックと言えばバーバリー。

局のところ、誰の視点で見るかということではなかろうか。
外国人の目から見れば、日本人は「安い」(コストパフォーマンスが高い)のかもしれないし(日本が円安を好む点も大きい)、日本人同士で見ると、そんなに払う価値がないと思うから給与水準が低いのかもしれない。

日本は円高になると海外の不動産やモノなどを買おうとするが、人材買いする方が将来のためかと思う。
年俸17万ドルも、1ドル=120円の時では2,040万円だが、1ドル=80円なら1,360万円だ。
契約時に円建てにしておけば、その後円安に戻ろうとも影響を受けずに済む。
外貨に慣れていない日本人を対象とした契約では、為替の変動の影響を受けない「保護」オプションが求められるが、外貨慣れしている外国人は、その時自己責任で投資的決断(更に円高が加速するだろうとか)を下すため、後に再交渉はあってもクレームになることはない(少なくとも私の経験上は)。自国通貨の先行きに不安のある人達(東欧諸国や現ユーロ圏など)は、好んで日本円を選択することも多い。

誰がリーダーになるかによって、発掘され、引き上げられ、育てられ、活躍の場が与えられ、大きな舞台へとかり出されるるか、大きく影響するところ。
自分がリーダーになれる人ばかりではないし、上位2%の中のリーダーも存在し、更にはその中の精鋭部隊を率いるリーダーもいる。
かといって「オレを見いだしてくれない環境が悪い、チームが悪い、リーダーが悪い」と言っては“人のせい”なので、どういう人達と出会うかも(現代社会で言うところの)実力のうちではなかろうか。


本項最後にIQ関連の記事を。

「IQの高い女」の心理的共通点とは
http://dailynewsonline.jp/article/944547/?page=all


記事タイトルとは関係ないが、メンサ会員の自己評価は平均21.1ポイント、一般大学生が20.9ポイントとあり、メンサ会員が自信がなさ過ぎるのか、一般大学生が自信がありすぎるのか、おもしろい傾向が見てとれた。

その他、首相官邸サイトにて、ジャパン・メンサが提出した「飛び級に関するアンケート結果」を発見。せっかくのメジャー団体だから大いに活躍してもらいたい。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouikusaisei/dai17/t2.pdf

●付録 東大データ
 27年度の統計値で見ると、
 成人数:約126万人(18才受験時と大差ないかと思う)
 大学受験数:560,672人
 東大受験数:9,086人(志願者数は12,384人)
 東大合格者数:3,144人

 同世代人口のうち約44.5%の人が大学受験し、0.72%の人が東大を受験し、0.25%の人が東大に合格する。
 大学受験者数のうち1.62%の人が東大を受験し、0.5634%の人が東大に合格する。
 東大受験者数のうち34.6%の人が東大に合格する。
 ※いずれも同年。

 平成2年度の大学受験者数は408,350人であるのに対し平成26年度は532,350人に増加している。
 一方で、平成2年度の成人数は188万人であるのに対し、平成27年度は126万人に激減している。 ※平成6年には207万人に達している。
 また、平成15年度の東大受験者数10,022人に対し合格者数3,336人であり、平成27年度は9,083人が受験し、3,144人が合格している。

 個人的な印象でパソコンに例えると、メンサ会員はグラフィック演算が速いよね〜(GPU)的な。
 東大生は全体的にバランスよく速いよね〜(CPU/OS)的な。

 記憶・暗記力はパソコンで言えばメモリやストレージの容量・速度を指すが、厳密には演算力ではないので、時代に合わせてどう装備していくかと言ったところか。


そうした中、中卒アマンシオ・オルテガがビル・ゲイツを一瞬追い越し世界一の大富豪となった。

ZARAの創業者がビル・ゲイツを抜き一時的に世界一の富豪に
http://www.fashionsnap.com/news/2015-10-27/zara/


引き続き知能について検証していきたい。

10月11日、16日、「オンラインIQテストの信憑性をメンサ&WAIS-IIIと比較。」にオンラインIQテストを2件追加した。

■目次
 1ページ:噂のメンサは本当に高知能なのか。実験台になってみた。
 2ページ:WAIS-III ウェクスラー成人知能検査を受けてみた。全額負担で。
 3ページ:オンラインIQテストの信憑性をメンサ&WAIS-IIIと比較。
 4ページ:Cambridge Brain Sciencesをやってみた。
 5ページ:「上位2%」は100人に2人や50人に1人とは限らない。パラドックス的な。
 6ページ:知能レベルが高い人ほど人を信じやすく、低い人はあまり人を信じない?
 7ページ:言語性知能。片言の外国人との会話から考察。
 8ページ:知能、お金、容姿。○○だからいいってもんじゃないという不思議な理屈。
 9ページ:東大首席の山口真由女史の言う「俯瞰力」とは。
 10ページ:頭と心、理論(Logic)と感情(Emotion)。
 あとがき:知能指数とは。良き理解者へ。あとがき。
 別冊:色盲とIQ。色が絡むとIQ(判断力?)が著しく下がる。
 別冊:知能指数(標準偏差15,16,24換算表)と出現率をエクセルでまとめてみた。
 別冊:国別のノーベル賞受賞者数とメンサ会員数。
 追加少年からのお便り。
 追加知能検査で天才を探す欧米と、診断目的でしか使用されない日本。
 追加学力偏差値でいうところの上位2%とは。 現在ページ。
 追加IQ 162以上を正確に測定できるのか。唯一の解答者は「運命の人」なのか。
 追加賢い人、賢くない人の特徴。IQ、学力、知識を束ねるのは性格(感情)。
 追加天才とEQ。スティーブ・ジョブズのEQは高いのか。

Photographer&Engineer: Charlie
JAPAN MENSA会員
AEAJアロマ検定1級(笑)

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by charlie-ls | 2015-10-22 11:15 | 【赤坂】ルチアーノショー寄稿ブログ

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