考のバランス感覚について追求してみたい。

「EQ」「コミュニケーション能力」を例に掘り下げてみる。

現段階における「EQが高い」とは、結局のところ協調性(対人関係において摩擦を生じさせない能力)を示す確率が高く、ソレが高いとどうなるかと言えば、極めて当たり障りのないただのナイスガイでしかない。

※以降は「ただのナイスガイ」であり、“ナイスガイかつ天才”とか、EQで表現できない領域の能力も併せ持った人は除外する。

ではナイスガイが社会的に優位かというとそうでもなく、ナイスガイだが役に立たないよりは、一癖あるが役に立つ存在の方がイイんじゃないかという疑問が残る。

サーフボードを持った笑顔のナイスガイと、辺り構わずWindowsを扱き下ろすスティーブ・ジョブズの比較が明快だ。社会に必要とされるのはどちらだろうか。

長年かけてEQ推進派は少しづつ主張を変え、EQとリーダーシップ(いずれは“カリスマ性”だろう)をうまく関連付けようと試みているが、元々そうあるべきであり、そもそも社会の多くのシーンでナイスガイだから人の上に立てるわけではないので、EQスコアの頂点にナイスガイがいる時点で矛盾が生じる。

社会との整合性がとれないスコアは普及しない。高くても役に立たないから。

ではEQやコミュニケーション能力をどうやって判定するのか。

は以前、「エレベーターで目が合わないよう努力しなきゃいけないほどスタッフを罵倒し解雇するジョブズでも、従業者がついてくる(同じ方向を向かせる)」点を挙げた。

これは実に深いし、オモシロイ。

更にソレが“崇拝”化すると、「スティーブ・ジョブズに罵られている自分が好き」という人もいるだろう。想像に難くない。

ジョブズに罵られても仕事が楽しい人達とは、アップルという極めて高偏差値の集団の中で、更に突出したジョブズというカリスマから「罵ってもらえる対象」(すなわち期待されている)であるという満足感によるものと考えられる。

少なくとも期待もされず無視される対象ではない「他とは違う存在」であるという自己肯定感・承認欲求が満たされるという精神構造だ。

度を変えて恋愛で考えてみたい。例えば背が高く、極めてハンサムな男性の隣にいる女性とは、一般的に平均よりも背が低く、若干ぽっちゃり気味の決して美人でない事が多い。

自己評価の低い人は、社会的評価が高い人、または世間で人気のある人から愛されるもしくは可愛がられることで自分の心を満たす傾向がある。

日頃カレからダメオンナ呼ばわりされている女性が、「お金持ち(社会的成功者)の男性に認められることで女としての自信を取り戻す」なんていうのもその1つ。

いわゆる栄光浴

※かつての女性像とは学歴も職歴も問われずただ家庭に入ることを優先させられていたため、結局のところ、「旦那がどれだけスゴいのか」に終始する傾向が少なからずあった。今もなおソレを引きずっている女性もいる。

同性達は、アイツはただ顔がイイだけだろう、背が高いだけじゃないかと指摘してみるが、顔がイイだけでも満足する女性がいる。

要は、例え性格に多少の難ありでも、顔の良さ(「頭の良さ」に置き換えることもできる)で埋め合わせることができれば、相手の女性にとっては“問題なし”と判定されるということ。

見た目がいいとイイ対応を受けられるのは美人が代表例であり、ハンサムもまた女性受付の場において絶大な効果をもたらす。


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香水の都グラース(仏)からこんにちは。グラースからもおいでおいでと誘われている。モナコ、カンヌが近い。


行前に触れた“お金持ち”も強い。お金の心配・苦労をせずに済むのなら(多くの人にとって人生最大の課題だろう)、多少のことは(相手の性格とか)目をつぶっても十分なメリットがあると考える人も多い。

簡単な例で言えば、子育てにかかる費用や住まいのことでもめないとか、さっさと友達と旅行に行ってリフレッシュしてくる等が“可能”であり、摩擦が生じる前に負荷を分散させることができる。お金が潤滑油として働いている。

よって他人との関係性(摩擦を生まない力)とは、言葉によるコミュニケーションに限らないと考えられる。

世間の多くでは、この“目に見えない*緩衝材または潤滑油”が「能力」として認知されていない(或いは除外されている)ため、いかなるテストも実社会での活躍との乖離を生む原因だと言えるんじゃなかろうか。

と私は考えている。

*美貌は目に見えているんだがなぜか除外されやすい。

IQテストしかりだ。

私の考える思考のバランス感覚とは、そういったプラスマイナスを、実社会と整合性の取れる形で適切に判定できる能力を指す。

一言で言えば、需要と供給すなわち相場の判定能力であり、“全体”を捉える力。

この辺を今後「認知」と共に追求してみたい。

 

チャーリー(
JAPAN MENSA会員
情報処理安全確保支援士/登録情報セキュリティスペシャリスト(RISS)

AEAJアロマテラピー検定1級
AEAJ認定アロマテラピーアドバイザー
AEAJ認定環境カオリスタ
AEAJ認定アロマテラピーインストラクター
AEAJ認定アロマブレンドデザイナー
AEAJ個人正会員
JAMHAメディカルハーブ検定1級
JAMHA認定メディカルハーブコーディネーター
JAMHA認定ハーバルセラピスト
【国】ITパスポート試験合格(笑)。
【国】情報セキュリティマネジメント試験合格
【国】臭気判定士
薬学検定1級試験合格
HTML5プロフェッショナル認定資格 レベル1試験に合格。
個人情報保護士認定試験に合格。
情報セキュリティ管理士認定試験に合格。
【公】メンタルヘルス・マネジメント検定II種(ラインケアコース)試験に合格。
Comptia Security+試験合格。
SEA/J情報セキュリティ技術認定CSPM of Technical試験合格。
【国】危険物取扱者 乙種 第4類試験合格。
【国】情報処理安全確保支援士(旧情報セキュリティスペシャリスト)試験合格。
【国】ファイナンシャル・プランニング技能検定2級試験に合格。
【国】危険物取扱者 乙種 第2類、第3類試験合格。
心理学検定1級試験合格。
【国】登録販売者試験合格。
【国】危険物取扱者 乙種 第5類、第6類試験に合格。。
【国】危険物取扱者 乙種 第類試験1に合格。

チャーリーのタンブラー(毎日更新、日記・ブックマーク的な)


by charlie-ls | 2018-05-08 20:49 | 個人ブログ | Comments(2)

の4〜5年続いたオンラインIQテストブームは昨年あたりに峠を越えた気がする。

毎年年始めに出ていた「20xx年IQテスト」というシリーズもほとんど見かけなくなった。

「メンサレベル!」とか「天才!」「アインシュタイン級!」と盛ってくれるプリクラのようなテストで気を良くした人達が、徐々に世間との乖離に気づき始めた頃合いかと思う。

300点というあり得ないスコアが出るテストで多くの人が200点台を出し、そんな中で検索能力もなく(笑)「130だった。何かおかしいよね。もしかしてオレ天才なの!?」とツイートする人達から伝染し流行ったようなカンジ。

確かにおかしい(笑)。検索能力がない時点で知能は高くないから。

自己啓発系にも同じことが言え、どんなにプラス思考、ポジティブ思考で自分自身を盛り上げようとしても、結局最後はアドラーのように自分との対峙(対面)が待っている。

自分と向き合った時に何が起きるかというと、実社会との相違。すなわち世間(の評価)との乖離。

盛りすぎた写真と同じで、現物との差異に嘆くとき、アンチ(写真嫌い)に転じるか社会との接触を断つか(評価する側=社会の感性を疑うか)が見られ、むしろその反動の方が大きいように思う。知能の場合もソレに似ている。

大出世した、大儲けした、賞をとった、発表した研究結果が世間で絶賛されたとか、何でもイイから他者の評価を伴わないと、テストの成績とは実態のない机上の空論化してしまう。

学力テストと同じだ。

学歴が高ければ高い程、社会はより高い結果と有効性を求めることとなり、本人のプレッシャーは高まる。高知能も同じ。

またヒトとはとても利己的な生き物なので、周囲から「本当にあの人は頭がイイ!」と思われていたら、あまり親しくない人からでも何かしら相談を受けることが増え、自然に他者への貢献がついてくる。すなわち頭脳(という富)の再分配

ソレがないのだとすれば、あまり役立つ頭脳だとは思われていない***ということであり、そういったギャップが「天才かも」「秀才かも」と盛り上がり中の自分をいつもの自分へと引きずり戻し意気消沈する人が多いんじゃないかと思う。

***それが余計に「自分の頭の良さを周囲にわからせたい」という気持ちにさせ、カタログスペックで武装しようとIQテストにハマらせる要因にもなっているように思う。
※ココで言う「ハマる」とはパズルを解く感覚の趣味の領域を超えて、カーネルパニック(笑)を起こすタイプの人達。

が考える知能とは、パソコンで言うCPUあたりに位置している。処理させるのはOS。よってOSが最適化(=ヒトなら社会に対して)されていないと並列処理(マルチタスクやマルチスレッド)でコンフリクトを起こしたり暴走したりする。

考えてる時に電話がなったり話しかけられたり荷物が届いたりするから、優先順位設定(スケジューリング・タスキング)の能力も必要。常に隔離された快適な環境を与えられるわけではないから。

OSは性格(精神性)。

処理すべき課題を与えるのがアプリケーションとその入力者=イベントを発生させる人達。いわゆる世間。割り込みで実行命令が入る場合もあるし、イレギュラーな入力・操作する人も出てくる。

と言う具合に知能とはコアであり、イベント(事象)発生に対し極めて初期段階で働くものと考えている。

イベント発生→知覚(受容体の有無)→知能処理及び記憶処理

知覚については嗅覚の例で書いたので飛ばして、知能処理と記憶処理はほぼ同時だろうと思う。記憶処理は「海馬」などで過去との照合が行われる。トラウマなどをもっていると合理的理由もなくとっさに拒絶したり、平常時のように上手く処理できないなどの問題が発生する。

すなわち精度が落ちる要因となる。

この「トラウマ」の割り込みは、ブラウザで言うところの“キャッシュ”から読み出された更新されていないかつ新規演算されない古いページ情報と似ている。CPUは使われず、何かをきっかけに呼び出される。これ(いわゆる認知)を更新しない限り新しい情報が見えない。

記憶処理は「性格」そのものと言ってよく、知覚後の処理は性格が先とも知能が先とも言えない。

だから知能と同じくらい性格が重要になってくる。

利己的・利他的という性格の違いでも処理の優先順位が変わり、異なる結論を出す可能性がある。その優先順位判定を誤ると、世間の評価が付いてこないから、知能が活かされるか否かは性格によると考えている。

性格=知能コントローラーチップと呼んでもいいかもしれない。

各才能はアプリケーションと考えていいだろう。複数の優れたアプリケーションを搭載している人もいる。操作性の良いアプリケーションなら世間ウケもイイ。いわゆる“使える”(頼りになる)存在。

アプリケーション内で「よく使われる処理」をブーストするためにGPUやベクトル演算ユニットなどを装備する。「行列推理が超速い」的な人がソレに該当する。いわゆるウェクスラー下位検査項目。記憶力が優れている人は優れたメモリコントローラと大容量のメモリを積んでいると例えられる。

処理が高速化すればするほど、作動記憶(ワーキングメモリー)のような短期記憶=CPU側のメモリキャッシュ容量も重要になってくるし、予測機能(能力)によって新たな演算を省いた処理の合理化も行われる。

という具合に、知覚(イベント発生の検知)の直後に記憶(認知の源)と知能が複雑に絡み合い行動として表出する。

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モナコからこんにちはの図。私じゃなくて(笑)。ずっと誘われているんだが(笑)。


IQテストで正確な賢さが測れないとすれば、この性格(記憶、認知)の領域を測定していないから。

検査時に臨床心理士さえ恐れなければ、誰かに怒られたり笑われたり、間違いを指摘されたりという精神的外敵にさらされることもない。

が、そんなビニールハウスのような社会はないと言っていい。

よって知能指数とはカタログスペック上の値であり、優れた能力を持っていることは証明できたとしても、それが社会において機能するかどうかは性格診断(精神分析)も必要とするし、メンタルに対するストレステスト(耐性テスト)も必要と考えられる。

負荷がかかった途端壊れるようでは知能を現場で活かせないから。

そこで「やっぱりIQは高くても意味ないんだね」ということではない。IQが高いことがわかったら次はメンタルだという流れ(段階)であって、IQが普通または低い方がイイ(もしくは高いと良くない)理由にはならない。当然にIQは低いしメンタルも弱いしという人も沢山いるのだから、両方低いよりは何か高い方がいい。

というわけでこの数年のIQブームの流れに乗りつつ、2015年の『知能のブログ』開設以降、「知能とは何か」という分析に一役担ったんじゃないかという自己満足に浸りつつ、この辺で第一シーズン(笑)の締めとしたい気がしている。

※少なくとも最近では「標準偏差って何?」という質問に対し、私のIQ換算表にリンクすれば済む時代になっただけでも進歩だろう(笑)。

と言っても「知能とは何か」の追求を止めるわけではなく、今後はより“実社会での活用”をテーマに「知能と認知」について踏み込んで行こうと思っている。

引き続きお付き合いいただきたい。

 

チャーリー(
JAPAN MENSA会員
情報処理安全確保支援士/登録情報セキュリティスペシャリスト(RISS)

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【国】危険物取扱者 乙種 第4類試験合格。
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by charlie-ls | 2018-04-29 21:11 | 個人ブログ | Comments(1)

かについて話し合ったり意見を求める際、そのものについて理解していない人の考えや気持ちを聞きたいだろうか。

ミーティングの資料も読まずに参加し発言する人とか。

ソレが手抜きならまだイイ。理解しようと思えば理解できるのであれば。無駄な時間を消耗するが、いつかは解決する。

が、全く理解できないのだとすればどうだろう。

それを更に追求し、そもそも知覚しているのかというのが今回のテーマ。

Cambridge Brain SciencesのPOLYGONSからの考察。

「ポリゴン」とは“多角形”という意味で、多角形を最大化したものが「円」になる。角がない(確認できない)状態。

形態模写(ものまね)や生体認証(特に顔などの骨格認証)、モーフィング、似顔絵などは、特徴的な「点」をいくつか捉えることで対象を正確に認証・再現・表現している。

決して「全ての点」である必要がないところが重要。

洗練されたデザイン」などがワカラナイ人がいる。デザインとは曲線1つ、面取り1つで優劣・勝敗が決まるが、何を見ても「何が違うの?」「一緒じゃん」しか言わない人がいる。

恐らくポイント(特徴)となる「点」がつかめていない。

高級ブランドも安物も、一流も二流も全部同じに見える人達。

/*
「価格」が絡むことで、嗜好ではなく性格的にわざわざ安い方を支持する人もいる。イチバン厄介(笑)で、本当に違いがワカラナイのか、わかっていても主義主張のために「同じ」だと言い張っているのか外からワカラナイから。
*/

こういう人は「黄金比」を見ても黄金比に見えないだろうと思う。

既にコレが答えだ。恐らくは。

繊細なものがワカラナイ鈍感な人も多い。例えば表情が読めないとか。視覚で「点」は見えないが「空気が読めない」も同じ。

「感じ方は個人差」で片付けられがちだが、実際には感じ方=「感性」の前に、違いを認識(知覚)出来ていない可能性がある。

感性にまで採点されたくないだろうが、無視できない時代になった。

の説明には、「香りの好み」を調べる上で、嗅覚の閾値の差異(高低)や、遺伝的な受容体の有無が大きく影響するという話が適している。

例えばトリュフの香りを嗅ぎ分ける受容体を持った人*Aと持ってない人*B(特異的無嗅覚症)とに(いずれも遺伝性)、トリュフの香りが好きかキライかを尋ねた場合、どちらの返事も個人の嗜好としては尊重されるべきだが、厳密にはトリュフ特有の香り(アンドロステノン)についての好みを語っているのは前者*Aでしかない。

そこで、後者*B側のソムリエが「このワインはトリュフに合います」と言った場合、それは真なのか偽なのかということになる。トリュフの味がわからずして、トリュフに合うワインが選べるのか。

その受容体を持たないソムリエ*Bは、トリュフの特徴成分を差し引いたトリュフの味わいに対し「合うワイン」を選んでいるため、同じく受容体を持たないゲストにとっては適したソムリエだと言える。

一方私*Aのように、暖めると「尿臭」が出るから、トリュフは冷たい料理またはデザートにイイんじゃないかという提案すると、受容体を持つ人*Aには(反動で強い)共感が得られるが、受容体を持たない人*Bはソレをイイと感じないかもしれない。何のためにわざわざ高級食材の香りを落とす必要があるのかがワカラナイから。

よってどちらが真(正しい)というわけでもない。どちらも真であり環境によっては偽となり得る。

※飲食店の場合、対象客層における占める割合で決めるのが無難だろう。アンドロステノンに対する特異的無嗅覚症は8.2%だから、*Aの「感じる」人の平均的な意見(感度が異なるから)に合わせておけばイイんじゃなかろうか。

魚(特に生)料理を食べつつ飲んだ白ワインのグラスは、一杯毎に変えるべきだという考えのように。
※生魚の雑菌が白ワインのミネラルで繁殖し雑菌臭へと変わる。よって食事中の白ワイングラスは注ぎ足すものではないと私は考えるが、そのニオイを感じない人にとっては何らグラスを変える理由にならない。

特異的無嗅覚症のその他の例では身近なところでアスパラガスがある。

また、「足のニオイ」の原因成分であるイソ吉草酸は5.6%、「魚臭」のトリメチルアミンは6.0%の人が嗅ぎ分けられないとされている。2成分とも悪臭防止法の対象臭気となっている。

法律で悪臭と定めているくらいだから、悪臭だと感じる人が大半であることは間違いないが、それでも全く知覚しない人がいるという事実。

冒頭の「黄金比」のように。

/*
受容体を持たない人は遺伝性のものであり、受容体は持っているが「鈍感」=閾値が高い人とは全く異なる。後者はトレーニングや刺激で閾値が下がり感度が増す。
*/

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2014年頃に撮ったスーパームーン。

れまで「感性」で片付けられていたものの一部(もしかすると判明していないだけで大部分)は、DNA(受容体の有無)や知覚能力(閾値の高低など)が大いに関係していると言える。

これは「優劣」ではない。知覚するか否か。ラジオのチャンネル合わせと同じ。

動物は進化の過程でストレス耐性を身につけていく。その間に“捨てた”知覚が多々存在し、現代の環境では敏感過ぎて負担がかかる人も居る。

例えばはるか昔「フェロモン」を嗅ぎ分けていた頃のなごりとされる鋤鼻器(じょびき。ヤコブソン器官)は、現代人にもその痕跡はあるものの機能していないとされている。
※新生児は機能しているという説もある。

また、現代人は大脳辺縁系(本能系)が小さくなり大脳新皮質(情報・知識系)が発達している。

言うまでもなく現代人は狩りの能力よりもプログラミング能力の方が求められている。

必要な能力(或いは受容体)かどうかは、人生終えるまで判定できない。途中で時代が求める能力が変わる場合もあるから。

が、科学が進歩し、事前に基礎検査(遺伝子検査等)をした上で会話に及べば、これまでどれだけ無駄なディスカッションをしていたかが浮き彫りになるかもしれない。

※そうなるべきだという話ではなく、そういう時代が訪れるかもしれない方向感で読み進めていただきたい。

なぜなら、現代人或いはそれ以前の人達は、片方には「存在しない」ものについて語り合っている(いた)可能性があるのだから。

心霊写真の仕組みを知っているカメラマンと、本気で幽霊だと思い込んでいる人の関係のように、知識差や理解が影響することも多々ある。よって知覚による認知と知識による理解はまた異なる。

して当然にこれらの知覚や才能は性格(趣味・嗜好)形成にも影響する

IQ 130の人に解る行列推理の規則性や法則性も、IQ 100の人にはただの“模様”でしかなく、何も面白くないどころか、こじつけクイズにしか思えないかもしれない。

同じように、足が速い子にとって100メートル走は楽しくとも、遅い子にとっては苦痛でしかないかもしれない。スポーツ全般に言える。

美人でない人にとって美人コンテストはどうでもイイどころか、なくなって欲しい人も居るだろう。

全部揃っていたら全部楽しいかもしれない。

よって、嗜好や感性ありきではなく、遺伝的特性や知覚能力、生得的才能が感性や性格(または人格)の根源を形成していると言える。

例えば「用心深い」人は知覚が繊細かもしれない(知覚過敏とはまた異なる)。全部が「丸」にしか見えないくらい四捨五入している人の知覚には「危険」という信号が少なくダイナミックでおおらかかもしれない。

“π”を「3」で良いと考えた人のように。

世の中どちらか一方が居れば事足りるわけではなく、バランスが重要。ミンナが石橋を叩いていてはせっかくの道路の通行量が減る(笑)。

/*
「知覚」の次に「知能」によって情報処理(理解、把握、分析、推察など)が行われ、適切に処理されれば***「理解」となり、ソレをどう感じるかという「感性」が表現する(表情や言葉、行動に出る)。
***適切に処理されないと「理解」されないから、かんしゃくを起こしたり、投げ出したり、いい加減な態度を取ったり、ツマラナイとそっぽ向いたりケチをつけたりすることからも、先に情報処理が行われることがわかる。すなわち、「知覚」→「知能による処理」→理解の有無→「感性」→「感情表現」という順番。
*/

重要な点は、感じなければ(知覚しなければ)疑問に思うこともなく、当然に興味をもつはずもない。興味を持たなければ学習もしない。

ということは全て遺伝的に決まってるってことじゃないか。

と思った人もいるかもしれない。確かに遺伝的にその受容体が備わっているかいないかは決まっているが、それがわかっていれば無駄な努力をしなくて済むと私は考えている。

私は先天的色覚異常であり、先の特異的無嗅覚症が色に変わったようなものだ。全色盲ではないので白黒ではないが、特定の色が鮮明でない。

これがもし検査方法がなく、色覚異常であることを知らないままだったらどうだろう。さすがに赤・茶・緑を何度も間違えると周囲から「アンタ大丈夫?」という話になり、私みたいな性格はひたすらに検証を繰り返し、改善策を練るだろう。

が、遺伝性のものはトレーニングでどうなるものでもない。

だから色を正確に判別する必要のある職には就かないし、そこに無駄な労力をかけることもなく済んだ。

私が言いたいのはソコだ。

「感性の違い」「価値観の違い」の手前に、知覚しているか否かがある。

知覚していないものとは、本人にとっては存在しないもの。その一方で、例えば“もっと見える”4色型色覚(スーパービジョン)も存在する。

前述の嗅覚もそうだし、聴覚も同じだ。モスキートトーン(高周波数音)のように年齢と共に聞こえなくなる音もある一方で、私のようイイ歳していつまでも聞こえていた者もいる。

れまで真偽の判断に困れば全て「感性(または価値観)の違い」(人それぞれ)という言葉がブラックホールのように多くの事柄を飲み込み曖昧・うやむやにしてきた。

が、科学の進歩によって、感性の手前に能力差や遺伝的特性(知覚の有無)があるのだということをそろそろ理解する必要に迫られている。

なぜか。

「方法論」や「○○法」は、予め個人の特性に合わせて振り分けることが可能だし、そうする必要があるから。身近なところで勉強法や自己啓発法。ダイエットもそうだろう。

遺伝的にトリュフの特徴成分を知覚しない人に、トリュフを教材にしてもしょうがない。

人はワカラナイとツマラナイ。ツマラナイと興味がなくなり好奇心が失せる。好奇心が失せると学習意欲が薄れ、物事の理解が浅くなり、趣味が減る。その結果他人との感性の一致(共感)が得られなくなり孤独感を感じる。そしていずれは覇気がなくなり、自暴自棄になる。自暴自棄になると破壊行動が始まる。

「私に関係ない○○コンテストなんて無くなればイイ」「あんなものがあるから世の中ダメになるのよ」という具合に。

自分がどれだけつまらなくても、他人の才能のお披露目機会まで奪う理由にはならない。

何がないからダメではなく、何がない代わりに●●が発達したという点に目を向けた方がイイ。

私は色による情報に頼れないから聴覚が発達した(と思っている)。何かがなければ他の何かがある。

例えば親の顔色をうかがいながら生きてきた人は大変だっただろうが、その分人の表情を見極める力がある(ことが多い)。“レコグナイザー”に向いているだろう。

それがいわゆる標準正規分布が示すところであり、プラスの反対側にマイナスが均等に存在する。IQや偏差値もそうだし、酸とアルカリ、北と南、上と下、色覚異常の男性とスーパービジョンの女性もそう。

“対”になっている。

もし取り柄がないと悩んでいる人は、その代わりになるものが必ずある。
※もしなければその分「問題」も少ないんじゃないだろうか。

その本来の取り柄を探そうとせずただ無い物ねだりをしている状態ならば、それは能力ではなく性格の問題であり、認知改善が必要。

「休みがないから勉強できない」と言っている人に休みを与えてもほとんどの場合勉強はしない。「休みの日くらいゆっくりしたい」と言いだし、休みが続けば続く程「勉強しても使い道がない」という循環で、どこからどう見ても性格の問題

“言い訳”とは、ソレをしない決断をくだしたのは自分であるというアドラーの心理学が的確で認知改善の助けになる。

それでも誰かに頼りたく、「自分の才能を見いだしてくれる人とで会えたらイイのに」と思ってもみたくなるのが人の性だが、出会いもまた“対”になっていて、自分がしてもらうだけでは釣り合いがとれず、自分が相手に与えられる範囲のものを与えてくれる人としか出会えないかもしれない。

と私は考える。

※その点「宇宙銀行」の考え方がしっくりくる。

というわけで知覚と認知。今後のメインテーマにしたい。

あとがき

チャーリー(
JAPAN MENSA会員
情報処理安全確保支援士/登録情報セキュリティスペシャリスト(RISS)

AEAJアロマテラピー検定1級
AEAJ認定アロマテラピーアドバイザー
AEAJ認定環境カオリスタ
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AEAJ個人正会員
JAMHAメディカルハーブ検定1級
JAMHA認定メディカルハーブコーディネーター
JAMHA認定ハーバルセラピスト
【国】ITパスポート試験合格(笑)。
【国】情報セキュリティマネジメント試験合格
【国】臭気判定士
薬学検定1級試験合格
HTML5プロフェッショナル認定資格 レベル1試験に合格。
個人情報保護士認定試験に合格。
情報セキュリティ管理士認定試験に合格。
【公】メンタルヘルス・マネジメント検定II種(ラインケアコース)試験に合格。
Comptia Security+試験合格。
SEA/J情報セキュリティ技術認定CSPM of Technical試験合格。
【国】危険物取扱者 乙種 第4類試験合格。
【国】情報処理安全確保支援士(旧情報セキュリティスペシャリスト)試験合格。
【国】ファイナンシャル・プランニング技能検定2級試験に合格。
【国】危険物取扱者 乙種 第2類、第3類試験合格。
心理学検定1級試験合格。
【国】登録販売者試験合格。
【国】危険物取扱者 乙種 第5類、第6類試験に合格。。
【国】危険物取扱者 乙種 第1類試験に合格。

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第2回プラチナブロガーコンテスト



by charlie-ls | 2018-02-04 01:28 | 個人ブログ | Comments(0)

IQブームもあってか、この数年で「高知能」を目指す(欲する)人が増えたと思う。ファッションにもなりつつある。時代の流れとしては自然だ。15年前ならMacBook Airとスターバックスがドヤリングコーディネイトに選ばれるとは思ってもみなかったように、理系時代に合わせて人はIQも装い(鎧)の一つとして見なそうとしている。

そこで私は問うてみたい。

例えばの話だが、「知能税」はどうか。

国が認める***成人知能知能検査(ウェクスラー)において、上位2.275%(いわゆる2σ超え)に“公式認定”(現在そんな制度はない)された場合、高額所得者に対する所得税の累進課税方式のように、社会に果たすべき義務や負担が増すとすれば、それでも高知能を欲するだろうか。

***健康保険が適用されたり、知的障害を認定したり、医師の診断として病名を決定したり、犯罪者の責任能力を判定したりの根拠とされる法定知能検査(正式名称ではない)。

むしろ高知能を隠す人の方が増えやしないか(笑)。脱税よろしく脱知能税的な。

今のところ少なくとも日本では、知能指数70以下(-2σ超え)にだけ意味を持ち、130以上(+2σ超え)については特に何もない。法的に。

もし、知能指数が高ければ社会に役立つと国が認め、「存在自体が社会貢献」だとし、各種控除や免除があるなら嬉しい限りだ。

そんな日が訪れることはナイだろう(笑)。

大衆が支持する「富の再分配」の観点から言えば、“知能が高い人”とは「知能に富む者」であり、歴史的な流れを踏襲するならば、特典が与えられるどころか責務が重くなる(搾取(笑)される又は準扶養の義務を課せられる)。

税率55%(住民税10%を含む)最高税率の高額所得者は、労働時間の55%を国や地域に捧げている。そして控除対象も減る。

一方であらゆる控除が受けられ、税率は合計で10数パーセントの人もいる。

/*
累進課税制度には矛盾を感じる。所得が高い=その組織において評価が高い。評価が高い=その会社に対する貢献度が高い(と経営陣に見なされている)。組織において貢献度の高い者が、その所得に課せられた高い税率による納税で他の誰よりも社会にも貢献する。一方で組織内で評価の低い者は所得が低く税率も低い。すなわち、貢献できる機会がますます増える組と、貢献できる機会が減る一方の組との「貢献機会格差」が生じる。これは「期待されない人達」を生み出しているとも考えられる。
*/

55%とは、10時間働いても「5.5時間は国(または市区町村)のため」だ。だから労働時間が同じであっても、1労働時間あたりが持つ意味合いがまるで異なる。

そこで、上位2.275%の知能の持ち主も、労働時間の55%にあたる時間は、国や市区町村のために頭を使いなさい(義務)ということであればどうだろうか。

※このテーマの方が、「富の再分配」がなぜ社会主義・共産主義的だと感じるかが伝わりやすいかもしれない。→『世界で最も成功した社会主義国』と呼ばれる日本型社会主義。

能で納税する。※当然所得税は別。

事情があり知能を提供できない場合は「現金でもお支払いいただけます」的な。

早い話、どちらかで納税しなければ差し押さえられるということだ(笑)。

※勤務中に国や市区町村のために知能を捧げたからといって、会社の仕事を免除されるわけではないので、一般的に考えれば可処分時間を使って“納税”(知能提供)する必要がある。

と仮定した場合、高知能を隠す人が増え、知能検査を受けたがらない人が増えるはずだ。

課税逃れと同じ流れ。

「あいつこの前SNSにオンラインIQテストで300出たって載せてたよ!」とか密告されたりしつつ(笑)。

「300」を真に受けた人達が「知能税の最高税率の上限を引き上げよ!」「知能格差を是正せよ!」とかプラカード持って行進してみたりしつつ。

※「知能格差の是正」は、知能指数の生得(遺伝)説を支持するならば、「DNAの是正」を意味する。恐ろしい思考(感情)だ。後天説を支持するならば、努力の均等化を要求していることになる(笑)。

そうなれば、IQ 130以上を公言する人は激減するだろう。事実としてその人生を生きていない限り(=既に「知能課税」対象者になっていない限り)。

「いいや、その責務を果たし富める知能を世の中に再分配し高額知能納税者として生きていく」という人はホンモノだと思うが、それ以外は美味しいところどりのただのミーハーじゃないか(笑)。

今のところメリットもないんだから。

アメリカで重罪を犯した場合、下位2.275%(IQ 70以下)は法的に死刑を免れても、上位2.275%(IQ 130以上)なら陪審員全員一致で死刑と出るかもしれない(笑)。

それも「そんなに頭がいいと、この先何しでかすかわからないし」という理屈で(笑)。最後通牒ゲームにおける“不公平感”から生じる「制裁」の念に通じる。

※そういった偏見もあって、サイコパス=高知能だと考えられていたのかもしれない。そこでサイコパスは知能が低い(ことが多い)という新事実が浸透すると、生い立ちや先天的な問題がそうさせたと社会が“同情”する流れになる可能性がある。今後は。世の中的に。

高知能を演じるのはもうやめにしようと思う人もいるかもしれない。

演じているのならやめた方がいい。生まれつきならしょうがない

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「支払いはスイスフランで」的な。

は、「美貌税」(美形税)はどうだろうか(笑)。

美人とかハンサムは「演じる演じない」がナイから、「やっぱやめた」と“おりる”ことができない。

これもまた大衆理論に基づくと、「美人はその美貌を利用して出世している」(恐れがある)らしく、「中身がない」とか補足する人もいる。「金髪は頭が悪い」とか(笑)。言いがかりもいいところだ。むしろ金髪の方がIQが高いという結果が出ている

ではその流れに沿って考えてみると、美人というだけで出世したり、特別な地位が与えられたり、給料・報酬が上がったりする前提で、それを禁止するよりも美人の価値を認める代わりに、「美貌税」を課すという「富の再分配」理論もあり得る。

ことになる。

美に富む者。

「そんなのおかしい!」と反論する人が少ないか居ないかのどちらかだとすれば、それだけ美人が少ない(または美人である前提で発言することがハズカシイ)ことを意味し、いかなるジャンルの上位2.275%も少数派だということがわかる。

※知能が高ければ高いほど税率は最高税率に近づき、低ければ低い程最低税率に近づく。美貌も同じだ。税率が低いことが、何か全く期待されていない気にならないだろうか。累進課税制度とはそういうことだ。

少し冷静に、「美人なのは遺伝であり努力ではない」という生得説を信じる場合、「生まれつきのものに課税するのは差別だ」という主張もできる。「(一般的に)白人の方が出世してる(所得が多い)から白人の税率を上げよう」とできないことと同じだ。

だとすれば、知能税美貌税は成立しないか。

お金は「稼いだ」という事実を持ってして毎年の稼ぎに対し所得税・住民税を課税するが、知能や美貌は「稼いだ」(または利益を得た)という事実の判定が難しい。所有しているだけで使っていない可能性もある。

だとすれば固定資産税(笑)が適用しやすい。

使っていようとなかろうと、資産を所有していることに対する課税。固定かどうかは別として。

土地の公示価格や家屋の評価額のように、毎年課税額が決定・通知される仕組みの。

そんなのあってたまるかと思うだろう。

じゃ何か。知能をむしり取るのはおかしいが、お金はむしり取っていいのか(笑)。
美貌はその一部をむしり取ることができないから所得税は免税されるのか。
だとすれば、まさしく課税逃れと同じく、課税されないもので資産構築すべきだと考えるならば、美貌がイチバンということになる。

最もむしり取ることが困難かつ常時持ち運んでいる(笑)から、無税国へ資産移動しやすい(笑)。

なんだ。結局白い砂浜の広がるタックスヘイブン国で美女と暮らすことがイチバンじゃないか(笑)。

美貌の一部を徴収できないなら、労働時間の55%に相当する時間を社会奉仕に費やさなければならないという、「社会奉仕を持って納税とかえる」のもありだが、前述の固定資産税(笑)がピンとくる。

或いは子供が生まれた時点でDNAを分け与えているから知能・美貌相続税か(笑)。

バカバカしいが、それだけモノの価値を決めるということは難しい。

/*
「何を着ていたの?」 強姦被害者の服を展示』に書いたことにも通ずるところがある。魅力的だから襲っていい理由にはなならい。同様に、美しいから頭がイイから課税していい理由にもならない。しかしお金だけはそう考えられていない。興味深い。よってたかって高額納税者にぶら下がってイイ事になっている。
*/

という観点から、高額所得者とは確固たる地位と引き換えに責務を課せられているというとであり、知能や美貌はまだそこまで認められていないということでもある。

認めたくないからなのか。ワカラナイ。

のまま「富の再分配」という名の大衆迎合を続けると、「平均」に収束するどころか、上を目指しても搾取されるだけの世の中になってしまい、誰も上を目指さなくなるどころか、遺伝的優位性を放棄する者まで出てきかねない。すなわち人類のレベルが低下し続けることを意味する。

こうなったら身長税とか、体重税とかはどうか(笑)。

スペースを消費している分税率が上がります的な。

仮にそんな社会が訪れた場合、人々は人生設計というテーマにおいて、背が低く痩せたパートナーを選ぶ傾向が高まるはずだ。

生きるため(税金を安く抑えるため)の選択として。

そのくらい「政策」とは人の生き方を左右する。

知能の話に戻ると、結局のところ厳密な“高い知能指数”ではなく、「ファッションとしてのハイIQ」を身にまといたい人が多い気がする。オタク社会が到来したように、理系・高知能社会はしばらく続くだろうから、その勢いは増すに違いない。

そんなに「印象」を重視するなら、ついでにお洒落もしたら?と私は思うんだが(笑)、人の「欲」は特定の分野に傾倒することが多い。

まとめ:知能税が課されたら高知能な人々は激減する。その一方で、知能提供による“納税”から生まれた官民共同プロジェクトが多数誕生し成果を上げるだろう。「義務」ならば黙って知能を提供するしかなく、高知能者本人の性格の影響を受けにくいから(笑)。しかし義務を課すべきかというと、「価値」化することに抵抗を感じる人達が多いだろうことを考えると難しい。「優劣」を決定付ける要素(=公に認める)があるから。それは「富の再分配」(または累進課税制度)という考え方そのものにも言える。

※ちなみに知人のIQ 150(WAIS-III)の英米女性は、ド金髪で美人で7カ国語以上話せて、常に世界ランク1-3位を争う名門大卒で、政府インテリジェンスに身を捧げている。どうやら英米国家はインフラ投資を「回収」するのが巧いらしい。国家としての当面の完成形にも見える。

次回(またはいずれ)は、「ヒトはなぜ知能を欲するのか。自己顕示欲としてのIQ、自己啓発としてのIQ、承認欲求としてのIQ。他」を予定している。 

チャーリー(
JAPAN MENSA会員
情報処理安全確保支援士/登録情報セキュリティスペシャリスト(RISS)

AEAJアロマテラピー検定1級
AEAJ認定アロマテラピーアドバイザー
AEAJ認定環境カオリスタ
AEAJ認定アロマテラピーインストラクター
AEAJ認定アロマブレンドデザイナー
AEAJ個人正会員
JAMHAメディカルハーブ検定1級
JAMHA認定メディカルハーブコーディネーター
JAMHA認定ハーバルセラピスト
【国】ITパスポート試験合格(笑)。
【国】情報セキュリティマネジメント試験合格
【国】臭気判定士
薬学検定1級試験合格
HTML5プロフェッショナル認定資格 レベル1試験に合格。
個人情報保護士認定試験に合格。
情報セキュリティ管理士認定試験に合格。
【公】メンタルヘルス・マネジメント検定II種(ラインケアコース)試験に合格。
Comptia Security+試験合格。
SEA/J情報セキュリティ技術認定CSPM of Technical試験合格。
【国】危険物取扱者 乙種 第4類試験合格。
【国】情報処理安全確保支援士(旧情報セキュリティスペシャリスト)試験合格。
【国】ファイナンシャル・プランニング技能検定2級試験に合格。
【国】危険物取扱者 乙種 第2類、第3類試験合格。
心理学検定1級試験合格。
【国】登録販売者試験合格。
【国】危険物取扱者 乙種 第5類、第6類試験に合格。

チャーリーのタンブラー(毎日更新、日記・ブックマーク的な)


by charlie-ls | 2018-01-19 18:29 | 個人ブログ | Comments(4)

年末袋閉じ(てない)ジャンボブログ。その名もザ・サイコパス(笑)。

早速いってみよう。

ログのコメントで「最後通牒ゲーム」(ゲーム理論)について投げてもらい、早速(3週間経ったが(笑))考察してみた。

ゲームの概要。

「報酬」を2人でどのように分配するかというゲームで、心理実験として用いられる。

ある1人(仮にAさん)には報酬配分の提案権を、もう1人(仮にBさん)には提案された報酬配分への拒否権を与えるという2人2段階ゲーム。Aさんが報酬配分を決定できるが、Bさんが拒否したら2人とも報酬を失ってしまう。提案者のAさんは自分の取り分を多くしたいが、Bさんが不公平な分け方を拒否する可能性があり、安易な解決を目指せば公平な報酬配分を選択する。

こちらより。

というわけで、ココに100万円がある。

Aさんが「50万円づつ分けないか?」と提案し、Bさんが了承すれば50万円づつ分配して終了。

Aさんが「私が80万円で、あなたは20万円でどうだ?」と提案し、Bさんが拒否すれば2人とも取り分ゼロとなる。

Bさんに「拒否権が与えられている」ということには、「お金の分配」という点で合理的な価値を持たない。なぜなら「99:1」という不公平感の漂う提案を拒否してみたところで取り分はゼロであり、「1万円でも受け取った方がマシじゃないか」ということになるから。

すなわち、拒否権は名ばかりで、拒否しないことが合理的選択だということになる。

知能指数とはまた異なり、脳科学や心理学の世界では社会通念上の「合理的判断」ができるか否かも思考能力の機能性・健全性の評価項目となっている。

確率思考のセンスが問われる「ギャンブラーIQテスト」は、いかに日常的に損する選択をしているかが計測でき、多くの場合直感よりもちゃんと勉強した方がイイという結果が出る。

賢くない人と交渉する際、あたかも公正な取引であるかのように見せるため、「拒否権を与える」と契約書にサインしてみせることで満足させるといったペテン営業的な使い道はあるかもしれない。

金銭的分配のみについて検討するならば。

精神論的勝利はいくらでも考えられる。世の中の大半の「勝敗」はこっち。相場と同じく金銭的に勝てる人は僅かだから、「心のマウンティング」で主観的に勝利したつもりになる(しかない)人が多い。

まず、不公平な分配提案に対し、Bさんが「断固拒否した」という“プライド”を自他に示すことを持って勝利だと思い込める精神性を持ち合わせている場合。

関係が終わりそうなカップルの片割れが先手必勝で別れを告げ「自分が振った」ことでドラマを終わらせたいソレのような精神論的勝利。大方「体裁」と言える。

昔の学生運動のように「体制にモノを申した」ことで自己満足するケースもある。しかし実際に何が得られたかというと思い出の1つくらい(それも積極的には語られない)にしかならないことも多々ある。

いわゆる精神論的勝利は、価値(甲斐)の後付けによるところが大きい。「あの時のあれにはこんな意味があった」的な。大方宗教のようなもの。またはその起源。

「損して得取れ」という考え方もある。(私は好きな考えだが)得を取れたことを確認できない(すなわち全部を失ったかもしれない)ことが悩ましい。

ポジティブ思考はただの自己催眠(下手すると負け惜しみ)と紙一重だ。

その他「道連れ」もある。Bさんによる「私が拒否することで、Aさんの取り分をゼロにしてやる」という捨て身の作戦。見方によっては「Aさんを勝利させない」精神的支配権がある。後述するが、自分は決して勝たないので、厳密には支配というより道連れ。

自暴自棄になっていて、いっそ奪えるものは全て奪ってやろうと精神の破綻を来していれば、自爆テロ同様の手段として使える。要は自分がどうなろうと、相手にダメージを与えさえすれば良い場合。

※美人じゃないから美人コンテストの廃止を訴えるという心理もコレに似ている。「評価」「採点」という公の制度がなることで「美人をコンテストで勝たせない」ことはできるかもしれないが、美人が美人じゃなくなったわけではないから、コンテストを邪魔することに終始する。

メントによれば、「自分の手取りが30%未満になった時に『不公平感』から、提案を拒否する方が多くなった」とある。

※だとすれば、電通や博報堂のような大手広告代理店が「手数料率20%」という不公平感を飲み込んだ(クライアントに服従した)かのような絶妙な手数料率を設定したことが、日本において長らく続いた代理店ビジネス(中間マージンの発生源でもある)の成功の源だったのかもしれない(笑)。相手を立てつつしっかり取る的な。近年、物販やIT広告の世界ではメーカー(サイト)直販が当たり前になりつつあるが。

「(精神的)支配権」にはこんなのもある。例えば、Aさん10万円、Bさん90万円という極めて自分に有利な提案さえも拒否してみせることで、「Aさんの考えに従わない」という“生理的に受け付けない”系の意思表示ができる。

例えば「どんな良い条件を与えられてもアンタに雇われるのはご免よ」的な。が、伏せているだけ(高潔に見せたい願望)で、実際には他からもっと良い条件を与えられているだけの場合もあり、表から見える情報だけで真理は判定できない。

多くの悩み相談を聞いている限り、次のお相手が既に決まっているカップルの片割れにその傾向が度々見られる(笑)。もはやそのテーマに興味がなく早く終わらせたいという片割れに対し、相手はまだ当事者だからアノ手この手で妥協案や条件を提示し固執する。その結果すがっているような=女々しく見え、ただのフライングでしかなくとも既に前を向いている片割れ側が勝ち組のように見えたりする。

「忠誠」という名の勝利もある。捕虜軍人が敵国から「解放する代わりにスパイとして働け」と言われてソレを拒否するなど。忠誠心と意志の強さに敵の司令官は恐れおののき、軍事上の戦術としては非常に効果がある。しかし拒否することで命を落とすかも知れない。「勝利」と呼ぶかは遺族次第だろう。他人が決められる問題ではない。

といったことを踏まえ、お金をもらうかどうかという「点」で見れば、「30%を切ったら不公平な気がして拒否をする」とは普通に考えたら愚かだ。29%でもOKした方がゼロになるよりはいいだろう。29万円もらえるのだから。

ゃぁBさんはただ「Yes」と言うだけのゲームじゃないかと言うとそうではない。腹いせの道連れ戦略に出るかもしれないリスクは常にあり、Aさんから見れば共倒れはご免だ。

よってBさんが拒否しないだろう額を提案する必要がある。

先の広告代理店の商習慣のように、拒否させず(相手を立てつつ)最大利益を得る落としどころとして、この条件下におけるゲーム理論としては30万円(30%)付近がボーダーラインと考えられているということだ。一般的に。見方を変えると、自分側が30万円(30%)を切った提案をすれば、相手には献上(服従)的な見せ方ができるということでもある。

日本人の「つまらない物ですが」というプレゼント作戦も謙った交渉術だ。ただし外国人に「つまらない物」を献上すると、「私はつまらない物で十分だと思われてる」と怒らせかねないので、国内かつ同一民族に留める必要がある。

戦術にもTPOがある。

先ほど私は「腹いせの道連れ戦略」と表現したが、心理学的な受け止め方としては、「道連れ」と言うより公正世界信念的な「制裁」として語られることが多い。「こんな不公平なことがあってはならない」という信念から、ゲームを無効化(勝者なし)することで、正義が勝った気がする満足感を得る。というもの。

※ゲームでは不公平な気がしても、現実では提案権(Aさん側)を獲得するために、遙か以前からの努力が実った結果であるため、決して不公平ではない。でなければ頑張って出世しても決定権は皆同じという事態になる。

文系的に言えば「一石を投じた」的な意義。投じても届くかは別なんだが。

と言うのも、下手すると世の中に平均的に存在する「正義」とは「何ももらえない(儲からない=割に合わない)」ことを知らしめ、正義の価値を下げかねない。「正直者がバカを見る」という言葉があるように。

また「清貧」という言葉もあれば「貧乏暇なし」という言葉もある。人の心は揺れている

正義の価値が下がると正義を全うする人が減るから世の中は悪くなる。よって「正義の社会」を築き上げるための「正の循環」としては、「正義=豊か」なものである必要がある(理想とされる)。と考えると、揉まれていない幼稚な正義、自己満足正義、精神論的正義というのは、中長期的に見ると正義社会に不利益をもたらしかねない。いつも貧乏くじだと正義が流行らないから。

要は自分が正義だと思い込んでいるだけで、いわゆるナルシシズムの一部分。

ドナルド・トランプ大統領の選挙手法はソコを巧く利用した感がある。流行らない正義に飽きた大衆に対し、汚れた正義もありなんじゃないか的な問いかけ(大衆迎合的な対話)を多用した。一瞬熱狂するが冷めると支持者は自己嫌悪に陥る。「また変なものに手を出してしまった」的な。

いわゆる中毒症状と同じ循環であり、女性が何度もダメ男に惹かれるのもそうだし、アルコール、ドラッグ、ギャンブル、買い物や甘い物が止まらないなどの依存症も同じだ。
※精神依存にはストックホルム症候群代理ミュンヒハウゼン症候群などもある。

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2013年05月の写真。長らくチェスをしてない。

ころで、私が金額を100万円に設定したのは、100円だと80円:20円の分配を拒否することは現代の日本において簡単(失うものが小さい)だから。

80万円:20万円の提案を拒否する人は極端に減る(はず)。

では8億円:2億円の提案はどうだろう。もちろん拒否すればゼロ。

80億円:20億円を拒否して20億円を棒に振る人は多分いない。

賢いマフィア(?)なら、一旦合意し、帰り道に襲撃するかもしれないが(笑)。

よってゲーム理論はフォーマット通りにいかず、相手の精神分析はもちろん、所得や生活・知的水準などを考慮して戦略化する必要がある。そのための情報収集(いわゆる諜報活動)が重要であることがわかる。ストラテジーとインテリジェンスの関係。

相手(Bさん)が大富豪なら20億円でも蹴るかもしれない。その場合、通常はBさん(大富豪)が勝利だ。なぜなら、Aさんに1銭も与えず、なおかつ自らは大富豪であり続けるから。前述の美人と同じで、勝利した状態でゲームが始まっている

この場合はプライドとか見栄とかの精神論的勝利ではなく、そこにある事実による勝利だから性質が全く異なる。

※「IQが高けりゃイイってもんじゃない」のように、「美人だから何?」「大富豪だから何?」とそもそもの人々の認識・認知や定義を覆して(ケチつけて)みる心理も精神論的勝利と結びつきが深い。

メントに戻り、30%未満で拒否する確率が高まるのは「腹内則前頭前皮質に損傷を負った人は」という前提がある。

心理学検定をはじめとする心理学全般に必ずと言っていいほど出てくるフィネアス・ゲージの事例が代表的だ。作業中に鉄パイプが脳を貫通し、前頭葉を損傷し、その後生活はできたが性格が変わった(ナイスガイから凶暴になった)という事例。

前頭前皮質の損傷によって道徳的判断の功利主義的な傾向が増す | Nature | Nature Research

という文献がある。

功利主義について考えてみたいので、狙い撃ちでこの記事を取り上げてみた。

ここから先は「腹内則前頭前皮質に損傷を負った」+「功利主義傾向が強まった」BさんをB#さんと呼ぶ。

2つの情報を組み合わせると、損傷によって功利主義的な傾向が増した結果、自分の手取りが30%未満を切ると拒否する確率が高まるのだとすれば、「最大多数の最大幸福」を基本原理とする功利主義に合致するだろうか。

しない。

最後通牒ゲームは1対1だから「最大多数の最大幸福」は基本的に50:50の分配を指すが、少なくとも2人とも不幸な結果=取り分ゼロとならないことを望むはずだと考えたら、B#さんはどんな提案も受け入れる必要がある。だから拒否する確率が高まると功利主義に反する。

※このゲームの前提として、会社への出資比率のように当たり前に優劣・上下が決まっている場合を除く。

功利主義とはマイケル・サンデルの白熱教室でも有名なトロッコの話(彼は路面電車としている)が代表的で、5人を殺さずに済むならば1人の死(犠牲)を選ぶというもの。

功利主義は利己主義と同列に扱われることが多いようだが全く別モノ。功利主義は「最大多数の最大幸福」、利己主義は自分の利益が最優先(他人のことは知らない)。

コで少しB#さんに刺激を与え環境要因も加えて分析してみたい。

例えば、AさんとB#さんの2人で分配するが、Aさんは交渉が成立したら自らの取り分を他の4人に均等分配すると宣言する(交渉相手及び周囲に精神的に「イイ人が勝利すべき」効果を与える)。

そこでAさんは5:1の分配案をB#さんに提示した。

Aさんの公約が果たされたら1/6づつ全ての人に行き渡り、特に他の条件がなければ公平であり功利主義に合致するし、大衆社会では称賛を浴びやすい。

問題は、B#さんが功利主義に則ってこの5:1分配案を飲むだろうか。

前述の文献では功利主義傾向が高まるとあるが、コメントでは「自分の手取りが30%未満になった時に『不公平感』から、提案を拒否する方が多くなった」とある。私もB#さんは拒否するだろう気がする。

そこで(笑)登場した「サイコパス」は、<前頭前皮質>腹側システムの機能に乏しいとあり、文献のような「功利主義」傾向が強まるよりも、より利己的になるだろうと予想される。

相手(Aさん)の取り分が「5」である由来は、「他の4人にも分配するため」であるが、ゲームの本質は1対1なのだから、B#さんにとっては、「他の4人」が邪魔に見えてくる。「例外」(エラー)だから。サイコパスなら名簿から“削除”するが第一選択肢だろう(笑)。自分の利益を減らす要因だから。

ここでB#さんが真っ当に勝利するための交渉戦術はこうだ。

「あなたは他の4人にも均等分配したいといい人ぶっているが、自分の取り分もきっちり確保している。懐も痛めず名声も得ようとしている。強欲極まりない。ここは50:50で分配し、自分の取り分から他の4人に分け与えるべきだ。そうしないのなら私は拒否し、全員ゼロだ」

とする。

Aさんは「他の4人に分配したい」なんて格好付けなきゃ良かったということ(笑)。言ってしまったばかりにソコに引っかかる人がいて追求される。口は災いの元とはこのことだ。

当初は1/6(16.66%)の分配となる算段だったものが、AさんB#さんは50:50で分け、Aさんの50%を5人で分けるから各自10%になり、B#さんの取り分は50%となる。

B#さんが機嫌を損ねると全員ゼロとなる。

これはAさんが「イイ人だ」雰囲気に包まれつつあったものを破壊し、Aさんは「実は利己的だ」という新事実で塗り替えるというどんでん返し。

周囲はふと我に返り、一見イイ人に見えたAさんがずる賢い者だと感じ、反動で「騙された」と必要以上に責任を追及するのが世の基本(笑)。判断を誤った(見る目がなかった)自分の責任を分散するため。これもまた身勝手極まりない(笑)。

Aさんは飲むしかない。「言い出しっぺ」の後始末だ。これを拒絶するとただの利己的な打算による提案だったことが周囲に知られてしまうから、50%を受け取りそこから分配するのが妥当という判断が合理的。

もそも利己的・利他的とは何かを考えてみる。

このゲームにおいて、80:20の取引をのむことは利己的なのか。それとも利他的なのか。

解りやすい利他的からいこう。まず、8割を相手にくれてやること。或いは拒否したら2人ともゼロになるから「拒否すると相手に悪い」(だからのむ)という考え方。綺麗に言えば「自己犠牲」的。契約・交渉に弱い日本人に多い。

※ただし、「相手に悪い」の続きが「それで嫌われたくない」ということならばそれは保身であり自己都合だから利己的に転じる。先の「他からもっと良い条件を与えられているだけ」の人と同じように本当の理由を隠しているだけ。

次に利己的。80:20に対し不公平だと感じても、拒否してゼロになるくらいなら20もらおうという考え方を合理的と呼ぶのか利己的と呼ぶのか。

「もらえるモンは全部もらっとこう」と受け止めると欲深く利己的に見える。

或いは、この条件では不公平だから拒否する。これも「自分の取り分が少ない」という不服(もっと欲しいという)をもとに拒否しているから利己的だ。世間では「わがまま」と呼ぶ人もいるかもしれない。拒否した結果、相手の利益も消滅するから。他人の不利益を顧みないのが利己的。

プライドや信念を誇示するのも、承認欲求だったり自己顕示欲だったり「欲」でしかないことが多い。むしろお金(という世間のイメージがない分)に対する欲求よりも強欲さがストレートに出やすい。

更には、「そんな不公平(利己的)な案を提示してくるようなヤツは1円たりとも受け取れなくしてやる」という考えで拒否した場合も、自ら「裁き」を下したいという欲求(公正世界信念)に駆られているため(そしてそれを実行しているから)利己的だ。

見せ方が「正義」なだけで、ヒーロー願望が行きすぎると、自分で放火して最初にかけつけ消火活動を行う消防士のようになる。人を苦しめ感謝されるという極度の矛盾。これはサイコパス的だ。

う。この「見せ方」こそがミステリーだ。見せ方とは方法論の一部であり「実体」ではない。前述の、自分の取り分も確保しつつ「イイ人」の名声も得ようとしている強欲極まりないAさんも、表向きは「均等」をうたっているから、賢くない集団においては称賛されやすい

度々「富の再分配」で支持を得ようとする政治家はソレを理解・活用している。他人のお金を分配して自分が支持を得る上に、分配する側でない圧倒的大多数を動かす手法だ。

こうした心理操縦に長けた人達は、サイコパスでなくともソシオパスの可能性がある。

その集団において、ソシオパスだと悟られない・気付かれないだけで。必然的に自分よりも賢くない層を相手にする必要がある。

※あまり違いはないようだが、サイコパスは精神病質者、ソシオパスは社会病質者と言われる。また先天的、後天的という分け方もある。

なぜそれを「カリスマ」と呼ばずにソシオパスと考えるのか。

俗に言うカリスマは、生まれてもって他人が持っていないもの(なおかつ他人が欲しがるもの=才能とか)を持っている。よって目先の取り分は重要ではない。「持っている」という事実が揺らがないから。スティーブ・ジョブズの「年俸1ドル」のような行動もその典型だし、前述のゲーム前から勝利している美人や大富豪も同じだ。持っているもの(他人が欲しがるもの)を提供し対価を得たら良い。正当だ。

一方、ソシオパス(サイコパスも)は他人を支配し制御することで欲しいものを手に入れる。自分が何かを与えた対価ではなく。根っから利己的。

先ほどのAさんにおいては、「自分の取り分をゲームに参加していない他の4人にも分配する」というゲーム外の行為を持ち出すことで、多くの賢くない人がソレを称賛・支持するだろうことを計算に入れ行動する。相手が断りづらい環境を作る=場を支配する

※本当に善意なら、ゲームに影響を及ぼす領域で発言せず、取り分を受け取った後に分配すれば良い。B#さんはそこを突けば良い。

庶民の味方のフリをして当選するだけして平気で公約を破る政治家も似た系統だが、日本には「嘘も方便」という言葉もある。

よってこの最後通牒ゲームは、AさんBさん(またはB#さん)を隔離し、第三者の居ない個室でマイク・スピーカー等を使って交渉させる必要があると考える人もいる。

周囲の目や空気感が影響を及ぼす場合、「他の4人にも分配する」などといった、ゲームとは無関係な駆け引きに周囲の人達を巻き込もうと試みる者が出てくるから。

ヒーローになるはずだったAさんがソシオパスに見えてくる。

は多い。それも知能があまり高くない人に多い。いわゆる“オツボネ”(笑)の場の支配とか。噂好きな人は基本的に知能は高くない。

ドラマや映画に出てくる天才達が他人の噂話が好きというキャラで描かれていることがあるだろうか。

ナイ。

噂話というのは、広まらなければ意味をなさないという「数による支配」が根底にある。数集めるには圧倒的大多数である凡人層(厳密には平均以下層*)が対象となるため、能力優位ではないから必然的に群れる必要が出てくる。

SNSで毎日全員分チェックしないと不安でたまらない人(干されることを恐れている人)や、相手にとっては全くメリットのないサラリーマンの栄光浴名刺交換とか。場を離れると、忘れられてしまう可能性の高い存在であることを自分自身が潜在的または顕在意識下で認識している(すなわち他人から見た“私と付き合うメリット”が少ないと認識している)から「つながり」願望が強く生じる。

*平均以下層:噂の真偽を検証する能力がない方が伝染しやすいから。間に1人でも賢い人がいると「いいや、ソレは違う」と止まってしまう。これを「組織統制」に置き換えると、採用試験である一定以上のスコアを出した者を採用しない規定のある企業も存在する。

これといった「切り札」がない状態で優位に立とうと考えると、数で支配しようとする。そこでデマや噂を利用する。

最近になってサイコパスは実は知能が低いが出てきた。私も同意する。

圧倒的な優位性がないために、賢くない者や噂・陰謀論・精神論の深みにはまりやすい人を操ることで場を支配する。

一方、ノーベル賞受賞者がいかに自分が頭がイイかを語る必要もなければ、オスカー俳優が自分がどれだけ演技が巧いかをSNSで広める必要もないし、オリンピック金メダリストが第三者になりすまして自分の能力を褒め称える必要もない。

事実とは強い。

知能レベルが高い人ほど人を信じやすく、低い人はあまり人を信じない? 』と重複するが、例えばスーツを着てネクタイをして身だしなみを整え、ハキハキと自発的に挨拶をする人が「ちゃんとした人」だと感じる人が多ければ、ペテン師はその格好・振る舞いを完コピする。「ちゃんとした人」だと思わせた方が騙しやすいから。

よって「ちゃんとした人」に見えるかどうかは何ら本質的な判断材料にならない。それどころかステルスかもしれないし、ショーケースのマネキンを指さして「あれ全部ちょうだい」的な自分の色を持たない人かもしれない。

他人ウケするものを選ぶんだからイイことにも感じるが、行きすぎると他人からよく思われるためなら何でもする人とも言える。

例えば地毛が茶色の人が、黒い髪の毛が信用されるなら黒い髪の毛にすることもある。どこかの学校の規則のように。

私なら、黙って黒く染める人よりも「地毛が茶色なんです」とうったえる人を信じる。

しかし世の中は前者を信じる傾向が強い。だからペテンに引っかかりやすいのだろうと思う。形式だけを重視し真実を見ようとしていないから。

ころでサイコパスとは具体的にどういう人を指すのか。犯罪心理学者のロバート・D・ヘアは以下のように定義している。

 良心が異常に欠如している
 他者に冷淡で共感しない
 慢性的に平然と嘘をつく
 行動に対する責任が全く取れない
 罪悪感が皆無
 自尊心が過大で自己中心的***
 口が達者で表面は魅力的

3番目と最後の項目が見た目による判定を危うくする要因だ。場合によっては、最も信頼していた人や、毎日挨拶を交わしていた人など、「まさかあの人が」という人である可能性が高い。

***は、取り分が30%を下回ると拒否する確率が高まりそうな要因。

というより凶悪事件が起きると決まって近所の人達は「まさかあの人が」「いつも朝向こうからおはようございますって」「信じられない」と語る。

昔から「ツッパリ」(古)ほどピュアだと言われる由縁でもあるだろう。

目立つことをすれば周囲の目が厳しくなり監視が強まるから、本当に悪い事をしようと考えている者はごく平凡な一般人に成り済ます。

スパイ(諜報員)もオーラがあってはいけないと言う。すぐに覚えられてしまうから。

し角度を変えて、最近見たドラマ『シャーロック』では、シャーロック本人がソシオパスを名乗っている。実際には「社会不適合者」という意味で使われているようなのでそこは放っておこう。

彼はワトソンに「君のような凡人の意見が聞きたい」とストレートに言い、社会性のないコミュニケーション障害として周囲に見なされるが、実際には凡人の意見を本気で聞きたがっているし、実際に参考にすることから、その(凡人の)存在価値に敬意を払っている。すなわち多様性の理解。

ドラマ『スコーピオン』におけるペイジの役割も同様だ。「彼女がいなければ、外との接触が持てない(仕事ができない)」と天才集団が彼女に頼る。

以前足が長い少年について書いた。非常にしばしば題材にしているが、賢さとは素直さでもある。日本人が好む謙虚さとは多少方向性が異なろうとも。実体(足が長いという事実)を伴うからこそ事実と主観・客観の違いを素直に認識できる(と考えている)。その結果前述のシャーロックのように多様性の本質を理解する。私はそう推察する。実体が伴わない場合において、何かしら優位性を保つために話しをでっち上げたり他人を下げようと策略してみたりする。と考えられる。

社会性やコミュニケーション能力を身につけたフリをして、社交辞令やお世辞でうまくその場をしのぎつつ、自分の思った通りにしか行動しない人は、全くもって相手に敬意を払っていないとも言える。他人に敬意を払えないから、他人が持って生まれたものや築き上げたものを平気でこきおろし(噂やデマを流すなど)誘導・操縦することに罪悪感がない。

よってサイコパス(ソシオパス)は、すぐ近くにいるかもしれない。

的な。

ごく普通の顔して。すました顔して。しれっと。

人はそれだけ主観自らの認知だけで物事を判断している。今一度目を見開いて真実を見ようじゃないか。と呼びかけてみる。

というわけで今年もエンディングが近づいてきた。サイコパスの余韻に浸りつつ(笑)、この曲をお届けしたい。


エディット・ピアフ 愛の賛歌

それでは皆さん、2017年に別れを告げ2018年もまたココでお会いしましょう。

良いお年を!

追加参考資料:子どもの社会脳研究(3)教育心理学講座

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チャーリー(

JAPAN MENSA会員
情報処理安全確保支援士/登録情報セキュリティスペシャリスト(RISS)

AEAJアロマテラピー検定1級
AEAJ認定アロマテラピーアドバイザー
AEAJ認定環境カオリスタ
AEAJ認定アロマテラピーインストラクター
AEAJ認定アロマブレンドデザイナー
AEAJ個人正会員
JAMHAメディカルハーブ検定1級
JAMHA認定メディカルハーブコーディネーター
JAMHA認定ハーバルセラピスト
【国】ITパスポート試験合格(笑)。
【国】情報セキュリティマネジメント試験合格
【国】臭気判定士
薬学検定1級試験合格
HTML5プロフェッショナル認定資格 レベル1試験に合格。
個人情報保護士認定試験に合格。
情報セキュリティ管理士認定試験に合格。
【公】メンタルヘルス・マネジメント検定II種(ラインケアコース)試験に合格。
Comptia Security+試験合格。
SEA/J情報セキュリティ技術認定CSPM of Technical試験合格。
【国】危険物取扱者 乙種 第4類試験合格。
【国】情報処理安全確保支援士(旧情報セキュリティスペシャリスト)試験合格。
【国】ファイナンシャル・プランニング技能検定2級試験に合格。
【国】危険物取扱者 乙種 第2類、第3類試験合格。
心理学検定1級試験合格。
【国】登録販売者試験合格。
【国】危険物取扱者 乙種 第5類、第6類試験に合格。

チャーリーのタンブラー(毎日更新、日記・ブックマーク的な)


by charlie-ls | 2017-12-31 23:35 | 個人ブログ | Comments(22)

またちびっ子(欧州)の宿題が回ってきたので、“愛と見返り”は先延ばしに(笑)し、少し大人のアレンジを加えてゲーム理論「因人のジレンマ」をお届けしたい。


人A,Bの2人が居る。別々の部屋で取り調べを受ける。下記の取引がもちかけられる。

2人とも黙秘:2人とも3年(2番)。
1人黙秘、1人自白:黙秘者15年(最悪)、自白者1年(最高)
2人とも自白:2人とも10年(3番)

()内は刑期だけで結果を順位付けしたもの。忠誠心や友情から得るものは考慮しない。

オペラント条件付けで言えば「刑期」は“餌“(褒美=短縮であり罰=長期である)だ。

ペイオフマトリクスで表すと下記の通り。

f0337316_12153891.png

この場合、片方が自白しようと両方が自白しようと、要は「自分の刑期が短くなれば相方の刑期が長くなってもイイ」という仲間を売る行為。

自分は黙秘して相手が自白したら最長の15年。関係が浅いほど「正直者(約束を守った方)が馬鹿を見る」と考えてしまいやすい(仲間を売る)。

重要なのは、お互いに相手を売らなかった場合は2番目に良い結果(3年)となること。これを「最高(1年)」の結果に設定すると、仲間意識が強まり自白が引き出し辛くなる。

ここまでは言わずと知れたゲーム理論「因人のジレンマ」の基本的事項。

ころで(笑)、因人のジレンマは2bitだ。

A黙秘-B黙秘:00:(0)
A黙秘-B自白:01:(1)
A自白-B黙秘:10:(2)
A自白-B自白:11:(3)

(0)なら3年、(1)ならA15年、B1年、(2)ならA1年、B15年、(3)なら10年。

$dilemma[0][1]とswitch文に置き換えると処理がイメージしやすいだろう。

仲間を売らせ自白を引き出す心理戦はたった2bitで構成されている。

各因人は自白か黙秘の2択1bit(0/1)でありコインの賭け(または相場の上がるか下がるか)と同じ。

これをギャンブルだと言う人が多いが、

2択の組み合わせ(2乗)が因人のジレンマとなり、世の中2bit、3bitもあれば大半のことが確定付けられる。

という理論に変わる。

すなわち「アタリ/ハズレ」(50%)の繰り返しが人生を左右する。
※ちなみに2bitの2倍は3bit。64bitパソコンがどのくらいスゴイのかが解る。

偏りのない2択の繰り返しであるベルヌーイ試行は収束(50:50になる)する(二項分布)。

ゼロサムゲームとして捉えると、要はアタリ側に偏っていない限り、基本的に平均(凡、並、または±ゼロ)に落ち着くようにできているということだ。

だとすれば、2択の繰り返しのどこか1回または数回でも多く当たれば人より成功するということであり、そうでない人が世の中の半数から8割を占めているということは、人はバイアス(心理・性格)によって2択を(人為的に)失敗側に偏むけてしまっていると言える。

いきつくところは性格(感情)。

自分で言うのも何だが、その究極の例が『170円ビットコイン複利トレード』だろう。

ちびっ子(欧州)の自由課題ネタ探しに始まって、途中からショーに変わった(笑)。

心を無にすれば(しなくてもできるのかもしれない)、極めて精度の高いスイッチングが可能だと証明している。我ながら。

バブルを見抜く=成功ではない 物理学者・ニュートンもタイミング見誤るには投資に失敗した天才ニュートンの話が出てくる。非常に興味深い。

宗教が栄えた2,000年もしくは数千年前からしばらくの間、世界各地で修行ブーム(精神社会)だったのも解らなくもない。理論上の確率をねじ曲げてしまうほど、人の心理が多くの判断を誤らせていることから、自分を律する必要があると考えたのだろう。

残念なことに、ヒトの判断・決断とはハズレ側に傾くばかりでアタリ側には傾かない。それはなぜなのかというのが私の近年の研究テーマだ。

これまでIQやメンサについても書いてみたが、ブログネタとしてウケを狙って取り上げてみただけで(笑)、知能指数そのものに興味があるわけではない。知能や偏差値、学力や才能、育ち、教育、情報、お金、遺伝子などがどのように人生に関わり、何をもたらしているのかこそが私の興味の対象なのだ。

と今更ながら書いてみた。

賢い人、賢くない人の特徴。IQ、学力、知識を束ねるのは性格(感情) 

続き私の天才像に近づいてきた『シャーロック』シーズン2第1話“ベルグレービアの醜聞”

チャーリー(
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情報処理安全確保支援士/登録情報セキュリティスペシャリスト(RISS)

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チャーリーのタンブラー(毎日更新、日記・ブックマーク的な)


by charlie-ls | 2017-12-07 12:49 | 個人ブログ | Comments(16)

※予定していた『愛と見返り』は何となくタイミングを逃し(笑)、次回以降にアップ予定であります。

前載せたコートダジュールからのお土産をくれた人と同じ頃、他の2人も別々に南仏旅行に行き、それぞれが異なる香水工房を訪れていた。3人はお互いを知らない(全員日本に住む外国人女性)。そして3人が各工房から私に香りサンプルのお土産を買ってきてくれた。

海の向こうの同じ街ですれ違ったかもしれない3人。

※「何だチャーリーの奴、妙にメルヘンチックじゃないか」と思った人もいるかもしれない。しかしココから始まる。いつものが(笑)。

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イコロを振って、「1」が出ると予想した人が、出た「2」を見て「惜しいっ!」と声を上げるのと同じだろうか。サイコロにとって「1」と「2」は何も近くないんだが。顔見て「鈴木さん」か「田中さん」かと予想したゲームで「佐々木さん」が出たら「惜しい!」と言うくらい何も近くない。

もしかすると南フランスでバッタリ出会ったかもしれないことをニアミス的に「惜しい!」と感じるのは、物理的な距離が近いだけで、お互いを知らない3人は例えすれ違っても挨拶もしないから実は何も近くない。下手するとぶつかって罵り合いになるかもしれない。それに東京で何度もすれ違っている可能性もありながら知り合っていないのだから、おフランスに行けば知り合うかというとそうではない。多分平行線のままだ。

ポエムを書くなら、外国人が東京に住んで私と出会って、東京から同じタイミングで南フランスに旅行に行って、場合によっては同じ香水工房を選び、同じセッションで同じグループに入って話しかけ知り合うかもしれないと考えると運命的な“近さ”を題材にしてみたいが、それでも知り合わないのだから、本当は何(誰)よりも遠く離れているのかもしれないとも思う。

だからポエムが書けない理由にはならないが(笑)。

特に考えもせず、この3人の女性達をグループ分けしたら疑いもなく同じグループに入れてしまいそう。何となく近い気がして。

が、地球と月はいつも一緒にいてとても親密に見えても、絶対(多分)に重なり合う事がないから軌道的には最も遠い存在だと言える。

「見えてる」からとか、「同じ太陽を回っている」からという「点」(共通点とか)で見た近さ(親近感)であって、これもまた精神論なのかもしれない。

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のある人という言葉は何か大きな意味が込められている。例えば人を好きになる度に「運命の人」だと言う女性もいる(笑)。そのくらい何かの「縁」であると信じたいほどに縁とは重要視されているし、偶然性(シンクロニシティとか)が積み重なると運命共同体のように思えてくるのはよくわかるが、世の中大半の人が、死ぬまで運命の人と出会わない印象が強い。
※理想とあまりにもかけ離れていて「運命の人」だと認めないだけのケースは置いといて。「イメージと違う。返品希望」みたいな。

せっかくなのでこの恋愛的「運命の人」の路線で話しを進める。

見方を変えると、出会ったにも関わらず結婚しない異性とは、出会った上で「運命の人」ではないと結論付けられた人達であって、まだ出会ってない人の中に「運命の人」がいるのであれば、どちらが「近い」存在なのだろうか。

と考えると、「出会った」ことは物理的な近さは確定させたとしても、ただの「確認済み(終了)」リストかもしれない(笑)。山積みされた証拠資料を片っ端から確認し「済」マークを付けていくイメージで言えば、残りの「未チェック」資料の中に探し求めていた証拠があるのだとすると、残数が減れば減る程「近づいている」「核心に迫っている」と人は感じる。

消去法だ。関係のないものを除外していくことで「当たり」に近づいている(という気がしている。本人は)。
「当たり」が出ない人生もあるかもしれないことは置いといて。

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しかして、人との縁も、何か除外するために出会っている可能性はないだろうか(笑)。「容疑者から除外するためにDNAサンプルを採らせていただけませんか」的なもっともらしい口実付きで。

「何だいつものチャーリーじゃないか」と思った人もいるだろう。残念ながら(笑)。

いや私は「運命の人」という考え方を否定したいわけではなくて、果たして世間で言うところの「運命の人」の捉え方はどうなんだろうかと疑問をもってみた次第。

確率の問題も、真っ向から全部計算していくよりも余事象を出した方が速く間違いがない場合が多々ある。

セキュリティのブラックリスト/ホワイトリスト方式の考え方にも通じる。ブラックリストは「ダメな人」を列挙する。前提として全員「イイ人」と定めるから、基本は全員通過。この場合、未知の「ダメな人」がリストにあるはずもないので通過してしまい“初犯”を許してしまう。当然だ。何か悪いことしなきゃ「ダメな人」リストに載らないのだから。

一方ホワイトリスト方式は、基本全員出禁(笑)。リストに載ってる人だけ通過。「VIPリスト」はまさしくソレだ。「大統領とその側近のみ」というホワイトリストなら、未知のテロリストが紛れ込むこともない。もちろん「大統領本人がテロリストだったら?(笑)」とか言い出すとそもそも誰も信用できないが、自分と側近しか居ないところでテロを実行してもしょうがないだろう。ただの自滅だ。

ということから、「縁のあった人達」もどう受け止めるかで意味合いが変わってくる。「きっと何か意味があるはずよ」と思った時点で確証バイアスによって自分ルールの意味づけを行う。自然な流れで結果として意味があったのではなく、結果がどうであれ意味づけをしたがっている状態。これは一種の認知の操作と言える。

認知の操作。もう一回言うと。


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えば過去の異性との出会いに対する受け止め方(認知)は、一般的に男女で大きな違いがある。

あるファッション誌の恋愛コーナーを読んでいたら、女性は過去の付き合いを少なめに申告し、男性は見栄を張って多めに申告することが非常にしばしばあると書かれていた。

単純な見方をすれば、女性は「遊んでたと思われたくない」意識、男性は「オレはモテるんだぜ」意識が働くのだろうが、もう少し分析してみると、女性はハズレの数を数えたくない(笑)、男性はハズレも含め「今のオレがあるのは」的な過去に対する向き合い方なんじゃないかと思う。

例えるなら「20xx年の○○大会で優勝しました」は大当たりだけの申告であり、話しはそこで丸く収まりその他の過去への言及はない(可能性が高い)が、「通算試合出場回数365回」というのは「経歴」としての申告であり、当然「何勝何敗?」という質問が想定される。よって「何敗」を気にするのが女性であり、常に前線(笑)に立っているオレが好きなのが男性なんだろうと思う。

すなわち「成績」はどうであれ、“現役”であることに価値を見いだす男性と、「玉の輿」という言葉があるように「おめでとうございます!当選です!」的な華々しいシーンだけを記憶(歴史)に刻みたい女性との違いがある。だからウエディングドレスへの憧れも強いのかもしれない。

ぜか昔から、女性の恋愛相談に乗ることが多い私はいつも驚かされる。もう慣れたが。

誰かを好きになって、その想いが叶わないことがわかった途端「キライになる努力」をする人が多い(笑)。何も嫌わなくてもイイと思うんだが。そして上手いこと理由を見つけてキライになれた暁には、好きだった事は一度もなかったものとして振る舞う(笑)。

一度もダメージを受けずに全面クリアしないとゲームを持ってることさえ申告しないカンジ(笑)。

赤が好きなカレと付き合っているときは「やっぱり赤よね!」と言い張り、青が好きなカレと付き合い始めると「赤とか下品で信じられない!昔っからキライ」と言いながら夜な夜なSNS上の赤い服を着た自分を消していく作業に追われる的な。

念のため断っておくと、男女どちらの認知が正しいとか間違っているとかではなくて、過去は認知の書き換えによって変えられるということを言ってみたかった。

早い話「記憶のすり替え」だが、本気で思い込めば本人の脳にとってはソレが“真”であり、トラウマも克服できるかもしれないことを意味している。細かく言えばレスポンデント条件付けされた脳の条件反射を消去することができる(可能性を秘めている)。

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ころで「運命の人」の話しはどこに行ったの?とそろそろ聞かれそうなタイミングなので締めくくりたいが(笑)、「縁のあった人」に大きな意味があると考えるのも、或いは「運命の人」と出会うまでのただの消去法リストでしかないのかは、その人の認知によってどちらでも“真”となり得るということ。

最終的にその相手が「運命の人」だったかどうかを決めるのも自分の脳であって、一度“認定”した後でも気に入らなければ「解除」することもできる(笑)。赤い服を着た過去の自分を削除するように。

そして冒頭のおフランスの話しに戻ると、この3人の女性を運命的に近しいと感じるか、これだけニアミスを繰り返すのだからむしろ遠いと感じるのか、全ては本人の脳が決めることであり、恐らくは宇宙によって予め定められた「軌道」に沿って移動している個々の達と同じような存在なんじゃないかと私は思う。

ハレー彗星のように76年目の再会を果たせば「これは運命ね!」と想ってもみたくなるものの、相手は我々が生まれる遙か昔から76年毎にやってくるという定型作業を繰り返しているのであって、太陽に毎日「また会いましたね!運命かも!」と感激しない(人が多い)ことを考えると、どうにもこうにもあらゆる事象は認知の域を出ない。

よって人生を変えるのは法則でもIQでもなく、認知であると現時点では言ってみたい。 

チャーリー(
JAPAN MENSA会員

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【国】情報セキュリティマネジメント試験合格
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【公】メンタルヘルス・マネジメント検定II種(ラインケアコース)試験に合格。
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by charlie-ls | 2017-09-14 21:39 | 個人ブログ | Comments(2)

しぶりにスピリチュアルネタを書いてみようと思って「時間の概念」について検索していたら、3年前に自分で書いたブログがヒットした(笑)。

“時”の認識から「思想」(宗教)と「現実」(科学)を照合する。

時間とはつなぎ目のない連続的なものなのか、或いは細切れの集合体(パラパラマンガ)で非連続的なのかを考える上で、人の感情・考えが連続的であることから、何かしら時間はつながっているのかもしれないとも言えるし、コンピューターには処理の最小時間がありながら記録は残るので、記録や記憶とはまた別の処理系が“時”を管理しているのかもしれないとも言える。

※時間が非連続的だと考える場合は、プランク時間(時間の最小単位)の存在が関連してくる。「時間」に最小単位があるということは、原子のように個々のバラバラの集合体ということかもしれず、(例えだが)顕微鏡で見れば時間と時間の間がつながっていないことになる(或いは根拠となる「光」ではない未知の基準が見つかるかもしれない)。

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理学に出てくる公正世界信念(公正世界仮説)とは、頑張ったからイイ事が起きた(褒美、報酬)、努力を怠ったから悪い事が起きた(罰、報い)というような認知バイアスであり、いわゆる因果応報的な考え方。「因果応報」が仏教用語であるように、宗教的かつ物事の“前後”をこの上なく重視している。

例えば、

日照りが続いて困り果てた農家が毎日「天」に祈りを捧げていたら7日目にして雨が降った。

私も応援したくなるし、これを仮に「真」だとすると、

学校にも塾にも行かず家庭教師がいるわけでもないのに、なぜかこの問題が解ける。

は「行い」(努力)を伴わないから「偽」となる。なるというよりは、公正世界信念派にとっては「偽」でなければ困る状態に陥る。「祈ったら雨が降った」が“気のせい”に成りかねないし、場合によっては「努力」の価値が崩れかねないから。

努力は成果を生み出すが、精神はどうだろうか。祈るという行為(作業)が成果を生むのか、祈る心(精神)が結果をもたらすのか。

答えは出ないので問いかけることしかできない。

えてして天才の存在は都合が悪く、何としてでも存在をもみ消したくなるのも公正世界信念的だ。立っているだけで、他の女性よりも重い荷物を持ってもらえたりドアを開けてもらえる可能性が極めて高まる(あたかも人生を楽に生きているかのように見える)「美人」もその対象の1つだろう。

この理屈は、生まれながらにして持つ才能や美貌は「努力をしてない」という考えに立脚している。勝手に(笑)。切磋琢磨しないと、神さまが怒って才能や美貌を取り上げるという考え方まである。「“バチ”が当たる」的な。

何かと説明がつかないときに神さまを登場させる傾向がある。人類は。

では才能や美貌を遺伝子に刻んで誕生させた神さまが、そして努力をしない者に怒って才能・美貌を取り上げる力を有する神さまが、なぜ努力をしないだろう者に才能を与えたのか。そこは事前にわからないのか。

ということはあれか。創ってみたが上手く行かなかったからリセットボタン押すゲームかんしゃくちびっ子みたいなノリなのか神さまは。

いや、ユダヤ人的なディスカッションをしたいわけではないし、神さまに難癖付けるためのブログではなくて、「そこで何で神さまを都合よく持ち出すのかね」というヒトに対する問いだ。これは。

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こで公正世界信念の説明で最も登場回数の多い因果応報例で考察してみた。

若い女の子がミニスカートで夜1人で出歩くから男に襲われるのよ。

意外にも同性がこういった考えを持つことも多いようだが、これは何の罪もない人がヒドイ目に遭うとつじつまが合わなくなるからという根拠で「ミニスカートが悪い」らしい。ではこれを仮に「真」だとするならば、若い+ミニスカートは男の理性を狂わせる程の魅力があるという前提に立っている(と考えられる)。仕方ないので、男はミニスカート以下の生き物であることを受け入れたとしても、

若いしミニスカートで毎日夜1人で出歩いているのに男に襲われない女性。

はどうなるのか。男の理性を狂わす程の「若い+ミニスカート」という魅力を相殺するほどヒドいビジュアルだということにならないか。

因果応報論を他人に適用すると結局は自分に戻ってくる場合がある。

「若い」「ミニスカート」「女性」が3つ揃っていながら結果が異なると、統計的仮説検定において恐らくは帰無仮説(「有意差はない」という説)が棄却されず、公正世界信念派には都合が悪くなり、とりあえずは「化粧が濃い」とか「香水を付けてる」とか「ハイヒールだった」とかありったけのそれらしい事実を列挙し、どれも該当しないと次は「日頃の行い」とか深い粗探しが始まる(笑)。実際は「粗」というレベルではなく、かなり細かいネチネチした調査なんだがソレは(笑)。

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えばこれはどうだろう。

ホラネ。いつも人の悪口ばかり言ってるから転んで口を怪我するのよ。

田舎のおばさんの井戸端会議とかに多い主張だが、宗教的思考では宗派を問わず世界共通だ。因果応報の否定派は次のように切り返す。

生まれて間もない赤ん坊が予期せぬ大地震によって引き起こされた津波にのまれて死んでしまった。

それはなぜか。まだ口もきけない赤ん坊が人や水の悪口は言ってないし、ハイハイもできない赤ん坊が人の目をかすめて泥棒していたり水の無駄遣いもしていない。

公正世界信念派にとってはいよいよ都合が悪く、ついには「血筋だ」とか「前世」「怨念」「祟り」の仕業だと言う人もいる。

確かに、罪もない人に苦難が降り注ぐのだとすれば、トンデモナイ悪党に幸福が舞い降りる可能性も出てくるので、何とかして理由付けしたいのだろう。

こうやって現世における公正世界信念では説明のつかないラッキー/アンラッキーを、既にいなくなった先祖や目に見えないバケモン(霊)丸投げすることで(或いは未来に「出る」と脅す宗教もある)ヒトは精神論を説いてきた。

天国に行くか地獄に行くかも未来に丸投げしている1事例だ。

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正世界信念は歪んだあるいは行きすぎた正義感のようにも思える。

※ちなみに私は因果応報などナイと言う考えではなく、公正世界信念なる認知バイアスとは何なのかについての検証だ。

泥棒ばかりしている人が何やら幸せそうに生活していると腹立たしくなり、「今に見てなさい、地獄に落ちるわよ」的な目でみたくなる気持ちは十二分に理解する。私も実際に見たら気に入らない。

ギャングが大金持ちでは困る。通常。その矛盾に対し、大人は子供達に「何であのオジサン達は悪いことばかりしているのに裕福で幸せそうなの?」と問われたときに示しが付かないから、「世の中お金が全てじゃないのよ」と苦し紛れな返事しかできなくなる。

自分の方がもっと稼いでいれば鼻にもかけないんだろうが、終いには「貧しい=心が綺麗」とさえ主張する人もいる。心が綺麗なら豊かになってもイイんじゃないか。それは「日頃の行い」に含まれないのか。

そして愚かにもお金持ちや成功者に対して「表からは見えていないところで何か不幸が起きていて欲しい」という願望さえ生まれる。例えば「実は病気で苦しんでいる」とか。「他人の不幸は蜜の味」の起源だろう。不公平っぽさを何とか平均化したいのだと思われる。しかしギャングがどんな悪さをしたのか解らないが、他人の病気を望んでいるそのも十分にだ。

ソレを神さまは許すのか。ソレは「日頃の行い」に勘定されないのか。

ましてやそのギャング家の子供(「ギャングちゃん」とする)と同級生の我が子が「今度ギャングちゃんのお父さんが博物館と科学未来館に連れてってくれるんだ」と喜んでいると、何やらキタナイお金に買収(支配)された気分になるから、「汚れ」(ヨゴレじゃなくてケガレ)の概念が発達する。

「汚れ」は日本文化にとどまらず、欧米でも「そんなお金は受け取れません」とお金の出所の怪しい寄付を断るケースも多々ある。そりゃそうだ。現金輸送車を襲撃してその足で寄付金を持って来られても良心がとがめる(笑)。いわゆる「倫理観」「道徳観」というものであり、世界共通に存在する。

が、実際には洗浄された「元汚れた」お金達も山ほど流通していて、大半の人はそのお金の上に生活基盤を築いている。そもそも人口の半数以上は納税額で自分達家族の社会インフラコストさえまかなえていない。学校や病院、警察署、道路を建てるお金に1円も出していないと言っていいほど納税額が足りていない。
日本の国民1人当たりの借金は830万円であり、平均の何百倍、何千倍も納税している人・会社があってもコレなので、ほとんどの人が一生誰かのお金のお世話になっている。

愛人はスポンサーに感謝するが、一般大衆はスポンサーらしき高額納税者に感謝しない。だとすれば公正世界信念的に言えば、愛人には幸せが訪れるということだ(笑)。祈る代わりに感謝しているから。

こうして現実を見てみると、「清濁併せ呑む」かは置いといても、自分の目の届かない、管理下にない大きな社会の中に生かされていることに気付かざるをえない。

そんなことは中学校の社会くらいの知識があれば解るだろうという話しだが、それでも公正世界信念的な思想が根強いのは、やはりヒトは自分こそが「真」であり、他を「偽」としたい自己奉仕バイアスが強い生き物だということが言える。

※参考資料:あなた、そんなに凄いの? -自己奉仕バイアス | GLOBIS 知見録 - 読む

頑張ってる方が豊かになる(恵まれる)べき」という気持ちは感情論として当然に成り立つと私も思うが、なぜ自分の方が頑張ってると思うのか、その根拠を知りたい。

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こで宗教論では「頑張る」と「祈る(願う)」が同じくらいの位置づけであることが多く、祈る系・願う系と言えばこの人、私の知人で東欧出身のカトリック教徒女性をサンプルとして登場してもらう(笑)。

「嗚呼、神さま」

1時間一緒にいると、3回は必ず聞く(笑)。しかも割とどうでもイイお願い事で神さまを呼びだそうとする(笑)。空に向かって。神さまは空にいるのか。

では世界中にキリスト教徒は16億人いるとされているが、16億人が皆(多分)祈っている中、なぜ神さまはアナタの願いを聞いてくれるのか。その選定基準を知りたい。

1/16億。

ちなみにBIG 1等 6億円は、1/480万くらいの確率。ちゃんと並べてみると、
1 / 1600000000
1 / 4800000

6億円を当てるのに16億分の1の神さま登場率にすがったりしてませんか。

ま、多くの人は6億円当たったら神さまを呼び出さなくなるだろう(笑)。なぜなら自分で解決できることの方が増えるからだ(笑)。

実際に見聞きしたこともあるし、海外ドラマで度々見かけるシーンで、「あんなに私が苦しんでた時に、神さま、あなたはどこで何をしていたのか」と怒り出す人がいる。

ちょっと待ってくれ。「いついつ何時に大変になるから予定を空けといてね」と事前に予約を入れておいたのだろうか。

どこかの会社の社長を訪ねていって、アポイントなしで会えるだろうか。なぜ神さまなら会えると思うのか。

どこの企業もコールセンターですらつながらないというのに。

そのうち「404 神さま Not Found」とか出るんじゃないか。

神さま読み出しルーチンのオーバーヘッドは一体どのくらいなのか。神さま呼び出しコストは恐らく極めて高い。私の推定では女性がセルフィー写真撮りたいからっていちいちジョージ・クルーニーを呼び出すより高い。

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論としては、私がスピリチュアルに手を付けると毎回こんな展開になりますよ的な自己開示の1つとしてこの投稿をアップしてみた(笑)。

テーマである公正世界信念について言えるのは、自己都合で振りかざしてはいけないということ。因果応報があるとかないとかは置いといて。

散々書いておいてアレだが、私は「念」とか「集合意識」「テレパシー」「生まれ変わり」といったものをそれなりに信じているので、決してこれらの精神世界を否定しているわけではない。

が、「神さま」とか「宇宙」とか、そういった壮大な何かと対峙する上で、さすがに自己都合レベルの屁理屈は排除しておかないと、通常お呼びでない崇高な世界に足を踏み入れるには、何か汚れ(ヨゴレじゃなくて)のようなものを感じてしまい、いわゆる「お清め」から始めようというのがいつもの私の思考パターン。

も邪念があっては上手く機能してくれない。

ヨガで言うグラウンディング、すなわち第一チャクラ(赤)から始めるのは、まず「地に足を付ける」ことという意味がある。一言で「瞑想」と言っても、タダ居眠りぶっこいてるだけじゃなくて(笑)、大地のエネルギーを感じ、地球という星に生きる自分を認識(自分を認めること)がスタートだ。「自分を認める」のは実は最初の難関であり、自己都合の屁理屈をたれている間は、自分でうすうす自分で自分を言いくるめている(自分自身を騙してる)ことに気付いているため、潜在意識としては自分を認めていない。その状態で第6チャクラ(藍色)、第7チャクラ(紫)が開くかというと私は違うと思う。

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図:感情と体に影響をあたえるチャクラシステム初級編

心理学と照らし合わせるならば、マズローの欲求段階説(自己実現理論)は、生理的欲求、安全の欲求、社会的欲求、承認の欲求、自己実現の欲求という具合に、大凡第一チャクラに始まって第7チャクラに抜けるよう構成されている。見方を変えると、高次欲求とは下位層が満たされこそその“受け皿”ができあがると考えられる。

そして何気にこのピラミッド型の図もチャクラと同じ色分けがなされている。

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Wikipedia 自己実現理論

この色のステップは決してテキトーではなく色(光)の科学に基づいている。下から波長が長くエネルギーは弱く赤(赤外線)の波長620〜750nmから橙、黄、緑、青、紫(380-450nm)という具合に波長が短くエネルギーが強くなっていく。理科やハイテクに明るい人ならリモコンの赤外線やCDの赤色レーザーに始まり、紫外線やBlu-Rayの青紫レーザーが最終段階であることを想起するかもしれない。

参考資料:ブルーレイディスクのしくみ | ソニー

ちなみにスピリチュアル系アロマテラピーの世界では、チャクラに対応する色に加え、周波数(すなわち「音」)、同じ色と波動の石(パワーストーン)などを併せて用いるスタイルもある。エッセンシャルオイルも、植物における末梢である葉っぱから採れるものは手足や毛細血管に、茎や木(幹)から採取するものはリンパ管や血流に効き、果実から採れるものは安定や幸福感(すなわち副交感神経優位)を与えると考えられている。

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Wikipedia

間では科学とスピリチュアルは相反するもののようにとらえられているが、実は屁理屈系スピリチュアル(笑)よりも、よっぽど科学者の方が大自然の摂理に沿った思考をしていることが多く、なぜなら進化すればするほど人間の摂理とか、宇宙の法則とかそういった事を意識せざるを得なくなるから。

「先進的」であるためには、教科書に載っているような既知の学問では事足りないし、思いつきやただの山勘では技術を裏付けることができず再現性が保てない(=気のせいかもしれない)ので、最も偉大で確実に成立している高次レベルの作品は何かと考えると、それは人体だったり宇宙だったり或いは光だったりというところに帰結する。

よってちょっとしたクリティカルシンキング(critical thinking)で答えに詰まるような精神性とは何ら崇高な領域にあるとは言えず、大方自己都合・自己満足、自己奉仕バイアスの結晶であり(これらは外界に対する“バリアー”でもある)、既に多くの人によって揉まれ尽くしている“通過点”の1つに過ぎない。恐らくはソコを否定されかねないため、スピリチュアル系は科学と距離を置き、時として科学やテクノロジーを批判してみたくもなるのかもしれないが、これもまた自己都合だ。

「自己暗示」も大切だが、信じる対象に揺るぎない信念を持つことと、自分を騙し欺くこととは違う。

屁理屈を基礎としたスピリチュアルに生きていくことは合理的でないし、概念として破綻してしまうから、現実を大前提とした上で精神世界を築くように心がけている。私は。

と自問自答を繰り返しているうちにふと我に返り、「明日も頑張ろう」と学び続ける意欲と原動力となりつつ、瞑想にふける前に目が覚めてしまう私であるという記録としてココに記しておきたい(笑)。 

宇宙銀行 赤坂支店。

チャーリー(
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チャーリーのタンブラー(毎日更新、日記・ブックマーク的な)


by charlie-ls | 2017-08-23 19:33 | 個人ブログ | Comments(0)

人類はどんどん頭が悪くなっていることが判明! 各国で止まらない知能指数低下の謎』という説もあり、昨年、山口女史の『おバカってカワイイ?』を読んだ際にもソレを思い出した。

ットを飼う人達を観察していると、ペットのおバカな行動を見て「カワイイ」と言う。

しかし、賢い行動を見るとなぜか飼い主が誇らしげなドヤ顔は見せるが(生まれ持った知能の賜ではなく「しつけ」がイイと思っているのだろう)、「カワイイ」とは言わない。

私から見れば、その賢い行動こそが動物の本能や知性、多様性を垣間見せ魅了して止まないところだと思うんだが、例えば犬が飼い主以外に尻尾を振ることを好まない(ヤキモチを焼く)人もいる。

そこで飼い主達にそのカワイイ・カワイクナイの違いは何なのかと尋ねてみたところ、おバカなところがカワイイらしく、自分がそばにいてあげなきゃいけない感がまた更に「愛おしい」らしい。母性本能だ(ちなみに全員女性)。

※最近の研究では、「母性本能」というものは存在せず、後天的に覚える(刷り込まれる)ものらしい。女性はこうあるべきという習慣・文化によって創造されたもののようだ。女性に子育てを押しつけるために生み出されたのかもしれない。一方で「父性本能」は先天的に持ち合わせているらしい。

ある日家に帰ったら、飼い犬が自分で買い物に行って、ソファーでドッグフードをボリボリ食べながらナショナルジオグラフィックを観ていたらどうかと問うと、誰一人「カワイイ」とは言わなかったし顔をしかめた。

賢く自立していると、自分を必要としないから可愛くないということか。

だとすれば、人は自分よりおバカな人しか愛せないのだろうか。

ということは、DNAレベルの知能とは、下がることはしても上がることはないことになる。8割が遺伝だから。冒頭の記事について大方説明が付く。

/*
この説から行けば、頭の良い人は愛せる対象者の範囲が広くなり、そうでない人は僅かな範囲の人しか愛せないということになる。
*/

f0337316_14033795.jpg

こで人類(女性)は、潜在的にこの“流れ”に危険を察知し「DNAを買う」という行動に出たのかもしれない。近年。

つい数年前まで私は、この“選択”について自然の摂理に反するんじゃないかと漠然とした「賛成はしない」ポジションをとっていたが、もし人類絶滅(または後退)の危機を感じ取った女性達の防衛(生存)本能がそうさせているのだとすれば、それもまた自然の摂理だと考えるようになった。

母性本能は後天的なものだから「本能」ではなく習慣的(学習して身につける)なもの。一方防衛(生存)本能は不随意神経や反射神経のように元来動物に備わっているものだ。だとすれば、母性本能の「おバカでカワイイ」を信じるよりも、DNAをカタログスペックから選択しその子孫を残そうとする「防衛(生存)本能」を信じるべきなのかもしれない。

信じるべきというよりは、その声に耳を傾けてみるべきと言った方がいいか。

ハイスペックな女性を敬遠する男性然り。おバカなペットが愛おしい女性然り。彼女や妻が“世間を知る”ことを恐れる男性然り。子供が自立すると嬉しさよりも寂しさが勝る母親然り。弟子が外を見て多くを学ぼうとすると機嫌が悪くなる師匠然り。国民が賢くならないよう他国の情報を見せたがらない社会主義国然り。

自分が頼られ続けることによって自らの存在価値を見いだし、その自己愛の道具として他人を縛り続けるのだとすれば身勝手極まりない。他人を犠牲にし自らを満たすのだからではなくだ。

犬派よりも猫派の人の方が知能が高いというデータがある。私は犬派(ブルドッグ、パグに限る)だが、尻尾を振り無邪気に転げ回る犬に対し、猫の「別に」という態度は決して「ご主人様がいなければ私は生きていけません」という依存的な媚び・上目遣いは見せていないことから、今回書いてみたことと照らし合わせると一定の説得力がある。

ならば女性が自立しようと社会進出を進める動きは賢さの象徴であり、もし自分よりもおバカな女性でなければ愛せない男性が多いのであれば、女性の地位が上がれば上がる程釣り合いのとれるカップルは誕生しづらくなる。こうなったらカタログからDNAを選択し購入しようかという女性の決断は、今後ヒトが生存し続けるために軌道修正をはかっているのかもしれない。

少なくとも女性は自分よりもおバカな男性を選ばないのならば、やはり母性本能のソレよりも防衛(生存)本能を信じる方が合理的だし、進化論(適者生存)を信じるならば当然でさえあるように思う。

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女性はどんな決断を下すのか。Photo: 2014年 赤坂ルチアーノショー

バカであること=愛おしさとは、ライオンのように(自分の遺伝子を引き継いでない)子供を崖から突き落とし、這い上がってきた子供だけを育てる(獅子の子落し)ようなスタイルは正反対だし、肉食動物のように子供が小さい頃から狩りを教える「自立」前提の育て方とも正反対であり、甘え=依存度こそが愛情の深さに結びつくならば、自立しないことこそが永遠の愛の礎となることを意味し社会は破綻する。

参考資料:残酷度は共食い以上! ライオンの「子殺し」の実態を獣医が明かす

上記記事では、「ダメ男」と共に生きるメス達の“選択”が見てとれる。

根本に立ち返ると、自立=自分のもとを離れていく(愛情関係の終了)と受け止めてしまう精神性に問題があるように思うが、「私がいなければこの子(人、動物)は生きていけない」感に愛情の根源を見いだしてしまうと、代理ミュンヒハウゼン症候群に陥りかねない。

なぜなら、依存度を元に愛を感じるのであれば、依存し続けるようにしむけることが予想されるからだ。自立を愛情関係の終了だと感じている以上、終わらせないためには自分がいなければならない状況を作りだそうとする

収入がなく、出ていきたくても出て行けない(または親権を失う可能性のある)妻に対し「どうせ行くところなんてないんだろう?」的な態度をとる夫も然り。そこには依存から生じる立場の優劣が存在する。そして人類は長い年月、女性が自立しないようにしむけてきた。

そこに疑問を持たないはずがない高学歴・高地位な女性達が、まさか自分よりおバカな男性を選ばないだろうことを考えたら、「おバカがカワイイ」という感情は、独占欲、所有欲、支配欲を源とする欲求・欲望であって“愛”ではないんじゃないか。

と私は常々感じている。

ットを飼う人達の中には、「ペットは裏切らない」から好きという人が一定数いる。では、ある日突然“彼女”を連れてきて、「今まで世話になったが家を買って2匹で住むことにしたんだ。家を出るよ」と犬が自立と「これからの人生」を告げてきたらどうかと問うてみると、誰一人カワイイとは言わず「ムカつく」とさえ言った人もいる。結構真顔で(笑)。

恐らく飼い主達はペットに対する「愛」に疑問を持っていないし、本当に可愛がって育てていると思うが、「自分の欲を満たしてくれている限り愛する」という一面を感じなくもないことが多々ある。

「欲を満たしてくれないなら愛さない」のだとすれば、「私に興味がなさそうなあの人=冷たい人」という発想にも頷ける。本人には悪いが(笑)。

果たして“愛”とは何かに引き換えられるべきものなのだろうか。

近々「愛と見返り」についてアップしたい。

あとがき。
考察:乳児のアタッチメント

チャーリー(
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by charlie-ls | 2017-08-14 17:20 | 個人ブログ | Comments(10)

名な錯視図だが、エビングハウス錯視(Ebbinghaus illusion)というらしい。


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Wikipediaより。

中央の円が右側の方が大きく見えるというもの。Photoshopで重ねてみたところ大きさは同じだった。

し視点を変えて、「取り巻き」についていろんな見方がある。

美男美女に囲まれていると自分がショボく見えるからイヤという人もいれば、その方が自分も華やかに見えるからイイという人もいる。

自分がショボくて周りもショボいと超ショボくなるという意見もある。

高学歴とか高所得とか、或いは有名人だったり社会的な地位の高い人達に囲まれていると自分が平凡に見えるからイヤという人もいれば、そういう人達に囲まれている=自分も優秀だ(または成功している)と見なされるからイイという人もいる。

確かに仲間に入れてもらえているということは、うまくいっているのか何か役立っているのかもしれない。

フェラーリなどのド派手な高級車に乗っていると車ばかり注目されるからイヤという人もいれば、華を添えてくれてイイという人もいる。

実際、車だけが注目されて、降りてきたの方は誰も見ていないこともあるし、その反対もある。

参考資料:子どもがだまされにくい理由:「エビングハウス錯視」研究|WIRED.jp

にヒントがあるように思う。

大人は前後の流れや文脈、エピソードなどから推察する力がある。言い換えると、「こういう車に乗っている人って●●な人だろう」という先入観、思い込み、偏見でもある。

子供が騙されにくいのだとすると、大人のソレは「推察力」というよりは偏見や先入観、嫉みなどで事実を曲解しているということになる。もしかするとマイナス面が多いかもしれない。屁理屈で正当化し間違ってなかったことにする人も多い。

認知の歪みだ。


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は「画一的」の代表格である「制服」はどうか。本当に皆が均等に見えるだろうか。個性の剥奪なのだろうか。

古典的ないわゆる「不良」といわれる少年・少女達は、制服などを嫌う傾向が強い。同じ格好をすることで「その他大勢」と化することを嫌う(アドラー心理学で言うところの第2、3段階かもしれない)。

しかし制服を着ることで、むしろ確実に「本人」そのものの個性に目を向けさせることができるとも考えられる。

服が派手とかバッグが高級という要素はファッションセンスなど本人の性格や嗜好を占う材料にはなるが、「服や持ち物でごまかしている」「スゴく見せている」と考える人もいる。すなわち「演出効果」だという受け止め方だ。

ならば制服を着るということは、同じ土俵で同じルールで個性を競う「フェア」な環境が整うことを意味する。

それでも「制服が似合う・似合わない」というアンフェアな要素を排除すべきだと言い出す人もいるかもしれない。では究極のところ「裸」ならどうだろう。鍛え上げられた贅肉のない肉体とか、グラマラスな曲線美とか、確かに本人の持つ「個性」が際立つものの、「アンフェア」が解消されたから自分が優位になるわけではなく、場合によっては更に差が付いてしまうことを指し示している。

ルールを変えても勝者が変わらないパラドックスのようなものが存在する。

すなわち制服は割とフェアだ。

“ルール”が決まったので制服について考えてみたい。制服を着て個性が失われるのだとすれば、元々大した個性ではないと私は考える。前述の「不良」の例で言えば、「制服を着ている集団の中で制服を着ない」(または形を変える)という選択(=ルールを破る)によって自分らしさを主張しているのであって、皆が制服を着ていない(帰宅後、卒業後など)状況下では埋もれてしまう脆さをもっている。そこで爆音で暴走するなどの行為で注目を集めようとする。「ゴミ拾い」では“ガラじゃない”のだろう。あまり注目されないし。

既に在るものを壊す行動は、無いところに生み出すことよりも簡単だ。破壊活動による自己主張は短絡的と言える。ルールを破る、曲げるというのはそういうことであり、オレサマルールを押し通したいのであれば、他人の築いた世界を変えるのではなく、自分でその世界を創る必要がある。

例えばスティーブ・ジョブズやビル・ゲイツ、マーク・ザッカーバーグに警官やレスキュー隊の制服を着せた場合、人々は彼らを見失ってしまうだろうか。

決して彼らが「その他大勢」になるとは思えない。立っているだけもオーラが違うだろうし、一言口を開けば、圧倒的な「違い」(カリスマ性)を見せつけられるはずだ。

すなわち、本当に個性のある人達にとって「制服」とは、ますます本質的な個性やパーソナリティにスポットを当ててくれる=「余計なものをマスキングしてくれる」代物であって、没個性とは無関係どころか正反対のものであることがわかる。


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いったことから、冒頭のエビングハウス錯視に戻ると、大人は騙されやすく子供が騙されにくい理由も見えてくる。

取り巻きや覆っているものによってスゴく見えたりショボく見えたりする「錯視」は、観察者(見ている側)から見た「取り巻き」に対する評価の度合いで決まると言える。

「フェラーリに乗ってる彼は成功者だ!」と見える人は、フェラーリが富や成功の象徴だと認知している証であり、「フェラーリのような高級車は車ばかりが目立って乗っている人がショボく見える」という人もまた、フェラーリが人よりも遙かに大きな存在だと認知しているということだ。

しかし社会に出るとそこは大人の世界なので、大人ほど錯視に騙されやすいのであれば、「スゴそうに魅せる方法」というのもまた大人の技術だと考えられる。実際に、ブランディングやマーケティングに取り入れられている。

目を見て話せば人が信用するのであれば、ペテン師ほど目を見て話すようになるだろうということと同じで(『目を見て話すと、かえって逆効果になる可能性。』)、それが錯視であろうと錯視を応用した(逆手に取った)技術であろうと、結局のところ本質を見抜く目を培っていかなければならないというところに落ち着く。

と、エビングハウス錯視は再認識させてくれた。

あとがき。

参考リンク:栄光浴。誰々を知ってるオレはスゴイ系。

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by charlie-ls | 2017-08-11 14:49 | 個人ブログ | Comments(0)

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